特集●混迷の時代が問うもの

軋む日韓関係を韓国から見る

日本の対朝鮮半島政策こそが問われている

朝鮮問題研究者 大畑 龍次

日韓関係はいま、最悪の状況にあると言われる。日韓関係の軋みは、昨年から顕著になった。いくつかを挙げてみると、「レーダー照射問題」(韓国側は日本の異常な低空・威嚇飛行と主張)、「韓国国会議長による天皇謝罪要求発言」、「日韓慰安婦合意の破棄」、「元徴用工に関する大法院判決」、「半導体原材料の輸入規制」、「ホワイト国除外問題」、「GSOMIA(軍事情報包括保護協定)の破棄」などを指摘することができる。

韓国大法院判決は「約束違反」なのか

これらの対峙関係のなかでも重要なのは、昨年10月に出された元徴用工問題への大法院判決であり、現在の関係悪化の出発点だといえよう。この判決のポイントは、第一に、原告が元徴用工であることを認めたこと。最近日本政府がいうところの「元朝鮮半島出身労働者」ではなく、強制徴用されて劣悪な労働環境で働かされた元徴用工であるとしている。そのうえで関係企業はその反人道的処遇に対する慰謝料を払うよう命じた。

第二に、1965年の日韓条約ならびに日韓請求権協定は、植民地支配の賠償を対象にしていないこと。なぜなら、その「交渉過程で日本政府はその不法性を認めず、強制動員被害の法的賠償を根源的に否定し合意に至らなかった」からだ。ちなみに、日韓両国が公的文書で「日本の韓国への植民地支配への反省」を明記したのは、1998年の「日韓パートナーシップ」だった。小渕首相と金大中大統領のときだった。

こうして日本の関係企業は、慰謝料の支払いを命じられ、元徴用工らは話し合いに応じるよう求めた。しかし、安倍政権は「1965年に解決済」、「国際法に違反」という立場をとり、関係企業にも政府方針に従うよう政治指導を行った。関係企業との協議の道が閉ざされた元徴用工らは、判決にしたがって法的な措置を進めざるを得なかった。関係企業の資産の差し押さえの手続きを進めている。当時の河野外相は、「日本企業に不利益が生じれば、対抗措置を取る」と繰り返し表明していた。

こうした安倍政権の対韓政策は、これまでの政府見解とも矛盾するものだった。1991年8月27日の衆院予算委員会において当時の柳井俊二外務省条約局長は、日韓請求権協定の第2条で両国の請求権の問題が「完全かつ最終的に解決」されたと述べていることの意味について、「これは日韓両国が国家として持っている外交保護権を相互に放棄したということであり、個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたものではない」と明言している。

また、最高裁判決においても2007年4月27日、中国の強制連行被害者が西松建設を相手に起こした裁判で日中共同声明によって「(個人が)裁判上請求する権能を失った」としながらも、「(個人の)請求権を実体的に消滅させることを意味するものではない」と判じた。さらに、「被害の重大性を考えると、当事者間の自発的解決が望ましい」と付言した。この付言に基づき、2000年11月鹿島建設和解(花岡事件)、2009年10月西松建設和解、2016年6月三菱マテリアル和解に至っており、韓国との間でも、サハリン残留朝鮮人帰還問題、在韓被爆者治療、慰安婦問題などで65年請求権協定の見直し・補完がなされている。こうした前例に従えば、日本政府は個人の請求権を認め、当事者間の和解を進めるべきだった。

しかし、安倍政権は強硬姿勢を崩さなかった。こうして今年7月初旬、日本政府は報復措置に踏み切った。半導体製造に必要な材料三品目(レジスト、高純度フッ化水素、フッ化ポリイミド)を包括的輸出許可から個別的輸出許可に切り替え、安全保障上の友好国として規制緩和する「ホワイト国」から韓国を除外する意向を明らかにした。当初は報復的措置を匂わしていた日本政府は、政治問題を通商政策に持ちこむのはWTO違反であることを意識し、「安全保障上の理由」「通常の通商政策の一環」と主張するようになった。しかし、これまでの経過やタイミングから考えると、  文 在 寅   政権のとってきた対日政策に対する報復措置であることは明確だろう。

経済制裁が明らかになった7月初旬、日本の多くのマスコミは批判的な論調を明らかにした。「対韓輸出規制『報復』を撤回せよ」(7・3付「朝日」)、「輸出規制、通商国家の利益を損ねる」(7・4付「毎日」)、「元徴用工巡る対抗措置の応酬を自制せよ」(7・2付「日経」)など。これらの措置発表直後のマスコミ報道からも報復措置と受け取られていたことがわかる。

韓国に広がる「NO安倍」の声

こうした安倍政権の報復措置に対して文在寅政権は、安倍首相が自由貿易を声高に叫んだ「大阪G20サミット」の直後に出されたことに驚きを隠さず、対抗措置を明らかにした。ひとつは日本からの輸入品の検査強化であり、もうひとつは日本を「ホワイト国」から除外する意向を明らかにした。韓国国民の安全を守るために実施していた福島などからの輸入禁止を継続し、検査強化を明らかにした。この問題ではWTOにおいて韓国側の主張が認められ、日本の敗訴が確定していた。

こうした対抗措置の一方、韓国政府は協議の再開ならびに元徴用工問題における妥協案を提案したにもかかわらず、日本政府は対話を拒否し続けた。韓国政府による「被害者支援案」は、日韓の企業が資金を拠出し、強制徴用訴訟で勝訴が確定した被害者に慰謝料相当額を支給するというものだった。さらに、韓国政府は8月23日、GSOMIA(軍事情報包括保護協定)の破棄を通告した。いわゆる「レーダー照射問題」や報復措置に対して「安全保障上の問題」と豪語する日本の姿勢を見るならば、至極当然なことだろう。

日本による韓国の「ホワイト国」除外は8月28日から、韓国による「ホワイト国」除外は9月に入って実施された。同時に韓国は一連の日本の処置をWTOに提訴している。

韓国国内では、韓国政府の反論と対抗措置にとどまらず、社会・市民運動の広がりも見せた。交流事業は相次いで中止になった。民主労総、韓国進歩連帯など600以上の社会・市民団体によって「歴史歪曲・経済侵略・平和脅威・安倍糾弾市民行動(市民行動)」が組織され、7月20日から毎週の「NO安倍キャンドル集会」が開催されるようになった。ピークとなった8月15日のキャンドル集会では10万人が光化門前広場を埋めた。こうした運動が韓国政府の対抗措置を後押ししたことは言うまでもない。

 

集会・デモのみならず、日本製品への不売・不買運動(買わない)、日本に旅行しない(行かない)運動が繰り広げられた。韓国のコンビニから日本のビールが消え、韓国人観光客で賑わっていた日本の観光地には閑古鳥が鳴く事態となった。日本ビールの落ち込みは9割減、韓国人観光客は昨年比ほぼ半減。こうした現象は、一部の社会・市民団体の反対だけではなく、国民的な運動になっていることを意味している。

前述の「市民行動」の朴錫運  共同代表は安倍政権について「経済侵略を通じて韓国を経済的・軍事的に取りこむとともに、軍国化という陰謀を持っている」と指摘している。「再植民地化」といってもいい認識である。今年は3・1独立運動から100周年にあたるだけに、こうした国民感情に火をつけた格好だ。前河野外相の「無礼発言」は韓国を見下した宗主国意識の表れにほかならず、広範な反発を招いている。ちなみに、「市民行動」はGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の破棄が達成されたことから、毎週を毎月の行動に転換した。

文在寅政権と「積幣清算」

さて、一連の韓国政府の対応と関連しつつ、文在寅政権とはどのような政権かを振り返ってみる必要がある。前朴 槿 恵大統領は自らの任期を全うすることなく、失職して現在収監中の身だ。直接的には親友である崔 順 実  という民間人の政治介入、財閥との贈収賄などの「崔順実ゲート」によって弾劾され失職したが、そのほかのさまざまな失政への怒りが「キャンドル抗争」を引き起こしたのだった。この「キャンドル抗争」の力を背景に政権交代を果たしたのが文在寅政権だ。したがって、文在寅政権には前政権の悪弊を清算することが求められた。

韓国では、これは「積幣清算」といわれている。まず取り組まれたのは、敵対的な関係にあった北側との融和政策であり、朝鮮半島ならびに北東アジアの平和プロセスだった。南北、米朝の相次ぐ首脳会談によって現在も進行中である。また、元徴用工問題もそうした積幣清算の対象だった。前政権が司法に圧力をかけ、裁判の遅延を誘導して判決を遅らせ、三権分立の原則を踏みにじっていたのだ。

新政権になって当時の大法院長官は裁判を故意に遅延させたとして職権乱用の罪に問われた。したがって、大法院判決の骨格はすでに前政権時にできあがっており、遅延行為ゆえに日の目を見なかったに過ぎない。文在寅政権が誘導したものではなく、前政権の悪弊である権力による司法介入が糺されただけだ。当事者を無視した「慰安婦合意」、多くの反対のなか失職直前に結ばれた「GSOMIA(軍事情報包括保護協定)」もまたそうした積幣清算の対象となった。

安倍政権は「国家間の約束」だと主張するが、「キャンドル抗争」によって誕生したキャンドル大統領である文在寅政権こそが韓国の民意であることを忘れてはならない。沖縄の辺野古新基地建設で示された民意を無視し続けている安倍政権は、韓国国民の民意をもくみ取ろうとしていない。前述したように安倍政権の論理は破産しているが、まず隣国の民意を尊重することがすべての出発点だろう。

日韓関係とは直接関係ないが、マスコミを賑わしている 曺国 法務部長官をめぐる問題についても言及しておきたい。日本のマスコミではさまざまな疑惑がある「タマネギ男」として取り上げられ、文在寅大統領の側近として法務部長官就任前から日本のワイドショーの餌食にされた。安倍政権の文在寅叩きに同調する日本のマスコミの熱心さと言ったらない。「崔順実ゲート」で大統領職を失った朴槿恵前大統領よろしく、文在寅も墓穴を掘るに違いないというストーリー展開だった。

疑惑は曺国氏本人ではなく、娘の大学入学にからんで妻が文書偽装など、家族へのものだった。曺国氏の「疑惑漁り」に熱心なのは最大野党の自由韓国党と保守的な言論で、そこで彼につけられた「タマネギ男」なるレッテルが日本にも拡散しているというわけだ。その疑惑とは、娘の名門大学や大学院への不正入学、私募ファンドの不透明な投資、偽装離婚、文書偽造、年齢詐称、証拠隠滅などとされている。妻が在宅起訴され、10月3日に初めて事情聴取を受けた。

自由韓国党が文在寅・曺国叩きに熱心なのには理由がある。韓国では昨年6月13日に統一地方選挙が行われたが、与党「共に民主党」の圧勝となり、「自由韓国党」は存亡の危機となった。両党の選挙結果は、広域自治体首長は14対2、基礎自治体首長は151対53となった。ソウルでは「共に民主党」の 朴 元 淳  氏が再選を果たし、ソウル市議会は97対3、区長選では24対1となった。そして、来年4月には総選挙が行われることから、何としても巻き返しを図りたいところ。

韓国国会は第一党が与党「共に民主党」の128議席、総数298(欠員2)の過半数に届かず、野党「自由韓国党」が111議席。したがって、統一地方選挙の流れから見ると、「自由韓国党」が大幅後退し、与党が単独過半数に届くかもしれない情勢。最近「自由韓国党」は大規模屋外集会に熱心だが、その格好の材料とされたのが曺国氏の疑惑だった。

曺国氏は10時間を超える記者会見、引き続いて行われた長時間の国会聴聞会をこなして9月9日に法務部長官に就任した。曺国氏に与えられているのは検察改革であり、これは前朴槿恵政権の権力構造の核心に検察があったことから、いわば「積幣清算」にあたる。検察改革に抵抗する検察と文在寅政権に痛打を浴びせたい保守野党とがチームを組んだのが曺国叩きだった。

しかし、検察改革を支持する人たちは「検察改革司法積幣清算汎国民市民連帯」を組織して集会を繰り広げている。9月28日にはソウル地検前で主催者発表200万人のキャンドル集会を開いた。「政治検察は出ていけ」「検察改革実現」の声を上げた。同日同時刻には保守団体の「自由連帯」も集会を開いていたから、与野党の対立は大衆動員を伴いながら進んでいることになる。

この集会を受けて文在寅大統領は検事総長に検察改革案を出すように指示したという。日本のマスコミが韓国の保守野党の主張をどれだけ垂れ流しているかがわかる。こうした与野党の攻防が続いていた10月14日、曺国氏は突然辞任を発表し、ソウル大の教職に戻った。これは検察改革案を政権に提出した直後というタイミングだった。一定の仕事をやり終えた時点で、青瓦台と政権に負担をかけまいとの判断と思われる。来年4月の総選挙まで与野党の対立は避けられない。

問われる日本政府の対朝鮮半島政策

いま問われているのは、貿易などの個別問題ではなく、安倍政権の対朝鮮半島認識であり、北東アジアの安定・平和と向き合う姿勢である。いくつかその問題点を指摘しておきたい。

第一に、朝鮮に対する敵視強硬姿勢。安倍政権の対朝鮮政策は、過去の植民地支配に真摯に向き合うことのない歴史修正主義、さらに冷戦的思考による敵視政策である。この地域を歴史的に振り返って見ると、日本による朝鮮植民地化こそがこの地域の不正義と対立の出発点といえるが、100年を超える日本の加害の歴史は清算されていない。2002年9月の「日朝平壌宣言」には、「日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の利益に合致するとともに、地域の平和と安定に大きく寄与するものとなる」と明らかにされている。北東アジアの平和と安定のためには日朝の関係改善が欠かせない。

しかし、安倍政権は拉致問題、核・ミサイル開発の懸案が解決されない限り、国交正常化交渉を開始しない「方針」をとってきた。それでも、2014年には「日朝ストックホルム合意」が実現し、日朝国交正常化へのロードマップが示されたものの、日本が合意違反の独自制裁を再開したために前進することができなかった。

文在寅政権誕生とともに、南北、さらに米朝の関係改善が進むなか、安倍政権は「蚊帳の外」におかれ、関係改善に舵を取ろうとせず、もっとも強硬な朝鮮敵視政策を維持してきた。口先では「前提なしの日朝首脳会談」を呼びかけているが、関係改善を真剣に追求する姿勢ではなく、朝鮮側の対応も冷ややかなのが現状。朝鮮の 宋 日 昊 日朝正常化交渉担当大使の最近のインタビューによると、安倍首相の「前提なしの日朝首脳会談」発言にもかかわらず、日本側からの接触は全くないという。

朝鮮高校の授業料無償化からの排除、さらに幼保無償化からの朝鮮幼稚園の排除を見るにつけ、真摯に朝鮮と向き合う姿勢がないことがわかる。安倍政権の本気度は疑わしい。時代が大きく動こうとするとき、政策の転換を図らなくてはならない。北東アジアの安定と平和を優先的に考えれば、日朝間の関係改善へと大きく舵をきるときだ。

韓国の民意を尊重することこそ求められる

第二に、文在寅政権叩き。安倍政権の対朝鮮半島政策は、前述のような朝鮮敵視政策が基本であり、韓国政権への対応は朝鮮との関係の在り方にかかっている。朝鮮との敵対的な関係を維持してきた、朴槿恵の保守政権のときには好意的な対応だったが、朝鮮に融和的な政権である文在寅政権が登場するや、現政権叩きに躍起になってきた。今回の報復措置もこうした政策から生まれている。

文在寅政権はいかなる政権なのか。前述したとおり朴槿恵前政権に対する国民的な声となった「キャンドル抗争」によって生まれた政権であり、それは韓国国民の民意そのものだ。元徴用工をめぐる裁判は、前政権のもとで店晒しにされ、当時の責任者が職権乱用で逮捕される事態となっていたものだ。それを本来あるべき審議のもとで結審したものであった。また、従軍慰安婦における日韓合意は当事者の意向を無視して行われたものだった。国民的な後押しで生まれた新政権が、「司法判断の尊重」と「当事者ファースト」の立場に立つことは至極当然のことと言わなくてはならない。日本政府は韓国の政権交代と民意を重く受け止めなくてはならない。

安倍政権は世界のなかでもっとも強硬な朝鮮敵視政策を維持している政権であり、残念ながら保守マスコミは政権に忖度している。溢れかえるような朝鮮、韓国攻撃下では日本社会に敵対的な見方が広がるのも無理はない。ことの真実がどこにあるか、歴史はどの方向に向かおうとしているか、しっかり見つめなくてはならない。

おおはた・りゅうじ

1952年北海道生まれ。朝鮮半島や東アジアの研究に従事。朝鮮半島、中国に関するレポート、論考多数。韓国、中国でも居住経験。バンプ『朝鮮半島をめぐる情勢と私たち』(完全護憲の会)。共訳書として『鉄条網に咲いたツルバラ』(同時代社)、『オーマイニューの朝鮮』(太田出版)など。ブログ「ドラゴン・レポート」主宰。

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