コラム/経済先読み

新成長戦略の新しい労働時間制と

休息時間

グローバル総研所長  小林良暢

厚生労働省の中央最低賃金審議会は、2014年度の最低賃金の目安を全国平均で780円、前年度実績より16円上げると決めた。今年の最賃審議も去年同様に官邸主導で進められ、田村厚生労働大臣の「昨年度並みかそれ以上の上げ幅を期待する」との発言通り、全国平均16円アップ、率に直すと2.1%に着地させた。これを来春の賃上げ継続につなげていって経済の好循環の新たな高見に導こうという狙いだろう。だが、これだけでは2匹目のドジョウで、今度もうまくいくという保証はない。ましてや、今年の夏の安倍内閣は去年の今頃と比べて、政権を巡る周りの状況が一変している。

安倍政権は株価連動内閣だと言われる。たしかに、安倍内閣は発足いらい1年半、株価の上昇とともに高い内閣支持率を維持してきた。すなわち、一昨年、衆議院を解散した2012年11月16日の日経平均株価は9024円、自民党の勝利を確定した12月19日には1万円台を回復した。年明け2013年も、日銀の黒田異次元緩和を挟んで5月7日には4年11カ月ぶりに1万5000円台に乗せ、暮の大納会では1万6291円とリーマン後の最高値を付けた。今年に入ってからも株価は1万4000~6000円の高値圏を維持してきている。この株高を支えにして、安倍内閣の支持率は60%から50%台の高率をずっと維持してきた。「株価連動内閣」だと言われる所以である。

だが、ここにきてこの株価連動に変調が見え始めている。7月に入って株価は1万5000円を超え、市場関係者からは年末1万7000円の期待の声が上がる中で、内閣支持率の方がNHK、日経新聞でも50%を切った。また、産経新聞の調査によると、安倍首相の景気・経済対策について、「評価しない」が47%に達し、とりわけ若い層での世論の株価連動離れが起きているようだという。

この原因は、集団的自衛権、原発再稼働などといわれているが、成長戦略の第1の矢の公共事業は労働力不足で半ば立ち往生、また第2の矢の金融緩和も賞味期限切れが近く、これがボディーブローできいてきた、と筆者はみてとる。官邸はこの懸念についてかねてからも認識していて、株価1万4000円を内閣のデッドラインと定め、この死守を至上命題としてきた。そのために官邸内に菅官房長官をトップにした非公式の「株価対策会議」を設置、大型モニターで株価や円レートの動きを注視して、法人税率の引き下げと「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)の資金活用を検討に入った。だが、法人税率は法改正が必要で、GPIFも運用委員会のメンバーが内定したばかりで、表立った発動は先の話である。

そこで、6月末にまとめた「日本再興戦略」改訂2014で、安倍首相が自ら「日本の『稼ぐカ』を取り戻す」と胸を張る新しい成長戦略として、手っ取り早く仕立て上げた目玉が「労働市場改革・人材力の強化」である。曰く、時間に縛られない成果型の労働時間制、限定正社員、女性の活躍支援、外国人人材の活用など、雇用制度改革と働き方の新しい仕組みを提起している。筆者は、これらの労働市場改革は検討する必要性がある項目が多いと考えてはいるが、提起された内容では明らかに説明不足で中身も寸足らず、このままでは国民各層とりわけ若い層の支持を得られず、かえって反感を買うだろうと考えている。

例えば、「労働時間に縛られない成果型の新しい労働時間制」である。これを最初に提起したのは規制改革会議の鶴光太郎氏で、これを 産業競争力会議が慎重に取り扱うとして、昨年6月の成長戦略に盛り込むことを見送った。それが、昨年末の産業競争力会議・雇用人材分科会(長谷川閑史主査)の「中間報告」で再び急浮上した。なぜ行ったり来たり迷走したかというと、この間に規制改革会議から産業競争力会議への主導権の移行あったからだ。

「新しい労働時間制」は、朝日新聞などが「残業代ゼロ」とか批判しているが、ことは残業代を払うか払わないというようなケチな話ではなくて、その本質は労働時間に関して「労働基準法の適用除外」にするということである。だとすると、もっと丁寧に提案する必要がある。古賀連合会長も「乱暴な議論がされている」と批判しているが、産業競争力会議の提案には、なぜ「労働基準法の適用除外」にするのかという点についての説明が欠落している。

筆者は、なぜ産業競争力会議はあのような提案をするのかと聞かれることが多いが、こう答えてきた。「知財立国ニッポンがグローバル競争に勝ち抜くには、小保方晴子さんのような31歳で年俸1000万とか1500万の研究技術者、あるいは20代~30代そこそのファンドマネージャーとかWEBデザイナーなど、そういう人材を国内外から採っていくには労働時間にとらわれない働き方があってもいいのではないか、産業競争力会議の長谷川主査にはこういう思いがあるのではないか」。そういう小林さんのような提案なら分りやすく、賛否はともかく議論になるという人が多い。こういう議論の前提を度外視して、いきなり「労働基準法の適用除外」はない。

そればかりか、当初の規制改革会議の案では、成果型の新しい労働時間制と労働時間・休日・休暇取得促進がセットの「三位一体改革」が提起されていたが、今度の成長戦略では上限規制と休日・休暇取得の二つが消えてしまった。

だが、ここにきて、長谷川主査も上限規制や有給休暇の取得推進など「加重労働対策とセットで」と発言、また甘利大臣が成果型の新しい働き方は秋からの「政労使会議の場で議論を」と言いだした。政府は、厚労省の労働政策審議会よりも政労使のトップ会議の場で正面突破を図ろうとしている。ならば、労働側は逃げないでこの土俵に上って、連合の古賀さんには議論の前提として、消えた「上限規制と休日・休暇取得」を俎上に乗せる提起をしてもらいたい。

労働時間の上限規制については、労働時間の「上限規制」の「抜け道」になっている36協定の特別条項の見直しが不可欠である。現状は1か月70時間超~80時間、年間800時間で協定している事業所が多く、なかには年間900時間とか1000時間超すらある。連合は適合基準として「月45時間・年間360時間」を主張しているが、これは絵空ごと。工場や事業所の現場を回ると、過労死認定基準の1か月100時間・2~6か月80時間という縛りが効いていて、年間800時間で協定しているところまで進んでおり、これだと日に3時間の残業となり、職場ではよく見かける。このあたりの実情を踏まえて「月55時間・年間650時間」程度の相場観で主張し、過労死認定基準の引き下げを提案することである。

いまひとつ、休日・休暇取得促進ではなく「休息時間11時間」を主張して欲しい。但し、いま連合内で先行しているインターバル時間ではなく、EU並みの11時間の主張に徹してもらいたい。その際、個別オプトアウト(適用除外)条項が必要となろうが、これもEU並みに個別労使協定に委ね、 その対象者を成果型の新しい働き方の労働者にすればいい。

こばやし・よしのぶ

連合総研、電機総研を経て、現在グローバル産業雇用総合研究所長。著書に『なぜ雇用格差はなくならないか』(日本経済新聞社)など

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