コラム/発信
市民の市民による放送局「てにておラジオ」と
パブリック・アクセス
あなたの町でも創ってみませんか?自分たちのラジオ局
岐阜・てにておラジオ 津田 正夫
テレビやラジオは誰のものだろうか?言論・表現・コミュニケーションのインフラである電波は、当然ながら社会の成員、市民・住民すべてに開かれた公共財であり、誰もが自由に使えるものでなくてはならない。メディア民主主義のこの基本原則に対して、日本の電波資源は長らく総務官僚、メディア資本に支配されてきたのだが、近年、防災目的などでようやくFM波のほんの一部が地域の市民・住民に“こじ開けられ”つつある。
「FMわっち(シティエフエムぎふ)」(岐阜県南部のコミュニティ放送。78.5MHz。出力20W)では、毎週月曜~金曜の1時間、「みんなのラジオ!てにておラジオ!」という明るいコールが流れる。「みなさん、こんにちは。てにておラジオの時間です。てにておラジオは、誰もが番組をつくることができる、市民による市民のためのラジオです。みんなの森 ぎふメディアコスモスからお送りします!」と続いて、その日の番組が紹介される。
それぞれ14分単位の4つの市民制作番組に簡単なジングルを組み合わせて1時間にしたもので、月に16本~20本、年間200本ほどが放送されている。岐阜市内外の市民や市民グループが自分自身で企画・制作した番組を、スポンサーや行政に頼らず、自分たちで費用を出し合って流している。(コロナ禍の4月・5月はお休み。)
毎月第2・第4日曜の午後、岐阜市の複合施設「みんなの森 ぎふメディアコスモス」に、会員が集まって機材を組み立て、スタジオ・客席を設営して番組を公開収録する。企画会議や反省会、番組審議会もここで開く。電波が届くのは、岐阜県南部の美濃地域で、80万人ほどをカバーする。
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どんな番組が作られているのか?今年(2020年)10月前半を例にとると、新型コロナウィルスの防災特集『過去の教訓に学ぶ感染症』、養護教諭の視点から子どもたちの悩みを投げかける『保健室の先生物語』、シャンソン歌手が歌に重ねて波乱の人生を語る『歌は私の祈り』、中央図書館が育てる子ども司書たちが、オトナ社会のおかしさやオススメ本をアピールする『小さな司書のラジオ局』、岐阜大学元教授が身近な問題を憲法から読み解く『やさしさ発見!けんぽう探検!』、合唱のだいご味を伝える少年少女合唱団の『レッツ・エンジョイ・コーラス』、性と人権を考える「ここいく」グループの『いのちの授業』など多彩だ。
この他のレギュラー番組では、ジェンダー差別に挑戦する熱々トーク『女の人生劇場』、終末期の患者・家族と在宅介護医療スタッフとの対話『おうちにかえろう』、歴史博物館元館長の深掘り講義『ヤブさんのおもしろ考古学』、ひきこもりの当事者が語る『ひきこもりラジオ』、社会風刺の『ジジイ放談』、さまざまなNPOの活動を紹介する『NPOバスケット』、ユニークなまちづくり活動の現場報告『まちづくり秘話@ぎふ』、中部学院大の人類学ゼミ『まちかどラジオ大学』、岐阜弁と長良川がテーマの『わたしんたのながら川やて』、話題の人インタビュー『あっこさんのこの人に首ったけ!』、アーティスト・横山寿美子さん『すみこワールドにようこそ』、私・津田正夫のメディア時評『メディア・カレードスコープ』など、いずれも手作りの番組ばかり。
会員は、私のような放送局OB・OGもいれば、現役の先生、税理士、障がい者のサポーター、チェリスト、退職公務員、主婦、学生らおよそ40人ほど。企画・取材(ディレクター)や、聞き手・話し手(アナウンサー)のすべてはボランティアの市民だ。
「てにておラジオ」のコンセプトが「当事者市民による放送」、「発信・表現の機会の少ない人たちのためのラジオ」、「自由で独立した番組」なので、心身にハンディを持つ人たち自身や支援者の番組、高齢者・女性・子どもの発言、まちづくりに取り組む市民自身による企画などが圧倒的に多い。マスメディアが伝えないこと、当事者にしか分からないことを優先的に伝えていく。また若い世代を育てようと、NPO助成金も使って夏休みに集中的に「若者・高校生育成」事業にも取り組んでいる。
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周知のように、英・米・仏と続いた近代市民革命の核心である「思想・信条の自由」「言論・表現の自由」は、アメリカ修正憲法第1条はじめ各国の憲法や反論権法に明記され、現在も国際人権規約(19条)や日本国憲法(19・20・21条)に、“綱領的”には引き継がれている。しかし現実には、産業革命やメディアの産業化を通じて「公共性の構造転換」(ハーバーマス)に侵食されたメディア公共圏は、国家や政治による宣伝と、巨大資本による商業的収奪の器に変質してしまった。
その200年後、一般市民・住民が再び自らのメディア、言論・表現の公共圏を取り戻し始めたのは、アメリカでは1960年代に始まる大規模な公民権運動を契機にした「電波メディアへのパブリック・アクセス権、反論権」獲得の闘いと制度化・法律化(1972年など)によるものだった。
この短文では詳しく述べられないが、市民・住民が自分たちの問題や興味事について、職業的・商業的なジャーナリストやマスメディアに任せずに、自ら電波で発信するパブリック・アクセス制度は、アメリカでは4大ネットワークを超える全米千数百局の「パブリック・アクセスチャンネル」に結実してきた。「言論・表現の公共圏」を取り戻すこうした思想と制度化は、1980年代を通して西ヨーロッパでも普遍化していった。さらに先住民を含めた多文化主義を掲げるカナダ、オーストラリア地域に広がり、90年代の民主化運動を通じて韓国・台湾などでも制度化されていった。他方で、近年GAFAなどインターネット企業がグローバルに繁殖した現代、市民の情報発信と連帯はさらに複雑で新たな課題に直面している。
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こうした“自由主義”世界の大勢とは裏腹に、権威主義的な一部の国家(社会主義国家やイスラム国家)と並んで、日本の放送業界と総務省(旧郵政省)は、長らく電波の政治的・商業的利用と権益を独占してきた。高度成長期の莫大な広告収入、選挙や政局運営における世論誘導にテレビ支配は不可欠だった。しかし日本でも地域格差や限界集落の拡大、少子高齢化や性的差別、大規模災害の多発などさまざまな根本的課題は、行政と成熟した市民社会やNPOとの協働、情報の共有化を避けては解決できなくなってきた。
阪神・淡路大震災を契機に、日本語の分からない在日アジア人たちが海賊放送(無免許の放送。後の『FMわぃわぃ』)を開始し、ろう者・失聴者らが『目で聴くテレビ』を、視覚障がい者らが『日本福祉放送』を立ち上げるなど、次第に多様な市民メディアが立ち上がっていった。
日本にNPO法ができたのが98年、日本初のNPO放送局「京都コミュニティ放送(ラジオ・カフェ)」が離陸したのは02年である。東日本大震災では、コミュニティFMを活用した延べ30局もの臨時災害ラジオ局が誕生し、津波・地震・原発被災地の課題に立ち向かってきた。いずれも大手メディアの手が届かないか、撤退した地域である。現在、全国のコミュニティFMは、延べ350局ほどが開局されているが、その内非営利・非商業目的の局は1割弱と推定される。商業局でも市民が主導・参加している番組は多いし、非営利でも一般市民が参加していない局も少なくない。
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私自身は、NHKで30年近く“良心的な報道番組”を目指したつもりだが、構造的な壁は強固だった。曲折を経て、当事者・市民が企画・制作の主体になっている世界各国の「パブリック・アクセス制度」を仲間たちと調査・研究し、日本でのパブリック・アクセスを求めてきた。
ラジオ・カフェができた02年、私は立命館大学へ転職し、「パブリック・アクセス論」の講座を担当しながら、研究・実践の仲間たちとさまざまなメディアアクセスの制度的実現に力を注いできた。04年に全国各地で市民メディアに取り組む人たちと「市民メディア全国交流集会(メディフェス)」を始めてから、名古屋・米子・熊本・札幌・横浜・京都・東京・武蔵野・仙台・上越・大阪・刈谷・読谷・平塚などとメディフェスを積み重ねて、昨秋は東京・足立で16回目を迎えた。
そして自分が暮らす岐阜でも、15年の「ぎふメディアコスモス」のオープンに合わせ、仲間と会員を募って「てにておラジオ」の試行を始めた。財源は、一人5000円の年会費と、放送1コマ(14分)につき1500円のみ。「14分で1500円」は放送業界からすれば桁はずれの廉価だが、普通の市民・学生などの生活費やネットでの発信経費に比べても非常に高額だ。放送業界というのは、庶民の経済から遊離した旧いシステムなのだとつくづく思う。どの放送局も新聞社も“地域密着”、“市民に寄り添う”と謳っているし、“良心的な”記事・番組は少なくない。しかし現在のメディア制度は、地域市民・住民当事者のものではない。
新政権とメディア・情報資本は、コミュニケーションの政策を、根本的に市民本位に立て直し、メディア資源・デジタル資源を市民社会へ還元すべきだろう。自らの表現とアイデンティティを取り戻す市民メディアを、あなたの町でも創ってみませんか?
つだ・まさお
1943年、金沢市生まれ。1966年、京都大学卒業後NHK入局。福井・岐阜・名古屋・東京などで、主として報道番組の企画・制作に従事。1995年から東邦学園短大、02~15年、立命館大学産業社会学部教授。市民のメディア参加に関する研究・実践にかかわる。市民メディア全国交流協議会世話人。同人誌『追伸』(風媒社)同人。主な著書・共著に、『ドキュメント「みなさまのNHK」~公共放送の現場から』(2016現代書館)、『ネット時代のパブリック・アクセス』(2011世界思想社)、「コミュニケーション資源を市民社会へ」『現代思想』(2006青土社)、『谷中村村長・茂呂近助~末裔たちの足尾鉱毒事件』(2001随想舎)など。
コラム
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