特集●日本を問う沖縄の民意

沖縄衆院3区補選 新人大勝の背景

遠い「負担軽減」、新基地ノ―強固に

沖縄タイムス記者 知念 清張

「当確」が出た後、支持者とともにバンザイ三唱する屋良朝博氏(前列右から4人目)と玉城デニー知事(同3人目)=4月21日午後8時14分、沖縄市内の選挙事務所(沖縄タイムス提供)

4月21日、午後8時00分。投票箱が閉じられるのと同時に地元メディアや全国メディアは一斉に、衆議院沖縄3区補欠選挙で新人屋良朝博氏の当選確実を報じた。多くの報道機関が「ゼロ打ち」を判断するほど、屋良氏は選挙戦を通じて知名度を上げ、安定した支持を集めた。

7月の参議院選挙の前哨戦としても、全国的な注目を集めた沖縄3区は、米軍普天間飛行場の移設先とされる名護市辺野古への新基地建設反対を訴える「オール沖縄勢力」(県政与党=国政野党、労組や一部企業などが支持)が推す無所属のフリージャーナリスト屋良氏(56)が、7万7156票を獲得し、自民党公認で元沖縄北方担当相の島尻安伊子氏(54)=公明、維新推薦=の獲得した5万9428票に1万7728票の大差をつけて当選した。

「辺野古が唯一」として、安倍晋三政権が進めてきた新基地建設への土砂投入が続く名護市辺野古を抱える地元の沖縄3区で、昨年9月の知事選、2月の県民投票に続き、最大の争点だった新基地の是非に有権者が明確に「ノー」を示した意味は大きい。これまで、知事選や国政選挙で「普天間問題」は、争点となり続けてきた。しかし、今回の屋良氏の当選は、有権者の民意を鮮明に示したという意味で、これまでの選挙の結果以上に、重い意味を持つ。

なぜなら、沖縄の自民党県連が自民党本部と歩調を合わせ、辺野古沿岸部を埋め立ててV字形滑走路を造る計画への明確な「容認」を訴えて、戦った選挙だからだ。だが、新基地建設反対の民意が強固に示された翌日、政府は選挙などなかったかのように、埋め立て区域への土砂の投入を続けた。安倍政権と民意とのコントラストは、政権が日米安保体制の重要性を訴える一方、住民が基地負担軽減を実感するにはほど遠い沖縄の現状を映している。

選挙戦に至る経緯を改めて、振り返りたい。昨年8月に膵臓がんで急逝した翁長雄志知事の後継者として、玉城デニー氏は昨年9月の知事選に出馬。今回の3区補選は、玉城氏の知事選出馬による自動失職に伴い実施された。知事選挙の結果は新基地建設反対を訴える玉城氏が過去最多の39万6632票を獲得し、自民党公認の佐喜真淳氏=公明・維新推薦=に、8万票の大差をつけて当選した。佐喜真氏は辺野古の新基地の問題については、普天間の危険性を強調する一方で、移設先にほとんど言及しなかった。中央の自民党本部、公明党が、辺野古移設を推進する中、公明党県本部が「辺野古移設反対」の政策を崩さない中で、辺野古新基地への賛否については一貫して、触れない選挙戦略をとったのだ。多くの有権者の支持を得ようとの戦略だったが、逆に「争点隠し」と反発を招いた。

自民党は知事選挙の大敗を受け、今年3月の県連大会で、知事選や那覇市長選挙など敗北した一連の選挙に関し党本部・官邸主導で普天間問題を封印した戦い方は「明らかに失敗だった」と総括。今後の選挙では「県民の機微な感情に即し、基地問題に果敢に論戦を挑めば自公維態勢は必勝」とした。県連大会での方針転換後、初めて臨んだのが、今回の3区補選だった。

「政権」と「オール沖縄」の構図に

島尻氏は13年11月、自民党衆院議員の国政報告会で、普天間の県外移設の公約転換を党本部から迫られていた県関係国会議員3人の現状を出産に例え「待望の子どもが産まれたら、みんなにお祝いしていただける環境にしたい」と述べ、「新基地と子どもを並列する感覚が分からない」などと反発が広がった。政治家に公約撤回を促す発言に「議員としてのモラルがない」など批判を浴びた。また、自民党沖縄県連会長に就任した15年4月に、辺野古への新基地建設に反対する市民運動について、「責任のない市民運動だと思っている。私たちは政治として対峙する」と発言し、強硬的な姿勢が物議を醸した。 

官邸からの信頼は厚く、落選後も沖縄担当相補佐官を3区補選の立候補表明直前まで務めるなど安倍政権で異例の厚遇を受けた。菅義偉官房長官はパーティーなどで繰り返し島尻氏の国政復帰に期待を寄せる発言をし、安倍政権との距離の近さが際立っていた。

沖縄タイムスの普天間移設問題への対応を聞いたアンケートに島尻氏は「賛成」を選択。「普天間の危険性を一刻も早く除去するため、苦渋の選択ではあるが、これを容認せざるを得ない。基地の整理縮小を確実に実行していきたい」と説明。選挙戦を通じ、子どもの貧困対策など沖縄振興に直接関わった実績を打ち出し、暮らしや経済振興の訴えに、より多くの時間を割いた。

一方の屋良氏は、沖縄タイムスで長年、基地問題を担当。沖縄の基地問題に精通しており、ワシントンで米政府の要人や米軍幹部に直接、沖縄の基地問題について取材した。2007年から1年間はハワイの東西センターで米軍再編問題を取材した。フリージャーナリストとしてシンポジウムなどで、「沖縄に海兵隊の拠点があって、にらみを利かしているというのは勘違いだ」などと発言。長崎県の佐世保基地から出港した揚陸艦が、沖縄で海兵隊員や航空機などの装備品を搭載し、一年の半分前後をアジア太平洋地域で共同訓練や人道支援などで循環派遣されていることを指摘し、沖縄の地理的優位性に基づく抑止力は「ユクシ(島言葉でうその意味)」と説いてきた。

辺野古新基地建設ついて、屋良氏はアンケートに、「反対」の理由として「埋め立て工事を直ちに中止し、県と日米両政府間で、撤退を含む米海兵隊の沖縄駐留問題の抜本的解決策を協議すべきである」と回答した。

選挙戦では新基地建設に反対する玉城知事の後継者であることを前面に打ち出し、「新基地建設を伴わない普天間飛行場の閉鎖・返還」を最重要課題として、訴えた。

昨年の知事選を含めこれまでの選挙と違っているのは、島尻氏は辺野古移設「容認」を表明したことで、対立軸が明確になったことだ。その上で、両者が訴える基地問題の解決策と暮らしや振興策に、有権者がどう判断するかが注目された。

無党派層の8割が屋良氏に投票

閣僚経験もあり知名度の高い島尻氏に対して、屋良氏は出馬を表明した昨年末時点で、全県的には「知名度ゼロ」とも言える存在だった。自民・公明の厚い組織票に加えて、衆参に1人ずつ国会議員を擁する維新の支持は、名護市長選・宜野湾市長選では威力を発揮した「勝利の方程式」。菅官房長官など大物議員も沖縄入りし業界の締め付けを図るなど、水面下で動いた。

島尻氏が企業団体の朝礼や、集会中心の集票運動をしたのに対し、屋良氏は「桃太郎遊説」と呼ぶ少数の支持者と一緒に、地域の路地裏まで回り、名前や顔を売り込む有権者とのスキンシップ型の運動を展開。1日30回スポット演説をこなすなど「ドブ板選挙」を展開した。国政野党の党首も応援に駆け付けたが、屋良氏はともに街頭に立つことはなく、政党色を抑える一方で、玉城知事の後継者であることを強調。玉城知事も海外出張の期間を短縮するなど、公務の合間を縫って屋良氏と街頭に立った。

島尻氏は2004年に那覇市議補選で初当選。その後、2007年4月の参院補選で当選し2期9年間務めた。2010年の参院選では普天間飛行場の県外移設を公約に掲げていた。参院初質問で「普天間の危険性除去の観点から名護市への移設という選択肢はやむを得ない」と述べ、自身のスタンスとして、早い時期から辺野古移設を容認してきた。15年10月には沖縄担当相に就任し、沖縄振興に関わってきた。

島尻選対の打ち上げ式では作業着姿で参加した人たちの姿も目立った=4月20日、沖縄市内(筆者撮影)

選挙戦の最終日、両選対は最大の有権者を抱える沖縄市内で打ち上げ式を開いた。小雨が降り続く中、「駐車場がいっぱいでどこも止めるところがない」。という声も聞こえてくるほど、中心市街地の十字路を埋め尽くした島尻陣営。職場のボックスカーなどで従業員を送迎する会社もあった。集会の1時間ほど前からそれぞれがのぼりを片手に、整然とドライバーに手を振り支持を訴えた。ただ、候補者本人が到着しても駆け寄る人の姿は見られず、支持者の多さの割に熱気は感じられなかった。

一方の屋良選対の参加者は島尻陣営に比べて人数は半分ほどだったものの、個人やグループ単位での参加者が多かった。屋良氏が街宣カーから降りると、待ち受けていた多くの支持者が握手を求めるなど、候補者と支持者の距離感の近さを感じさせた。選挙区内の14市町村中、今帰仁村を除き13市町村の首長が島尻氏の支持を表明する中での屋良氏の1万8千票近い差は大勝と言ってよいだろう。大差の背景には有権者のどんな投票行動があったのか。

沖縄タイムス社が朝日新聞、琉球朝日放送(QAB)と投開票日に実施した出口調査では、基地問題を重視した人の87.75%が屋良氏を支持した。自民支持層の82.27%公明支持層75.44%が島尻氏に投票したと答えた。自民支持層の17.73%、公明支持層の24.56%が屋良氏に流れた。政党の支持・推薦を受けなかった屋良氏は、社民党支持層の99.08%など県政与党(国政野党)支持層の大半をかためた上に、回答者の4割を占める無党派層の78.89%の支持を得て、島尻氏を圧倒した。

投票で重視した政策は基地問題が53.54%で最も多く、福祉政策17.72%、経済活性化15.68%と続いた。辺野古を抱える名護市で屋良氏の得票率は55.28%で、3区全体でも56.48%と島尻氏の43.51%に12.97ポイントの差をつけた。屋良氏は沖縄市、うるま市でも島尻氏を引き離し、離島などを除く8市町村で上回った。

公明県本部は「辺野古移設反対」の政策は堅持したまま島尻氏を推薦した。政策面のねじれが、公明支持者の4分1もの離反を招いたと考えられる。

今回の世論調査では、経済活性化よりも福祉政策が重視された。沖縄の経済は好調さを維持している。2018年度の入域観光者数は999万人で過去最高を更新。完全失業率も3.1%と改善が進んでいる。ホテルなどの建設需要も旺盛で「人手がいくらあっても足りない好景気が続く中、選挙を手伝って仕事をもらおうという企業はほとんどない」(関係者)との声が聞こえ、自民が得意としてきた「経済」への求心力が高まらない状況となっていた。

選挙戦後半から終盤にかけて、報道機関の屋良氏優勢を伝える各メディアの世論調査報道を受け屋良選対に楽観ムードが広がり、票の掘り起こしが進まなかった。また、屋良氏の選挙公報への経歴誤記載、さらに、出所不明の中傷ポスターが大規模に張られるなど、選挙戦に水を差す出来事もあり、投票率は国政選挙など県内の主要選挙としては過去最低の43.99%にとどまった。

「国には国の民主主義」、県民投票を否定

本稿では、この後、屋良氏が大差で当選した要因について、沖縄をとりまく基地問題の現状から見てみたい。

沖縄では2月24日に辺野古埋め立ての是非を問う県民投票が実施された。投票率は52.48%で「反対」が有効投票の7割を超え、43万超の票を集めた。玉城氏が獲得した知事選史上最多の39万票を上回った。だが、政府は県民投票の期間中も辺野古で埋め立て工事を続けた。

岩屋毅防衛相は、3月5日の参院予算委員会で、岩谷毅防衛相は安倍首相とも相談の上、「あらかじめ工事の継続は決めていた」と述べ工事を見直すことは、まったく検討していなかったことを明らかにした。安倍首相は県民投票の結果を受け翌日「(辺野古反対の)結果を真摯(しんし)に受け止める」と発言。その上で、普天間飛行場の危険性除去について「もはや先送りは許されない」として新基地建設を続ける考えを示した。(だが、新基地建設の最大の目的のはずである「普天間の危険性」が、実際には、政府の長期化する移設計画を待つには、一刻の猶予もないほど増していることは、最終章で記す)

岩屋防衛相は、県民投票の2日後の記者会見で「沖縄には沖縄の民主主義があり、しかし国には国の民主主義がある。それぞれに、民意に対して責任を負っている」と述べ、国としては新基地建設を進める立場を強調した。これには、地元紙に読者から多くの反発の投稿が寄せられた。

沖縄タイムスは社説で(2月28日付)「あ然とするような民主主義観」と批判。沖縄に基地建設が進んだ米軍統治下で戦後27年間、憲法が適用されなかった歴史に触れた上で、地方自治法に基づいて住民が必要な署名を集め、条例制定を県に直接請求し、県議会で成立した投票条例に基づいて実施されたことを強調。「投票結果が気に入らないからといって、『沖縄には沖縄の、国には国の民主主義がある』と言うのは論理が飛躍しており、あまりにも乱暴だ」と指摘した。

県民投票、選挙で示された民意を政府はどう考えているのだろうか。

菅官房長官は、昨年2月名護市長選で政府・与党が推す候補が当選したとき、「選挙は結果がすべて」だと言った。だが、知事選で辺野古反対の翁長雄志氏や玉城デニー氏が大差で当選したときは「結果がすべて」だとは一言も言わなかった。だからこそ、「ワンイシュー(一つの論点)」で、示した明確な民意。その民意に向き合わない政府への不満は高まっていた。

沖縄タイムスなどが、3区補選の告示直後に実施した調査では、県民投票で「反対」が上回ったにも関わらず、埋め立て工事を続ける安倍政権の評価を聞いたところ、「評価しない」が68%で、「評価する」は17%だった。

総事業費・工期示さぬまま辺野古に土砂

県民投票翌日、政府は埋め立て区域への土砂投入作業を続けた。(奥左側が海域が深く軟弱地盤が指摘されている大浦湾)=名護市辺野古、2月24日(小型無人機で撮影)=沖縄タイムス提供

安倍政権が進める辺野古の新基地建設工事は、国民への丁寧な説明がなされないままに進められている。工事は反対する市民を警備員・機動隊員が強制的に排除して日々、進められる一方、政府は総事業費や工期を示していないのだ。

米軍キャンプ・シュワブ沿岸部を約160ヘクタール(東京ディズニーランド3個分以上)埋め立てて、陸地部分と合わせた約205ヘクタール、V字形の滑走路を造る。埋め立てに必要な土砂は東京ドーム16.6杯分にもなる。九州や四国からも持ってくる計画だ。だが、それだけではない。

政府の当初の計画では大浦湾側からの埋め立てる予定だったが、浅瀬で当面工事を進めることが容易な辺野古側から土砂を投入する工程に変更した。大浦湾で、軟弱地盤が見つかったためだ。大浦湾側で確認されている軟弱地盤のうち、護岸を整備する区域の最大の深さは水面下90メートル(水深30メートル、地盤60メートル)に達している。国内外でこれまで実績のある改良の深さは最深で70メートルにとどまる。国内で確認されている作業船は70メートルまでしか対応していないことも明らかになっている。

岩屋防衛相は深さ90メートルの軟弱地盤について「70メートルより下は非常に固い粘土層に分類される強度を有していることが確認されている」とし、70メートルまでの改良で安定性が確保できると見込む。だが、地盤工学が専門の鎌尾彰司日本大准教授は、埋め立てで建設された関西空港で地盤が沈み続ける「残留沈下」が開港以来4メートル生じていることを踏まえ、辺野古でも地盤沈下が起きる可能性を指摘する。

地盤改良は大浦湾の埋め立て予定区域の約6割にあたる66.4ヘクタールに作業船の上からパイプを地盤に突き刺すなどして、砂の杭7万7千本を造る方法で実施される。このために、東京ドームの16.6杯分に加えて、さらに5.25杯分の砂が必要となるが、これだけで、沖縄県内の砂利採取量の数年分にあたる膨大な量だ。

防衛省の委託業者がまとめた軟弱地盤の報告書などでは、砂杭を打ち込み地盤を改良する必要な工期を3年8カ月と想定。防衛省は埋め立て工事に5年かかるとしてきたが、地盤改良が加わることでさらに工期が延びる。飛行場の整備などで3年がかかるため、完成まで少なくとも11年8カ月かかることになる。ただ、地盤改良は実績のない深さ最大90メートルの工事や大量の砂調達など多くの問題を抱え、3年8カ月で完了する保証はない。

当初計画では、政府は埋め立てにかかる費用を2310億円としていた。設計変更を検討する政府は地盤改良の費用を公に示していない。ただ、総事業費を報告書では「少なくとも3500億円以上」と内々に修正。これに対し、県は地盤改良だけで1500億円かかると反発、総工費は2兆6500億円まで膨らみ、完成まで13年かかると試算している。指摘どおりならば総コスト3兆円とも言われる東京五輪にも匹敵する。県は普天間飛行場の返還が遅れ、危険性が固定化されるとして新基地を断念し県外国外への移設を主張している。 

辺野古への新基地建設を巡っては、軟弱地盤以外にも建設予定地周辺の活断層の存在やサンゴ移植、国の天然記念物ジュゴンの保護策が不十分との指摘のほか、航空機の安全な運航の基準とする米国防総省の高さ制限に民家を含め辺野古周辺の多数の建造物が抵触するなど、問題は山積している。  

「まるで戦場」! 危険性増す普天間を放置

「まるで戦場です」「うるさくて赤ちゃんが昼寝もできないのに、こんな夜中にも飛ぶなんて」。2018年度、宜野湾市民から市に寄せられた米軍機の騒音などの苦情件数は684件に上り、過去最多を更新した。

政府が県と2014年2月に約束した普天間飛行場の5年以内の運用停止は同月末で期限が切れた。この5年間でオスプレイの名護市安部の集落近くの海岸への墜落をはじめ、宜野湾市内の保育園、小学校へのヘリの部品落下など事故が相次いだ。当時の仲井真弘多知事が辺野古の埋め立て承認を前に、安倍首相が約束したという「運用停止」は、結果としてほごにされた。政府は、辺野古移設による一刻も早い普天間の危険性除去と全面返還の必要性を強調するが、普天間の危険性は、より高まっているのが現状だ。

普天間飛行場で2018年度、全機種の離着陸回数は前年度比20.3%増の1万6332回に達し、そのうち外来機による離着陸回数は1756回で、前年度の4.2倍以上に増えた。低周波による健康への悪影響や事故率の高さが指摘されているオスプレイの離着陸は28.3%増の2952回にのぼった。普天間飛行場の返還が進まない中、地元の基地負担が増している実態があらためて浮き彫りになった。

日米の騒音防止協定で飛行が制限されている夜間早朝(午後10時から午前6時)の離着陸は、8.6%増の618回。所属機以外の外来機の増加が目立ち、中でもジェットエンジンによる激しい騒音が問題となっている戦闘機は179回を占めるなど騒音の悪化は顕著だ。沖縄の基地負担軽減を目的に普天間から岩国基地に移転した空中給油機も、訓練で度々飛来する。同基地から、最新鋭ステルス戦闘機F35Bが昨年12月に普天間飛行場へ飛来した際には、上大謝名地区で、文字通りジェットエンジンの近くに相当し聴覚機能に支障をきたすとされる123.7デシベルの騒音を測定。記録が残る1998年以降、普天間周辺の最大値を記録した。

「世界一危険」と言われ日夜爆音にさらされる普天間飛行場の現状を、さらに十数年以上も放置していいわけがない。

3区補選の結果を受け、玉城知事は政府に対して、繰り返し要望している解決策を模索するための対話の場を求めている。屋良氏は、新基地を建設せずとも米海兵隊の運用見直しにより「普天間飛行場の全面返還は可能」と訴えてきた。シンクタンク「新外交イニシアティブ」の中心メンバーとして、現行の米軍再編計画を見直し、普天間に駐留する第31海兵遠征部隊(MEU)の拠点を沖縄以外に移転し、現行のローテーションをさらに拡大させる方策などを柱とする代替案を発表している。 

米海兵隊は、朝鮮戦争の後方支援で岐阜や山梨に配備されたが、本土での住民の反対運動を受け、1950年代後半に次々に沖縄へ移転、本土の米軍基地は大幅に縮小された。同時期、沖縄では米軍による強制的な基地拡張や軍用地の一括永久借り上げに反対する「島ぐるみ闘争」が起きていたが、米軍統治下で憲法の適用外だった沖縄には一方的に米軍移転が進んだ。

在日米軍専用施設の7割以上が沖縄に集中する現状は、どうして生まれたのか。本土で大きな反基地闘争があり、沖縄に米軍が移ってきた歴史を考えた時、「普天間が危険だから」といって世界的にも稀な多様な生態系を誇る大浦湾を埋め立て、耐用年数200年とされる新たな基地を造り続けることが、戦後74年、「令和」の時代にまで続けることが許されるのか。果たして、沖縄全体の負担軽減につながるのだろうか。

中国脅威論という観点から見ても、これだけミサイル技術が発達した中で、沖縄への過度な基地の集中は、安全保障上のリスクを高めるという専門家の指摘もある。これまで、米政府内では駐留コストの問題や沖縄で高まる反米軍基地感情から、海兵隊の米本国への撤退や日本本土移転が幾度も検討されてきたが、日本政府の側が引き留めに動いた歴史的な事実がある。思いやり予算の増額などを通して、米軍にとって世界で最も居心地のよい場所となってはいまいか。

事件・事故も後を絶たない。投開票の1週間前に、北谷町で海兵隊所属の海軍兵がアパートの部屋に入り日本人女性を殺害し、自殺したとみられる事件が発生した。3年前の「4月28日」に、米海兵隊の軍属の男がうるま市でウオーキング中の二十歳の女性を暴行し殺害した事件は、1952年、日本の独立と引き換えに沖縄が本土と切り離されたサンフランシスコ講和条約が発効した「屈辱の日」と重なり、県民の脳裏に焼き付いたままだ。

沖縄本島という狭い地域に基地と民間地域が混在し、2万人を超える外国の軍人が駐留することの異常さ、家族や友人が米軍関係者の事件・事故に巻き込まれる日常の恐れを県民は戦後ずっと抱えてきた。どうして、これ以上、沖縄に新たに米軍基地を造らなければならないのか。これが、沖縄3区補選を通じて県民が示した意思ではないか。

日本政府が国内に米海兵隊をどうしても必要というのなら、普天間飛行場の機能を含めて日本本土で受け入れることが、普天間周辺の住民の危険性の早期除去につながる選択肢であるのは間違いない。普天間の移設先とされた辺野古へ新基地建設は、軟弱地盤の問題などでどこまで長期化するのか見通せない。沖縄の民意を受け止めて、いったん工事を止め「辺野古は唯一」という硬直した考えから脱し、他の選択肢を政治の責任で検討することが、安倍首相の常々言う「沖縄の気持ちに寄り添う」ことになるのではないだろうか。

ちねん・きよはる

1998年沖縄タイムス入社、基地担当、北部支社編集部長、県政キャップ、社会部デスクなどを経て2017年7月から政経部デスク。

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