特集●混迷の時代が問うもの
「恐怖の夏」から中・韓「通貨危機」へ
世界経済の局面変化をどうみるか
グローバル総研所長 小林 良暢
2019年は1月2日、NY株株式市場の400ドル急落で年が明け、英国のEU離脱、アップルショックに中国のハイテク不況、春を過ぎてもドイツ銀行の経営危機、韓国サムソン64%減益やGAFAの成長に陰り、はてはスリランカの債務拡大、トルコリラ急落を経て、世界経済は「恐怖の夏」を迎えようとしていた。
世界経済「恐怖の夏」から反転回復へ
このような世界経済の不確実性を高めることになったリスク要因は以下の3つあった。
①トランプ米政権による米中貿易摩擦、とりわけ制裁措置「第4弾」を仕掛けたこと
②金融・為替市場における信用不安や混乱がもたらす実体経済への負の連鎖
③ドル不足問題、リーマン危機の引き金となった構造的な要因
このままでは、秋にはリーマン以来、いや1929年から数えて90年ぶりの世界恐慌かという観測すら流れはじめていた。
ところかが、どっこい秋になると、年初来のリスク要因が背後に退き、世界経済の局面は一変した。
契機は、米国の連邦準備制度理事会(FRB)が、政策金利であるフェデラル・ファンド(FF)金利の誘導目標を、2.00~2.25%から1.75~2.00%に引き下げることを決定したことである。
FRBの利下げは7月に次いで2回目であるが、この時にパウエルFRB議長か発したメッセージは、「米国経済を力強く保ち、世界的な成長鈍化や貿易政策の不確実性といった進行中のリスクに対して、保険をかけるための措置だ」と、きわめて明瞭だったことである。
これは、FRBの金利政策としてはきわめて劇的といっていいほど効果的なもので、またトランプ政権の中国制裁「第4弾」の実施をやや緩める措置と相まって、市場はこれをNYダウの反転上昇という好感をもって迎え、負の連鎖による「恐怖の夏」は秋風とともに過ぎ去り、現在に至っている。
米国と同様に、欧州をはじめ世界各国も財政金融政策と連動して動いており、相場を下支えしそうだ。中国やインドは財政出動にかじを切った。しかしながら、金利政策だけでは、世界の持続的成長を継続するには限界がある。NY株式市場における米国株でも銘柄によって株価回復にはばらつきが大きく、また債券市場においでもダブルB格づけ債権に比べると、信用リスクのより大きいトリプルCクラスは出遅れており市場での選別が厳しくなっている。
アジア経済に財政効果が波及すれば、日本は恩恵を受けやすい国のひとつだ。だが、米中貿易摩擦が決裂すれば、景気の下押し要因になる。その時に各国中銀の政策余地の少なさがリスクになるところだった。
今回のFRBの政策金利の導入には、当然のこととして量的緩和政策すなわち国債購入で膨らんだ資産規模も縮小していく政策を伴っている。それでも、アメリカの長期金利の上昇は当面は見られていないが、FRBの保有国債が大規模に増加され、そのまま留まると市場が見越しているからである。
しかし、この政策を常態化するようになると、高金利のアメリカ市場に向かって、新興国から、さらには中国や韓国からも、資金の流出が始まりつつある。とりわけ中国・韓国からとなると、新興国とは違って、流出資金の規模が桁違いなので、これが想定外の事態の展開をもたらし、新たな世界リスクを加速することになる。
そこで、中国、韓国について、この現況を見ていくことにする。
中国「人民元ショック」
中国の基軸通貨・人民元が、この夏からずっと元安のままである。中国の政府当局は、1ドル=7.0元を「防衛ライン」としているが、10月末でもこれを下回る元安が続いている。
元安の原因は、トランプ米大統領が中国製品への制裁関税「第4弾」を発しようとしたことにある。ある日銀幹部は今夏に訪中した際、中国当局は2015年ショックの再来を強く懸念していると感じたという。
15年のショックとは、この年の8月に元の国際化をめざす中国が国際通貨基金(IMF)のSDR(特別引き出し権)への元の組み入れを実現したいとの思惑から、市場実勢に寄せる形で基準値を唐突に切り下げたことで発生した。しかし、元売りが止まらなくなり、中国から大量の元資金が海外流出したことである。
8月に中国当局の「防衛ライン」としている1ドル=7元を突破して元安が進んで以降、7.0元台後半で膠着したままである。米国との交渉決裂を避けたい中国が元安誘導を自粛しているとの見方がある半面、中国政府は2015年の「人民元ショック」に伴う資本流出の再来の方に関心があるようだ。
中国本土で取引されるオンショア(一国内の投資家や事業者間の「内-内取引」)の人民元相場は、中国人民銀行(中央銀行)が毎朝発表する基準値の上下2%の範囲で取引できる。基準値は元の前日終値にドル、ユーロなどで構成する通貨バスケットに対する元の変動幅などを加味して決まるが、当局の意向が反映されるとの見方が強い。
人民銀行が発表した9月21日の基準値は、1ドル=7.068元。対ドルの元相場は米中貿易戦争が激しくなると、それに沿って元安方向に動くことが多い。逆に、基準値もそれに沿った動きを見せてきた。
「中国が下落容認」「米国債売却」臆測も
米中制裁関税「第4弾」で双方の対立が激しくなれば、人民元相場への下落圧力が強まってくる。中国当局が輸出下支えの狙いから、保有する米国債を売却するとの臆測も出ている。だが、米国の制裁関税に対して、中国がそうした報復措置をとる余地は小さい。金融面で米国に対抗する可能性がささやかれるが、中国も資金流出などの副作用に直面しかねないからである。だから、中国としては当面、米国との交渉継続を優先する公算がつよく、そうした流れに傾いている。
中国の対米貿易は、輸入よりも輸出の方が圧倒的に多い。このため関税引き上げによるカードは米国ほど多くは持ち合わせていない。これが、世界最高の約1兆1千億ドルに達する保有米国債を売却するという策も、対米外交のカードとしては、実際には「抜かずの宝刀」だといわれてきたゆえんである。
18年には崔天凱・駐米大使が、米国債の購入を減らす可能性について「あらゆる選択肢を検討している」とアナンウスしたことがあるが、米国債の最大の投資家が売りに転じれば米金利が急上昇する。米政府の利払い負担はもちろん、企業の調達金利も跳ね上がり、米景気に下押し圧力をかけることができる。
しかし、実際に中国が米国債の圧縮に動く気配はない。米国債を売って得た資金の振り向け先の確保は難しい。安全性の高い米国債の保有高が減れば、中国経済の信認も揺らぎかねないからである。中国が米国債を圧縮して米景気が減速すれば世界経済に計り知れない打撃を及ぼし、米中間の通商戦争に泥沼化しかねないばかりか、結果としては「宝刀」を抜いた「返り血」を浴びることになる。
韓国のウォン安危機
通貨安への懸念は、韓国も同様だ。
韓国ウォンは、月に1ドル=1217ウォンを付けて以降、政府が設定している危機ラインの「1ドル=1200ウォン」をずっと下回っている。
韓国経済は、スマホと半導体が二本柱だ。この二大産業の失速で輸出は9ヶ月連続マイナスの惨状だ。原因は、文大統領が就任してからの3年間に最低賃金を33%も引上げたからで、これが企業を直撃、サムスン電子では営業利益が半減している。元安が止まらないと、米格付け機関による社債格付けダウン→韓国国債の格下げ→その先には信用危機が待ち受ける。
韓国のソウル市内で、9月3日に開催された「反・文在寅集会」には、主催者発表で約300万人が集まったという。かなり水増しされた数字だとしても、報道された写真や動画によると、光化門(クァンファムン)広場などが人波で埋め尽くされことは、間違いないようだ。このニユースは日本に報道されることはほとんどなく、ことほど左様に韓国ニユースは、一方的に偏って伝えられている。
文人気凋落の背景には、韓国経済の底割れがあることは、韓国通の一致した見方のようだ。
確かに、韓国経済の数々の数字は、危機の深刻さを物語っている。この夏以降、韓国ウォンの急落、輸出9か月連続マイナス、とりわけサムスン電子の営業利益が半減など、衝撃的なバッドニュースばかりだ。
週刊ポスト(2019.10.6)の「韓国経済・崩壊前夜」によれば、韓国経済不振の原因はスマホと半導体事業という韓国経済を支える二大産業の失速にあるという。この二大産業はGDPの40%を占め、輸出においても8月の貿易黒字額が前年に比べ4分の1に激減しており、国内の10大財閥の上半期の営業利益は前年比45%に沈没している。
止まらないウォン流出
これに伴って、年初来の韓国の対ドル・ウォン相場は軟調に推移している。最大の原因は、韓国経済のファンダメンタルズへの先行き懸念が高まっていることだ。近年の韓国経済は、サムスン電子などによる半導体の輸出によって景気を支えられてきた。韓国の輸出に占める半導体の割合は、20%程度と高い。事実上、韓国の景気動向は、半導体の輸出動向と表裏一体の関係にある。
現在、半導体の需要は世界的に落ち込んでいる。それにもかかわらず、サムスン電子などは楽観に基づき生産能力を増強してきた。その負担も加わり、業績の悪化が止まらない。4~6月期、サムスン電子の半導体事業の営業利益が前年同期比7割に落ち込むなど経営状況は厳しい。サムスン電子の売上高は、韓国GDP(国内総生産)の10%程度もある。当面、韓国経済のモメンタム(勢い)は弱い。
仮に通貨危機に陥った時のことを想定すると、韓国にとって頼みの綱は、緊急資金を融通し合う「通貨スワップ協定」しかない。だが、日・韓通貨スワップ協定は、2015だろう年に切れたまま。でも、中・韓スワップ協定があるから大丈夫という。だが、中国から韓国への緊急資金は元建てで、支払いはどこもドルでしか受け取らないので、為替市場で元をドルに交換するのに1日から1日半かかる。その間にドル不足で資金がショートするのが「デフォルト」だ。
債権大国・日本
円が世界で最も「安全通貨」として、世界から買われている。年初から世界同時株安に襲われる度毎に、世界の投資家たちはドル買いに走り、最後にドルを売って円を買って、ひとまずおさめるのが常態化している。それは、円が世界最大の対外債権国の通貨で、ヘッジフアンドや機関投資家たちに最も信頼されているからだ。また物価上昇率が低いため、インフレによる円価値の目減りリスクが低く、安全資産として高い評価を得ている。
財務省が発表した2018年末の日本の対外資産残高(政府や企業、個人が海外で保有する対外資産残高)は1018兆380億円となり、7年連続で過去最高を更新した。それは日本企業が、海外工場の建設や企業の合併・買収(M&A)を積極化して、そこで「稼ぐ力」を発揮して資産を増やしている結果である。
対外純資産とは対外資産と対外負債を相殺・合算したもので、IMFのデータで国別集計(米兆ドル・ 2018年末)を基にグローバルノートがまとめた国際比較統計によると、第1位は日本の310兆ドル、2位がドイツの235兆、3位中国213兆となっている。
中国が日本、ドイツに続く世界3位となっているが、対外資産が稼ぐ収益である第1次所得収支は、恒常的な赤字となっている。その理由は、中国の投資収益率は高いが、海外諸国から中国への投資の収益率は高いので、国際収支上は中国の対外支払額が大きくなり、また利回りの低い先進国などへの投資では中国側の受け取りは小さくなる。さらに、資産の運用も外貨準備で運用、すなわちは国債などで運用されるため、安全性が高いが、収益率は一段と低くなる。
その結果、元による外貨準備資産はあるが、恒常的にドル不足で、いざ世界的な信用不安に見舞われたときの、ドル不足の懸念は韓国と同様である。こうなると、韓国が世界信用危機の発火点になると同時に、中国だってその懸念は同様である。
そうならないよう、対日関係の修復が不可欠だ。即位の礼に、韓国李首相が親書を携えてやって来たのはその為で、中国だって王副主席が来日して、習近平主席の訪日実現と対日関係安定化をはかるとしている。
元安・ウォン安の中韓両国が、世界最大の債権大国日本を頼るのは、きわめて合理的な行動である。
これに対して日本は、安倍首相が「金持ち喧嘩せず」と鷹揚に構えて、丁寧に応接したことは、迫り来る世界大不況に日・中・韓が連携して、世界最大の生産地域の安定に資することを示すことになり、それにしくはなしである。
こばやし・よしのぶ
1939年生まれ。法政大学経済学部・同大学院修了。1979年電機労連に入る。中央執行委員政策企画部長、連合総研主幹研究員、現代総研を経て、電機総研事務局長で退職。グローバル産業雇用総合研究所を設立。労働市場改革専門調査会委員、働き方改革の有識者ヒヤリングなどに参画。著書に『なぜ雇用格差はなくならないか』(日本経済新聞社)の他、共著に『IT時代の雇用システム』(日本評論社)、『21世紀グランドデザイン』(NTT出版)、『グローバル化のなかの企業文化』中央大学出版部)など多数。
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