論壇
四国のコロナ禍 感染と行政対応の実情
県民が県政の行政能力を見極める契機にもなっている
松山大学教授 市川 虎彦
1.四国の感染状況と経緯
表1は、10月17日現在の新型コロナウイルス感染者数が少ない10県の一覧である。四国4県は、すべてこの10県の中に含まれている。みると北東北、山陰、そして四国と、悪い言い方をすると大都市圏から離れた「辺境」の地方の県ばかりである。当然のことながら、人口密度が低く、他の地域と比べて人の行き来が少ないところにおいて感染者が少ないということが示されている。地理的に大都市圏から離れているといっても、一大観光地の沖縄県や観光地でかつ人口200万人の大都市・札幌を抱える北海道は、また別の話になるのであろう。
愛媛県、香川県、高知県は、感染者数の推移がよく似た軌跡をたどった。感染者は3月の感染拡大期から4月の初めにかけて増え続け、その後5月、6月と、感染者が出ない時期が続いた。7月の連休以降から8月にかけて再び拡大した後、9月から現在に至るまでほとんど感染者は出ていない。この3県に関していえば、現時点では感染はほぼ収束している。
徳島県は、他の3県を尻目に7月まで感染者数1桁台が続いていた。全国的に見ても、感染者数が極めて少ない県の1つであった。それゆえ、県民は他県からの移動者に過敏になったと思われる。緊急事態宣言が出ていた時期は、他県ナンバー狩りが行われる地域として四国内で恐れられていた。ところが8月になると、見る間に感染者数が増加していき、現在では四国で最も感染者の数が多い県となっている。いわゆるクラスターが、いくつも発生したためである。本稿執筆時でも、徳島大学の学生の間で集団感染が生じている。愛媛では、「徳島は関西と近いから感染が広がっているのだろう」ということを囁く人が多かった。
政府系の金融機関の松山支店に聞いたところによると、コロナ禍による経済への悪影響は、大都市圏よりも地方の方が小さいとの印象をもっているとのことであった。そうであっても、融資の残高は拡大しているとのことで、たいへんなところが多いのはまちがいない。3月、4月の感染拡大初期の場面では、やはり飲食業、宿泊業からの相談がすぐに入り、5月、6月になると製造業からの相談も入るようになったとのことであった。8月以降は落ち着いているということと、運送業からの相談がないので人の移動は減っても物流はそれなりにあるとみてよい、とのことであった。
地域別にみると、愛媛県は東部の臨海地帯に製造業が集積している。最東部の四国中央市は、あまり知られていないけれども市町村別でみた紙製品の生産額が全国1位の都市である。トイレットペーパーのような衛生紙や不織布の製造は、当然のことながら堅調とのことである。その隣の新居浜市は、住友系の重化学工業が立地している。こういう業種は、受注をかなり前から受けるものなので、今までは問題がなかったと聞いた。愛媛県は、水産養殖の生産額では全国有数である。主として南西部の宇和海沿岸で行われている。しかし、高級魚のマダイは外食需要の減少で苦戦中だという。販路の問題があるのであろう、外食向けに売れなかったらスーパーへとはならないようである。
2.地方人の恐怖感―重症化よりも怖いものは
四国で最初に感染者が出たのは高知県であった。大阪市内のライブハウスで感染している。同じライブハウスに行っていた女性が、愛媛県内の感染者第1号である。この人が伊予銀行の行員であり、かつ伊予銀行は危機管理として自行の行員が感染したことを素早く公表した。また同時に、その行員の勤務する店舗を閉鎖したので、地元ではどこの誰が感染したのかが、すぐにわかってしまった。この女性行員のその後の消息については、ここに書き記すのもはばかれるような様々な噂が愛媛県内を駆け巡った。
7月下旬、愛媛県今治市で新型コロナウイルス感染が確認された男性が現れた。例によって市内では感染者の特定がなされ、それだけでなく感染者の名字や顔写真入りの「この顔に、ピンと来たらコロナ注意!」と書かれたチラシが市内に貼られた。さすがにこれは悪質だということで、全国ニュースとしても流れた。ニュースを見た人には、因習と偏見にとらわれた地・四国との刷り込みが生じたことであろう。
大都市圏の都道府県のように1日に何十人も感染者が出て、累積で千人を超える、1万人を超えるとなると、どこの誰が感染したのかを特定したり詮索することは、無益なこととなるであろう。しかし四国のような地方では、もともと世間が狭く、しかも感染者が少ない。そうなると、すぐに感染した人が誰であるかが周囲に知れてしまう。愛媛県の人々が口々に言うのは、病気になって現れる症状よりも、感染したことに対する周りからの非難、中傷が怖いというものである。今治市で起きた事件は、その恐ろしさを現実のものとした。
県としても座視しているばかりではなく、新型コロナウイルス感染者に対する誹謗、中傷をなくしていこうという行動を起こしている。その行動の象徴として、黄緑色のリボンで3つの輪をつくった専用の図案を作成している。愛媛県の特産品である柑橘類を象徴する黄緑色を用い、3つの輪は「地域」「家庭」「職場・学校」を示すのだという。その3つの場所に、感染者や医療従事者が安心して帰れるようにという願いがこめられているとのことである。名づけて「シトラスリボンプロジェクト」という。
「Go To トラベル」「東京アラート」「ステイホーム週間」、日本の政府や自治体が日本人向けに行う施策や注意喚起が、なぜ英語でなされるのかわからない。「シトラスリボンプロジェクト」も、その手の命名の1つである。それはともかく、愛媛で発案された運動が進行中である。県内ではポスターが作成、配布され、夜には県庁本館が黄緑色に照らし出されている。
3.救世主か、麻薬か―観光業支援策―
どの地域でも、人の流れが途絶え、外出が制限される中で、観光業と飲食業に甚大な影響が及んだ。愛媛県松山市は、四国有数の観光地である道後温泉が市内にある。次にこの道後温泉を中心に、コロナ禍における四国の観光業をみていきたい。
もともと四国は、海外からの旅行客がわずかな地域である。インバンド需要は道後全体で5~7%程度であり、海外からの訪日客の減少が伝えられ始めた2月は、新型コロナの影響はほとんどなかったという。3月は減少したものの、まだ国内の観光客がいた。一方、春先の歓送迎会など、宴会需要はほとんどが消失してしまったという。これは、現在に至るも続いている。国の緊急事態宣言が発出された4月、5月は、道後の多くの宿泊施設が臨時休業に入り、道後温泉本館も営業を停止する。そのため、5月は道後温泉全体の宿泊人数が対前年比98%減となっている。
5月の連休中、香川県ではうどん店への営業自粛要請が県から出ている。10年ほど前に、その土地ならではの安価な料理が注目され、「B級グルメ」でまちづくりという地域活性化策が喧伝された。しかし、結局のところ一過性のものに終わってしまった地域がほとんどだとみえる。持続的に県外客を呼び込んでいる真の成功事例は、讃岐うどんぐらいではないのか。ということで、多くの県外観光客が訪れるうどん店が営業自粛の対象になったのである。
讃岐うどんの店舗注1で「製麺所系」とか「セルフ店」と呼ばれる形態の店は、朝から開店して昼までで営業を終えるところがほとんどである。県外への移動が自由になった後、香川県に行って「一般店」と呼ばれるふつう食堂と同じ営業形態の店で聞いたところによると、感染者が出だすと夜の客足がとたんに途絶えるとのことであった。
道後に話を戻すと、6月下旬から道後温泉本館が営業を再開し、ホテル、旅館もそれにならうところが増加していく。しかし、6月も対前年比65%減という惨状であった。その間、従業員の雇用は、雇用調整助成金で守られたという。7月からは、「愛媛県民割り」などの地方自治体による観光業支援策が始まり、愛媛県内、松山市内の利用客が現れるようになり、7月下旬からの「Go To トラベル」開始もあって、道後全体で7月以降は対前年比3割減から4割減で済んでいるとのことであった。
10月、11月は秋の行楽シーズンということで、ふだんの年ならば団体旅行、法人・企業利用で潤う時期なのだという。しかし、そのような団体旅行は9割減の状態だと、あるホテル経営者は語ってくれた。そこを「Go To トラベル」の利用客が補っているということであろう。
バラマキであるとか、旅行をする余裕のある層が得をする制度になっているなど、批判の声もある「Go To トラベル」事業である。しかし、観光業界からすれば、この事業によって需要が下支えされているのは確かなことだという。また、富裕層向けの豪華宿泊施設(全室露天風呂付き)と一般向けのホテルの両方をもつ経営者によれば、高価格帯の宿泊施設が人気で、予約で埋まっている状態だという。これは、全国的な傾向と同じである。
宿泊業経営者の1人は、「Go To トラベル」事業で失敗だと思うのは、利用制限をしなかったことだという。土日、あるいは年末年始のように、ふつうにお客が入る時期は事業対象からはずし、その代わり支援期間を長くした方がよかったとのことである。観光業支援策は麻薬のようなものなので効果は絶大だけれども、切れた後が怖いとも。
1月末の事業終了後、お客が急に動かなくなるのではないかとの状況判断を語ってくれた。この話を聞いた直後、公明党の山口那津男代表が「Go To トラベル」について、来年度の事業継続要望、平日利用推進を表明していた。なるほど、その線で観光業界として与党に働きかけをしているのだな、と思った次第である。しかし延長するにしても、いつまで支援策を継続すればよいのであろうか。国の施策への依存は、まさに麻薬のようである。
不思議なのは、政府がたいした感染症対策を講じているわけはないのに、他の諸外国と比べて国内で感染がさほど広がらないことである。「Go To トラベル」が始まったら、お盆を過ぎたら、9月の連休を過ぎたら、愛媛でも感染者が急増するのではないか、との懸念の声を繰り返し聞いた。女子学生は「キャリーバックを引いている人がいると、どこから来た人だろうと思ってしまう」といっていた。ホテルでアルバイトしている学生は、「宿泊カードに『東京都』と記入されると、ハッと思う」と述べている。そうした不安をよそに、県内で一向に感染拡大は起きない。
愛媛県で感染者が出ないことに関して宿泊業経営者に尋ねてみると、「日本人は衛生対策に協力的である」「規則を守ってくれる」と口をそろえていた。移動することそのものよりも、感染対策に従うかどうかの方が重要なのかもしれない。
4.地方行政の真価が問われる新型コロナ対応
繰り返しになるけれども、四国では全般的に新型コロナウイルスの感染が抑えられている。いまだに感染者が出ていない市町村もある。このことからすると、3月の全国一斉休校がいかに愚策であったかがわかる。今回のコロナ禍で、政府の対応が後手に回り、右往左往する中で、都道府県知事たちが存在感をみせた。
すでに言い古されていることではあるのだが。たまたま閲覧したm3.comという医療従事者専用サイトに、医師による各知事の評価が掲載されていた。これは、全国のm3.com医師会員に勤務先の都道府県知事の新型コロナウイルス対応に関する施策、リーダーシップを「1(全く評価しない)」から「5(非常に評価する)」までの5段階で評価してもらうという試みの結果である。全国で7338人の医師が回答したと記されている。表2は、上位に評価された知事と四国の知事たちの評点を示したものである。
PCR検査のドライブスルー方式をいちはやく実施した平井伸治知事(鳥取県)、マスク購入券を配布した杉本達治知事(福井県)、毎日のようにテレビに出て情報発信し続けた吉村洋文知事(大阪府)、迅速な感染封じ込め策を採って「和歌山モデル」と称された仁坂吉伸知事(和歌山県)、国に先駆けて道独自の緊急事態宣言を発出した鈴木直道知事(北海道)と、なるほどと思われる面々が上位に名を連ねている。
その高評価知事の一角に愛媛県の中村時広知事が加わっている。中村知事はテレビに出演するのが苦にならない型の人のようで、たしかに感染者が現れるごとに自ら直接県民に向けて説明する姿勢をとっていた。結果的に感染を抑え込んでいる高知県の濱田省司知事、香川県の浜田恵造知事も平均以上の評価を得ている。
こうした中、現在の全国知事会の会長で、なにかと全国放送のテレビ画面に映る機会が多かった徳島県の飯泉嘉門知事が、平均以下の評価に甘んじている。飯泉知事というと、緊急事態宣言下、徳島県内への他県ナンバー車の流入量調査を命じた知事である。この調査が、前に述べた他県ナンバー狩りを誘発したとの指摘も存在する。つまり、どちらかというと失態を演じた部類の知事であり、評価はそれを反映したのかもしれない。
このようにみると、このコロナ禍では各都道府県の行政がその対応力を競うかのようである。逆にいうと、各県の県民が自らの県の行政能力を見極めるよい機会になっているともいえるだろう。これを契機に、県民の県政への関心が高まればそれにこしたことはないといえよう。
注1 讃岐うどんの店舗は、通常「一般店」「セルフ店」「製麺所系」の3つに分類される。「セルフ店」は、客が注文したうどんの丼を自分で席に運び、食べ終えると自分で返却する形式。「製麺所系」は製麺が本業で、製麺所内もしくは周囲に机と椅子を配置してそこで食べることもできるようにした店。
いちかわ・とらひこ
1962年信州生まれ。一橋大学大学院社会学研究科を経て松山大学へ。現在人文学部教授。地域社会学、政治社会学専攻。主要著書に『保守優位県の都市政治』(晃洋書房)など。
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