論壇

社会民主主義研究ネット報告(第3回)

◇新しい働き方の方向と課題

(報告者/佐藤 芳久

◇グローバリゼーションと労働運動

(報告者/田端 博邦

◇JAMの2019年春闘と今後の課題

(報告者/安河内 賢弘

今回の3つの報告は前回に引き続き、いずれも労働と労働運動に関するものである。今日日本を含め世界的に拡大する兆候を見せているのはインターネットを通じて仕事を請負う働き手である。かれらは契約上は労働者ではないため保護制度の適用外とされている。いち早くこの課題に取り組んできたEUや欧州労組の問題意識を取りあげたJILPT調査を紹介したのが佐藤報告である。

各国の労働組合の組織率の低下の原因を産業構造の変化だけに求めるのでは、1980年あるいは85年を画期とした低落は説明できない、背景には資本移動の自由化によるグローバル化とネオリベラルの全面化があるというのが田端報告である。それ以降、政府の政策、経営者の労使関係観、世論が変わり、労働組合は活動の場を制約され、労働者に対する吸引力を失ってきた、という。

もちろん労働組合がこうした事態を拱手傍観しているわけではない。JAMの安河内報告は労働組合の存在理由を再獲得する闘いを紹介したものである。個別賃金要求の重視もそうだし、とりわけゼネラル・ユニオン結成は直雇いの未組織労働者はもちろんのこと上述の請負型の就業者にもウィングを拡げようとするもので、今後が大いに注目される。

(研究会事務局長 小川正浩)

     

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1ー2019年1月例会/報告者 佐藤 芳久

◇新しい働き方の方向と課題――第四次産業革命のもとで進む新しい就業形態出現の意味

経済のデジタル化―人工知能(AI)、IoT、ビッグデータ等の新技術を使った産業構造の変化(第四次産業革命)は、雇用・労働社会に大きな影響を与える可能性がある。

1月の例会では、日本以上に新技術の導入によって新しい就業形態の形成が確認された欧州での調査結果『New forms of Employment』(Eurofound,2015)をもとに新たな「非典型就労組織」の分析・対応を示した論考と、「ドイツにおける“労働4.0”をめぐる議論から日本は何を学ぶべきか?」を副題とする産業革命のもとでの労働法政策上の課題に言及した報告書の2つを取り上げ、そこでの就労者の「労働者性」をめぐる法的保護や規制、さらに労働組合の対応、役割を議論した。

前者によれば、欧州では革新的な技術の導入が就業形態にも多大な影響をもたらし、なかでもIT(情報通信技術)に基づくテレワークとクラウド就労については、正規雇用で対応できない需要変動に対処する必要のある使用者とワークライフバランスを必要とする就労者双方にとって必要と認識されており「その利用を止めることはできない」とする。クラウド就労については、個人請負という働き方から労働条件の悪化等、懸念を表明している。

日本でも、今後新技術の利活用が進んだ場合、就業形態にもその影響が及ぶと予想されるが、欧州に比べこれまで「非典型的な就労組織」が話題にされることは少なかったと前者は指摘する。それは、企業の内部柔軟性というべき非正規雇用者の景気変動バッファーとしての機能、下請系列システム、重層請負等の就労組織が利用されてきたためである。

「同一労働同一賃金」など非正規雇用の待遇改善が今後進んでいけば、非典型的な就労形態が用いられる可能性が高くなる。人件費削減の手段としてだけでなく、従来の雇用制度に外部柔軟性が導入された場合、それらに対処する法規制は、従来からの労働法とは異なる保護を考えるか、法規制の延長線上に考えるかは検討を要する。

今日のプラットフォーム経済によるクラウドソーシングの急激な拡大は、クラウド就労という「新たな自営業」を生み出しつつある。「いつでも・どこでも・瞬時に」ITによる強力なコントロールのもとにあるクラウド就労は特定の事業者への外部化であるアウトソーシングとは違い、個人への直接的な委託を特徴とする。従来の労働法規制や社会保障が保証されないのが現状である。

このような課題への対応にいち早く取り組んでいるのがドイツである。後者の"労働4.0“によれば、①社会のデジタル化について労使双方にとって利益となるデジタル研究を政労使で推進、②デジタル化への政策対応について、雇用・労働法の骨格を維持し適用範囲の拡大・縮小で対応、③クラウド就労については労働組合によって保護・規制をめぐる積極的な取り組みの推進、などが取り組まれている。

以上を踏まえた政策コンセプトとして、①デジタル化技術の利活用を政府が積極的に支援、②雇用・労働法政策の議論にあらゆるステークホルダーを参加させる、③第四次産業革命による雇用社会でも「良質な働き方(ディーセント・ワーク)」を実現するために集団的労使関係システムが重要なインフラとしての位置付けなど、日本も参考になると強調する。

これらに対応した労働組合政策の一環として、具体的にはIGメタルなどがクラウド就労者の組織化を行っている(連合総研、2017)。組合財政には必ずしも寄与しないなど取り組みは困難に直面しているものの、組織化政策として組合による情報プラットフォームを常設してプラットフォーマーの評価に関する情報提供サービスを行い、クラウド就労者の労働環境改善を図っている。

アメリカにおいてもプラットフォーム経済に対する「協同組合」的クラウドファンディングの活動が始まった。労働組合が団体交渉の当事者としてではなく企業組織のステークホルダーとして関与している。

労働組合の組織化政策の見直しは、労働者にとっても重要となる。派遣労働者と相互代替性をもつ個人就労者との労働条件の規制なくして正規雇用者の労働条件の改善や労働組合の存続は困難である。

日本においても、デジタル経済化が進む中、労働組合の組織化政策は正規雇用者の保護をはかり、周縁に位置する非正規雇用者の格差是正を進めて内部化するという伝統的アプローチだけでは不十分である。非典型就労形態への対応は、労働組合にとって従来とは違う組織化政策の方法と運動の新たな目標設定のあり方をこれら報告書は示唆している。

参考文献

・労働政策研究・研修機構『欧州の新たな非典型就労組織に関する研究』労働政策研究報告書No.190、2017年

・労働政策研究・研修機構『第四次産業革命による雇用社会の変化と労働法政策上の課題』ディスカッションペーパー18-02、2018年

・連合総研『非正規労働の現状と労働組合の対応に関する国際比較調査報告書』2017年

  

(さとう・よしひさ 生活経済政策研究所監事)

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2019年2月例会報告者 田端 博邦

グローバリゼーションと労働運動

 報告は労働運動(労働組合)の近年の後退をどう考えるかという問題意識から、経済のグローバリゼーションがその究極的な要因として決定的な意味をもつのではないか、と論じるものであった。この報告については別稿でやや詳細に論じているので、ここでは要点を簡潔に述べるにとどめる。

まず、OECDの雇用アウトルックによれば、この30年間において、加盟国の労働組合組織率は平均して半減している(なお、日本の組織率のトレンドはOECD平均のそれとほぼ一致している)。しかし同時に、組織率の水準には国、地域により非常に大きな差があり、減少率も異なっている。そこで、労働組合や労使関係の国・地域ごとの特性が簡単に整理される。他方、組合機能の社会的影響度を測るものとして意味をもつ労働協約の適用率については、法的な拡張適用制度の運用などの要因によって、組織率とは乖離した高い適用率がとくに大陸ヨーロッパには実現している。これは、労働組合の社会的機能にとって、その組織力だけでなく、国の法律的制度や政策も大きな意味をもつことを意味している。

 しかし、このようなバラエティにもかかわらず、組織率は全体として減少し、適用率も平均的に低下しているという事実は、この30年間におけるグローバルな政治的経済的条件の変化が作用していると考えざるをえない。そのような条件の変化の中でもっとも重大な意味をもつのは、50年代から70年代までの一国ケインズ主義的な国民経済の構造が崩壊したこと、それをもたらした要因として国際資本移動が大きな役割を果たしたことである。将来的には、金融グローバリゼーションや資本規制についての労働運動の対応が重要な意味をもつという点が最後に強調された。

 討論では、日本の企業別組合の問題をどう考えるべきか、それと関連する大きな社会的格差についてどう考えるべきか、デンマーク・北欧のゲント・システムの規制緩和やフレクシキュリティについてどう評価したらよいか、グローバル化によって世界的な市場化が進む時期に、同時に、制度学派的な資本主義分析や「資本主義の多様性」論が注目された事情をどう考えるべきか、80年代以降の労働法の規制緩和のなかで日本の労働法学ではどのような議論がなされたのか、理論的な変化は生じたのか、ロナルド・ドアがかつて「20世紀は労働運動の世紀だったが、リーマン・ショックが状況を大きく変えた」と論じたが報告の趣旨とほぼ同様と見てよいか、などの点が論じられた。

いずれも重要な問題で今後もなお検討すべき論点をなしている。さらに、中国経済の役割や位置をグローバリゼーションとの関係でどう位置づけるか、GAFAに典型的に示されるデジタル化やプラットフォーム労働者の出現について労働組合の組織形態はどのようなものとして考えるべきか、など現在的な新しい問題も提起された。 

(たばた・ひろくに 東京大学名誉教授。専門は労働法、比較労使関係法、比較福祉国家論などを中心に研究)

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2019年3月例会報告者 安河内 賢弘

JAMの2019年春闘と今後の課題

1.春季生活闘争状況について

 JAMは連合加盟産別組織の一つで、フルネームで「ものづくり産業組合JAM」という。組合員は37万人。JAMは現在春闘の最中であるが、3月末現在の状況は以下のとおりである。

▽とりまく状況 3月末現在、中国経済の減速による業況のばらつきや先行き不安はあるものの、深刻化する人材不足を背景に、格差是正に向けた単組の粘り強い交渉が行われている。

以下に述べる回答状況については、賃金の引き上げ幅のみならず絶対額を重視したこと、個別賃金要求を重視したこと、さらに共闘体制の強化などの成果と評価している。

一方、雇用のひっ迫について、一部の職場では、仕事量の増加に対し雇用を増やすことができず、残業や休日出勤で対応することで、労働負荷が高まり、離職が増えるといった悪循環も生まれている。中長期には、人材不足が、当該事業及び産業の維持・発展の足かせになることも予想される。人材流失を防ぎ、人材を確保するためには、初任給だけではなく、将来設計ができ安心して働ける賃金水準を確立する必要があると考えている。労働環境の改善と合わせて、中期的な視点に立った「人への投資」に対する、労使の真摯な話し合いが重要な局面となっている。

▽JAM及び他の金属労協関係単産の回答状況 JAMの賃上げの回答は300人未満の中小で1,593円、100人未満だけをとると1,727円と健闘している。大手を含めた全体では1,538円、3,000円以上は37単組ある。金属労協加盟単産をみると、賃金改善分(ベースアップ)については、電機連合は月1,000円引上げ(昨年実績は1,500円)、基幹労連は月1,000円となっている。

金属労協ではJAMと自動車総連だけが、中小(300人未満)が大手の賃金引き上げ額を上回っている。

▽個別賃金の回答状況等 個別賃金要求の回答額は全体で2,220円、内中小(300人未満)は2,603円となり、4年連続で中小が300人以上の大手を上回っている。JAMがこうした個別賃金要求の取組むことができるのは、個々の組合員の賃金についてのデータの蓄積があるからである。

その他に特筆すべき結果として、1)売上高が減少したが、事業精査等の結果利益が上り、2,000円のベアを獲得したアズビル、2)新入社員等の賃金を大幅に引き上げた(9,700円余)牧野フライス、3)6,000円の組合要求に対して20,000円の回答があった新潟の単組(人材の確保が急務なため)、などが挙げられる。

▽2020年春季生活闘争へ向けて 中国経済や2019年10月の消費税の引上げの影響を考えて、来年度は大手労組に過年度物価上昇分を踏まえた取り組みを進めてもらうことが課題となると考える。

また、特に、時間短縮について金属労協などにも提起しながら来年は精力的に取り組みたいと考えている。

2.ゼネラルユニオンの結成

JAMは本年3月1日、個人で加入できるゼネラルユニオン(「JAMGU」という)を結成した。中小の未組織労働者、非正規労働者、外国人労働者、クラウドワーカーのような個人請負で働く様々な仲間の受け皿として機能させたい。労働組合は数だけが力。組織減少から増勢に反転させたドイツの最大の産別であるIGメタルのような産別に一歩でも近づけていきたいと考えている。IGメタルとはこの観点から2016年から真剣な相互交流を開始している。

   (資料)JAMゼネラルユニオン結成宣言→クリックで表示

3.研究会での主な質疑応答

Q:賃金要求における定期昇給の扱いはどうなっているか。

A:定期昇給(賃金構造維持分)の平均は4,500円程度となっているが、定期昇給を含めた要求となると、経営側から定期昇給分の領域にまで浸食される恐れもあるので、ベースアップ(賃上げ分)だけの交渉となっている。併行して地場共闘の取組みも進めている。

Q:ゼネラルユニオンをどのように進めていくのか。

A:まずは3万4千人いる直雇用の非正規や60歳以上再雇用の組織化から進めたい。現在は組織率は12.1%でまだあまり進んでいない。

・JAM以外のコミュニティユニオン組合も視野に入れることも、また外国人の組織化も重要である。

・全従業員を対象とするのではなく、組合員を対象に組織化することに取り組まないとうまくいかない。裁判闘争ではなく、労使交渉に意欲ある人をターゲットにして組織していくことが重要である。

・現在、マクドナルド、タクシー会社、レンタルビデオなどにも組合員がおり、広がりがある。現在の事務所は神奈川であるが、17地方に100余人のオルグが配置されているので広げていきたい。

・クラウドワーカーの組織化についてはその労働者性を重視したい。現在ヤマハのピアノの教師の組織化も追求している。

・同一労働同一賃金といっても、同一労働の内容の詰めが必要である。その内容について具体的な根拠が必要である。

・外国では、博士号の資格を持っていなければ就職することが出来ない職種もあるのが現実であるが、日本の現状ではブルーワーカー(現場従業者)を対象として対応していかなければならないと考えている。

Q:個別賃金要求の交渉はどのように行っているのか。

A:個々の要求について交渉していくが、基本はあくまで月例賃金を引き上げる交渉である。社会的公正な労働賃金を求めるものであり、企業のいう支払い能力による賃金とは違う。そのために企業の取引慣行の見直しも求めていく。

Q:個別賃金要求の取組みの結果、中小の方が高くなり、社会的公正基準からいっても評価できるが、組合として取引慣行の改善にどのように取り組んでいるのか。

A:個別賃金要求への取り組みを通じて、親会社に働きかけている。

Q:日本と違い、ドイツの経済回復・賃金改善が速かったのは何故か。IGメタルから何か説明があったか。

A:IGメタルは組織拡大をはかり影響を強めている。その結果だということだった。IGメタルは時間短縮が進んでいる。それに比べて、日本では業務上時間短縮に消極的な組合もあり改善が進んでいない。

Q:このような状況では、公務員組合において賃金等の官民比較も難しくなっている。組合員が組合に求めているもので優先度が高いものは何か。

A:労働時間についての要望は強いかもしれない。中小企業に対する捉え直しも必要である。業種によっては、タイなどの国よりも日本の方が労働生産性が低い状況もあるといわれている。 

Q:今後の日本の労働運動の展望をどう考えているか。

A:IGメタルの例にも習い、前向きなメッセージを発信していきたい。日本の現状では組織も、財政も弱い。産業別強化が基礎であり、そこに財政、人材、知識を結集しJAM50万人組織に向けて取り組んでいきたい。

  

(やすこうち・かたひろ1971年 福岡県生まれ。97年井関農機入社。2013年井関農機労組執行委員長。15年JAM副会長、17年同会長)

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