論壇

琉球の脱植民地化と徳田球一

琉球民族の解放と独立を展望する――(下)

龍谷大学経済学部教授 松島 泰勝

1 遺骨返還闘争を通じた琉球民族の解放と独立

これまで私は自らの研究や社会運動を「琉球民族の政治経済的な脱植民地化、琉球独立」を中心にして行ってきた。1996年に、私は琉球先住民族として初めて国連人権小委員会先住民作業部会に参加し、琉球が直面している植民地主義の問題を世界に訴えた。2011年には、グアム政府代表団の一人として、国連脱植民地化特別委員会において琉球やグアムの脱植民地化、脱軍事化を主張した。琉球、グアム、パラオ 、ハワイ、ニューカレドニア、フィジー、仏領ポリネシア、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島、スコットランド、ニューヨーク、ジュネーブ等での生活やフィールドワークを通じて、琉球独立、世界の独立運動、先住民族の自己決定権運動、島嶼の政治・経済について研究し、琉球の植民地主義を世界の文脈の中で考え、国連において琉球の脱植民地化のための活動をしてきた。注1そして2013年、他の琉球人とともに、「琉球民族独立総合研究学会」を設立し、琉球民族同士が独立や民族解放を議論し、実践する場をつくった。

2017年初頭、第一尚氏の王族、貴族の遺骨が京都大学に隠蔽されているという事実を知った。その後、京都大学に対して直接、遺骨に関する質問をし、遺骨の「実見」を求めたが、「個別の問い合わせには応じない」として私の求めは全て却下された。被差別者が声を上げないと「琉球差別」が固定化し、日本の植民地支配が永続化すると恐れて、私は原告団長として京都地方裁判所に先祖の遺骨返還を求めて提訴に踏み切った。

太平洋戦争前、京都帝国大学(現在の京都大学)をはじめとする日本の大学の研究者は、日本軍人とともに、また日本軍人に守られながら、そして「731部隊」の石井四郎のように自ら日本軍人になって侵略地域でフィールドワークを行い、遺骨、副葬品、文化財を盗んだ。「日本人」を頂点として被支配民族を統治する政治秩序である「大東亜共栄圏」の形成が研究の目標となった。京都大学総合博物館には、琉球民族、奄美人、アイヌ民族のほか、アメリカ先住民族、朝鮮人、中国人等を含む約1400体の遺骨、中国から盗掘した副葬品、文化財がいまだに隠蔽されている。

石井四郎が学んだ京都帝国大学大学院の指導教授は清野謙次であった。清野は、教え子を「731部隊」に派遣し、日本帝国政府から研究費、研究成果等の便宜を得て、「大東亜共栄圏」形成のための人類学研究を進めた。「731部隊」の研究者による、中国人を被験者とした人体実験のデータを踏まえた博士論文に京都帝大が学位を与えた。清野謙次、金関丈夫、三宅宗悦等、京大研究者は盗掘した遺骨を使って人種差別研究を行った。琉球併合後の植民地支配により生じた、日本人植民者が県庁、県警、学校を支配し、経済的搾取を行うという、「日本人」と琉球民族との不平等な関係性を利用して、琉球人遺骨が盗掘された。今年、太平洋戦争後80年になるが、京大は大学として植民地犯罪、戦争犯罪を総括し、謝罪してこなかった。

日本政府は、国費を投じてアジア太平洋地域から戦没者の遺骨を収集し、無名戦没者の遺骨を千鳥ヶ淵戦没者墓苑に納め、皇室による祭祀を挙行している。しかし、政府機関である京大が保管する、盗掘された琉球民族の遺骨を京大から収集し、元の墓に戻して供養しようとしない。

本来、琉球の墓にあるべきものがヤマトの大学博物館にあり、遺骨研究を通じて琉球民族の「日本人への同化」が正当化されているという問題は、軍事基地の建設が日本政府により強行されているのと同じく、琉球に対する「植民地主義の問題」である。私が国連で出会った世界の先住民族も琉球が日米の植民地支配下に置かれていると認識していた。1996年以来、100人近くの琉球民族が参加してきた国連の自由権規約委員会、人種差別撤廃委員会も、日本政府に対して琉球民族が先住民族であることを認め、その人権を保障するよう日本政府に対して何度も勧告を行った。私は2021年と22年にも、「国連先住民族の権利に関する専門家機構」の国際会議において遺骨返還を訴えた。国内における裁判を国連活動と連携させながら進めてきた。私たちの仲間である世界の先住民族も本裁判の行方を注視してきた。本裁判は、琉球先住民族の自己決定権に基づく、琉球の脱植民地化を目指した闘争であったと総括できる。注2

2018年12月に始まり2023年9月に終結した遺骨返還訴訟の過程で、私は自らが琉球先住民族であることを改めて強く認識するようになった。琉球先住民族とは、琉球国が日本帝国に併合された1879年以前の琉球国に生きていた琉球人にルーツを持つ人であり、「琉球民族、琉球人、沖縄人、ウチナーンチュ」等というアイデンティティを自覚する人である。第一尚氏の先祖との繋がりを確認するために、原告である亀谷正子さんのご親戚の古墓を開け、厨子甕の蓋に記された氏名、死亡年月日、続柄等の文字を記録し、準備書面を作成する作業に参加したことがある。調査の間、ユタ(琉球の霊能者)がウートートー(琉球の神々への祭祀)を行い、先祖が住むニライ・カナイ(琉球民族の他界)と現世が直接繋がったような感覚を体験した。またトートーメー(琉球の中国式位牌)上の氏名と家譜(琉球の家系図)の氏名との照合により、尚思紹(第一尚氏初代の国王)から亀谷さんまで続く、一人ひとりの琉球民族の名前を確認した。訴訟を進めるともに、「ニライ・カナイぬ会」は、国内外の大学や博物館によって奪われた琉球民族の遺骨や厨子甕が返還された時にそれらを納める「仮墓」として、沖縄島内に「亀谷古墓」を準備し、祭祀を挙行した。

このような具体的な活動を通じて、自らが「日本人」ではなく、琉球民族であることをより強く認識することができた。それは、「日琉同祖論」という「日本人」同化のための仮説、国策、イデオロギーを裁判の過程で打ち砕いてきたことを意味する。琉球、関東、関西に訴訟を支える会が設立されたが、各支える会に属する多くの琉球民族も訴訟への参加、支援を通じて「琉球民族アイデンティティ」が強化され、主権回復運動を一層深めることが可能になったと考える。

2023年9月の大阪高等裁判所の判決において日本の国家機関として初めて、琉球民族が先住民族であること、日本政府による琉球に対する植民地支配が事実認定された。「先住民族の権利に関する国連宣言」に基づいて、私たちは先祖の遺骨を墓に戻すことができる。米軍基地、自衛隊基地の建設を停止させ、基地を撤廃させることができる。

日本の裁判所において、「琉球先住民族として自己主張を行ったこと」、「琉球国の王族・貴族の遺骨の返還を求めたこと」、「日本帝国による琉球に対する植民地主義や帝国主義を批判したこと」、「京大研究者により盗掘された遺骨に関する情報公開を請求したこと」、「世界的な遺骨返還の潮流や、京大研究者がインフォームドコンセントを得ないで遺骨を盗掘した事実を明らかにしたこと」等は史上初のことである。そして、琉球先住民族の存在、琉球に対する日本の植民地主義が事実認定されたことも歴史的に初めてである。

2024年4月18日、ニューヨークの国連本部で開催された「第23回先住民族問題に関する常設フォーラム」において琉球民族独立総合研究学会のメンバーある、琉球先住民族のアレクシス大城さん(カルフォルニア大学大学院博士課程)が次のような声明文を読み上げた。「声明では、琉球遺骨返還請求訴訟の大阪高裁判決の認定事実で『琉球民族』の言及があったことなどを踏まえ『日本政府は先住民族権利宣言(UNDRIP)に含まれる全ての権利を認めるべき』『日米両政府は琉球沖縄での二重の植民地主義を直ちに終わらせるべきだ』と訴えた。また、日本政府は沖縄人の自己決定権を尊重し、沖縄の人々が認めていない名護市辺野古の新基地建設を直ちに中止するよう要求した。」注3

裁判で勝ち得たことは小さな一歩かもしれないが、その一歩、一歩を積み重ねることによって、琉球民族の自己決定権を行使し、琉球の主権回復、独立を実現することができる。

 

(注1)琉球独立については下記の文献を参照にされたい。松島泰勝『琉球独立への道―植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』法律文化社、2012年、松島泰勝『琉球独立論―琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年、松島泰勝『琉球独立宣言―実現可能な五つの方法』講談社、2015年、松島泰勝『琉球独立への経済学―内発的発展と自己決定権による独立』法律文化社、2016年、金城実・松島泰勝共著『琉球独立は可能か』解放出版社、2018年、前川喜平・松島泰勝編著『論壇風発 琉球独立を考えるー歴史・教育・法・アイデンティティ』明石書店、2020年

(注2)琉球民族遺骨返還闘争については次の文献を参照されたい。松島泰勝『琉球 奪われた骨―遺骨に刻まれた植民地主義』岩波書店、2018年、松島泰勝・木村朗編著『大学による盗骨:研究利用され続ける琉球人・アイヌ遺骨』耕文社、2019年、松島泰勝「帝国の島―琉球・尖閣に対する植民地主義と闘う」明石書店、2020年、松島泰勝・山内小夜子編著『京大よ、還せ:琉球人遺骨は訴える』耕文社、2020年、松島泰勝『学知の帝国主義―琉球人遺骨問題から考える近代日本のアジア認識』明石書房、2023年。松島泰勝・伊佐眞一他編著『取い戻さな!我した琉球先祖ぬ骨神:琉球民族脱植民地化闘争の記録―京大遺骨返還訴訟・沖縄県情報公開訴訟』琉球館、2025年

(注3) 『琉球新報』2024年4月20日

2 琉球復国としての独立運動

以上のように現在の琉球独立運動の特徴は、1996年以来、民族解放を軸にした独立運動を展開してきたことにある。琉球民族の先達である徳田球一は、マルクス主義の視点から琉球に対する日本の植民地支配を批判し、「日本人」による差別体験から生まれた琉球民族アイデンティティに基づいて「琉球独立」を主張した。現在の琉球独立運動は徳田球一から始まったといっても過言ではない。

現在の琉球の政治的地位は未定である。カイロ宣言、ポツダム宣言に反する形で日本政府が違法に琉球を占領している。1879年の琉球併合後に設立された「沖縄県」は植民地の現地機関でしかなく、日本政府と琉球国政府間に「沖縄県設置」に関する条約上の取り決めもない。太平洋戦争後の琉球の政治的地位は、サンフランシスコ講和会議、「沖縄返還交渉」において決定された。しかし、琉球と長期にわたり歴史的、外交的に密接な関係にあった中国はこれらの会議や交渉に参加することが認められなかった。サンフランシスコ講和条約3条で明記された琉球の信託統治領は実現されず、大西洋憲章や国連憲章に反する形で米軍による軍事植民地支配が行われた。琉球の植民地支配国である日米両国だけで琉球の植民地支配が「沖縄返還協定」によって延長され、今日に至っている。

2025年は、中国の民族解放闘争が日本帝国に勝利して80年になる。米国を中心にして形成された戦後のアジアにおける国際秩序を変更し、琉球の政治的地位を確定する必要がある。そうすれば、日米の軍事基地を琉球から一掃し、琉球は平和と発展の道を歩むことが可能になる。

2023年6月、習近平主席は、中国国家版本館と中国歴史研究院を視察して「私が福州で働いていたとき、福州には琉球館、琉球墓などがあり、琉球との交流の淵源が大変深く、閩人三十六姓が琉球に行って住んだということを知った」と述べた。そして、習主席は、典籍や版本を収集して整理して中国文明をしっかりと継承し発展させていかなければならないと強調した。注4明朝、清朝時代、福州を通じて中国文明が琉球に及ぶなど、中琉交流の歴史は長く、深い。習主席が琉球との歴史的交流について述べたことは、毛沢東が「祭黄帝陵文」で琉球に言及したことと同様に、今後の中琉関係の深化が期待される発言である。

また今年は国連が創設されて80年になる。戦後、国連を舞台にして脱植民地化運動が活発になり、多くの国々が誕生した。琉球もこれまでと同じく国連活動を継続し、世界の先住民族との連帯、中国を初めとするBRICKS諸国との連携や協力を得ながら、民族解放の道を歩み続ける。

2024年9月、遼寧省にある大連海事大学において「琉球研究センター」が設立されることが公表された。日本では琉球の「日本帰属論」が通説になっているが、近年、それを批判する琉球独立論をはじめとする多くの論考が提示されるようになった。琉球人と「日本人」は異なる民族であり、琉球は元々琉球国という国であり、日本に帰属したことはなかった。

今後は次のようなプロセスで琉球独立が進められるのではないか。まず中国、琉球、日本の研究者が「地位未定地・琉球」について多角的な観点から議論を行う。次に「琉球の地位」に関する交渉を、中国、日本、米国、北朝鮮人民共和国、韓国、ロシア等の政府間協議、国連総会、国連脱植民地化特別委員会、国連信託統治理事会の場において行う。そして琉球民族は自己決定権を行使して、国連監視下の住民投票により新たな政治的地位つまり独立を選択する。琉球独立は、「分離独立」ではなく、共和国としての「復国」という形を取るだろう。琉球は「日本固有の領土」ではなく、独自な歴史や文化を有する国だったのであり、それが1879年に日本により滅亡させられたからである。

琉球併合の時期に清国に亡命した琉球国政府の家臣団による琉球復国運動から、琉球ナショナリズムが始まる。琉球ナショナリズムは本稿で論じた徳田球一により現代的に発展し、太平洋戦争後、東アジアにおいて琉球独立運動を展開した喜友名嗣正(蔡璋)を経て、現在の琉球独立運動に継承されている。琉球併合により琉球と中国との関係が切り離されたが、戦後、徳田により両者は結びつき、今、国内外で認められた琉球民族は「復国」の道を再び歩み始めるようになったのである。

 

(注4)『人民日報』2023年6月4日

まつしま・やすかつ

1963年琉球石垣島生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士課程満期単位取得、博士 (経済学)早稲田大学。1997年から2000年まで在ハガッニャ(グアム)日本国総領事館、在パラオ日本国大使館に専門調査員として勤。東海大学海洋学部助教授を経て、2009年~現在、龍谷大学経済学部教授。ニライ・カナイぬ会共同代表、琉球民族遺骨返還請求訴訟原告団長。著書に、『沖縄島嶼経済史』『琉球の「自治」』(ともに藤原書店)、『ミクロネシア』(早稲田大学出版部)、『琉球独立への道』(法律文化社)、『琉球独立宣言』(講談社)、『琉球独立論』(バジリコ)、『帝国の島』(明石書店)、『琉球 奪われた骨』(岩波書店)、『学知の帝国主義』(明石書店)など。編著に、『島嶼沖縄の内発的発展』(藤原書店)、『大学による盗骨』『京大よ、還せ』(ともに耕文社)、『談論風発 琉球独立を考える』『歩く・知る・対話する琉球学』(ともに明石書店)、『取り戻さな!我した琉球先祖ぬ骨神』(琉球館)など。

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