コラム/歴史断章

『現代の理論』とメールマガジン『オルタ』

『オルタ』代表 加藤 宣幸

私は第4次になるという矢代俊三氏の『現代の理論』デジタル版復刊宣言を読んで嬉しさとともに「少し」複雑な気持ちにもなった。それは、この理論雑誌の断絶と継承の歴史に関わる政治・社会運動の複雑な消長のほろ苦い記憶がよみがえったからだ。しかし、今は何よりもこのデジタル雑誌の発展を願う気持ちが一杯なので、まず私の出来ることとしてメールマガジン『オルタ』126号に復刊の経緯・御知らせなどを載せて頂いた。

私たちの発信するメールマガジン『オルタ』はイラク戦争の不条理に反対する市民の声を上げようと2004年3月に創刊された手つくりの市民メデイアだが創刊期に執筆し、これを育てた人々のルーツをたどると雑誌「現代の理論」の第1次・2次の頃の執筆者やその影響を強く受けた人々に重なる。その方々は「構造改革派」と呼ばれていたから「オルタ」はその思想や政策論の系譜を継承するものだと言うこともできる。

実際、『オルタ』の創刊期にはいわゆる「‘60年安保世代」の学者・ジャーナリストの方々には陰に陽に支えて戴いた。限られたお名前を挙げるとすれば力石定一法政大学名誉教授、竹中一雄元国民経済研究協会会長、榎彰元共同通信論説委員長、細島泉元毎日新聞編集局長、西村徹大阪女子大名誉教授、久保孝雄元神奈川県副知事、河上民雄東海大学名誉教授、山本満元法政大学教授などだが殆どの方が政治的には広義の「構造改革派」という立場に立たれていたように思う。なかでも独自の発想から杉田正夫のペンネームで『現代の理論』創刊期時代にマスコミでも活躍された力石定一氏は2001年頃、構造改革論の雑誌として季刊『発想』を出されていたが、その終刊にあたり、全読者を継承するようにとオルタに名簿を下さることもあった。

創生期の『現代の理論』と『オルタ』とは執筆者が重なっただけでなく、『オルタ』の発行を担う私も心情的には深い関わりがあった。第1次『現代の理論』創刊号(1959年5月)を手にした時、学生だった『現代の理論』現編集委員の小塚尚男氏は胸をときめかせたというが、当時社会党本部書記だった私も仲間(貴島正道・森永栄悦・初岡昌一郎など)と共に掲載された諸論文の清新さに圧倒された思いがある。ちなみに貴島は自著「構造改革派」で、その頃を「構造改革論を知り、雲間から一閃の陽射しをみるような気持ちになった」と書いている。それに加えて私達は、創刊号の巻頭論文を執筆された佐藤昇氏とはその1年ほど前から池袋のお宅に頻繁にお邪魔しては長時間の講義をして頂くという深い信頼関係にあったから感慨は一入であった。

日本共産党も一時期、構造改革路線を認めていたので社会党構革派と言われた私たち3人が松下圭一・佐藤昇両氏を中心に増島宏・田口富久治・北川隆吉・中林賢二郎・上田耕一郎氏などの政治学者をレギュラーメンバーにした研究会を1年余つづけた時、後に党副委員長になられた上田耕一郎氏が熱心に報告されたことさえもあった。しかし共産党はある時から一転して構造改革論の全面否定を決め、自己批判しない学者は離党したり除名され、説を曲げない者は容赦なく断罪された。多分その動きが第一次『現代の理論』の廃刊にもつながったのだと思う。

しばらくして社会党内にも、その余波かのように構革反対の動きが強まり、その標的は書記長の江田三郎に絞られる。彼の発言した「江田ビジョン」は悪魔の託宣として抹殺され、大会では彼に対して聞くに堪えないほど個人攻撃の罵声が飛び交った。かくて潮目は変わり、党内外に急速に影響力を増していた社会党構革派は伝統的マルクス主義に固執する社会主義協会やそれと連携する左派の攻撃に屈し、党外の構革諸派も衰退する。しかし散々江田を攻撃した人々の多くがいつの間にか江田と構革の礼賛に転じた姿も見た。これが構革論の消長に見る私の複雑な感慨である。

私は新たにスタートする季刊『現代の理論』デジタル版が数次にわたる断絶と継承、構革派敗北の歴史から多くを学び、前者の轍を踏まず順調に発展するのを心から願う。『メールマガジン「オルタ」』(月刊)というデジタル市民メデイアを10年間発信してきた者として、この新雑誌が媒体を紙でなくデジタルとしたことをまず大いに歓迎したい。これは、世界がIT技術を飛躍的に発展させ、コミニケーションツールを大きく変えたからだけではない。新雑誌が既成の権威やマスコミに挑戦し、「真の知性による理論的思考の復権、変革の思想と理論の再生を目指す」ためにはデジタルメデイアが最適だと確信するからだ。

現在の『オルタ』は毎月20日に無料で約17000通を発信し、HPの毎日の訪問者平均800人強、ユーザー数・月約18000人・執筆者約240人というささやかなデジタルメディアだが、安倍政権の暴走、多弱野党、マスコミの頽廃等に対してオルタナテーブな論を提起しつづけるには、指向を同じくするデジタルメデイア相互が大きく連携することが必要だと考える。『オルタ』はデジタルメデイア『現代の理論』に対してアライアンスの提案をしたいので是非具体化についてご検討頂きたいと思う。

かとう・のぶゆき

1924年生。1945年都立工専卒。46~68年社会党本部書記。69~91年新時代社社長。2004年からメールマガジン『オルタ』代表。

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