コラム/発信
むのたけじ大賞を「新聞うずみ火」が受賞
読者とともに戦争に反対し差別と闘う
新聞うずみ火記者 栗原 佳子
「新聞うずみ火」は2005年10月に創刊した月刊のミニコミ紙である。B5版32ページ。1部300円。4月23日発行の最新号で187号を数えた。事務所はJR大阪駅に近い雑居ビルの一室。手作業で袋詰めをして、ここから北海道から沖縄・西表島まで約2000人の読者に郵送している。
黒田清さんの遺志を継いで16年
電話取材などで媒体名を名乗り、一発で通じたことは皆無に等しい。マイナーな上、「うずみ火」自体が聞きなれない単語だからだろう。名刺交換の相手は、ほぼ全員が「うずみ火ってどういう意味ですか」と聞いてくる。
うずみ火は「灰の中に埋めた炭火」のことである。「埋火」「埋み火」とも書く。囲炉裏や火鉢で暖をとる暮らしが一般的だった時代、人びとは床につく前、炭火を灰の中に埋め、翌朝、あらたな火種にしたという。灰に埋もれて見えないが、決して消えることのない残り火に、「不屈」「抵抗」の精神を重ねた。
新聞うずみ火代表の矢野宏と私は黒田ジャーナルの出身だ。読売新聞大阪本社社会部長だったジャーナリストの黒田清さん(1931-2000)が1987年に設立した会社で、毎月、「窓友新聞」というミニコミ紙を発行していた。読売大阪の朝刊社会面の名物コラム「窓」からの命名である。 日刊新愛媛の記者だった矢野はその年に入社、私は群馬県の地方紙、上毛新聞から94年に転職した。
黒田さんは、人間の幸せ、家庭の幸せを根こそぎ奪う戦争に反対し、幸せを潰してしまう差別と闘うという姿勢を鮮明にしていた。戦争反対、差別反対は記者としてというより人間としての二本の柱だとも。かといって堅苦しくなく、敷居が低い。窓友新聞は市井の人々の喜怒哀楽が詰まったユニークな「新聞」だった。黒田さんはその頃よく「マル社会」という造語を口にしていた。タテ社会でもない。端っこが切り捨てられるヨコ社会でもない。誰もが中心から等距離にある「マル社会」が理想だと。共鳴した。
「むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞」の第3回大賞に
2000年7月23日、黒田さんは69歳でこの世を去り、窓友新聞は休刊した。戦争反対と差別反対を活動の二本柱とした黒田さんの遺志を引き継ぎ、消すことなく次の世代にバトンタッチしたいという思いを、私たちは「うずみ火」という名前に込めた。発行日は黒田さんの月命日の23日とした。
新聞うずみ火創刊は、窓友新聞が休刊して5年後だった。「紙媒体」での再刊には議論もあった。印刷、製本、発送。費用も労力もかかる。ネット時代でもある。だが、結果的に窓友新聞とサイズもページ数も同じ体裁でスタートした。第1号は、割付を大量コピーしたものを大型ホッチキスで一つひとつ止めていくという手作業だった。
背中を押してくれたのは読者の存在だった。窓友新聞が生きがいだったという人、ポストに届く時期になると1日何回も見に行ったという人。胸が痛かった。総じて高齢で戦争体験者。ネット社会から遠くにいる人たちだった。
今年2月、この新聞うずみ火が「むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞」の第3回大賞に選ばれた。むのたけじさん(1915ー2016) は敗戦を機に朝日新聞を退社、郷里の秋田県横田市で48年、週刊新聞「たいまつ」を創刊、30年間発行し続けたジャーナリスト。その精神を受け継ぎ、地域に根差し民衆の声を伝える個人・団体を顕彰するため2018年に創設された賞だ。選考理由は例えば「『大阪都構想』、大阪市立十三市民病院のコロナ専門病院化など地域の問題、徴用工問題など地域を超えた問題を独自の視点で扱っている」こと。「灰に埋もれているが燃え続ける『うずみ火』は、むのさんの『たいまつ』に通じるところがある」とも評していただいた。
今年で創刊16年。扱ってきたテーマは多岐にわたる。社会評論、経済、福祉、落語や音楽、映画など、各分野の専門家によるコラムなども好評だ。読者からの手紙やメールが多く寄せられるのも特徴だと思う。その一つひとつに矢野がコメントし、合いの手を入れる。窓友新聞以来のスタイルだ。「互いの顔が見える新聞」「読者とのキャッチボール」が、ささやかなこの媒体の生命線だと思う。
読者との交流も活発だ。忘年会、花見、フィールドワーク、ボーリング大会、時には日帰りのミニ旅行。6月の慰霊の日などに合わせた沖縄スタディツアーも10年近く実施してきた。窓友新聞時代は毎月、近くの寺の本坊で「集い」という交流の会があった。うずみ火でも月1回の茶話会、酒話(しゅわ)会は恒例行事だ。酒話会はさすがに飲むだけではしのびないと、途中から弁護士(読者でもある)が毎回、時宜にかなったテーマで解説してくれる「憲法カフェ」ならぬ「憲法バー」にバージョンアップした。原発や「都構想」などその時々のテーマで専門家を招く「うずみ火講座」も10年あまり続けている。新型コロナで小休止を余儀なくされているものもあるが、選考理由には、こうした取り組みについても言及があった。
ジャーナリズムの抵抗の精神は、脈々と・・
記者を目指す人間で、むのさんの著作に触れずにきた者は、まずいないだろう。私もそうだ。特に戦争の実相、反戦運動の本質、ジャーナリズムの欺瞞など、体験に裏打ちされた冷徹な眼差しに、射貫かれるような思いだった。むのさん自身が暗闇を照らす私たちの松明(たいまつ)であり、その名前を冠した賞という重さにたじろいだ。最終選考にあたった共同代表それぞれの方に思い入れがあることも拍車をかけた。特にルポライターの鎌田慧さんと作家の落合恵子さんの著作には、学生時代、駆け出しの記者時代に決定的な影響を受けた。
そもそも、黒田さんの遺志を引き継ぐと大見得を切りながら、現実はどうかといえば心許なかった。そんな固まった気持ちを少しずつ溶かしてくれたのも読者の存在だった。電話や手紙、メール、お祝いのメッセージがひきもきらなかった。我がことのように喜んでくれるのだ。読者がいなければ、このミニコミ自体、存在できない。事務所での「新聞」発送作業もいつも7、8人の読者に助けられている。
今回の受賞は矢野と私の連名だった。毎号2人で1面をはじめ全体の3分の1前後は取材した記事を書く。だが、大部分は読者からの手紙やメール、ジャーナリストや落語作家、元パラリンピックメダリストら多種多様な執筆陣による連載コラムなどである。見出しや校正などはプロの厳しい目が入っている。このような多くの人たちとともに、新聞うずみ火をつくっている。そして、叱咤激励してくれる読者が全国にいる。改めてこのことに思いめぐらすと、支えてくれる皆さんとで一緒にいただいた努力賞なのだということが、胸にすとんと落ちた。
最新号のうずみ火の1面では「大阪 すでに医療崩壊/緩和と場当たり 感染拡大」と題して、第4波が猛威を振るう大阪の現状をレポートした。締め切りギリギリまで粘って最新の情報を入れても、2、3日後に読者の手に届くときには数字は大きく上書きされている。惨状は拡大する一方だ。途方に暮れてしまう。黒田さんなら何を書くだろうか? むのさんなら?
その最新号に鎌田慧さんが寄稿してくれた。こんな一文がある。〈戦前の軍部に抵抗した桐生悠々、戦争協力の朝日新聞を去ったむのたけじ、反動の読売新聞を舞台に闘った黒田清、そしていま『新聞うずみ火』。ジャーナリズムの抵抗の精神は、脈々とつづき、不滅なのだ〉。過分な誉め言葉に背筋が伸びるが、いつか少しでも身の丈に合わせるていけるように、その最大級の励ましをしっかり受け止めたいと思う。
維新行政で疲弊した大阪を襲うコロナ禍。足元の大阪のみならず、とてつもなく厳しい時代状況が続きそうだ。そんな中、こんな小さな媒体に光を当ててもらった。黒田さんだったらどう言うだろうか。矢野も以前、どこかで書いていたが、私も次のような黒田さんの声が聞こえてくるような気がする。「むのさんは30年間も『たいまつ』を出し続けた。しかも週刊や。その名に恥じぬよう、もっと頑張りや」
むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞 2016年に101歳で亡くなった不屈のジャーナリストむのたけじさんの精神を後世に伝えようと2018年、創設。共同代表で最終選考にあたるのは鎌田慧さん、落合恵子さん、佐高信さん、轡田隆史さん、鈴木邦男さん、永田浩三さん、武野大策さん。第4回むのたけじ賞作品応募の集いが6月5日(土)午後2時から豊中市のすてっぷホールで開かれる。佐高さんが講演、轡田さんと武野さん、うずみ火の矢野らがシンポジウムを行う。参加費1000円。オンライン中継もある。問い合わせは新聞うずみ火(電話 06・6375・5561、FAX 06・6292・8821 Email:uzumibi@lake.ocn.ne.jp)へ。
新聞うずみ火 2005年10月創刊。14年、第20回平和・協同ジャーナリスト基金賞(奨励賞)受賞。1部300円。年間購読料は300円×12カ月分で3600円。書店では販売しておらず、「ゆうメール」で送付している。ご購読希望の方は新聞うずみ火(電話 06・6375・5561、FAX 06・6292・8821 Email:uzumibi@lake.ocn.ne.jp ホームページはこちら) へ。
くりはら・けいこ
群馬の地方紙『上毛新聞』、元黒田ジャーナルを経て新聞うずみ火記者。単身乗り込んだ大阪で戦後補償問題の取材に明け暮れ、通天閣での「戦争展」に韓国から元「慰安婦」を招請。右翼からの攻撃も予想されたが、「僕が守ってやるからやりたいことをやれ」という黒田さんの一言が支えに。酒好き、沖縄好きも黒田さん譲り。著書として、『狙われた「集団自決」大江岩波裁判と住民の証言』(社会評論社)、共著として『震災と人間』『みんなの命 輝くために』など。
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