この一冊

『官製ワーキングプアの女性たちーあなたを支える人たちのリアル』(竹信三恵子・戒能民江・瀬山紀子編/岩波ブックレット/2020.9/682円)

「非正規雇用」の拡大を支える女性差別

本誌編集委員 池田 祥子

『官製ワーキングプアの女性たちーあなたを支える人たちのリアル』

『官製ワーキングプアの女性たちあなたを支える人たちのリアル』(竹信三恵子・戒能民江・瀬山紀子編/岩波ブックレット/2020.9/682円)

知ろう!考えよう!非正規公務労働とは

「非正規雇用」の実態や、その拡大状況を考えると、これからの日本の人々の暮らし、とりわけ老後の生活保障など、コロナ禍の中での惨状に加えて、今後に直面するだろう事態の大ごとさに、正直どうすればいいのか、おののいてしまう。

本書は、あくまでも「女性たち」に焦点を当ててはいるが、やはり前提になっているのは、次のような全体状況である。この点は無視する訳にはいかない。

まず、1985年、中曽根内閣時代に制定された「労働者派遣法」が発端であるが、その後、1999年小渕恵三内閣、2003年小泉純一郎内閣を経て、順次「派遣労働」の対象が「規制緩和」され、さらに2015年安倍晋三内閣による「改正労働者派遣法」の制定によって、「派遣労働」が全面的に拡大し、かつ日常化されるに至っている日本の現状である。

さらにもう一つの問題として、日本の国家公務員自体、労働基本権が十分に保障されておらず、直接的な「労使交渉」によるのではなく、あくまでも人事院が職務内容や賃金水準を提示し、結果として、人件費の抑制は「賃金の切り下げ」ではなく「定数の抑制」で対応せざるをえなくなっていることである。そのしわ寄せが、正規の国家・および地方公務員の過重労働や、さらには地方自治体の「非正規公務員」の増大によって、住民サービス事業に大きな影響を及ぼしていることである。

こうして、1990年代半ばからの更なる「行政改革」による地方自治体への補助金削減は、地方自治体での一層顕著となる民間委託や「臨時」「特別職」などのいわゆる「非正規」公務員の増大という現象を引き起こしている。

もちろん、派遣労働者の問題、非正規公務員の問題は、女性にだけ限られるものではない。ただ、「非正規公務員の4人のうち3人は女性」という実態や、「夫の収入」あるいは「家族の稼ぎ」があるために「働く条件」(とりわけ賃金および諸手当)をあえて問題にはしない、という多くの女性たちが、全体の「非正規公務員」や「派遣労働者」の過酷な労働条件を暗黙の裡に支えてしまっているとしたら? それはやはり許されることではないだろう!と、あえて「主体としての女性たち」として立ち上がり、これまた「女性問題の一つ」として提起したのが、本書「官制ワーキングプアとしての女性たち」である。

本書刊行のきっかけになったのは、編者でありかつ共同執筆者でもある瀬山紀子さんが中心となって、まず2018年9月、明治大学を会場として、「知ろう!考えよう!公務非正規労働のこれから-地方公務員及び地方自治法の改正を踏まえて&女性労働問題の視点から」が開かれたことである。さらに、2020年4月「会計年度任用職員制度」が施行されることになるのを受けて、2019年9月、再度シンポジウムを開き、それが今回のブックレット発行に行き着いたとのことである。

前置きが長くなったが、とりあえず本書の目次および執筆者を掲げておこう。

 

はじめに   竹信三恵子

Ⅰ 婦人相談員の現状と「非正規公務員」問題(戒能民江)

Ⅱ 公務の間接差別の状況と会計年度任用職員制度の問題点(上林陽治)

Ⅲ 現場から見た女性非正規問題―女性関連施設・直接雇用の経験から(瀬山紀子)

Ⅳ ハローワークのカウンターの内側から―現場で起きていること・雇止め問題と住民への影響(山岸 薫)

Ⅴ 公共図書館司書の悲痛な叫び(渡辺百合子)

Ⅵ 「女性職種」が活用できない社会―「公務の空洞化」を防ぐために(竹信三恵子)

おわりに(瀬山紀子) 

 

「会計年度任用職員制度」の問題点―「公務員」の労働者性

この問題については、本書第Ⅱ章を担当している上林陽治氏が、偶々、この『現代の理論』第26号にも「インタヴュー」(形式)で文章を掲載されているので、そちらも是非参照して欲しい。

重複するかもしれないが、一つだけ強調しておきたいことは、この「会計年度任用職員制度」とは、1990年代半ばからの地方自治体の規制緩和のさまざまな試行錯誤のある種の「整理・まとめ」であるということである。

2017年、地方公務員法と地方自治法の改正によって、それまで、臨時職員・特別職非常勤・一般職非常勤としてそれぞれの名称で雇用されてきた非正規公務員を「会計年度任用職員」として一括し、期末手当を支給できる、としたものである。

しかし、実施自体は各自治体の条例に基づくとされ、2020年4月から実施されたこの「会計年度任用職員」の実態は、期末手当は形式的に計上されたものの、その分各月の給与は減額、という自治体も少なくなかったことが報道されている。要するに、地方自治体財政の緊縮以外の何物でもない。

いま一つ、忘れてならないことは、この制度を問う、ということは、他方の「正規公務員」の「労働者性」および勤務条件を改めて問い直す、ということに連なることである。

なぜなら、正規公務員は「無期」(=終身雇用)である。ただし、職務は無限定とされ、「異動」が当たり前。「異動」を繰り返す過程で「査定」があり、昇級・昇格も命ぜられる。この点に関しては、国家公務員も地方公務員も、「優秀」とされる人物ほど異動も多く、「広く浅く」公務に通じていることを要求される。したがって、公務員自身の希望は問題外であり、「専門性」は度外視されるのが通常だからである。

このように考えると、もちろん、「会計年度=単年度」のみの任用として、まさしく「ヒトではなくモノ」として使用される「非正規公務員」の問題追及が当面の課題ではあるが、と同時に、他方の、日本における「正規公務員」の法的位置づけ、制度的あり様もまた厳しく問い直される必要があるのではないか、ということになる。

はるか昔の明治時代の例を持ち出すと笑われるかもしれないが、しかし、大日本帝国憲法第10条「天皇が文官、武官を任命し俸給を定める」という規定、さらに「日雇いの6年分の年収を、勅任官は1カ月で稼いでいた」・・・という歴史的な事実を、私たちは忘れてはならないと思う(小熊英二『日本社会のしくみ』『現代の理論』第21号拙稿参照)。戦後日本で、国家公務員・地方公務員および教員(教育公務員特例法)等の、労働者としての当然の権利が、曖昧に拒否され放置され続けているからである。

「会計年度=単年度」単位で「ご破算」にされる「非正規公務員」の実態と問題は、他方でもやはり、(経済的な優遇と引き換えに)当人の希望や条件を無視される「正規公務員」の問題と切り離される訳にはいかないだろう。いずれにしても「公務員」も「労働者」である、つまり「人間」である。そこまで立ち戻れば、自から、「公務員の働き方と条件」として、「正規」「非正規」もともに、改めて問い直す契機になれるのではなかろうか。

「非正規」労働の拡大とそれを支える「家族」の軋み

「50年代後半、炭鉱とか造船とか鉄鋼とか、そういう基幹産業には、本工・下請け・日雇い・臨時工という膨大な労働階級がありました」(鎌田慧『声なき人々の戦後史』(下)藤原書店、2017)。

しかし、60年代以降の高度経済成長時代、それらは自明の構造でありながら見えなくされ、第一次、第二次産業を大幅に凌駕する第三次産業隆盛の中、日本は「一億総中流社会」と豪語されもした。それゆえに、コンピュータによる情報社会のための「労働者派遣法」制定の危うさには鈍感であり、1995年5月の日経連による提言「新時代の『日本的経営』―挑戦すべき方向とその具体策」にも、大きな警鐘は鳴らされなかったように思う。

それは、これからの労働者を①長期蓄積能力活用型 ②高度専門能力活用型 ③雇用柔軟型 の三つに分け、①のみが「正社員」、②と③は「非正規」で凌いでいく・・・という方針であった。その結果でもあるのだろう、パート、アルバイト、派遣労働者などの「非正規」の割合は、1984年には15.3%だったものが、2015年には37.4%になっている。

「パートでもアルバイトでも職場ができることはいいことだ」とは、当時の永野健・日経連会長の台詞である。また、現在の「非正規公務員」たちの待遇改善の要求や運動に対して、地方自治体当局は、「賞与や昇級がないことを分かっていて公募に応じたのでしょう?」と平然と(冷然と!)交渉に応じたという(本書p.39)。

今にして思えば、子育てを終えた後の主婦や、子育て最中の主婦が、「家計のため」「子どもたちの教育資金のため」「持ち家購入のため」「自分の能力発揮・生きがいのため」等々の理由から働き始めたが、総じて、そのような「主婦のパート労働」は、構造的に「低賃金」で利用されてきたのは、公然とした事実である。

かつて、加納実紀代さんは、「主婦のパート労働組合」を作ろうとしたけれど、結局は無理だったのよ、とこぼしたしたことがあったけれど、私的にも公的にも、日本社会はそれを許し、大いに利用してきたのだった。現在の「非正規公務員」も、ある意味では、その同じ延長線上にあるとも言える。

なぜなら、1990年代半ば、さらには2000年以降に増大する若者男女の非正規労働者の増大は、これまた団塊世代に属する夫と妻による「家族」の支えがあればこそ可能であったからである。「食費」「住宅費」などの主要な生活費は、賃金からではなく、親の実家に「寄生」「依存」つまり「パラサイト」(山田昌弘)することによって、辛うじて「低賃金」に耐えられたという訳だからである。

非婚化や少子化という社会現象も、若者たちの「ひきこもり」、それは長じて今では「7040」「8050」問題と言われているが、これらもまた、この低賃金の「非正規労働者」の増大と決して無関係ではないだろう。また、「家庭内暴力」や「児童虐待」の増大も、おそらくこの問題と無関係ではあり得ないはずだ。

問題を勝手に広げ過ぎるな!・・・と叱られそうだが、ともあれ、本書で竹信さんはじめ筆者の皆さんが提起している「非正規公務員」問題とその改善のための運動は、すべての労働者の働く権利、労働組合(ユニオン)を通しての団結権・交渉権の追求、さらには、「家族」に潜む女性差別の根強い現実を問い、それを具体的に変えていく確かな糸口になり得るのではないか。本書を読みながら、今は願望・期待も含め、強くそのように思っている。是非一読頂き、ともに考えたい。

いけだ・さちこ

1943年、北九州小倉生まれ。お茶の水女子大学から東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。元こども教育宝仙大学学長。本誌編集委員。主要なテーマは保育・教育制度論、家族論。著書『〈女〉〈母〉それぞれの神話』(明石書店)、共著『働く/働かない/フェミニズム』(小倉利丸・大橋由香子編、青弓社)、編著『「生理」――性差を考える』(ロゴス社)、『歌集 三匹の羊』(稲妻社)、『歌集 続三匹の羊』(現代短歌社、2015年10月)など。

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