この一冊

『消えゆくY染色体と男たちの運命』(黒岩麻理著 学研秀潤社 2014.3)

オトコよ、君たちは生き延びることができるか?

フリー編集者 前川 治子

男女の性差については、多くの人々が古くから興味を持って研究してきた。科学の世界では、ヒトの性は女性が「原型」、男性は「模型」。女性がデフォルトで、そこからムリヤリ男性をつくり出していることがわかっている。

そのことを前提とした本書だが、しかし、男性が女性より生物学的に劣っていることを証明したものでも、フェミニズム運動のために書かれたものでもない。性差とは何か、そして人類の未来の可能性を考えるために書かれたものである。

男性は、性に関わる染色体を、母親に由来するXと父親に由来するYの二本をもつ。ヒトの祖先がX染色体とY染色体を持つようになったのは、約3億年前。爬虫類から分かれて哺乳類へと進化した頃にさかのぼる。当初、Y染色体は1,000個以上の遺伝子をもっていたが、長い年月を経て、今や男性のためにだけ働くエリート遺伝子50個しか残されていない。Y染色体がなければ男性は産まれないのだが、恐ろしいことにYの退化は現在も進行中だという。

将来、はたしてY染色体は消失し男性も産まれなくなるのか。はたまた現状維持でなんとか消失をまぬがれるのか。

驚くことに、すでにYを失った動物がいるという。奄美大島や徳之島に生息するトゲネズミのオスは、とっくにY染色体を捨ててしまった。彼らは退化するY染色体をあっさり切り捨て、巧妙な方法でY染色体なしにオスを生み出す仕組みを進化させた。男性の未来に一筋の光明が差す。

著者は性差生物学を専門とする女性研究者。研究室も、家庭も、男ばかりのなかで、Y染色体がどうやって「オトコ」を「男」にしているのか。また「イケメン」や「仕事ができる男」の生物学的な特徴や、「草食男子」「スイーツ男子」「イクメン」の科学的分析など、「オトコ」をめぐる話題を、夫や息子たちとの付き合いなどを例に、親しみやすく解きほぐす。

男のスタートは、受精卵の染色体がXYとなることで始まる。しかし、それだけでは男にはならない。胎児のときにY染色体にある遺伝子が男スイッチを入れた後、男性ホルモンのシャワーを浴び、生まれた後も遺伝子やホルモンがバランスよく働いて、ようやく男はつくられていく。著者は、「男になるためにはそれなりの苦労があり、さらにその仕組みは素晴らしく、じつにうまくできている」という。あらたに「オトコ」を、発見する一冊である。

第1章 男の性が決まる仕組み

第2章 男らしさのつくられ方

第3章 モテる男のYとホルモン

第4章 男の方が多く産まれる―男女出生比の謎

第5章 退化し続けるY染色体―消えゆく運命のY

第6章 男はこの世からいなくなるのか?

『消えゆくY染色体と男たちの運命』

(黒岩麻理著 学研秀潤社 2014.3)

本書の著者は、京都市生まれ。2002名古屋大大学院生命農学研究科にて博士号。20009年より北海道大学大学院理学研究院生物科学部門准教授

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