編集委員会から

編集後記(第32号・2022年秋号)

ウクライナ戦争にコロナ、徘徊するアベの亡霊・・・世界は深刻な混迷の時代

▶ 世界・日本は混迷の度を増している。本号でも「続・混迷する時代への視座」を掲げた。巻頭は、10年余の統一教会の信者歴を持つ金沢大学教授の仲正昌樹さんに真剣に語っていただいた。冒頭、「統一教会問題だけが、宗教問題ではありません。イスラム教をめぐる問題がありますし、ロシアとウクライナをめぐる問題にも宗教が絡んでいますし、靖国・護国神社をめぐる問題もまだ終わっていません。ジャーナリズムの第一線に宗教に無理解な人が増えているのは深刻な問題です」と指摘。大きな論議を呼んでいる「質問権」について、「今の宗教法人法は、『質問権』についても抽象的ですし、強制の立ち入り検査、証拠の押収のようなことも想定されていません。・・本当なら、解散かどうか判断する前に、問題が多そうな教団を厳重な管理状態に置き、財務や人員配置を把握したうえで、具体的な改善命令を出し、実際変化があったかどうか確認するようなプロセスを経るべき・・。今、教団は追い詰められていますが、殉教者気分になって信仰を強める好機でもあります。お金もなく、世間の目が厳しく、宗教法人でもない状態で、信仰を強める二世、三世信者たちはどうなっていくのか・・そういう人間を増やさないための質問権の行使だということを忘れないでほしい」と鋭く深く指摘された。

▶ ウクライナ、コロナにふりまわされ、アメリカでは40年ぶりといわれる物価高、急激な金融引き締めにより景気後退が現実味を帯びてきた。日本では四半世紀にもなる経済の長期停滞下で物価高・円安がとまらない。世界経済は失速するのか、その対処策は何か。山家悠紀夫、小林良暢のお二人に分析願った。「アベノミクスの、日本経済を再生させるという目標には全く役立たなかった政策の、大変な負の遺産である。負の遺産は早く清算する、しなければ増々、負が増加していく」と山家さん。また本号発信直後に実施されるアメリカの中間選挙。共和党の優勢が伝えられるが、そのアメリカをどう読むか。毎号分析を願っている金子敦郎さんの論考を近日追加で発信予定。一方、ロシアではゴルバチョフ大統領が死去、冨田武さんに、歴史としてのゴルバチョフを論じてもらった。

日本では臨時国会が開かれている。岸田首相は見苦しくお粗末な迷走の連続。それにしては自民党の支持率が落ちないのが不思議と言われる。野党の責任も大きいが、今号の「キーパーソンに聞く」では立憲民主党の論客で「次の内閣経産大臣」の田嶋要議員に岸田内閣と対峙する決意と方策を語ってもらった。

▶ コロナ禍を追いかける橘川俊忠さんは今回、「失敗を失敗とし、間違いを間違いとする勇気」を説く。6日朝日朝刊の一面トップに、日本のコロナ関連研究論文が質量ともにG7で最下位で、医薬品開発や科学的知見にもとづく政策判断も難しくなることが危惧されるという記事。橘川論文が指摘する「専門研究者軽視」の問題はすでに現実化している証左である。合わせて読まれたい。千本秀樹さんは、ウクライナ戦争と安倍銃撃事件にからみ、「再び戦争をしない国を作る」ことと「国のために死ぬことを拒否する」ことの間には距離がある。そのあいだに「非戦の国を作るために命を捧げる」という場合が成り立つからである、と。

日本人にとって重い課題である琉球に対する構造的差別とのたたかいについて松島泰勝さんが「『復帰』50年、同化されない琉球―右傾化する日本との対決と今後の行方」を、「先住民族、国連人権機関、人権重視の世界の国々が日本政府に圧力をかけて、琉球の脱植民地化の道をきりひらくことができよう」と展望する。岡村りらさんは「ドイツで近づく脱原発の状況と日本でも問題となっている放射性廃棄物最終処分場問題を現地調査をふまえに詳しく紹介いただいた。

本誌30号で早川行雄さんが寄稿した「芳野友子新体制で危機に立つ連合」は“よくぞ言った”の声が多く大きな話題となった。早川さんは今号で、「芳野会長が映し出す連合運動の荒野―連合は出直して再生へ第三の道を真剣に探れ」と提言。連合会長の自民党へのすり寄りを厳しく批判する。間もなく春闘だ。連合は官製春闘などの汚名を返上するため右も左も一緒になって、未組織や非正規労働者、外国人労働者の権益擁護も重視すること、それが再生への第一歩だ。

▶ メディアの劣化との指摘は通り相場となってきた。その雄であった朝日新聞への批判は従来からの右派の批判でなく左派やリベラル派からの“朝日新聞よ!どこへ行く”の危惧、批判も強まっている。勿論、読むべき企画も多い。その一つが高橋純子編集委員担当の<考論>企画。11月3日紙面の<考論>は、「戦後民主主義、崩した国葬 自衛隊の役割/骨抜きされた法制局」の見出しを打った長谷部恭男(早稲田大教授/憲法)×杉田敦(法政大教授/政治理論)×加藤陽子(東京大教授/日本近代史)の鼎談。その発言の一部を紹介。

長谷部―岸田首相は法令上の根拠を十分に詰めないまま、国葬にすると決めてしまった。背中を押したのは内閣法制局だと報じられています。安倍政権によって骨抜きにされた内閣法制局が、ある意味「期待通り」の仕事をした・・。
杉田―私は国葬のテレビ中継を見ていません。国家的イベントで人々を「動員」しようとする動きに対しては、賛成、反対だけでなく、やりたいのなら勝手にどうぞ、私はあえてスルーしますという自由主義的な対応も、ありうると思っています。
加藤―私が気になったのは、国葬における自衛隊の役割。国葬はもとより安倍さんの私的な葬儀にまで陸上自衛隊の儀仗(ぎじょう)隊を出した。遺骨を載せた車は、国葬会場に向かう途中に防衛省を回った。「伝統」「慣例」といった言葉でうやむやにされるべきではない。
杉田―国家に寄与したとされる人の葬儀に儀仗隊を出すのは、国家の本質的な部分は軍事である、というイデオロギーを広めることにつながるのでは?
長谷部―日本国憲法は9条で軍の正統性を否定し、それによって自由な公共空間を戦後の世界に生み出した。国葬で、安倍さんの偉大さを自衛隊に象徴させようとしたのだとすると、それは戦後の民主主義、立憲主義と真っ向から対立します。逆に言うと、安倍さんが戦後民主主義や戦後立憲主義と対立する政治家であったことを国葬での自衛隊の役割が物語っている。

お三方の鼎談をもっと聞いてみたくなった。うまい具合に朝日新聞が読者むけに行う<考論オンライン>で「〈分断の政治〉の、その向こうへ」(11月12日)が実施される。読者以外でも朝日のIDに締め切りまでに登録すれば(無料)視聴可能。12月13日まで何度でもみれるとのこと。申し込みアドレスはこちら

▶ ちょっと変則的な編集後記となったがもう一つ。短絡思考の人間を生み出すネット社会の弊害は深刻。無責任な言説が飛び交うSNSの世界。元共同通信記者でジャーナリストの青木理さんは、「サンデー毎日」(10月30日号)に連載の<抵抗の拠点>からで「炎上の背後の度し難い心性」と題した一文。本文では実名は伏せられているが、ひろゆき(西村博之氏)の沖縄・辺野古の米軍基地建設反対運動を揶揄(やゆ)した言説についてである。

青木さんは「心底うんざりした。反吐(へど)が出た、と書いてもいい。・・深慮もなく反対運動を茶化したつもりだったろう。それ自体、論評にも値しない愚劣な振る舞いだが、この人物のSNSはフォロワー数が200万超、当該投稿には30万近い『いいね』がつき、すぐに沖縄の地元2紙はこれを批判的に報じ、県知事までが『抗議を続けてきた方々への敬意が感じられない。残念だ』とコメントする騒ぎに発展した」。しかし以後、「彼は粗雑な理屈にヘイト言説まで交じえて反対運動を揶揄する投稿、発言を繰り返し、ゲート前で運動を続ける人びとに食ってかかる動画も公開した。・・ただ一方、騒動の背後には決して捨て置くことのできない、昨今のこの国の底流に巣食う重大な病が横たわっているとも思う。・・つまり、体制や大勢に抗い、真摯に声をあげる人びとを、その問題の本質には目も向けずに揶揄し、嘲笑し冷笑する愚か者と、それに薄っぺらな喝采を浴びせる匿名の群衆と、それを目当てに〝報道〟風味の粉飾をまぶして〝人気コンテンツ〟に仕立て、流通させて恥じない一部メディア人の、その度し難い心性。・・だから最大限の非難を込めてもう一度書く。反吐が出る」と。青木さんに全く同意。引き続きの健筆を願う。なお、この「サンデー毎日」<抵抗の拠点>はネットで検索すれば読めると思います。

▶ 早野透さん(ジャーナリスト・元朝日新聞編集委員)が11月5日に死去された。77歳。朝日新聞では長年に渡って「ポリティカにっぽん」「新ポリティカにっぽん」の名物コラムを連載。多くの読者を引きつけた。桜美林大学教授も務める。2016年にインターネットメディア、「デモクラシータイムス」を仲間と立ち上げYouTubeで発信していた。最近は平野貞夫・佐高信さんとの「3ジジ放談」が人気であった(10月28日が最後の放送)。本誌にもたびたび登場願い、近々にもお願いとと思っていた。著書に『田中角栄―戦後日本の悲しき自画像』など。

早野さん本当に長い間ご苦労様でした。今はもうゆっくりとお休みください。
(矢代 俊三)

季刊『現代の理論』[vol.32]2022年秋号
  (デジタル32号―通刊61号<第3次『現代の理論』2004年10月創刊>)

2022年11月7日(月)発行

 

編集人/代表編集委員  住沢博紀/千本秀樹
発行人/現代の理論編集委員会

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