特集 ●混迷する時代への視座
コロナ禍とウクライナ戦争下 ドイツの政治
と労働組合
語る人 ドイツ合同サービス労組チーフエコノミスト ディール・ヒルシェル
聞き手 本誌代表編集委員 住沢 博紀
1.90年代から組織再編を進めたドイツ労働組合の現状
2.政府と労働組合の関係:ネオリベラルから国家の再登場へ
3.ウクライナ戦争に対する組合の平和主義に立つ見解
4.近年のドイツ企業の行動:収益配分と人材・研究投資
5.社会サービス部門での劣悪な労働条件と組合の対抗戦略
6.政党と組合の関係の過去と現在
7.組合の新しい組織戦略:アマゾンへの対抗、環境団体との協働
8.結びにかえて:ヒルシェルさんからの質問と論点整理
1.90年代から組織再編を進めたドイツ労働組合の現状
住沢:ドイツの大産別、Ver.di(合同サービス労組)のディール・ヒルシェル博士が自治労の関係で来日され、今回のヒアリング調査の機会を得ることができました。Ver.diは公共サービス労組、郵政、印刷・メディア、商業・金融、職員組合などが合同した大産別で、ヒルシュル博士は本部の経済政策担当者です。
今回は自治労本部の会議室をお借りして、『現代の理論』編集部を代表して私、住沢が司会を担当しますが、国際労働運動をテーマとする研究会の方々の参加もあり、あらかじめ質問をもらっています。テーマは大きく3つです。
第一に、地球温暖化により環境政策がEUでは第一の政策課題となっていますが、ドイツの労組はどのような対応をしているでしょうか。
第2に、2003年に社民党SPDのシュレーダー政権のもと、いわゆる「アジェンダ2010」で、労働市場・福祉政策に関してネオリベラルの路線に転換しましたが、コロナ禍のもとで国家の役割が再評価されています。ドイツでは、組合との関係では具体的にどのような変化があったでしょうか。またサービス労組が組織する、医療、福祉施設の職員の問題は何でしょうか。
第3に、ウクライナ戦争で、EUもNATOもドイツ政府も、ウクライナへの兵器供給とロシアへの経済制裁を課していますが、これに対して労働組合はどのような態度で臨んでいるでしょうか。
ヒルシェル:最初にまずドイツの労働組合の現状についてお話します。 皆さんも想像できますように、日本の組合の現状と同じような関係になるかと思います。ドイツ労働組合は90年のドイツ統一以降は困難な状況にあります。 統一時は1200万人の組合員がいましたけれども、現在ではその半分の600万人になっています。 労働協約につきましても、90年代の前半には西ドイツの地域で言えば80%の雇用者を包摂していましたが、現在では50%に留まっています。 それからドイツの有名な経営協議会制度への組合の影響力ですが、かつてあった大きな影響力も現在では減ってきています。
この原因は経済構造の転換に対して、組合が適切に対応できていないということです。成長するサービス部門の組織化に十分に対応できませんでした。ドイツの労働組合は工業部門、自動車産業、機械産業、化学産業などでは今も組合組織率は高いですが、医療・保健部門、教育部門、さまざまな物流・配送部門、セキュリティ部門、こうした部分で雇用が増えているわけですけどもここでは組織率は低いままです。
核心となる問題は、サービス業界では中小企業が多いという事です。サービス業では、いわゆる質の悪い労働、労働条件がわるいとか、期限付き雇用とか、派遣労働とか、労働協約のない雇用が多くあります。これは日本も同じでしょう。
こういう展開に対してドイツの労働組合はその対抗戦略として、 一つは組織力を強化する。産別組合を合併して、かつては16の産別組合があったのが現在は8産別になっています。組合は多くの組織改革を行いましたが、その一つに組合の組織をよりプロフェショナルにしていく。私たちはアメリカやイギリスから 、いわゆる「組織化戦略」を学びました。組合としてはまだ組織化されていない領域で、しかし労働者の間で結びつきが非常に強く組合として組織できる職場に対して、明確な目標を定めて組織化してゆく方法です。今日ではこれは組合の一つの組織戦略として定着しています。
対抗措置によって組合員の減少にある程度歯止めをかけることには成功しています。2000年の最初の10年間は組合員が25%減少しましたが、2010年以降の10年間では5%にとどまっています。 しかしながらこうした減少傾向を逆転させる、つまり増加させるということにはまだ成功していません。以上がドイツの労働組合の現状です。
2.政府と労働組合の関係:ネオリベラルから国家の再登場へ
次に1990年代からのドイツの政府、これには州政府も含みますが、さらには公共サービス分野の展開について述べたいと思います。日本と比較しても同じだと思いますけれども、90年代から21世紀の最初にかけてドイツはネオリベラルの時代を迎えるわけです。それは「脱国家の時代」ともいうべきで、国営企業の民営化とか、 労働市場の規制緩和、福祉国家制度の再編などです。
ドイツは90年代から21世紀まで多くの民営化が行われたわけですが、その例として、テレコムつまり通信事業、郵政、医療病院関係などで、これは旧東独もふくめて3分の1が民営化されました。21世紀にはいると、労働市場の規制緩和が進行し、社会民主党などむしろ進歩派の政府の手によって行われ、低賃金や周辺労働が増えました。多くはサービス業で女性が多いのですが、現在ではドイツでは雇用者の5分の1が10ユーロ以下の時給で働いています。雇用の3分の1が 「良くない仕事」であり、派遣労働、請負労働、ミニジョッブ(アルバイト)などです。
私の分析では、日本も多分同じと思いますが、労働市場は2極化しています。製造業部門は労働協約の締結や期限付きではない安定した雇用、サービス産業の方は条件の悪い仕事という両極化です。さらに21世紀に入ってから、社会保障制度が再編成され、例えば失業保険給付が削減されるなどされました。そのことによって失業者が、たとえ低い賃金であっても仕事に就くことを迫られるわけです。さらに年金制度も一部が民営化され、雇用者の中での一部の人々は、法定年金制度以外に私的年金を選択することもできるようになり、さらに法的年金の給付額も下げられ、法定年金だけでは老後の生活が難しくなるという事態が生じています。
まとめると、このネオリベラルの脱国家の政治、1990年代から21世紀の10年代まで、この大きな流れが組合の力を弱めていったことになります。
しかしその後に二つの大きい危機、一つは2007年以後のグローバルな金融危機、もう一つは2020年からのコロナ危機です。この二つの危機によって、国家は突然、経済や社会のさまざまな領域に積極的に介入することが迫られたわけです。例えば金融危機では、銀行の一部が国有化される、あるいは経済を安定させるために、政府が積極的な景気刺激政策を行うなどです。政府は組合と使用者側に対し、経済が崩壊するのを防ぐために、相互に協調的な行動を行うことを提唱しました。このことはコロナ危機に際して再度行われまして、産業を安定させるために企業を支援・救済したり、あるいは組合と経営者団体に呼びかけ、政労使の協調行動を進めています。
この二つの危機によって、ある種の国家のルネッサンスと言ったらいいか、国家と資本と労働のコーポラティズム(共同体主義)が復活したわけです。 とりわけこのコロナ危機がいい例ですが、医療施設、それまでは民営化が進められていましたが、コロナに対して有効な対応ができていないということで、民営化に対する疑問が出されてきています。コロナ感染に対して、集中治療室や病院、あるいは介護施設において、それに先立つ数年間、コスト問題から人員削減が進められたため、必要な人員が配置されていません。介護要員の不足は数十万人に及びます。
とりわけ介護職は、給与も低く労働条件が悪いこともあり、人員不足からそれぞれ現場では過重な労働を強いられるということで更に介護職の希望者を減らす、という悪循環です。
コロナ危機に関して、社会が存続するための基本的な条件、サービス業の多くの分野、ス―パ―のレジ係や荷物の個別配達、医療・福祉関係の介護職など、(注:アメリカや日本でエッセンシャルワーカーと呼ばれる業務の一部は、ドイツでは労働協約により保障されるためここでは使われない)、社会システムに非常に重要な領域で働く人々の多くが、労働条件や給与は悪く、必要な人員が配置されていないことが明らかになりました。したがって、それらの仕事の労働条件や給与の底上げをめざし、組合としてこの分野で戦うことを始めています。
3.ウクライナ戦争に対する組合の平和主義に立つ見解
次にウクライナ戦争について話したいと思います。ロシアのウクライナ侵攻はドイツにエネルギー危機を生み出しました。ガス燃料の50%がロシアに依存しており、石油についても多くを依存しています。このためエネルギー価格は戦争開始後、3倍から4倍に上昇しました。現在ドイツのインフレ率は8%になっていますが、この影響は階層により異なり、低所得者層、家族世帯などがインフレの影響を大きく受けています。
とりわけ暖房費と電気代が値上がりしまして、 家庭によってはその月の給与所得の大部分が暖房費や電気代に必要になるという事態も想定されています。 同時に小麦粉とかミルクとか食料品についても値上げ、インフレが起こっています。そのため政府はそれぞれの世帯の負担を軽減する暫定的な措置の導入をやむなくされています。エネルギーコスト、とりわけ暖房費の高騰に対しまして、政府が助成するという話です。
こうした措置に関連して、政府内ではインフレの原因について、さらにはこれからのインフレの見通しなど、議論が起こっています。組合に対しては、賃上げ要求を控えめにして、インフレに拍車をかけるようなことはしないような要望があります。しかし組合の視点からは、これは非常に無意味な要望で、そもそもインフレの一番の原因は、戦争とロシアへの制裁です。しかも巨大企業、とりわけ石油産業など、大きな収益をあげているわけです。こうした事実を無視して賃金抑制はあり得ません。
賃上げに関しては、コロナ禍のもとで組合の活動は停滞を余儀なくされ、昨年の賃上げは1.7%に留まりました。このことは、賃上げが現在のインフレの原因ではないことを示しています。したがってこの秋に大きな賃上げ闘争を計画しています。高いインフレ率に対して、あるいは生活関連物資やエネルギー価格の値上げに対して、人々の負担を軽減するための闘争です。私たちはインフレに対して、高い賃上げによってそれを相殺するという方針を出しています。しかしこれはもちろん組合の組織率の高い産業部門にのみ妥当する話です。
もうひとつのテーマは、ロシアのウクライナ侵略に対する、軍備費拡大政策についてです。ドイツ政府はロシアのウクライナ侵略と同時に、1000億ユーロ(約14兆円)の防衛予算拡大を決定しました。それは国の財政の25%になります この1000億ユーロは、他の介護への人員配置とか、職業教育の充実とかに使用できる額です。NATOに関しては現在でもロシアの軍事費の約20倍になっています 。組合の視点からは、これを増強して20倍が25倍になったところで、安全保障がより確実になるのかという疑問です。
さらに大きな問題は、ロシアに対する経済制裁の問題があります。ロシアからのエネルギーに依存するドイツは、この制裁によって多くの人々がその負担に苦しむことになり、他方、ロシアはこの制裁によって困るということは現実に起こっていません。ロシアは現在、石油やガスを中国やインドに輸出しています。ロシアの通貨ルーブルは再びその価値を回復しました。
それに対して、数日以内に予想されているにロシアからドイツに対してガス供給がストップ、あるいは大幅な削減があれば(注:講演当日には、数日後にロシアからのガス供給が施設点検を理由に停止することが予告され、現在でも削減され従来の20%程度)、大きな問題が生じます。化学産業や自動車産業は多くをロシアからのガス供給に依存しており、それがもしなくなると生産がストップすることになります。しかし政府はこのロシアに対する制裁をもう一度考え直して見ようとはしません。
したがっておそらく秋には、高いエネルギー価格や食料品などのインフレに対して、大きなデモが生じるかと思います。そして組合では、こうしたインフレに対して、これに見合うような賃金要求を秋に準備していますので、この秋は動乱の時代になるといったらいいでしょう。ここまでが、ドイツの労働組合の現状とその課題に関する私の論点の整理です。
4.近年のドイツ企業の行動:収益配分と人材・研究投資
質問1:質問は3つです。第一に、ドイツの企業行動の過去10年間の変化の問題です。日本では企業がグローバル化する中で、人材投資をしないとか国内投資への配慮をしないとかいわれているわけです。10年前にドイツ調査にいったおり、中小企業ですけれど海外展開はしているが国内の人材投資もしているし、国内と国外の投資もバランスを考えているという話が印象的でした。
第2の質問は2000年以後の企業収益の配分構造です。日本の大企業は、株主利益は2000年から2008年に2倍少しと拡大しましたが、従業員への配分は減っています。企業は内部留保も増やしています。ドイツにはこうした企業行動はみられますか。(注:質問1~4は、当日会場に参加されていた自治労OBや明治大学国際労働研究所客員研究員の方々です)
ヒルシェル:それは産業部門により異なります。大企業の価格政策にも依存しております。自動車産業では様々な部品を供給している中小企業、例えばフォルクスワーゲンとかBMWとかベンツとかに供給しているような中小企業であれば、大企業からコスト削減の要請が強くなっています。しかも自動車産業は電気自動車への転換期を迎えており、これまでの部品供給が大きく変動します。そうすると中小企業も電気自動車の時代に対応できるように新たな投資が必要ですけれども、おそらくそうした資力がなく、政府の助成金が必要になると思います。
それに対して 機械産業の多くは、世界の市場の中で独自の製品のマーケットを持っており、国際的にも競争力があり、ここでは新規投資や人材育成も行っております。
もう一つ、ドイツのいわゆる 「二元職業教育制度」、つまり職業学校と企業内での二重の職業教育も危機に陥っています。中小企業が伝統的にこうした職業教育を担ってきましたが、訓練を修了した生徒は中小企業に残らずに、例えば部品製造の場合ですと、フォルクスワーゲンやベンツなど大企業に吸い取られます。するとコストをかけた中小企業が報われないので、だんだんとこの制度から撤退する企業が増えています。
第2の質問に関しては、おそらくドイツも同じような傾向です。いわゆるシェアホルダー重視(株主重視)であり、企業収益は株主配当に回され、投資や研究開発の額は減少する傾向にあります。ただドイツには、共同決定制度があり、監査役会は労働側が50%を占めます。大企業のほとんどがこの制度の下にあり、株主への過剰な配当に対しては、労働側は対抗パワーとして存在しています。成功する場合も、そうでない場合も様々ですが。
5.社会サービス部門での劣悪な労働条件と組合の対抗戦略
質問2:先ほどの話にあったサービス産業、とりわけ社会サービスの分野において、私は社会に欠かすことができないという事でベーシック・ワーカーと呼んでいますが、そのなかでも非正規雇用の方々が多くいます。ドイツでは、介護や医療の分野では、就業者の職業的なアイデンティティが強いといわれましたが、そうした職種グループごとに組織して産別に統合するという戦略と理解しました。日本では、職種別ユニオンの結成は難しく、とりわけ非正規雇用の場合は地域ユニオンの形で当該の自治体と交渉する、あるいは福祉団体と交渉するということです。
また介護や看護など、特定職種の最低賃金という枠組みはないのですか。
ヒルシェル:私たちはしばらく前から、介護・医療サービスでの組織化を目指しています。しかし組織化は困難です。一つの理由として、事業者の形態が多様であるという事です。介護・看護施設の場合は、キリスト教会系、自治体経営、それに民間企業の3種類があり、経営者側が多様であり統一性がありません。これは労働協約の締結を困難にしています。例えば経営協議会はすべての事業所に設置が義務づけられていますが、教会は教会の特別法によりこれから除外されています。経営協議会がないと組合の接近は難しくなります。またこれまでも介護領域で労働協約が締結寸前までいったこともありますが、教会系の使用者側の反対でできませんでした。
もう一つは、介護・看護の従事者は、職業へのアイデンティティを強く持ち、介護や看護を受ける人々との結びつきも強く、例えば、自分たちの給与や労働条件を改善するためにストライキで闘う、つまり介護や看護を一時的であれ放棄するという用意がないこともあります。
とりわけ難しいのは、高齢者の介護施設です。ここでは東ヨーロッパからの非合法な労働者も多く、いわばダンピング賃金で働いたり、労働法や労働協約に違反して働いたりしている多くの人々がいるわけです。高齢者介護では組合の組織率は10%であり、医療関連では15%です。とはいえ現在、大学病院、とりわけ(コロナで過度な負担がある)集中治療室において、給与と労働条件の改善をめぐり闘争を行っています。どちらにしても組合による労働協約の締結なしには、真の改善は見込めません。
介護の領域では普通の最低賃金よりも高い賃金が設定されています。現在ドイツでは1時間10ユーロが最低賃金ですけどもこれが12ユーロに引き上げられる予定です。介護はすでにこれよりも高い時給14ドルです。
6.政党と組合の関係の過去と現在
質問3:政党と組合の関係をお聞きします。日本では、連合が支持してきた民主党政権が2009年成立しましたが、むしろ政権と労働組合の関係が混迷しました。というのも民主党は社会民主主義的なグループとネオリベラルのグループが混在していて、それが政権の座にある民主党の分裂、ひいては支持率の低下を導きました。ドイツの場合は先ほどの社会保障の改編をめぐり社民党が分裂しましたが、現在ではそれは解決する方向に向かっているのでしょうか。
ヒルシェル: ドイツでは第二次世界大戦後では社会民主党SPDの中で労働組合は特別な地位を持っていました。 この特権的に友好的な社会民主党内での労働組合の地位は、しかしSPDのシュレーダー政権のもと危機に陥りました。
つまりシュレーダー政権は、ネオリベラルな路線を選択し、組合の労働政策や社会政策に対して、敵対的な政策を提示してきたわけです。このことにより、多くの社会民主党の組合員は脱党し、社会的公正を要求して新しいグループを形成して、最終的には旧東ドイツの共産主義者などもふくめた「左翼党」として成立しました。戦後ドイツの歴史の中で初めて左翼の社会民主政党ができました。
その後、社会民主党は連立政権の座にあった2015年に、シュレーダーの改革(アジェンダ2010)を見直すという方針に転換しました。 この事によって組合と社会民主党の関係はそれ以前の平常の関係に戻りました。他方で左翼党は基本路線をめぐり深刻な対立が生まれ、左翼党の中では組合グループの力が弱くなり、総選挙では5%の枠を突破できず、かろうじて小選挙区で幾人かの議席を得て政党を維持できました。左翼党は政治的な影響や人々を動員する力を弱体化させたわけです。
こうして社会民主党と労働組合は、恒常的に様々な意見交換をしております。しかし現在のインフレが進行する中で、大きな対立がうまれています。社会民主党は社会の広範な支持基盤やネットワークを失いつつあります。一般的な労働者の政党ではなくて、ホワイトカラーと公務員が党の幹部となり、単純な個々の労働者の利益や関心を反映する政党ではなくなってしまいました。このことは組合と社会民主党が協力することを難しくしています。
他方で、社会民主党は依然として私たち組合にとっては同盟相手ともいえる政党であり、緑の党はエコロジー中心で社会政策に関しては若干弱いですし、保守政党は多くの社会的政策課題に対して満足できません。左翼党は分裂の過程にあります。しかし原則から言えば、ドイツの労働組合は政党から自立した組織であり、独自の要求を掲げ組合員を動員しているわけです。従ってそれぞれの政党のポジションがどうであれ、組合は組合としての要求を掲げて運動を展開し、また政党とも協力しているわけです。
質問3‐2:確認ですが社会民主党がホワイトカラーと公務員の党になったということですけれども、それは社会の中で雇用者全体でもやはり中間層と下層という分裂が見られるということですか
ヒルシェル:社会の分裂はもちろん見られますが、ドイツでいま最大の問題は下層の人々が政治や政党に関心を持たなくなり、もはや選挙にも行かないという現状です。 政党はもはやそういうすべての人々の代表するものではなくなり、また棄権する人も増えています。これは議会制民主主義にとって深刻な問題で、例えば自治体の選挙で言うと、豊かな人々の多い地域では90%の投票率があって、 それに対して貧困層が多い地域では20%から25%の投票率になっています。つまりドイツは今代議制民主主義の危機に陥っているわけです。このことは社会民主党だけではなくて全ての政党の問題でもあります。
この社会の分裂は組合にも妥当しており、組合は現在自動車産業とか機械とか、あるいはかつて公営企業であったテレコムやポストなどは組織率は高いです。けれども給与条件が悪いサービス業を中心とする人々の組織が非常に弱くなっています。このことが現在最低賃金制を要求する一つの根拠になっております。 つまり最低賃金を組合が要求するということは労働協約を結ぶことが難しいつまり組合の力が弱体化していることの反映でもあります。
7.組合の新しい組織戦略:アマゾンへの対抗、環境団体との協働
質問4-1:最初に話があったように、組織化の点でアメリカやイギリスの労働組合の戦略に学んだと言われましたけれども具体的にその事例を教えてください。
ヒルシェル:特別に新しい戦略ということではなく、昔からのいわば下からの、現場からの組合の組織化ということで、産別が組合書記を送って、産別の方針で組織するということではなく、現場での連帯や要望を尊重する組織化という事です。具体例としましては、病院の医療関係の組織化、 Amazon の組織化、それからあとは空港のセキュリティ要員の組織化などがあげられます。空港の場合はほぼ30%ほどの組織率の成果を上げています。どちらにしましても組合員を増やすということが、サービス業界に限らずすべての領域での組合の基本的な方針です。
質問4-2:私もアメリカの労働組合の新しい組織戦略に興味を持っており、一つは今言われたような Amazon やスターバックスなども現場から組織していく戦略です。もう一つ注目するのは「公共財のための交渉」bargaining for common goodということで、組合の本来の要求に限定されずに、地域の公共的な性格を持つ要求、例えば教員組合が自分たちの賃金要求だけではなく、地域の子供たちの住宅問題もふくめて、事業者である自治体と交渉するという戦略です。これについてドイツではこういうことがあるかどうかお聞きしたいと思います 。
ヒルシェル:ドイツでは複数の産別組合が共同して地域の問題をテーマに労働協約交渉するということはありませんが、例えば市民活動組織 NGOと協力して、Ver.diの場合ですと、都市近郊交通の市電やバスの運転手の労働協約に際して、高校生の環境保護運動「未来のための金曜日」と協力して、環境問題の課題を含みこむ形で、労働協約の更新の交渉を行う場合があります。こうした時には集会や様々なビラまきとか街頭デモとかに、環境運動の高校生や学生とともに参加するという形態です。アメリカ的な意味での「公共財のための交渉」というものはありません。
質問4-3:ドイツの産別は合併して、組合員減少に対抗しているという事ですが、それは成功しているのですか。
ヒルシェル:組合の合併による組織の再編や専門化という組織戦略が、組合員減少に歯止めをかけているかどうかという質問ですが、それはまだ成功はしていません。Ver.diで言うと、合同サービス労組になって、それでは統一した理念や戦略を持てたかと言うとそうではなく、情報・通信、ポストから介護まで、圧倒的に多様で幅広い領域を扱っていて、それぞれがそれぞれの要求項目と、そして組合の財源やマンパワーを配分されています。
例えば Amazon に対して、15年間に及び組合の労働協約の要求をしておりますけれども、もし合同サービス労組のもつ資源と人材を戦略的に投入できれば、相手側の譲歩も引き出すことができたかもしれませんが、残念ながらどの部門も自分たちの財政枠組みや人を手放そうとはしないわけです。したがって私たちはまだ Amazon に対して労働協約で勝利することができていないわけです。
8.結びにかえて:ヒルシェルさんからの質問と論点整理
ヒルシェル:もう質問がないようでしたら私の方から皆様に質問したいと思います。ウクライナ戦争に関してですが、ドイツはエネルギー危機やインフル蔵相など大きな問題を抱えていますが、日本はあまりロシアにエネルギーを依存していないしインフレ率もあまり高くないので、そうした影響は少ないように見えますが実際はどうでしょうか。
それからもう一つの質問はネオリベラルの流れと向かい合う政府の政策の問題です。ドイツでは過去30年間、ネオリベラルが主流を占め、政府は民営化、労働市場の規制緩和、あるいは社会保障制度の再編などで、ネオリベラル的な政策を実行してきました。政府の役割は後退していたわけです。しかし2007年以降のグローバルな金融危機、さらには2020年以降のコロナ危機に際して、国家の役割が再び評価され、いわゆる 介入国家が再現されています。この二つの危機に対する政治と国家の対応によって、ネオリベラルの流れは当面はストップさせられている感じがしますが、日本ではどうでしょうか。
住沢:日本側の幾人かの返答は多様ですのでここでは省略させてもらいます。ヒルシェルさんの話を聞いて、私が強く印象を持ったのは、2002年以後のシュレーダー政権のいわゆる「アジェンダ2010」の問題です。これは二つの面から議論できます。
一つはこのシュレーダーの政策がドイツ産業界の新しい発展を準備したという、大前研一など日本のネオリベラルの人々の評価です。つまり日本でシュレーダーのような構造改革が必要であるのにしなかったから日本は停滞している、こうしたよく主張されることが適切かどうかという問題です。
もう一つは私が思っていた以上に、シュレーダー政権が政治面でドイツの労働組合に大きな影響を与えたということです。もちろん社会民主党の分裂と最終的に左翼党に行き着く流れがあったのですが、それはIGメタルの左派グループだけではなく、広くDGB全体としてもこの流れの中で、左翼党の一角に社会民主主義の労働組合グループが配置されるという事態を生んだ。それが2015年に、社会民主党がシュレーダーの構造改革を見直すという方向転換により、再び組合と社民党の協働関係が、いわば正常化されたというヒルシェルさんの見解です。
さらに二つの危機を潜り抜け、政府や国家の役割が再評価、あるいは新しく課題が設定されることによって現在の社会民主党政権が成立する。しかし社会民主党自体がもはや底辺層の多くの労働者の利益を体現しているとはいえない。またウクライナ戦争に際しても、エネルギー危機やインフレの激化に対するショルツ社民党政権の対応は、勤労者の利益に対応していないので、この秋には大きな動乱の時代が来るというのがヒルシェルさんの見立てです。最後にこれらの点で、ヒルシェルさにもう一度、確認のための整理をお願いします。
ヒルシェル:2000年ごろドイツは500万の失業者がいました。それでシュレーダーの「アジェンダ2010」が出されるわけです。2004年から5年にかけて、労働市場は改善され失業者が減り始めます。しかしこれは、機械や自動車などのドイツ企業が中国市場を開拓したこと、さらにはアメリカの経済が回復して世界的な好景気の循環が生まれたことの結果であって、シュレーダーの労働市場政策とは何の関係もありません。しかし事後的に、いろいろな方面から、「シュレーダー改革」が称賛されるわけです。
シュレーダーのネオリベラル政策は、社会民主党にとり破壊的な帰結をもたらしました。社会民主党は分裂し、党員は激減し、得票率も30%代後半から20%代前半とほぼ半滅しました。確かに金属労組が中心でしたが、Ver.diも含めドイツ労働総同盟DGB全体としても批判的な立場であり、私たちは「社会民主党の脱社会民主主義化」と呼びました。幸いなことに、2015年以後の社民党による「シュレーダー改革」の見直しが始まり、組合との関係はかなり修復しました。
しかし今回のウクライナ戦争に際しての軍備費の増大、エネルギー危機やインフレにつながり、また成果のないロシアへの制裁の継続、ガソリン価格高騰や家庭用電力や冬に向けた暖房費の高騰など、さらにこうしたインフレから生活を守るための労働組合による賃上げ闘争など、この秋には大きな社会経済的な紛争が見込まれています。
ディール・ヒルシェル
1970年生まれ。2003年リューネブルク大学で「高額所得の原因」をテーマに博士号取得。03~10年、ドイツ労働総同盟(DGB)チーフ・エコノミスト。10年~現在、合同サービス労組チーフエコノミスト。中央協同組合銀行監査役会役員。ハンス・ベックラ―財団(DGBの財団)理事。
すみざわ・ひろき
本誌代表編集委員、日本女子大学名誉教授。専攻は社会民主主義論、地域政党論、生活公共論。
特集/混迷する時代への視座
- 立憲民主党再生戦略の考察と提言本誌代表編集委員・日本女子大学名誉教授・住沢 博紀
- 共感と参画の政治を各地から立憲民主党参議院議員・辻元 清美
- 混迷の時代、諸策の原点は人命尊重にあり神奈川大学名誉教授・本誌前編集委員長・橘川 俊忠
- 不正投票の事実なし、国会襲撃は武装反乱国際問題ジャーナリスト・金子
敦郎 - 迷走する連合は出直し的再生をめざせ労働運動アナリスト・早川 行雄
- 物価高騰と日本経済の今後を読むグローバル総研所長・小林 良暢
- ヘタレの朝日、物言う地方紙同志社大学教授・小黒 純
- コロナ禍とウクライナ戦争下 ドイツの政治と労働組合ドイツ合同サービス労組チーフエコノミスト・ディール・ヒルシェル
- 国政版自公民路線の成立を画策する松山大学教授・市川 虎彦
- 戦後の戦争と平和に関する国際法秩序弁護士・丹羽 雅雄