特集●混迷する世界への視座

政治のグローバル化こそが必要だ

トランプ政権の登場と2017年の世界を読む

横浜市立大学名誉教授 金子 文夫

はじめに

全米・全世界数百万人の抗議デモに直撃されたトランプ政権の成立は、アメリカ1極型の世界覇権システムの変容を象徴している。折しも2017年はロシア革命100年、さらに遡れば「資本論」第1巻刊行150年にあたる。冷戦終結以後四半世紀が経過し、社会主義という対抗原理を失ったグローバル資本主義は、成長力を失い、社会を分断し、行詰りに陥っているように思われる。2017年はまた、金融セクターの肥大化に起因するアジア通貨危機から20年目、リーマンショックの端緒となったサブプライム危機から10年目にあたり、新たな金融危機が発生してもおかしくない時期を迎えている。

2016年6月のイギリスEU離脱決定、それに続くトランプ大統領の誕生によって、新自由主義型グローバリゼーションを牽引してきた英米両国は従来の政策路線からの大転換に踏み切った。世界的に反グローバリズムと保護主義が時代の潮流になる兆候が現れている。元来、経済のグローバル化と政治の1国主義(ナショナリズム)との間には埋めがたいギャップが存在するものであり、その間の折り合いをつけながら各国は政権運営をしてきた。そのギャップが臨界点を超えたのが2016年だといえよう。

しかし、グローバリゼーションから1国主義(ナショナリズム)への転換というように、事態を単純に捉えるわけにはいかない。イギリス国民投票も、アメリカ大統領選挙も、票差はわずかであった。アメリカの場合には、総得票数ではクリントンが上回ったほどだ。世界的にみて、グローバル化のベクトルとナショナル化のベクトルは、相互に錯綜して複雑に絡み合っているのが実態ではなかろうか。イギリスのメイ政権もアメリカのトランプ政権も内部に双方向のベクトルを抱え、矛盾した政策を展開することになるだろう。特にアメリカの場合、トランプという特異な人物の言動に影響されて、先の見えない不透明な政権運営が進行するように思われる。

本稿のねらいはグローバル化とナショナル化という二つのベクトルに注目しつつ2017年の世界を見通すという大まかなものである。以下では、まずヨーロッパの動向に目を配り、そのうえでアメリカの動きをやや立ち入って検討し、その関連で米中関係、日米関係の見通しにふれていくこととしたい。

1.EUは動揺するのか

イギリスのEU離脱の最大の要因は移民の大量流入であり、これがイギリス人労働者の失業、労働条件悪化をもたらした。しかしイギリスは、貿易や資本移動の面ではEU加盟の利益を得ていた。人の移動のナショナル化のベクトルが、商品・資本移動のグローバル化のベクトルを上回ったのが国民投票の結果であった。3月から開始される離脱交渉で、イギリスは離脱のメリットを確保しつつ、デメリットの極小化を追求するだろう。EU側がそれに安易に応じるとは到底考えられないが、離脱交渉の推移はEUの将来に大きな影響を与えるに違いない。果たしてEUは解体の方向に進むのか。

2017年に予定されているヨーロッパの一連の選挙では、移民・「テロ」問題が焦点となるが、背景には、各国の国家主権を超えてEU(ブリュッセルのEU官僚)がものごとを決定していく現状に対する不満が存在する。1国権力とEU権力との二重権力状態をどのように整理し、どのように方向づけていくか、その点の合意形成が進まないなかで、EU側が打ち出してくる様々な政策、ルールに対する反発が広まっているのが実情だろう。また、ドイツが一人勝ちとなるような構造的問題点も不満の土壌となっている。

オランダでは3月に下院選挙、フランスでは4~5月に大統領選挙、6月に国民議会選挙、ドイツでは9月に連邦議会選挙が行われる。イタリアの総選挙も2017年に繰り上げ実施される可能性がある。これらの選挙で移民排斥を掲げる極右の反EU・反グローバリズム勢力がかなりの躍進を遂げることが予想される。特にフランスの大統領選挙では、国民戦線のルペン党首当選という可能性も捨てきれない。そうしたまさかの事態が起こらないとしても、ナショナル化とグローバル化のせめぎあいは続いていくと思われる。

ただし、ここで注意すべきは、各国主権とEUとの間の対抗関係とは別に、EUとグローバル経済との間の対抗関係も存在することである。この点で、イギリスEU離脱におけるシティ(金融資本)の動向が注目される。2008年のリーマンショック以降、EUではマネーゲームを展開する金融資本を規制する政策が追求されていく。投機的な金融取引を抑制する金融取引税の推進、「合法的」租税回避を可能とするタックスヘイブンに対する規制策の立案(OECDのBEPSプロジェクト)など、過剰なグローバル化に歯止めをかける方向が打ち出されていく。実現が先延ばしされている金融取引税は、さしあたりユーロ圏の10カ国で導入される予定だが、導入された場合の影響はイギリスに及んでいく。また、イギリス王室属領のジャージー島、ガーンジー島といったシティ直結のタックスヘイブンも、規制の標的とされた。シティの金融資本のなかには、こうしたEUにおけるグローバル化を制御する政策をきらい、離脱を支持した潮流が存在したと考えられる。

EUとの正式離脱交渉を前にして、イギリスのメイ首相は、EU単一市場から完全離脱したうえで新たに自由貿易協定を結ぶという「ハード・ブレグジット(強硬な離脱)」方針を表明した。その際、「真にグローバルなイギリス」を築くと宣言し、グローバリズムの方向性を強調している。イギリスは、アメリカのような製造業雇用確保のための保護主義を追求するのでなく、金融資本優先のグローバリズムを選択している点を見落としてはなるまい。

2.トランプ政権をどうみるか

トランプは選挙戦の間だけでなく、当選決定以降も、メキシコ国境に壁を作る、その費用はメキシコに払わせるなどといった常識はずれの過激な発言を繰り返している。ツイッターを使って敵を攻撃する手法も続いている。果たして、トランプの極端な発言はそのまま実行に移されるのか、あるいは様々な政治力学が作用し、それなりに妥当なところに落ち着くのか。当面は先の見通せない不安定な政権運営が続くのだろう。はっきりしているのは、「アメリカ第一主義」の立場だけであり、論理より感情に訴えるレトリック、外交における理念なき取引(ディール)の手法が多用されよう。

トランプ政権が実際にいかなる政策を執行していくのか、全体像の予測は現時点では困難だが、主要な人事が固まったことで政権の特徴は明らかになってきた。キーワードをあげれば、ウォール街、軍人、反オバマである。

第一の特徴はウォール街との親和性であるが、選挙戦でトランプは、クリントンとウォール街との結びつきを批判し、白人労働者層の支持を獲得してきた。しかし、主要な経済関係閣僚はウォール街に縁のある人々が占めることになった。財務長官となるスティーブン・ムニューチンは投資会社経営者であり、元ゴールドマン・サックス幹部であった。大統領選挙で「金庫番」を務めた実績が評価されたのだろう。商務長官にはウォール街で「再建王」と称された富裕な投資家ウィルバー・ロスが就任する。経済政策の司令塔となる国家経済会議(NEC)議長には、ゴールドマン・サックス社長兼最高執行責任者(COO)のゲーリー・コーンが指名された。これとは別に、国家通商会議(NTC)の新設が予定されているが、その特別顧問にウォール街の著名な投資家であるカール・アイカーンが起用される。さらに、大統領首席戦略官・上級顧問となるスティーブン・バノンは、右派メディア「ブライトバート・ニュース」会長だが、元ゴールドマン・サックス社員であった。さらに付け加えれば、国務長官となるレックス・ティラーソンは、巨大多国籍企業エクソン・モービルの会長兼最高経営責任者(CEO)である。このほか、新設される「戦略政策フォーラム」には、会長に巨大投資会社ブラックストーンのCEOが就任し、大企業トップなど16人が顔を並べる。こうした人事からは、大企業・大富豪優位の政権という性格がにじみ出ている。

トランプ政権の第二の特徴は、軍幹部経験者を抜擢していることである。国防長官には、元中央軍司令官(元海兵隊大将)のジェームズ・マティスが就任する。彼は湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争で指揮をとった生粋の軍人であり、「狂犬」と称された。最高位の軍人が国防長官になるのは1950年のマーシャル元帥以来、また海兵隊出身では初めてという。国内の治安を担当する国土安全保障長官には、元海兵隊大将のジョン・ケリーがあてられた。元南部軍司令官として中南米を管轄した経験があり、国内の中南米移民に目を光らせると思われる。また、外交・安全保障政策を統括する国家安全保障担当大統領補佐官には、元陸軍中将のマイケル・フリンが指名された。彼は中東の戦争で諜報活動の指揮をとり、国防情報局長を経験しており、イスラーム敵視の発想が際立っている。さらに、内務長官に就任するモンタナ州下院議員のライアン・ジンキは、海軍特殊部隊「シールズ」の出身である。こうした布陣からは、国内・海外の両面で「力による政治」を行う姿勢がうかがえる。

第三の特徴は、オバマ政権が取り組んできた内外の重要政策を覆そうという意志が現れていることである。まず、国民皆保険を目指したオバマケアについては、反対論急先鋒のジョージア州下院議員トム・プライスが厚生長官となった。彼はティーパーティーの幹部であり、妊娠中絶やLGBTの権利を否認する保守派である。労働長官には、残業手当拡大や最低賃金引上げに反対する大手ハンバーガーチェーン経営者のアンドリュー・バズダーが就任する。環境保護、温暖化抑制の分野では、気候変動懐疑論者が目立つ。連邦環境保護局長官となるオクラホマ州司法長官のスコット・プルイットは、産業界の利益を優先し、環境規制に反対する人物である。その他、内務長官となるライアン・ジンキ下院議員、エネルギー省長官となるリック・ペリー元テキサス州知事、大統領首席補佐官となるラインス・プリーバス共和党全国委員長、CIA長官となるマイク・ポンペオ下院議員らは、いずれも気候変動否定の立場という(宮前ゆかり「トランプ政権―アメリカの略奪と搾取の系譜」『世界』2017年2月号による)。

3.トランプの経済政策は何をもたらすか

トランプは大統領に就任する前から、アメリカ第一を標榜し、大型減税、大規模なインフラ投資、広範な規制緩和、TPP離脱、NAFTA見直し、メキシコに工場を移す多国籍企業批判、中国に対する「不公正貿易」非難など、アメリカ経済、世界経済にインパクトを与える発言を繰り返している。これらの政策は実現可能なのか、また実行した場合、アメリカ経済、世界経済はどのような影響を受けるのだろうか。

まず、国内経済政策について、減税、インフラ投資、規制緩和という「トランポノミクス3本の矢」は、議会・共和党との折り合いがつけば、かなりの程度着手されるだろう。減税に関しては、連邦法人税率の35%から15%への大幅引下げをはじめとして、個人所得税、相続税、キャピタルゲイン・配当課税など全般にわたる超大型減税を打ち出しており、その規模は10年で4~6兆ドルともいわれる。年間の税収見込みの1割を上回るほどの大きさである。日本では法人税率20%未満はタックスヘイブン(軽課税国)と定義されてきたので(ただし今後変更予定)、アメリカがタックスヘイブンに認定されることになる。また10年で1兆ドル規模のインフラ投資を提唱しており、老朽化した道路、鉄道、港湾、空港、電力、通信施設などの整備が計画されている。

さらに、オバマ政権が推進してきた金融規制、環境規制、オバマケアなどを清算し、企業優位の制度への切替えを進めようとしている。リーマンショック後に創設された体系的な金融規制政策(ドッド・フランク法)は骨抜きにされ、ウォール街の再興隆をもたらし、環境規制緩和はシェールオイル産業の復活を可能にする。それらを総合して4%の経済成長を目指す一方、海軍力増強、核能力強化など、軍縮でなく軍拡の方向を打ち出している。

これら一連の政策は、1980年代のレーガノミクスの再版を想起させる。今回のトランポノミクスは、さしあたりはマーケットの期待を集め、株高、ドル高を示した。今後、株価と為替の乱高下をはさみながら、アメリカ経済の好況が1~2年続く可能性がある。しかし、レーガン政権の減税を通じて成長率を高めるというサプライサイド・エコノミクスは、実際には見事に破綻し、財政収支と経常収支の双子の赤字を生み出した。一方における減税、他方におけるインフラ投資、軍拡により財政赤字拡大は避けられないだろう。国債発行によって穴埋めするとしても、それには限界がある。小さな政府を信条とする共和党主流との衝突が生じ、やがて行き詰まることになろう。

また景気の上昇とともに、インフレ、金利上昇、ドル高が進むことになれば、今度は輸出にブレーキをかけ、貿易赤字を拡大させる。ドル高が行き過ぎれば、1985年のプラザ合意のような強引な為替調整が実行されるかもしれない。しかし、アメリカの国力(覇権)は1980年代よりは低下しているため、アメリカに都合のよい調整が実施される保証はない。結局、トランポノミクスは一時的には景気の上昇を生むとしても持続性に欠ける手法であり、遅かれ早かれ失速の道をたどるだろう。

対外的な通商政策はどうか。NAFTA(北米自由貿易協定)見直しについては、メキシコ、カナダとの2国間再交渉が進み、アメリカ優位の方向で通商協定が書き換えられていくと思われる。その際、メキシコに進出した多国籍企業が一方的に損害を被る事態は回避されるだろう。大統領就任以前の口先介入で、トランプは大手空調メーカーのメキシコへの工場移転を止めたと自慢しているが、その見返りに多額の減税を認めるなど、企業が一方的に譲歩したわけではなかった。フォードのメキシコ工場計画中止もまた、州の補助金支給との取引の結果にほかならない。個別企業の投資計画への介入が際限なく続けられるはずがない。

またTPPは、まだ発効していないため、離脱は簡単に実現した。今後アメリカは、新たに2国間通商協定の交渉に取り組む見通しである。TPPのような多国間交渉では、全体をまとめるためにアメリカも一定の譲歩を迫られた。しかし2国間交渉では、トランプ流の軍事と経済を絡めた取引が見込まれる。その際、立場の強いアメリカの方が多くのカードを持ち、ゲームを優位に運ぶと予想される。その最初の標的は日本になるだろう。

4.米中関係は衝突を招くのか

トランプ大統領の対外政策面で目立つのは、中国非難とロシアへの接近である。中国非難の要因は、米中貿易関係における著しい不均衡にある。実際、2015年のアメリカの中国への輸出は1161億ドル(国別比率7.7%)、中国からの輸入は4832億ドル(21.5%)であって、輸入が輸出の4倍以上、貿易赤字は3671億ドルに達する。これはアメリカの貿易赤字総額7456億ドルの半分近い規模であり、不均衡が顕著なことは間違いない。ちなみに、中国に続くアメリカの貿易赤字国は、ドイツ748億ドル、日本690億ドル、メキシコ607億ドルなどであり、中国が飛び抜けていることがわかる。対中貿易赤字の理由についてトランプは、中国の意図的な為替操作、輸出企業への不当な補助金などを指摘している。アメリカ議会はすでに、対米貿易大幅黒字国を「為替操作国」に認定し、対抗措置を講じることを義務づける法案を可決している。

他方、外交・安全保障面でトランプは、中国による南シナ海「要塞化」、核開発を進める北朝鮮の支援などを非難するとともに、「一つの中国」原則の見直しというカードを繰り出してきた。台湾は中国の一部とするこの原則は、中国にとって核心的利益のなかの最上位に位置しており、これにふれることは米中関係を一気に悪化させかねない。そうしたリスクに気づいているかどうか定かでないが、狙いは中国に揺さぶりをかけ、経済的実利を得るところにあるのだろう。中国との通商交渉で攻勢をかけるべく、通商戦略を扱う国家通商会議(NTC)議長に対中強硬論者のピーター・ナバロ・カリフォルニア大学教授、通商交渉を担う通商代表部(USTR)代表にロバート・ライトハウザー弁護士が起用された。ナバロは『中国は世界に復讐する』、『中国による死』、『米中もし戦わば』などの著書がある極端な反中論者である。またライトハウザーはレーガン政権時代に鉄鋼貿易交渉を担当、その後USスチールの弁護士として中国の貿易政策を問題視してきた。その一方、トランプ政権は駐中国大使に、習近平と親しいテリー・ブランスタッド・アイオワ州知事を指名している。また財界人を束ねる「戦略政策フォーラム」会長には巨大投資企業ブラックストーンのスティーブン・シュワルツマンCEOが就任するが、ブラックストーンは中国に巨額の投資をしており、米中の金融業界の橋渡しをする位置にある。こうした硬軟両面の人事配置をしている点も注目される。

それでは、中国はどのように対応するのか。習近平政権は今年の秋、5年に一度の一大政治イベント、共産党大会を控えており、政権の権威を確保するために、安易な妥協はしたくないだろう。しかし、中国の経済成長率は6年連続で低下を続けている。成長を牽引してきた貿易は2015年、16年と2年続けて減少した。トランプのいう為替の不正な引下げとは逆に、人民元の下落を食い止めるために、ドル売り元買いの為替介入を続けているのが実情である。豊富な外貨準備は減り続け、ピーク時より1兆ドル減少し、3兆ドル割れが迫っている。このままでは外資の一層の流出を招く可能性がある。外資と輸出で高成長を遂げ、共産党体制の正統性を確保してきた中国にとって、放置できない事態に直面している。

こうしたなかで、中国にとって最大の輸出先であるアメリカとの貿易摩擦を大きくすることは避けたいのではないか。2015年の中国の輸出に占めるアメリカのシェアは18.0%であり、EUの15.6%より大きい。トランプ政権は台湾、南シナ海などの安全保障カード、為替操作国認定カードなどを用意しているが、中国がこれに対抗して関税引上げ合戦に突入することは双方にとって利益でない。中国から見れば、多額のアメリカ国債保有がカードとして使える。米中の貿易構造・資本輸出入構造は緊密な相互依存関係にある。トランプがディールを好むとすれば、中国もしたたかだ。双方の面子を立てながら、結局は経済的利益を共有する方策を探ることになるのではないだろうか。

要するに、アメリカの産業構造が製造業中心からIT・金融中心に転換し、中国が世界の工場となっているなかで、モノの貿易をめぐって経済摩擦を起こしても、解決できるはずがない。ある程度のパフォーマンスで終わらせる可能性がある。しかし、構造的問題の政策的解決は無理だということが理解されないならば、意外に長期的に摩擦が続くかもしれない。

5.日米関係はどう変動するのか

トランプ政権下のアメリカ経済が日本に及ぼす影響を考えると、まずトランプ相場ともいうべき金融市場の変動が問題となる。すでにトランプの発言によって為替や株の相場は乱高下しており、今後もその状況は続くかもしれない。そのうえで、アメリカの経済成長率が上向き、好況になってドル高が進めば、円安、株高基調をたどる方向が想定されるが、保護主義の色彩が強まれば、逆の方向にふれるかもしれない。

こうした相場動向は別にして注目すべきはTPPに代わる日米2国間通商交渉の動向である。トランプのアメリカ第一主義は日本を標的にしている。2015年のアメリカの対日輸入は1314億ドル(国別比率5.8%)、対日輸出は624億ドル(4.2%)であり、貿易赤字690億ドル(9.3%)は中国よりはるかに少ないとはいえ、モノの貿易にこだわるトランプにとっては放置できない。2国間交渉となった場合、対米追随の色彩の濃い日本は、アメリカからみれば中国よりは攻めやすい国とされよう。

アメリカにとってTPP参加12カ国のなかで日本が最も経済規模の大きい、重要な国である。TPP離脱後の2国間の通商交渉戦略では、まず日本が取り上げられるだろう。駐日大使には、投資会社経営者のウィリアム・ハガティが起用される。アメリカは、通商交渉に合わせて、在日米軍経費の全額負担、日本の軍事力増強、アメリカ製兵器の購入を要求してくることが予想される。在日米軍経費は、すでに「思いやり予算」として7割程度肩代わりされており、これ以上の増額はむずかしい。しかし、軍事力増強は安倍政権の望むところであり、アメリカの圧力を口実にして防衛費は増額されるに違いない。短距離弾道ミサイルの配備など、従来の水準を超える防衛力整備に踏み込む可能性がある。

これまで安倍政権下で日本の防衛費は年々増額され、2016年度には5兆円を超えたが、それでもGDP比1%程度の水準にとどまっている。NATOの標準は2%であるので、それに近づけるようにアメリカは圧力をかけてくるだろう。すでにPHP総研、世界平和研究所といったシンクタンクが自主的な防衛費増額を提言しており、アメリカからの兵器購入がこれにあてられる可能性は高い。

ただし、日本の防衛力増強にあたって、中国の危険性が強調されるが、対中国で日米が結束するといった新冷戦型の発想は危ういことにも留意しておく必要がある。安倍首相は施政方針演説でこう述べている。「これまでも、今も、そしてこれからも、日米同盟こそが我が国の外交・安全保障政策の基軸である。これは不変の原則です。」とはいえ、アメリカは不変ではない。アメリカ経済第一のトランプにとって、中国との全面的対決は損得勘定のうえでマイナスであるため、結局は回避されよう。日米運命共同体の時代は終わりを告げていることをみておかねばなるまい。

6.必要なのは政治のグローバル化

新自由主義型の経済グローバル化は各国国内に貧困と格差を生み出し、1国主義(アメリカ第一主義)、政治のナショナリズムを招き寄せた。しかし、政治のナショナル化に合わせて経済のナショナル化(保護主義)を目指すとしても、それはまったく時代錯誤であって、その先には何の展望もない。国境を超えたモノ、カネ、ヒト、情報の移動はもはや止めようがない歴史の流れである。追求すべき方向は、経済グローバル化という不可逆的な流れに沿いながら、その暴走を制御し、適切な規制をかけていくグローバル・ガバナンス(政治のグローバル化)の道である。

現状では、経済のグローバル化に対して政治のグローバル化はまったく立ち遅れている。しかし、その萌芽はいくつか現れている。たとえば、グローバル金融市場における投機的なマネーゲームの行き過ぎを制御する国際金融取引規制策の萌芽は、EUが準備している金融取引税のなかに見出すことができる。国境を超えた広範な金融商品の取引に課税するこの税制は、さしあたりはEU内の10カ国からスタートするとしても、やがてはグローバルな規模に拡大する可能性を秘めている。

また、多国籍企業や富裕層が「合法的脱税」に利用しているタックスヘイブンの規制については、OECD及びG20構成国を中心にしてBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトが進みつつある。これは、課税という1国主権の根幹にかかわる政策を、国際的共同歩調をとって遂行するという意味で、グローバル・ガバナンスの萌芽とみることができる。気候変動に立ち向かう2015年12月のCOPパリ協定もまた、不十分とはいえ同様の性格を備えている。

もちろん、これらの主権国家を前提とした取り組みだけでは決定的に限界がある。主権国家を超える試みとしては、試練に直面しているEUの取り組みが一つの事例としてあげられるが、それは固有の歴史的文脈をもつ特殊なケースである。より一般的には、国際機関の超国家機関への脱皮を考えていく必要がある。もちろん現状の国連をはじめとする国際機関は、財源を含めていずれも主権国家システムのもとに成立している。これを突き崩していくには、意思決定に各国政府以外の非政府組織を参加させていく方向、財源を各国政府の拠出金からグローバル税(地球炭素税、グローバル金融取引税など)へと切り替えていく方向が追求されなければならない。

新自由主義型グローバリゼーションは、2008年リーマンショック、2016年トランプショックによって、方向転換を迫られている。その方向は政治と経済のナショナル化ではなく、経済グローバル化を制御する政治のグローバル化以外にはありえないだろう。

かねこ・ふみお

1948年、東京都生まれ。東京大学大学院経済学研究科単位取得満期退学、博士(経済学)。1981~2014年、横浜市立大学教員。現在、横浜市立大学名誉教授、グローバル連帯税フォーラム共同代表。横浜アクションリサーチにて日本の多国籍企業、対外経済政策を研究。共著に、『トヨタ・イン・フィリピン』(社会評論社)、『高度成長展開期の日本経済』(日本経済評論社)など。

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