特集 ● 内外混迷 我らが問われる

検察のための、検察による、検察の国

韓国・尹錫悦(ユン・ソンニョル)政府の1年――その1

立教大学兼任講師 李昤京(リ・リョンギョン)

15年。歴史の彼方へ消えたと信じたかった李明博(イ・ミョンパク:2008.02~2013.02)政府の中心人物が再び政治の表に登場するまでかかった時間だ。筆者は2017年に「李明博・朴槿恵政府における『従北』レッテル貼りと『排除の政治』」(『中国・北朝鮮脅威論を超えて――東アジア不戦共同体の模索』進藤栄一・木村朗編著)で「従北」というレッテル貼りで排除の政治を行い、韓国内の分断を深めた李明博・朴槿恵(パク・グネ:2013.2~2017.3)保守政権を分析した。ところが2023年7月の韓国では民営化、公営放送の掌握と言論統制、公安政治、歴史否定や歴史修正主義など、なくなったと信じたかった「暴力の言葉」が人々の日常を脅かしている。

否。現状は15年前より深刻だ。韓国の市民が1961年に始まった軍事独裁を倒すまで26年がかかり、1987年制度的民主化後、金大中(キム・デチュン:1998.2~2003.2)民主政権を誕生させるまでさらに11年がかかった。そうやって30年以上民主主義の基盤を強め、人権を守る民主主義の裾野を広げてきた人たちの闘いと努力が尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領と政権によって踏みにじられている。

尹錫悅政府の1年を2回にわけて分析するが、今回は主に人事面からいかに尹政権が韓国社会を分断しているかを明らかにしたい。

「記録更新」中の尹錫悦政府

2022年3月9日に行われた大統領選挙で当選した尹錫悦大統領は様々な面で記録を塗りかえている。彼は大韓民国初の検察官出身の大統領だ。2021年6月29日文在寅(ムン・ジェイン)政府の検察総長を辞任して政界進出を宣言してから130日で野党「国民の力」の大統領候補になり、254日で大韓民国の最高権力者に選ばれた。議会の経験はむろん政治経験そのものが皆無の大統領が誕生したのだ。この「経験無し」の大統領の限界と問題については後で述べよう。得票率48.45%で与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補を0.73%ポイント差の大接戦を制して過去最も僅差の記録をも更新した。

そして2023年5月10日就任1年。記録の更新と「初の」は現在も続いている。

まず、経済面では悪化一路へ記録を更新中だ。今年の6月7日に経済協力開発機構(OECD)が韓国の経済成長率を5回連続で下方修正した。引き続き7月25日には国際通貨基金(IMF)が韓国の経済成長率を5回続けて下方修正する予測を発表した。世界的に厳しい状況下で前政府がポピュリズム政策で破綻させた韓国経済を立て直すのはまだ難しいと、尹大統領は言う。確かに2020年初めから続いている新型コロナウイルス禍、世界的金融引締め、インフレ、ロシアによるウクライナ侵攻と戦争の長期化などの懸念材料が完全に解消されたわけではない。とはいえ、IMFは世界経済と主な先進国に対して経済が改善されると見込み、韓国の経済成長予測率だけを2022年4月文在寅政府の2.9%から1.4%へ半分にまで下げた。

 

表1 国際通貨基金(IMF)世界経済見通しの成長予測率の推移

見通し時点2022.042022.072022.102023.012023.042023.07
世界3.62.92.72.92.83.0
先進国2.41.41.11.21.31.5
米国2.31.01.01.41.61.8
日本2.31.71.61.81.31.4
中国5.14.64.45.25.25.2
韓国2.92.12.01.71.51.4

 (IMFの報告書に基づいて筆者作成) 

 

さらに、国内経済活動規模においては最悪の記録を更新した。7月25日韓国銀行(中央銀行)が発表した2023年第2四半期(4〜6月)実質国内総生産(GDP)成長率(速報値)によると、民間消費(0.1%減)、政府消費(1.9%減)、建設投資(0.3%減)、設備投資(0.2%減)、輸出(1.8%減)、輸入(4.2%減)のあらゆる分野がマイナスとなった。建国大学の崔培根(チェ・べグン)経済学教授は1950年6月朝鮮戦争直前に設立した韓国銀行史上空前絶後の状況に陥っていると憂慮する(2023年7月26日YouTubeチャンネル「金於俊(キム・オジュン)の謙遜は難しい」より)。

国民の支持率も記録更新だ。大概これまでの新政府が1年目には国民から高い支持を維持してきた一方、尹錫悦政府の国政運営に対する支持率は就任2ヶ月から不支持が支持を上回った。5月政府の船出後初の国民支持率は52%で李明博政府の1年目支持率(52%)と同じ水準だった(盧武鉉政府60%、朴槿恵政府42%、文在寅政府81%)。一ヶ月後の地方選挙で与党「国民の力」が勝利した6月の53%が支持率のピークで以後は2023年7月現在20〜30%台に低迷中だ。二ヶ月での支持離れも稀だが、不支持の理由に大統領夫人金建希(キム・ゴニ)氏がしょっちゅう上がるのも初のことだ。

日本もそうだが、韓国でも保守・進歩系の政権をそれぞれ支持する「岩盤」と言われる支持層がいる。今の尹錫悦政府を支持する2〜3割がまさにそうだ。残りの7割の国民は尹政府が何をしているのか分からないと不満を持っている。中には昨今の韓国社会を憂慮する声を上げるなど積極的に行動に出た市民たちがいる。韓国の現代史は幾多の困難と屈折をくぐり抜け、民主化を求めてきた韓国の人びとによって綴られた。その度に日本ではあまり聞き慣れていない、時局宣言が出された。時局宣言とは、知識人と宗教界、在野の有力者などが当面の国外内の政治・社会情勢について見解を表明することだ。1960年の4・19革命、1987年の6・10民主抗争、2017年の朴槿恵大統領弾劾の時のように、韓国の現代史における時局宣言は単なる見解表明にとどまらず歴史を変える起爆剤になってきた。

「世を変える市民言論たんぽぽ」の調査によれば、尹錫悦政権1年 (2022.5.10~2023.5.10)の 間 105件の時局宣言が出された。これも前例がない。尹政府における初の時局宣言を出したのは全国の中高生1511名だ。2022年11月3日「ろうそく中高生市民連帯」が主導したこの時局宣言は、現政府における政治風刺は褒め称えることのみなのか、と表現の自由を弾圧する尹政府を批判している。

富川(ブチョン)国際漫画フェスティバルには中高生を対象に政治風刺漫画を公募するセクションがある。第25回目の去年は高校性が出品したワンカット漫画「尹錫悦列車」(「ユン・ソンヨル(尹錫悦)」と「ヨルチャ(列車)」を合わせたタイトル。以下「尹錫悦列車」)が金賞を受賞しフェスティバル期間中(9.30〜10.3)展示された。「尹錫悦列車」は尹大統領の顔をした列車が建物を壊しながら暴走し、運転席には金建希大統領夫人と思われる女性が大統領を「操っている」かのように座って、その後ろには検事とみられる男性4人が刀を振りかざしている。迫りくるこの列車に逃げ惑う民衆も描かれている。まさに現政権をよく風刺した作品だとネットで話題となった。

この作品は公募展に予算を支援する文化体育観光部(部は日本の省に相当)によって「バズった」。4日に文化体育観光部が「公募展の趣旨に合わない政治的テーマを露骨的に扱った作品を(受賞作として)選定して展示した」として、主催側の漫画映像振興院に厳重な警告をしたのだ。この警告を受け中高生たちが時局宣言を出し、その翌日からは学界と市民社会、文化芸術界、女性団体、海外の市民らが去年の10月29日にソウル梨泰院(イテウォン)で起きた「10・29梨泰院惨事」に対して159人の死の真相糾明と責任者処罰を求める時局宣言を次々と出した。

 

表2 尹錫悦政府下で2022.11〜2023.5に発表された時局宣言の推移

時期2022.112022.122023.12023.22023.32023.42023.5
件数8024313327

 (「世を変える市民言論たんぽぽ」より) 

 

年が変わり3月6月韓国政府が「強制徴用大法院判決関連の解決案」を発表してからは85.7%(90件)に当たる時局宣言が出され、参加団体など人数も急激に増える。「第3者弁済」ともいう解決案は、韓国政府傘下の「日帝強制動員被害者支援財団」が大法院(日本の最高裁に相当)判決で勝訴が確定した原告と今後確定する原告を対象に、被告である加害企業(現在のところ三菱重工業と日本製鉄)の債務(判決で認められた賠償金と遅延損害金相当額)を代わりに弁済する案だ(詳しくは、『週刊金曜日オンライン』「徴用工問題 韓国政府解決策では新たな法的争点が加わり、長い目でみれば日韓関係を悪化させる」参考)。政府発表の翌日の7日、9020名の個人と1464の団体が緊急時局宣言を出して被害者の意見を反映していない政府の「第3者弁済」を批判している。

カトリック正義具現全国司祭団は3月20日に9年ぶりに時局ミサを始め毎週月曜日に時局祈祷会を、キリスト教牧師1000名は5月4日に人々の生活破綻、民主主義の後退、戦争危機、屈辱外交などについて批判する時局宣言を、仏教界では5月20日に時局法会を開き「無能力・無対策・無責任」な尹錫悦政府を検察独裁と批判した。韓国における主な宗教界が同時に声を上げるのは珍しいことで、またも記録を更新した。これらの時局宣言には、尹錫悦政府が民主主義の時計の針を過去へ巻き戻している、今の韓国は「検察共和国」「検察国家」だ、という共通する認識がある。

国の要職についた検察出身136人

2023年7月、民主共和国(憲法第1条)大韓民国が「検察共和国」、あるいは「検察国家」と呼ばれるのは最高権力者の尹錫悦大統領が検察官出身だからのみではない。尹大統領が自身と縁のある者、主にソウル大学法学部出身と検察内で「尹錫悦師団」と呼ばれる人たちを国政の要職に就かせ、国を動かしているからだ。韓国の市民団体の参与連帯によれば、2023年3月現在尹政府の検察出身官僚は136人だ。参与連帯の司法監視センターは2008年から韓国の検察権力の監視活動を繰り広げ、毎年関連報告書を発刊している。

 

表3 尹錫悦政府の検察出身者

前・現職の検事117名
前・現職の検察公務員19名

 

(『尹錫悅政府検察+報告書2023――検事の国、まだ1年(2022.05~2023.05)』293頁より)

 

司法監視センターの2023年度報告書によると、長官・次官級13人を含め、20あまりの政府の核心になる主要部署をはじめ国会にも現職の検事が派遣・任命された(『尹錫悅政府検察+報告書2023――検事の国、まだ1年(2022.05~2023.05)』)。これほど多くの検察出身の任命もまた史上初のことだ。

大統領室と法務部の「再検察化」と「私物化」

去年の3月14日大統領当選人として初出勤をした尹錫悦の一声は、大統領秘書室傘下の民情首席秘書官室の廃止だった。

民情首席秘書官とは大統領秘書室の首席秘書官の一つで、言葉通りの事を把握して大統領に報告する任務と高位公職者らを査定・管理する任務がある。そして、大統領が任命する高位公職者に対する査定・情報調査機能など人事検証の権限と大統領及び大統領夫人の親戚と側近など「特殊関係人」に対する管理及び調査の権限も持っていた。検証と調査のため民情首席秘書官は検察庁、警察庁、国家情報院、国税庁、監査院の5代査定機関を総括し、あらゆる情報をも掌握できた。

よって、かつての権威的政権は民情首席秘書官に軍人や検察官を起用して検察庁、警察庁、国家情報院、国税庁などを統制しながら自らの政治的目的達成に有利な基盤を作った。検察組織は政治権力に服務することで組織の権益を堅持する。韓国の検察は公訴権、捜査権、捜査指揮権、捜査終結権、令状請求権、起訴独占権、起訴・不起訴の裁量権、公訴維持及び取消権、刑執行権などを広範囲の強力な権限を持ち、司法処理の対象と範囲、起訴可否などを恣意的に決められる。検察官という地位を利用して政治をする「政治検事」は権力に服従することで民情首席秘書官と法務部へ昇進するエリートコースを歩んだ。だから韓国社会では常に政治権力と検察の癒着、検察と言論、検察と財界の癒着が取り沙汰されて2000年代からは検察改革が主要な課題となったのだ。

近くは朴槿恵政府の民情首席秘書官を勤めた禹柄宇(ウ・ビョンウ)が2017年朴槿恵大統領とその友人で実業家の崔順実(チェ・スンシル)を中心とした政治スキャンダルの幇助と国家情報院を動員して公務員と民間人を不法査察した嫌疑で裁判にかけられた。韓国で検察が公益の代表者として国民に奉仕する「検察」(けんさつ)ではなく、権力に服従する「犬察」(けんさつ)と揶揄される理由もそこにある。

このような弊害をなくすため、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府は検察の影響力を縮小し、政治から検察の中立を守るため民情首席秘書官に検察出身を任命しなかった。盧武鉉政府の1期と3期の民情首席秘書官だった文在寅(ムン・ジェイン)大統領も自分の任期中に非検察官を民情首席秘書官と法務部長官に起用して「脱検察化」をはかった。

ところが、尹錫悦大統領によって大統領室は「再検察化」される。尹錫悦大統領は当選人の時に「帝王的文在寅政府の弊害を精算するため民情首席室を廃止」して改革を行うと力説した。そして、5月大統領に就任して廃止する。一方、高位公職者の人事を検証する公職綱紀秘書官と各種法律焦点を検討する法務秘書官だけは残した。結果的に民情という名と国民の意見を大統領に報告する業務を担う秘書官だけがなくなったのだ。「民情」消しは「文在寅痕跡消し」だと、巷で噂になっている。

そして検察内の「尹錫悦師団」6名を秘書官と付属室長に任命する。うち3人は尹大統領が大検察長の時に補佐した人や駆け出しの検事の時から共に働いた捜査官など検察一般職公務員だ。改革どころかむしろ親衛隊で周辺を固めたのだ。尹大統領が聞く耳を持たないわけだ。法曹界は検察官ではない一般職公務員が大統領秘書官に任命されるのは異例なことだという。

136人もの検察出身を国の要職に就かせたるため人事のシステムを変えた。まず、尹大統領は法務部の長・次官にも最側近を任命する。元検事長の韓東勲(ハン・ドンフン)長官は2022年6月、さっそく検事派遣審査委員会を廃止して、業務内容上検事ではない人を任命するのが合理的と思われる職まで自分と近い検事で埋めた。同委員会は文在寅政府の曺国(チョ・クック)法務部長官が検事の外部機関派遣を最小化するために導入した。韓東勲長官は法務部の検察人事権を悪用して検察内部をも掌握する。前政府の任命された検察総長が辞任してから3ヶ月以上空席にしたまま韓長官は検察組織の核心補職や一線の核心捜査ラインに「尹錫悦師団」を就かせる検察の人事を断行する。「尹錫悦師団」による法務部の「再検察化」だ。

高位公職者の選任に関するシステムも変えた。民情首席室を廃止した尹大統領は公職者候補者に対する人事検証のために法務部に人事情報管理団を新設する。当初、人選の権限を内閣に移すことで多方面の複数の視点から人事検証ができるとの報道もあった。しかし、韓長官が左手には検察官に関する人事権を、右手にかつての民情首席室の高位公職者の人事検証権も持つようになった。

尹大統領の検察総長時の部下の大統領室人事企画官が人を推薦すると、1次検証を法務部の人事情報管理団が、最終的な確認と検討の2次検証は大統領室の公職綱紀秘書官室の二人が行う。現在の内閣人選における全過程を検察出身の参謀たちが握るシステムの完成だ。よって、今の韓国は検察が政府、大統領室、国家情報院、金融監督院、法制処、国家報勲処(2023年6月5日部へ昇格)など政府の主要部署と国会に検察から136人もの尹ラインの人が任命・派遣されたのだ。

尹大統領が公約で掲げた「公正と常識で作っていく新しい大韓民国」とはかけ離れている。最初から尹大統領にとって権力の多元化は眼中になかったことがわかる。該当する分野の専門家を重用すべきポストにまで検事出身を押し込むのが一つの現象になっている。

この1年で政治経験が皆無の尹大統領は自分の検察人脈で法務部と検察を「私物化」することで統治基盤を固めている。前政府の検察改革(検察の捜査権剥奪など)に抵抗した検察組織と政治検事も自ら政治・行政圏に進入して直接統治権を行使しようとしている。まさに「検察共和国」の誕生だ。

「資格のない、常識離れ」の人選

職についた「尹錫悦師団」の数も数だが、より深刻なのは選ばれた人だ。呆れるほど常識から外れた人が多いのでここではその一部だけ取り上げる。

まず、大統領秘書官だ。公職綱紀秘書官イ・シウォン氏は2012年国家情報院による「ソウル市公務員ユ・ウソンさんをスパイでっち上げ事件」に関与し懲戒された前歴がある。捏造が明らかになった後、検察はユ氏を北朝鮮のスパイ嫌疑で拘束したイ・シウォン検事について調査を実施、国家情報院の証拠でっち上げを知らなかったという理由で彼に停職1カ月の懲戒を下した。一方、2017年12月文在寅政府が発足させた法務部の検察過去事委員会による再調査では、検察は記録の偽造の事実を知っていた可能性が高いと結論付けられている。

大統領室の総務秘書官のユン・ジェスン氏は職場内のセクハラで2回懲戒に当たる処分を受けた人物だ。総務秘書官は大統領室の活動費と財政を総括担当し、性暴力予防教育を含めた職員教育も担当する。

7月28日放送通信委員長候補者に指名された李東官(イ・ドンクァン)大統領対外協力特別補佐官は李明博政府の時、国家情報院に政府政策に批判的な人のリストを作成させるなど公営放送運営に介入して放送の独立性と自立性を損なった人物だ。最近は息子の学内暴力問題まで浮上してメディア関連団体と野党が激しく反対している。

政府の付属機関長の中には思想的に問題が多い人たちが物議を醸し出している。尹大統領は候補の時から廃止を公言した女性家族部の廃止が難しくなると「女性に対する構造的暴力はない」と女性家族部の廃止を主張する人を長官に任命した。

7月28日、新しい統一部長官には外務部から人を選んだ。統一部の廃止はできないがゆえの「策」だと言われている。しかも7月28日に赴任した統一部長官は朝鮮民主主義人民共和国政権の打倒と韓国の核武装を主張して問題になった人物だ。大韓民国の憲法第4条に定められている平和的な統一を遂行する適任者ではないと国会では人事聴聞会(大統領が任命する前に国会で行われる候補者検証)の報告書が採択されなかった。

国家の核心的な人材を養成する教育機関である国家公務員人材開発院の院長には極右YouTuberで「朴槿恵の退陣を求めるキャンドルデモに多数の中国人が参加した」「文在寅が軍人を生体実験の対象にしろと指示した」などのデマを流し続けたことで有名な人物を任命した。警察制度発展委員会の委員長は「国民の7割以上は文在寅がスパイなのを知らない」「文在寅がスパイだから国家情報院の対共捜査権を警察に移管する決定をしたのだ」と発言した。

21世紀にまたも旧態依然とした反共イデオロギーで国民を煽るのかと思ったが、6月28日に開かれた反共団体「自由総連盟」創立記念式典で尹錫悦大統領が「文在寅政府は反国家団体」と名指したのと通じ合う。よって尹大統領はこれらの人選への批判を一切聞き入れない。日本の新聞は韓国社会の保守・革新の根深い「分断」のせいで尹錫悦政府への支持率が広がらないと報じるが、じつは韓国で分断の溝を深め広げているのは尹錫悦大統領自身だということがわかるだろう。(次号に続く)

 

り・りょんぎょん

立教大学兼任講師。立教大学平和・コミュニティ研究機構特別任用研究員。2011年2月から韓国国家記録院海外記録調査委員。政治学専攻、現代韓国の人権、済州島と日本をつなぐ生活圏と人の移動などを研究。共著に進藤榮一編著『中国・北朝鮮脅威論を超えて東アジア不戦共同体の構築』(耕文社、2017)、訳書に『草 日本軍「慰安婦」のリビング・ヒストリー』(キム・ジェンドリ・グムスク著、ころから、2020)、『在日韓国人スパイ捏造事件――政治犯11人の再審無罪への道程』(金祜廷著、明石書店、2023)など。

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