特集●“働かせ改革”を撃つ

米中貿易摩擦はアジアに何をもたらすか

トランプの保護主義は新たな中国・アジアの胎動か

国士舘大学教授 平川 均

はじめに

筆者は、昨年の本誌第11号と12号に「東アジアの経済発展と今後の展望」と題する論考を載せた。そこでは過去半世紀にわたる世界経済のもとでの東アジアの成長の構造を論じ、その成長の先頭に立った中国が2013年に打ち出した「一帯一路」構想の世界経済における意義と課題を扱った。だがそれから1年が過ぎて、世界経済は構造転換を加速させているように思えてならない。

トランプ政権が採る一方的な通商政策は、各国を身構えさせ、また世界経済の先行きへの不安を募らせるだけでなく、アメリカの国際的威信を失墜させ、逆に中国の立場を強めている。「アメリカ第一」で多くの国が翻弄され続けているが、立ち止まって冷静に事態を直視すれば、その先には新たな構図が現れてきているように思う。

指摘するまでもないが、この3月、トランプ・アメリカ大統領は安全保障を名目に、鉄鋼とアルミニュームの輸入品に一方的な制裁関税を課す大統領令を発した。制裁の最大のターゲットは、世界第2位の経済規模をもった中国である。制裁関税の発表に、世界のメディアは「貿易戦争」が到来すると、世界的なリスクの増大を報じている。

実際、トランプによる今回の保護貿易主義の外交政策はどのような帰結をもたらすのだろうか。また、世界経済、とりわけアジアにどのような状況をもたらすのだろうか。本稿では、昨年の拙稿の展望の上に、いよいよ本格化したように見えるトランプの保護貿易主義のアジアへの影響を、米中関係を軸に据えて再度論じることにしたい。

1.トランプ米大統領の1年と今

ドナルド・トランプが、過激なスローガンを掲げてヒラリー・クリントン候補とのアメリカ大統領選を制したのは2016年11月である。彼は次期大統領として就任を待たずに、フォード、GM, FCA USのビッグ3、さらにトヨタの巨大自動車企業にアメリカ労働者の雇用を増やせと国内生産を強要し、「ラストベルト」(Rust Belt)の支持者に向けて自らの力を誇示した。2017年1月20日の大統領就任式を終えて23日に執務を開始するや、すぐさまTPP離脱の大統領令に署名した。その後は、アメリカ社会と世界に不寛容と分断を迫る様々な政策に乗り出し、地球温暖化対策のパリ協定からの離脱も強行して、オバマ前大統領の成果をことごとく否定してきた。他方、この間、政権内では幹部が次々と辞任し、政権幹部の顔ぶれは今では「アメリカ第一」を地で行く人物で占められるようになった。対外通商政策の分野では、大統領選で政策アドバイザーを務めた対中強硬派の保護主義者、P.ナバロが再び復権を果たしている。

こうして、大統領就任2年目に入って、純化したトランプ政権が誕生したと言っていいのではないか。自国優先のトランプ流通商交渉に本格的に着手した感が強い。トランプのアジア政策では、これまで核開発を強行する北朝鮮問題もあって通商問題は陰に隠れてきた。その通商問題が前面に現れた。本年3月23日には、トランプ政権は自国の安全保障を根拠にして通商拡大法232条に基づく輸入関税を発動し、鉄とアルミニュームの輸入品にそれぞれ25%と10%の追加関税を一方的に課し、各国に貿易収支の2国間での均衡に向けた代替措置を求めた。これは実に36年振りの、アメリカが従来推し進めてきた多角的通商ルールを否定する措置である。国際ルールに従えば、WTOの反ダンピング関税やセーフガードなどの手続きが進められねばならなかった。

だが、この措置からはアジアに対するトランプ通商戦略が見事に浮かび上がる。鉄とアルミへの輸入関税が発表されると、中国、EU、ドイツ、ブラジル、ロシアなど各国がその違法性に触れ、対抗措置を表明した。実際はEU加盟国のほか、韓国、カナダ、メキシコ、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチンの7カ国・地域への関税適用は猶予されたが、強固な同盟関係にあるはずの日本は外された。追加関税のリストには中国、ロシアなどと共に日本が含まれた。北朝鮮問題を抱える韓国はアメリカ軍撤退の脅しに屈して米韓FTAの再交渉を認め、追加関税の猶予と引き換えに鉄鋼製品の輸出枠の設定を受け入れた(日経2018.3.27;朝日3.28)。もっとも、その合意の翌日には「北朝鮮の非核化が合意されるまで保留する」と、トランプ流の脅し文句が添えられている(日経2018.3.30夕刊)。

結局、トランプ通商戦略とは、民主主義の大義や同盟関係とは無関係の「アメリカ第一」の赤裸々の自国優先主義であり、2国間取引による脅迫外交である。そして、WTOルールを重視するEU諸国も自国製品の輸入関税適応の除外を要求することで、トランプ流外交戦術に乗せられるしかなかった。

図1.アメリカの貿易赤字額と中国と日本のシェア

ところで、トランプのアメリカの雇用問題に対する認識は、貿易赤字とメキシコなどからの移民、特に不法移民の流入にその元凶をみるものである。近年のアメリカの貿易赤字は規模の順に、中国、メキシコ、日本、ドイツが続き、次いでベトナム、アイルランドなどとなる。これらの国は「不公平な貿易行為」によってアメリカに損害を与えてきたということになる。図1は2010~17年のアメリカ貿易赤字額とそれに占める中国と日本のシェアを示している。2010年の赤字幅は6,340億ドル、そのうち中国と日本のシェアは43.1%(2,730億ドル)と9.4%(598億ドル)であった。これが17年では7,961億ドルに拡大し、シェアはそれぞれ47.1%(3,752億ドル)と8.6%(688億ドル)となる。

シェアでみると中国と日本は共に2010年代中ごろのピークから若干の減少が見られる。ただし、絶対額では日本はピークを過ぎたようにみえるが、中国は増勢傾向に歯止めがかかってはいない。いずれにせよ、アメリカの貿易赤字は中国が半分近くのシェアを占め、日本を加えると50~60%を占める。中国についてはそれだけではない。トランプ大統領が2017年12月に発表した国家安全保障戦略は、中国を「競争国」と位置付け、同国は経済と軍事の両面でアメリカに挑戦する国とされている。経済はもちろん軍事、技術面においても、アメリカを脅かす存在として認識されている。

トランプは通商拡大法232条の発動日前日の3月22日、中国製品が知的財産権を侵害しているとして、通商法301条によるさらなる制裁措置を決断している。これにより中国製品約1300品目(500~600億ドル)が25%の高関税を課せられる可能性が強まった。アメリカ通商代表部(USTR)は4月2日にこの1300品目を公表し、それらが航空機、自動車、産業ロボットなどの産業機械、半導体などであって、中国が産業高度化を目指す戦略品目に焦点を合わせたものであることを明らかにしている。膨大な貿易赤字が作られる中国との貿易構造の是正は、大統領選での彼の公約である。その実行の第1歩が対中鉄鋼輸入制限である。

これに対して中国政府は、通商拡大法232条が発動された3月23日、すぐさま対抗措置を採った。輸入額でほぼ同規模となるワイン、ドライフルーツ、豚肉などへの25%の追加関税を発表し、4月2日には報復関税の発動に踏み切った。また4月4日には、通商法301条への対抗措置として、アメリカのWTO提訴を発表し、またアメリカの制裁と「同じ強度、同じ規模」の報復措置として、アメリカ産の大豆、牛肉、綿花、トウモロコシなどの農産品106品目を公表した(日経2018.4.4;同4.5)。中国は、トランプ大統領の輸入制限の動きを当初よりWTO違反であるとする一方、対抗姿勢を鮮明にして報復措置に言及している。両国の水面下での交渉が伝えられるが、全面対決の危険性が増している。そして今や、アメリカと中国の貿易摩擦問題は単に貿易赤字額の削減問題でなく、技術開発競争の問題へと移行していることが明らかになりつつある。

2.中国の習近平体制と東アジア経済

中国では昨(2017)年10月、5年に1度の第19回共産党大会が開催された。習近平共産党総書記は演説において「(中国が)世界の舞台の中心に立つ時が来た」との認識を示し、また3時間半に及ぶ彼の政治活動報告では「中華民族の偉大な復興」が謳われ、「強国」が20回以上、「一帯一路」は5回にわたって言及された(青山瑠妙、日経経済教室、2017.11.8)。本年3月5日から16日間に及ぶ全国人民代表大会(全人代)では習近平国家主席は、第19回共産党大会が「中華民族の偉大な復興」の青写真を描いたと演説し、また3月11日には鄧小平が設けた国家主席の任期を撤廃する憲法改正を実現した。憲法改正案が公表された2月25日以降、自由主義諸国では批判的報道が次々と流された。日本の新聞は「習一強体制」が確立したと一斉に報じ、イギリスのエコノミスト誌はカバーストーリーで「中国が独裁から専制政治へ歩を進めた」と書いた(The Economist, Mar.3-9, 2018, p.9)。

振り返るなら、習近平国家主席は第1期任期最終年の昨年、共産党内で「一強」体制を作り上げると同時に「偉大な中華民族の復興」へ向けた実績作りを進めてきた。5月には北京で「一帯一路」国際会議を開催し、参加国数は130を超えた。29カ国からは首脳が参加し、ロシアからはプーチン大統領が参加した。日本は自民党の二階俊博幹事長が出席している。こうした実績の下に同年10月の共産党大会が開かれ、本年3月の全人代での国家主席の任期廃止案が採択されたのである。習近平国家主席の盤石な「一強」体制は、統治の正統性を「偉大な中華民族の復興」においている。その対外政策が「一帯一路」である。

トランプ政権による中国製品に対する高関税政策はまさにこの時期に歩調を合わせるように進められ、発動に至っている。トランプの保護主義政策は、これまでの中国の成長構造に強引な修正を迫るものであり、習近平が乗り越えねばならない最大の外交問題となった。

ところで、本誌11号で論じたように、東アジア経済は過去四半世紀に急速に域内統合を進め、その特徴は部品、加工品を中心とする中間財貿易が中心であった。消費財輸出の割合の多いヨーロッパや北米とは、国際分業の構造が大きく異なる。しかも、図2が示すように、東アジアの貿易はアメリカ依存から中国依存へ劇的に転換している。2000年には東アジアの総貿易額に占める対中貿易シェアが対日シェアを上回り、2005年には対アメリカシェアを上回って、今では対中貿易が東アジア貿易の半分に迫っている。東アジアは中国貿易を軸にして発展する構造に変わっている。

図2.東アジア構成国の対米中日貿易の構成変化 1993-2012

ここで、中国の貿易構造をみてみよう。図3は2016年の中国の地域別貿易収支を示している。主な輸出先は輸出規模の順で東アジア、北米(これはほぼアメリカと考えてよい)、ヨーロッパ、東南アジアであるが、北米への輸出規模は最大の東アジアに迫るもので、次いでヨーロッパとなる。ここで注意を要するのは、輸出先としての先進地域と新興地域との貿易構成の違いである。中国の最大の輸出品は、国連の標準国際貿易分類(SITC)で7(機械輸送機器類)と6(原料別製品)であり、2016年でそれぞれ46.8%と25.3%であった。

製品輸出のトップ3の輸出先は順にアメリカ17.7%、香港、14.7%、日本6.2%であった。輸入はSITC7(機械輸送機器)、同2+4(粗材+動植物油)、同3(鉱物燃料)であり、国別のトップ3は韓国、日本、アメリカである(UN国際貿易統計年鑑2016版第1巻、pp.130-31)。大雑把に言えば、この貿易構造は韓国、日本を中心にアジアの先進地域から部品や加工品を輸入し、完成した機械機器類、さらにハイテク部品をアメリカとヨーロッパに輸出するというものである。東南アジアとの貿易では主に中間財が取引されている。

図3.中国の地域別貿易収支(2016年、10憶米ドル)

だが、注目したいのは、今世紀に入って生まれている中国、そして東アジア経済の質的変化である。とりわけ中国では「二重の自立化」といえる現象が起こっている。中国が日本を超えて世界第2位の経済大国に躍り出たのは2010年(統計的には2009年)であるが、2000年代に入ると、経済は対外依存度と外資依存度で共に低下が始まった。図4は中国の貿易比率(輸出+輸入/GDP)と外資系諸指標を1992~2015年についてみたものである。

中国の貿易比率は1990年代から2005年の64%に向かって大きく上昇している。しかしその年をピークに減少に転じ、2015年の比率は36%である。外資系企業の貢献度も低下傾向にある。同じ期間に貿易に占める外資系企業シェアは2006年の59%をピークに36%へ、国内工業生産高に占める外資系企業シェアも2003年の36%をピークに26%(2011年)へ、固定資産投資に占める外資系企業シェアは既に1994年に17%のピークに達し、今では1.5%へ低下している。最近の中国は経済成長率が低下し「新常態」に関心が注がれるが、中国経済における「二重の自立化」は中国指導部が自信をえる指標に違いない。

図4.中国の貿易比率と経済における外資系諸指標
1992-2015

対外的依存度の低下は東アジアでみても起こっている。世界金融危機を挟んで2007年頃から2009年頃を中心に、IMF、アジア開発銀行(ADB)などで盛んに行われたデカプリング(decoupling)あるいはアンカプリング(uncoupling)の議論がある。これは1997年のアジア通貨危機後に高成長に復帰した東アジア経済が先進国、特にアメリカの景気変動と連動性を弱めているか否か、つまり自立し始めているか否かの議論であった。言うまでもなく、東アジアに誕生した消費市場と域内分業の拡大が東アジアの域外依存度を下げる傾向を強めたことは間違いない。

東アジア、とりわけ中国のアメリカ依存はもちろん大きい。だが今世紀に入っての時系列でみれば、アメリカ依存度は低下傾向にある。トランプ大統領の貿易制限は、中国が経済的に自立性を高め、また習近平国家主席が盤石な政治基盤を確立し、その正統性に「偉大な中国民族の復興」と「一帯一路」の成否が問われる段階に課されている。このタイミングは注目されねばならない。では、トランプ大統領が乗りだした「不公正」な貿易相手国への高関税政策に、中国はどう対処しているのだろうか。次にそれを探ることにしたい。

3.習近平体制のアメリカ保護主義への対応

トランプの保護貿易政策に対する習近平体制の対応を、新聞報道などに頼りながら確認しよう。

本年2月16日、アメリカ商務省はトランプ大統領に対して中国製鉄鋼・アルミ製品の輸入制限を勧告した。同製品の輸入増加は「国家の安全保障上の脅威」であるというのである。これに「中国は強く反発し、米国が実際に発動すれば対抗措置に踏み切ることを示唆」した。3月初めには、2人の政治局員をアメリカに派遣して、アメリカの輸入制限措置への回避に動いた。日経新聞はこれについて、「5日に開幕する全国人民代表大会を前に、摩擦緩和を図ろうと躍起だ」、「中国の焦りの背景には経済の外需依存がある。・・・習指導部は成長の大幅減速を受け入れる準備ができていない」と北京とワシントンの2人の特派員による記事を載せている(日経2018.3.2)。  

だが、全人代開会初日の3月5日、中国外務省の報道官は、トランプ政権が考えているような制裁関税を各国が課せば国際貿易秩序は大きな影響を受けるとして反対し、しかし、鉄鋼とアルミの輸入制限で中国が損害を被るならば、「我々(中国)は他の国々と共に自らの利益を守るために適切な措置をとる」と声明を出し、「中国の利益に損害をもたらすなら絶対に座視しない」とアメリカへの強い立場を表明した。9日には、王毅外相が記者会見で、貿易戦争の回避を訴えると同時に、輸入制限が出されるなら「必要な対応をとる」と報復措置を示唆し、同時に「中米間に競争はあっても敵になる必要はない」など、アメリカへの配慮を見せた。これについて日経新聞は「2月には共産党トップ25の政治局員が訪米したが、目立った成果は見えていない。対米関係の安定を演出しようとする王氏の一連の発言は、焦りの裏返しとも言えそうだ」(日経2018.3.9)との解説を加えている。

3月23日にアメリカが貿易制限を発動すると、中国政府は直ちに対抗措置として最大25%の追加関税対象となる128品目を発表し、同時にWTOルールの遵守を強調し「対話を通じて解決すべき」との立場をとった。しかし、25日には、ムニューシン・アメリカ財務長官が「トランプ大統領は中国との貿易戦争は恐れていない」とフォックス・ニュースのインタビューに答え、ブルームバーグニュースによると、翌26日に中国商務省が協議を申し入れたにもかかわらず返答をしなかった(Bloomberg News, 2018.4.2)。こうして、中国政府は4月2日にアメリカ産豚肉やワインに報復関税を発動するに至った。しかも、アメリカが通商法301条に基づく制裁への報復措置の発動を6月以降とする方針を示して「交渉の余地を残し(た)」ことに対して、中国商務省報道官は「一方が脅迫する状況でのいかなる交渉も受け入れられない」。アメリカが「343条の制裁を発動している以上、中国も発動して初めて『対等』になる」との立場を堅持した(日経2018.4.3)。

ただしその後、変化が見られる。4月10日の博鰲(ボアオ)アジアフォーラムでは習近平国家主席が基調演説を行い、中国の市場開放を強調して、10項目の重要案件を発表した。金融、自動車産業での外資参入規制の緩和、自動車の輸入関税の大幅引き下げ、知的財産の保護などが公表された(人民網日本語版2018.4.10)。トランプ大統領は、習近平演説のこの市場開放策を評価して「感謝」の文字を彼のツイッターに書き込んでいる。習主席演説について、日経新聞は「自由貿易の『守護者』演出」、国際社会の共感意識か」、「『大人の中国』入念に演出」などの見出しを付けて報道した(日経2018.4.10;同4.14)。

この間の中国の姿勢について報道は、「中国は低姿勢を貫き、話し合いで貿易戦争を回避する道を探っている」、「中国は米国の高圧的な姿勢に一貫して対処している」、「国内では『軟弱だ』との批判すら出るが、あくまで交渉による解決を優先する姿勢をみせ(ている)」(日経2018.3.28)などと伝えている。米中貿易摩擦が尖鋭化する4月4日における王受文中国商務省次官の記者会見の報道は興味深い。「会見は冗談や笑顔もこぼれ、報道発表とは思えない和やかな雰囲気。中国側は繰り返し『交渉での解決』を訴えた。中国は5日から3連休に入る。連休前に双方が制裁と報復のリストを交和したのは米中の『あうんの呼吸』を感じさせた」と(日経2018.4.5)。中国のそうした対応をどう理解したらいいのか。

その「狙いは米国・欧州の分断だ。中国による知的財産侵害や技術移転強要は日米欧共に問題視する。日米欧が共同歩調を取るのが中国にとって最悪だ」というのが同じ新聞の解釈である(日経2018.3.24)。中国の一面での強硬姿勢は、アメリカでのトランプ流の強硬姿勢が個人的要素だけでなく彼への支持率の上昇があるように、中国で高まるナショナリスティックなメディアや世論への対応の側面もあるだろう。また、トランプの保護主義に危機意識を共有する日本やヨーロッパ諸国との連携の面もあるだろう。実際、今月4月16日に東京で行われた日中ハイレベル経済対話では、貿易戦争の回避の必要性で認識を共有している。だが、アメリカの貿易制限に強い姿勢で臨みながら、同時に極めて冷静に対処できているのはそれだけではないのではないか。もちろん様々な側面からの考察が可能である。次にそれを考えてみたい。

4.習近平体制の対外政策

習近平とその体制をどう評価するか。「中華民族の偉大な復興」、経済と軍事における「強国」の建設、専制政治への回帰などに注目が集まっている。だが、トランプの保護主義への中国の対応に関しては、習近平体制と彼の「一帯一路」構想の誕生に注目すべきだろう。

国家主席に就任して構想したのが陸と海のシルクロードからなる「一帯一路」構想である。その誕生には世界第2位に成長した中国の国力、国内の過剰生産問題、資源安全保障政策、少数民族対策など様々な要素が入り混じっている。しかし、この構想が、当時のアメリカのオバマ政権が推し進めたTPP対策の側面があったことは忘れてはならない。

端的に言って、TPPは成長する中国外しの自由貿易協定(FTA)であった。2015年10月、TPPの大筋合意を受けてオバマ大統領(当時)がホワイトハウスから発した声明にはその意図が明快に記されている。「中国のような国に世界のルールを書かせるわけにはいかない」のである。この12カ国によるTPPはトランプ政権の誕生により潰え去り、その後アメリカを除く11カ国のTPPとなったが、TPPが「一帯一路」構想に与えた影響は無視できない。習近平体制は2012年11月の共産党総書記に就任し、翌13年3月に国家主席となることで公式に始まった。この時期、TPP交渉がアメリカ主導で進み、日本の交渉参加は同じ年の7月であった。

中国はTPPが実現すればどう対処するか、強い精神的プレッシャーの中で、その交渉を外部から眺めなければならなかった。中国の成長はアジア太平洋経済の中で実現している。アメリカは最大の輸出先である。その成長の基礎の上で中国を除く、中国に差別的な秩序が作られようとしている。この危機的な事態に中国は何としても打開策を見つけねばならない。

当時、TPPに対して中国国内では様々な意見が出されていた。南開大学の楊棟梁教授に従えば、4つの見方に整理できる。①アメリカ陰謀論、②加入悲観論、③連繋反撃論、④改革深化論である。①は、中国に不利な貿易ルールの策定、中国外しであり、TPPは中国包囲網を作ろうとする策動だと考える。②は、中国の経済的実力ではTPPルールへの参加はできず、中国が取り残されるという悲観的見解である。③は、TPPがアメリカの政治経済的意図の隠された貿易協定であり、それへ対抗しうる地域連合の構築を考えるものである。TPPはWTO の停滞を引き起こす経済協定であり、中国は国際秩序を遵守しつつ各国と経済的政治的連携強化を図ることでTPPに対処しうる。④は、TPPを外圧効果と捉えて国内改革を推し進め、機が熟せば参加するというものである(楊棟梁、AJジャーナル(国士舘大学)11号、2016)。実際、これらの見方が混在しながら対策が考えられていたのだろう。

話を戻せば、中国はTPPへの対処法を探る中で「一帯一路」構想を誕生させたのである。さらに遡るなら、2012年11月、中国共産党総書記に就任した習近平は6名の中央政治局常務委員と共に、国家博物館で開催中の「復興の道」展を見学している。そして次のような重要談話を発表している。「過去を振り返ると、立ち遅れれば叩かれるのであり、発展してこそ自らを強くできる。・・・私は中華民族の偉大な復興の実現が、近代以降の中華民族のもっとも偉大な夢だと思う」。この言葉は、中国の近代史を顧みて習近平が改めて肝に銘じた実感であるとともに、彼自身が現在置かれた状況を踏まえての実感でもあろう。また、彼は次のようにも述べていた。「中国共産党結成100周年までの小康社会の全面完成という目標は必ず達成でき、新中国成立100周年までの富強・民主・文明・調和の社会主義現代化国家の完成という目標は必ず達成でき、中華民族の偉大な復興という夢は必ず実現できる」と(人民網 日本語版2012.11.30)。

筆者は1年前、トランプ政権の誕生を受けて「トランプ大統領の『アメリカ第一』はアジア新興経済をどこに向かわせるか」と題する小論を書いた(世界経済評論Impact No.804, 2017.2.27)。そこでは、中国に高関税を主張するピーター・ナバロ・カルフォルニア大学教授(当時)に注目し、中国からすればTPPもトランプの保護主義も本質では違いがない、「『一帯一路』の意義は変わらない」と。だとすれば、トランプ大統領の脅迫外交に対しては、十分に練られた交渉シナリオがあってもおかしくない。

中国は、当時既に一方でアメリカとの貿易構造を分析して対策を練り、他方で新たな外交政策を準備していたはずである。「一帯一路」は今では、100を超す国と国際機関と協力関係を持ち、71の国と「一帯一路」協定を結んでいる。アジアインフラ投資銀行(AIIB)を設立し、その加盟国数は80カ国に達し、アジア開発銀行(ADB)の67カ国を大きく上回る。それは③の連繋反撃論に沿っている。博鰲アジアフォーラムでの習近平の基調演説は、④の外圧を利用した改革深化論に沿う構造改革の表明と理解できる。トランプの脅し外交への、単なる譲歩ではない。

確かにアメリカとの貿易戦争は短期的に大きな被害を受けるだろう。それは、アメリカも同じである。既にアメリカでは製造業、農業、輸送業などの多くの業界がトランプの保護主義外交に危機感を表明している。中国は、貿易戦争で自国が被る甚大な経済的被害も、不満のベクトルはアメリカに向かうと読んでいるだろう。国内に盤石な政治基盤を作り上げた習近平体制はトランプ政権にむしろ余裕をもって、しかも強い立場で対峙できる。国際外交の場でも、中国に勝算がある。「一帯一路」は、国際開発協力構想として提起され、保護主義による世界経済の停滞あるいは縮小にも対応しうるインフラ市場創出対策である。中国の「一帯一路」への期待はむしろ高まるに違いない。トランプ流恫喝外交には国際ルールを尊重し、その擁護のために強い立場に立ち、同時に冷静に自国経済の市場開放に向けて改革を進めることである。それはトランプの求めるものと重なる。中国の面子はどちらにしても保たれ、また国際社会のルールを擁護する側に立って、世界経済における指導的立場を得られるだろう。

おわりに

IMFは今年度4月の『世界経済見通し』を発表した。見通しでは、今年度の経済成長率が3.9%、2016年中頃から始まったグローバル経済の上昇は広く底堅く、すべての地域で成長が期待される一方、米中貿易摩擦のリスクが注目される。アメリカのワシントンで同じ4月に開催された20カ国・地域(G20)財務省・中央銀行総裁会議では、アメリカを除く圧倒的多数の国が自由貿易の意義を強調し保護主義に反対したが、声明は見送られた。保護主義の危険性はトランプ政権の耳には届かないからである。同じ4月、東京では日中ハイレベル経済対話が8年振りに開催され、日本と中国は「貿易戦争の回避への協力が必要との認識を共有した」。

ところで、アメリカが貿易赤字を抱える東アジアの国で中国と日本に続くのは、2017年の順位ではベトナム、マレーシア、韓国、タイ、台湾などである。バンコクの日経特派員の記事によると、タイはトランプ政権が保護主義の対象に自国を加えるのではないかと不安を募らせている。アメリカ財務省の為替報告書で監視リストに載せられる可能性があるからだという(日経2018.4.10)。他方、ASEAN内には、もしかすれば米中摩擦によって中国企業がASEAN地域に向かい、ASEANの市場を拡大させるかもしれないとの期待もあるという。トランプ政権がどこまで保護主義を強めるか、また、その影響が何をもたらすか、世界中で不透明感が漂う。しかし、アメリカを除く西側先進国、さらに新興国は、複雑な思いを抱く国が多いにしても、中国の果たす役割に期待を抱かざるを得ない。

確かなことは、中国がその核となって成長するアジアが、今ではインドやASEAN諸国が加わって市場を拡大していることである。もはやアジアは単なる世界の工場ではない。世界の市場の役割を担っている。トランプ政権の「アメリカ第一」の保護主義は当面の大きな脅威と危機の可能性を世界にもたらしているが、中国の「冷静な交渉姿勢」は新たな期待を抱かせるものである。

中国は深刻な国内問題を抱え、「一帯一路」にも様々な課題がある。しかし、トランプの保護主義は、中国そしてアジアの国々が新たな段階に踏み出す契機を与えているのかもしれない。オバマ政権で通商代表部の代表を務めTPP交渉に関わったマイケル・フロマンは、トランプのTPP離脱が中国指導を助長する、「最大の戦略的失態のひとつ」という(ブルームバーグニュース 2017.11.6)。フロマンの評価はアメリカからみたトランプである。だが、アジアそしてその他の世界からみても、トランプの保護主義は中国の指導を助長し、また世界経済の構図を加速的に変化させる契機となる可能性が強い。


注記――本稿「はじめに」の第3段落で、正確さを期すため一部の語句の修正を行いました。すでにご覧の組版では修正されています。  2018年11月15日 平川均

ひらかわ・ひとし

1948年愛知県生まれ。明治大学大学院博士課程単位取得退学。 94年京都大学博士(経済学)。長崎県立大学などを経て2000 年より名古屋大学大学院経済学研究科教授、13年退官し名誉教授 。同年国士舘大学21世紀アジア学部教授。最近の著書に『新・アジア経済論』(共編著)、文真堂、2016年、Innovative ICT Industrial Architecture in East Asia, (Co-editor) Springer, 2017 などがある。

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