特集 ●混迷する時代への視座
ヘタレの朝日、物言う地方紙
安倍氏殺害事件、国葬、旧統一教会の報道をめぐって
同志社大学教授 小黒 純
故安倍晋三氏はかつて首相を務めていたが、7月8日に死亡した時点では現役の自民党衆院議員だった。いくら党内最大派閥の会長で、政界に一定の影響力を持っていたとしても。
その葬送について、次のように書いた大手メディアがある。
取材ヘリに乗り、安倍晋三元首相のなきがらを運ぶ車の列を見た。東京・芝の増上寺を出た車が向かったのは自民党本部、首相官邸、国会議事堂。権力の回廊をひつぎが行く▼追悼の黒い人波が見えた。東を向けば両国の国技館が視界に入る。トランプ前米大統領をここに招待したのは3年前。元首相は並んで大相撲の千秋楽を観戦した。(中略)▼思い起こせば、子どものころにも似たような感覚をニュースから受けたことがある。1970年の作家三島由紀夫の自決だ。周囲の大人たちに事件の意味を尋ねても、だれもが咀嚼(そしゃく)できていないように映った。そんなことを考えているうち、眼下には防衛省、そして三島が自衛隊員に決起を呼びかけた建物も見えてきた。
上空から葬送の車列を眺め
産経新聞のコラムだと思った向きも多いのではないか。朝日新聞7月12日付朝刊の「天声人語」である。テレビの中継実況さながらの作りになっている。国粋主義者の自決を想起するのは勝手だが、今回の事件と何の関係があるというのか。違和感ばかりが募る。コラムは「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。その一節を思う」と、締め括られている。筋違いの感傷に浸っている場合ではないだろう。
新宿御苑を眺めて、「桜を見る会」の問題に触れるだけは触れた形になっている。批判の目は失っていませんと言っておきたいのか。実に中途半端だ。かつての「天声人語」は、「社会の木鐸」「権力監視」といった気迫がみなぎっていた。読者をうならせた名手、深代惇郎氏だったらどう書いただろうか。
「葬送」と同一の筆者かどうかはわからないが、「天声人語子」は、事件現場となった奈良県奈良市に足を運んでいる。7月10日付朝刊から紹介しよう。
「赤ちゃんを抱いた女性、スーツ姿の男性。文字通り老若男女が雨のなか粛然と並ぶ。供花の脇に置かれた色紙には、『ご冥福を。日本は託されました』という言葉もあった」。型にはまった現場雑観で始まる。駆け出し記者の原稿だったとしても、デスクに突き返されるかもしれない。次はどこへ向かうのか。「天声人語子」は何を思ったのか、事件とは直接関係のない名刹、西大寺を訪れる。
四天王に踏まれる邪鬼を見つめるうち、とっさに組み敷かれた狙撃犯のことを連想せずにはいられなかった。目と口を見開いた邪鬼の表情は苦悶にゆがむ。私たちの弱さや愚かさを映す鏡のようだ。(中略)西大寺を後にしつつ、民主主義の意外なもろさを思った。▼だが静かに献花に並ぶ人たちには励まされた。演説中に倒れた元首相の死を悼み、言論や選挙を重んじたいというメッセージを痛いほど感じた。
新しい事実もなければ、新たな視点の提示もない。そもそも論理的な筆運びではない。苦悩する邪気の表情が狙撃犯を思わせるというのか、それとも「私たちの弱さや愚かさ」だというのか。「民主主義の意外なもろさ」が何を指しているのか。思わせぶりの、曖昧な表現が続く。
読者は上っ面の感想を読みたいわけではない。筆者は何のために事件現場に行ったのか。献花に訪れた人たちの様子を眺めただけ。まともな取材をしない。近くの古寺へ逃げ、物思いにふける。そんな気の抜けた雑観では、読者の共感は得られるはずもない。献花の様子を見て「励まされた」のはなぜなのか。事件そのものの追及は、地元の記者に任せているから、「天声人語子」が書くのは、「現場ルポまがい」でよい、ということなのか。
もし拙稿の筆者がデスクだったら、「現場を這いずり回って、関係者から新証言の1つでも引き出して来い」と言うだろう。容疑者の取り調べに当たっている奈良県警の幹部に聞くべきことはあるだろう。この時点で朝日新聞は、「(旧)統一教会」の名前を関連記事の中で明らかにしていない。自分は献花する人の姿に「励まされた」そうだが、そのために現場に赴いたのではあるまい。
「特定の宗教団体」
「天声人語」を見てきたが、ストレート・ニュースはどうなのか。既に多くの批判を浴びているのが、容疑者の動機に関わる、「特定の宗教団体」の名前を、大手メディアが当初報道しなかった点だ。
いち早くこの問題を指摘した1人は、元テレビ朝日プロデューサー、鎮目博道氏だった。(現代ビジネス「「宗教団体の名前を伏せる」「各局揃って喪服」……「安倍元首相銃撃事件」テレビ報道への4つの“違和感”」参照)
この論考で鎮目氏は、大手メディアが名前を伏せる、2つの可能性を指摘している。1つは、警察が明らかにしていないため、メディアも知らない、という状況が生じている可能性。もう1つは、「宗教団体の名前をすでに知っているが、なにがしかの配慮で報道していない場合」である。
鎮目氏は「そこにもし『配慮や忖度』が働いているとすれば、それは少しおかしいのではないかということになる。やはり本来であれば宗教団体の名前を明らかにし、宗教団体側の取材もきちんと行ってその内容も併せて報道し、もし安倍元首相とその宗教団体との関係が明らかでなければ、その旨もきちんと報道すれば良いだけのことである」と指摘している。まったくその通りだ。
前者の場合であっても、容疑者の取り調べに当たっている奈良県警に対し、取材する側は「容疑者は『特定の宗教団体』の名前を出していないのか。それとも本人は名前を出しているが、何らかの理由で警察として伏せているのか」と聞かなければならない。そして、名前を出さないとしたら、その理由を報じる必要がある。
この「特定の宗教団体」は、宗教法人世界平和統一家庭連合(旧統一教会。註―本稿では表記は両用しています)のことを指す。統一教会による霊感商法が社会問題化したのは1970年代に遡る。恐ろしい存在だった。今よりはるかに威張っていた大手紙の新聞記者たちでさえ、びびっていた。筆者も当時、立ちすくむ新聞記者の一人だった。しかし、何人かのジャーナリストたちは勇気をもって立ち向かっていった。その一例が、朝日新聞社が発行する週刊誌「朝日ジャーナル」だった。
安倍氏襲撃の話に戻ろう。新聞各紙の紙面を、詳しく検証してみると、統一教会のことだと、メディアが知らなかったのではなく、知っていたのに報じなかった、ということがわかる。朝日新聞の場合、事件発生翌日の7月9日付朝刊の紙面で、「容疑者の親族という男性は取材に、『特定の宗教団体を巡って容疑者の家庭は壊れた。本人はその団体から被害を受けていたはずだ』と話した」と報じている。関係者への取材で既に「特定の宗教団体」に関する話を聞き、記事にしている。
この親族の男性が統一教会の名前を伏せ、本当に「特定の宗教団体」と発言したのであるなら、どんな宗教団体なのか詰めていくのが、取材のキモだ。もし、この男性が言えないとしたなら、その理由も含めて記事にすべきだ。仮に、名前は出ているのだがメディアの判断で、「統一教会」とはせずに、「特定の宗教団体」という表現にとどめておくなら、その説明が必要だ。この情報を得て、捜査当局に確認するのも、取材のイロハと言える。
さらに、当日付夕刊の段階では、「捜査関係者によると、山上容疑者は特定の宗教団体名を挙げ、『過去に家族が入信し、金を納めて生活が苦しくなった』と説明していることもわかった」と報じている。こうなると、少なくとも容疑者自身が統一教会の名前を挙げているのは疑いようがない。頑なに「特定の宗教団体」とするのは、警察当局なのか、それともメディアなのか。それはいかなる理由なのか。両者の間でどのようなやりとりや約束が交わされ、メディアが報じないことになったのか。読者にはわからない。
容疑者も、その親族も「統一教会」とは口にせず、「特定の宗教団体」と語っていたかのようにメディアは報じていた(ケースA)。しかし、当初から、容疑者は統一教会の名前を口にしていたのではないか。伝えられた報道を検証する限り、警察当局とメディアとの間で、何らかの合意ができて、「統一教会」とせず「特定の宗教団体」にしておいた、と考えるのが合理的だろう(ケースB)。
容疑者 | 捜査当局 | メディア | |
---|---|---|---|
ケースA | 「統一教会」 | 「特定の宗教団体」 | 「特定の宗教団体」 |
ケースB | 「統一教会」 | 「特定の宗教団体」 | 「特定の宗教団体」 |
ケースC | 「統一教会」 | 「統一教会」 | 「特定の宗教団体」 |
ケースD | 「統一教会」 | 「特定の宗教団体」 | 「統一教会」 |
ケースE | 「統一教会」 | 「統一教会」 | 「統一教会」 |
メディアが一斉に「統一教会」と報じたのは、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)が都内で記者会見を開いた7月11日(月)の夕方以降だ(ケースE)。参議院選挙の投開票日の翌日というタイミングになった。記者会見がなければ、「特定の宗教団体」報道はさらに続いていたかもしれない。
政界との関係は
新聞各紙は1975年ごろから、合同結婚式など、統一教会をめぐるさまざまな問題を報じている。政界とのつながりを問題視する報道も少なからず存在する。
例えば、各紙の新聞報道によると、1992年3月、自民党副総裁(当時)の金丸信氏は、統一教会の文鮮明教主(当時)と都内で約2時間会談した。文教主は自民党の「北東アジアの平和と安全を考える国会議員の会」(約30人)のメンバーとも会談している。文教主は米国で禁固刑を受けており、本来なら入管法により入国できないはずだったが、法務大臣の特別許可で入国した。金丸氏は法務省に圧力を掛けたことを認め、「日本に入国できないというので、私が便宜を図ってもらえるように法務省にかけあった」と、インタビューで答えている。
故安倍氏についてはこんな報道もある。朝日新聞の2006年6月20日付朝刊によると、福岡市で前月に開かれた統一教会の関連団体「天宙平和連合(UPF)」の会合に、安倍氏(当時、官房長官)や自民党の保岡興治・元法相名で祝電が送られていた。全国霊感商法対策弁護士連絡会が「遺憾だ」として抗議した。安倍氏の事務所は取材に対し、こう弁明している。「私人としての立場で地元事務所から『官房長官』の肩書で祝電を送付したとの報告を受けている。誤解を招きかねない対応であるので、担当者にはよく注意した」。
つまり、手続きミスでした、もうしません、ということだ。ところが、昨年9月、UPFが韓国内で開催したイベントに、安倍氏はビデオメッセージを寄せている。NHKも「クローズアップ現代」が7月11日の番組で報じたが、メッセージの中で以下の部分は紹介されなかった。(メッセージはYouTubeでも確認できる)
「今日に至るまでUPFとともに世界各地の紛争の解決、とりわけ朝鮮半島の平和的統一に向けて努力されてきた韓鶴子総裁をはじめ皆様方に敬意を表します」
韓氏は故文鮮明氏の妻で、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)やUPFの総裁を務めている。文氏亡き後の中心人物と言ってよい。
安倍氏は今年2月にも、UPFが主催する「ワールドサミット2022・韓半島平和サミット」というイベントにメッセージを寄せた。ステージの巨大スクリーンいっぱいに、安倍氏の顔と日の丸が映し出される中、ここでも、韓鶴子総裁らに対して「深い感謝と敬意を表します」などとする英文メッセージが、読み上げられている。
UPF主催「ワールドサミット2022・韓半島平和サミット」のYouTube動画(安倍氏のメッセージは冒頭から約1時間20分後)
安倍氏はそのほか、旧統一教会系の政治団体「国際勝共連合」が発行する月刊誌『世界思想』の表紙にも、少なくとも6回登場している。こうした点から、7月18日付の「しんぶん赤旗」は「旧統一協会系の団体との親密さが目立っていた国会議員が安倍元首相でした」と指摘する。
テレビは情報系の番組も含め、7月18日ごろから、旧統一教会の問題を積極的に取り上げるようになった。例えば、7月23日放送のJNN系「報道特集」、7月24日放送のNNN系「真相報道 バンキシャ!」などが、政治家とのつながり、選挙との関係を追及している。
新聞も社説で論じるようになった。毎日新聞は7月22日付の社説で、「事件の全容を明らかにするには、旧統一教会を巡る問題の解明が欠かせない。(中略)社会に大きな衝撃を与えた事件の背景を徹底的に解明しなければならない。捜査だけでなく、政治にもその努力が求められる」と述べた。
朝日新聞も同日付の社説で、この問題に言及した。「選挙活動の組織的支援や政策への介入など、教団と政界の関係は種々取りざたされる。岸信介元首相以来の付き合いといわれる自民をはじめ、各党・各議員は自ら調査し、結果を国民に明らかにする必要がある」。
旧統一教会と政治の関係は根深い。問題の解明を政治・政党任せにするのではなく、メディアはメディアとしての、渾身の調査報道を期待したい。
「国葬」の是非はスルー
事件発生から1週間後、岸田首相はこの秋、安倍氏の国葬を行うと表明した。野党はすぐに明確な態度を示さなかった。徐々に「国家として全面的に公認し、安倍氏の政治を賛美・礼賛することになる」(共産党)、「国葬とすることで、評価の大きく分かれる政策をレガシー(遺産)として正当化することは許されない」(れいわ新選組)など、異議を申し立てる声が出始めた。
安倍政権の応援団だった産経新聞と読売新聞はそれぞれ社説で、国葬に賛成の立場を示した。産経新聞は「これほど世界から惜しまれた政治家が日本にいただろうか。日本にとどまらず、世界のリーダーだった。国民が安倍氏を悼み、外国からの弔問を受け入れるには国葬こそ当然の礼節である」(7月14日付)と力強い。読売新聞も「国葬という最高の形式に、異論がある人もいよう。だが、不慮の死を遂げた元首相の追悼方法を巡って日本国内が論争となれば、国際社会にどう映るか。そんな事態を、遺族も望んではいまい」(7月16日付)とする。
その一方、地方紙は次々と反対の声を上げた。
掲載日 | 新聞 | 社説の見出し |
---|---|---|
7月16日付 | 北海道新聞 | 幅広い理解得られるか |
7月16日付 | 信濃毎日新聞 | 特例扱いは納得がいかぬ |
7月16日付 | 新潟日報 | 納得のいく説明が必要だ |
7月16日付 | 京都新聞 | 法の根拠がなく疑問だ |
7月16日付 | 琉球新報 | 内心の自由に抵触する |
7月17日付 | 熊本日日 | 特例でもルールは必要だ |
7月17日付 | 沖縄タイムズ | 異例の扱い 疑問が残る |
7月18日付 | 愛媛新聞 | 一人一人の思い尊重する配慮を |
7月19日付 | 中国新聞 | 決定の理由、説明足りぬ |
ところが、朝日新聞は社説で取り上げようとしない。岸田首相が国葬を決めた後、3日たってもスルー。16日は「コロナ第7波 経験生かし対策講ぜよ」「共産結党100年 次世代へ党開く変革を」、17日は「観光船事故 反省踏まえ安全徹底を」だった。「国葬」に対する態度を決められないのか、「国葬」反対と主張するのは気が引けるのか。
Yahoo!ニュースは7月12日から22日まで、「安倍政権に関する出来事で、あなたが最も印象に残っているものは?」を問う、アンケート調査を行った。約14万人が回答し、圧倒的なトップは「森友・加計問題」(57.9%)だった。「アベノミクス」(14.4%)、「日米関係」(7.5%)、「桜を見る会問題」(4.6%)、「憲法改正への取り組み」(3%)と続く。「アベノミクス」や「日米関係」は、プラス評価なのか、マイナス評価なのかわからない。一方、「森友・加計問題」は明らかなマイナス評価である。
新聞・テレビが実施する世論調査の結果とは多少ズレるかもしれないが、これだけの規模の回答は一定の重みを持つ。「森友・加計学園や桜を見る会を巡る問題では権力の私物化も指摘された。費用の全額を税金で賄う国葬への反対意見が出るのは当然だ」(中日新聞)など、地方紙の社説が異論を唱えるのも、当然のことだと言える。
朝日新聞は社説が沈黙する中、7月16日付朝刊の投書欄「声」では、94歳の読者からの次のような訴えを掲載する。
待ってほしい。国民こぞって、その死を悼む行為が国葬ではないか。だが、安倍元首相がその在任中に行ってきたことは、私たち国民の思い、気持ちを分断に導いたものではなかったか。(中略)自分の身近な人々の便宜、利益に配慮し、公平、普遍であるべき施策にゆがみをもたらしたのではないか。二つの学校法人を巡る問題が明らかになり、批判を受けた。「桜を見る会」の実態は言うまでもない。
そして「銃弾によって奪われたいのちを悼む。だからと言って、国費すなわち税金をもって営む国葬とすることは断じて認めることができるものではない」と。
読者の声を借りてお茶を濁すな、と言わせていただく。少なくとも「国葬」の是非をめぐり議論する必要があるのは明らかだ。舌鋒鋭く書く能力がないなら、この投書を丸ごと社説に回したらどうか。読売新聞と朝日新聞は長らく、社説で対決してきた。「国葬」をめぐっては「対決」する元気もないのか。
同日、読者投稿「かたえくぼ」も痛烈だった。
国葬
あれもこれも葬る場
――新解釈辞典
ネット上で炎上騒ぎになったのは、同じ日の「朝日川柳」の7作品だった。
疑惑あった人が国葬そんな国
利用され迷惑してる「民主主義」
死してなお税金使う野辺送り
忖度(そんたく)はどこまで続く あの世まで
国葬って国がお仕舞(しま)いっていうことか
動機聞きゃテロじゃ無かったらしいです
ああ怖いこうして歴史は作られる
選者は朝日新聞のOB、西木空人。添えられた寸評は「一句、国会虚偽答弁118回。二、三句、批判句際限なく。四句、なぜ国葬か。五句、日本国の弔い。六句、テロリズム=政治目的のために暴力に訴えること」。ネットで炎上し、朝日新聞社は19日、J-CASTニュースの取材に対し「朝日川柳につきましてのご指摘やご批判は重く、真摯に受け止めています」と回答した。
朝日新聞は、論争になっているテーマを取り上げる「論耕」欄でも、社説でも、議論を避け続けた。本稿を書き進めていたら、7月20日になってようやく、社説が掲載された。国葬は9月27日実施で政府が調整しているという報道が流れた後のタイミングだ。
在任期間は憲政史上最長となったが、安倍元首相の業績には賛否両論がある。極めて異例の「国葬」という形式が、かえって社会の溝を広げ、政治指導者に対する冷静な評価を妨げはしないか。岸田首相のこれまでの説明からは、そんな危惧を抱かざるをえない。
掲載したのはよいが、新たな論点があるわけではない。この程度の内容であれば、読者投稿を掲載した時期に掲載できたはずだ。論説委員室の意見がまとまらなかったのだろうか。
翌日の天声人語はやや踏み込んだ。「非業の死をとげた政治家を追悼したい。そう感じる人が多いのは自然だろう。そうであっても国葬という選択は問題があると思う。みなで悼むことが、みなでたたえることに半ば自動的につながってしまうと感じるからだ」。
なんだか煮え切らない。それに比べ、河北新報(本社:仙台市)の7月22日付の社説は、冷静で、はるかに鋭い。
安倍氏の「実績」についても国民の受け止め方はさまざま。特に東北の被災地に刻まれている記憶は複雑だ。
東京電力福島第1原発の状況を「アンダーコントロール」と語って招致した東京五輪は、いつの間にか「復興五輪」から「コロナに打ち勝った証し」にすり替わった。
「最後は金目でしょ」「まだ東北だったからよかった」「石巻市(いしまきし)」「復興以上に大事」「長靴業界はもうかった」
第2次安倍内閣以降、閣僚らの失言、暴言は何度も繰り返された。更迭せざるを得なくなると、安倍氏は決まって「任命責任は私にある」と語ったが、具体的な行動で責任を取ることはなかった。
ベタ褒めする“報道”も
「ヘタレ」どころか、安倍氏をベタ褒めするテレビの“報道”もあった。その1つを紹介しておく。
テレビ朝日「圧倒的な存在感 安倍元総理 最後の戦い 参院選の公示日から凶弾に倒れるまでの16日間」
https://news.yahoo.co.jp/articles/1d09592e6f3b1f45ec6f35459492aa188dac6b11(リンク切れ)
https://www.youtube.com/watch?v=2SqrRzGRfhY(リンク切れ)
上記YouTubeの再生回数は87万回を超えていた。番組の内容に好意的なコメントも多数寄せられていた。テレビ朝日側がなぜアクセスできない状態にしてしまったのか、実に不可解だ。
筆者が問いたいのは、視聴者の反応ではなく、大手メディアとしてこれでよいのか、ということだ。「報道」と呼べるのか疑問だ。
安倍氏が各地で披露する演説の「十八番(おはこ)」として、次のように伝えている。初当選同期の岸田首相について「今でも、男前なんですが当時は歌舞伎役者みたいでね。自民党本部に入ってくると、党本部の受付の女性がうっとりしてましたよ。それ見て私たちみんな不愉快になってたんです」。
ユーモアのつもりかもしれないが、安倍氏の考えの底流にあるのはルッキズム(外見至上主義)ではないか。聴衆のウケを狙う応援演説とはいえ、軽佻浮薄の感は否めない。これが元首相による演説の「十八番」とは、市民も見下されたものだ。
こうした選挙活動を捉え、安倍氏を「圧倒的存在感」と評価し、痛痒を感じない大手メディアが存在する。記憶にとどめておきたい。
番組の映像と記事がどちらもリンク切れになってしまったので、もう少し内容を紹介しておきたい。番組の最後に、自民党の猪口邦子氏(今回の参院選で3選)が登場する。着用しているマスクについて聞かれ、猪口氏はこう答える。
「アベノマスク。いつも持っているのよ。今日もこれ3枚目くらいよ。(安倍氏は)日本の人たちを愛していたから、死んでほしくなかったから、自分は死んでしまったけどね。人の命を守るために、このアベノマスク、戸別配布したんですよ。本当の愛国者は、そういうこと、笑い者にされようと、撤回しなかったじゃないですか」
ブラック・ジョーク? いや、猪口氏自身は本気でそう思っているらしい。安倍氏は「本当の愛国者」だから、アベノマスクを戸別配布した、批判があっても撤回しなかった、と。アベノマスクが大好きで、いつも身に着けています、と。
ちょっと待っていただきたい。アベノマスクは購入費、配送費、保管料などを合わせ約500億円が投入されたと言われている。税金の無駄遣いの象徴のような愚策だ。それを「本当の愛国者」によるものだと持ち上げる国会議員が存在する。発言をそのまま使って流す、大手メディアが存在する。どちらもしっかり記憶にとどめておきたい。
安倍氏殺害以降、約2週間のメディアの報道を、駆け足で見てきた。地方紙や一部のテレビのように、踏ん張っているメディアもあれば、朝日新聞のようにヘタレ具合が深刻なメディアもある。公権力に対して吠え続ける番犬は、健全な民主主義社会には不可欠だ。その番犬がおとなしすぎる。(7月29日 記)
おぐろ・じゅん
広島市生まれ。同志社大学社会学部大学院教授。上智大学法学部卒。三井物産で商社マン、毎日新聞で記者職。上智大学と米オハイオ州立大学で修士号。共同通信で脳死臓器移植や外務省機密費問題など調査報道に当たる。2004年から龍谷大学、12年から同志社大学でジャーナリズムの教育・研究。NPO「情報公開クリアリングハウス」理事。2021年4月から調査報道とファクトチェックのサイト「InFact」代表理事。
特集/混迷する時代への視座
- 立憲民主党再生戦略の考察と提言本誌代表編集委員・日本女子大学名誉教授・住沢 博紀
- 共感と参画の政治を各地から立憲民主党参議院議員・辻元 清美
- 混迷の時代、諸策の原点は人命尊重にあり神奈川大学名誉教授・本誌前編集委員長・橘川 俊忠
- 不正投票の事実なし、国会襲撃は武装反乱国際問題ジャーナリスト・金子
敦郎 - 迷走する連合は出直し的再生をめざせ労働運動アナリスト・早川 行雄
- 物価高騰と日本経済の今後を読むグローバル総研所長・小林 良暢
- ヘタレの朝日、物言う地方紙同志社大学教授・小黒 純
- コロナ禍とウクライナ戦争下 ドイツの政治と労働組合ドイツ合同サービス労組チーフエコノミスト・ディール・ヒルシェル
- 国政版自公民路線の成立を画策する松山大学教授・市川 虎彦
- 戦後の戦争と平和に関する国際法秩序弁護士・丹羽 雅雄