特集●“働かせ改革”を撃つ

「働き方改革」私案

基本法を作り「同一労働同一賃金」明記を

ジャーナリスト 稲葉 康生

政府の働き方改革関連法案は、なかなかのくせ玉だ。働き方改革というネーミングはうまくできており、働き方を変えていこうという改革に反対する人はいないはずだが、肝心なことは改革の中身だ。今回の関連法案には、「同一労働同一賃金」、プロフェッショナル制度の導入、長時間労働規制などいくつもの法案をいっしょに束ねて提案されているが、耳触りのいいネーミングとは裏腹に、働き方改悪につながる法案が入っている。「改革」の名の下で、改悪が行われてはかなわない。そうさせないためには連合をはじめ労働運動の役割は大きい。

できるか 非正規の一掃

働き方改革は正規労働者と非正規労動者の処遇格差を是正することを目的としているが、関連法案の中身をみてみると、どうもそれが怪しい。安倍首相は「非正規労働者という言葉を一掃する」と打ち上げたが、関連法案からは、それをどう実現するかという手順や手段がみえてこない。これでは非正規を一掃するどころか、非正規の固定化にもつながり格差是正が進まないことを危惧する。

格差拡大、そして将来不安

はじめに日本の労働法制の変遷をみておこう。労働法制は戦後まもなく整備されたが、その後、高度経済成長からバブル期、低成長時代へ突入という状況変化の中で新法や改正作業が行われてきた。

パートタイム労働法、労働者派遣法、労働契約法などが代表的なものだが、規制緩和政策が非正規の増加、所得格差の拡大、長時間労働による過労死の問題、低賃金による貧困層の拡大などを生み出す背景になったことを指摘せざるを得ない。その結果、働く人の四割が非正規という状況になり、ワーキングプア層が増大、将来不安が社会を覆い尽くすことになった。

働き方改革を打ち出すに際して、政府は労働法制の規制緩和と雇用崩壊という現実の関係をしっかりと分析、検証したのだろうか。

 低金利政策による株高誘導が行き詰まりをみせ、デフレ脱却も一向に進まないなど、アベノミクスが行き詰まりを見せる中、安倍首相は新たに働き方改革を掲げ、同時に経済界に対して3%の賃上げ要請を行った。その意図を考えてみよう。大きな狙いは安倍人気を回復させ、政権浮揚を図り、その先に憲法改正を視野に入れていることは間違いない。働き方の改革は労組と野党にとって一丁目一番地の政策課題であるはずで、そこに安倍政権が手を突っ込んで主導権を握ることで労組と野党の関係を分断し、憲法改正に反対する勢力の力を削ぐことを狙っているはずだ。

性急さが気になる

働き方改革の法案準備は、あまりにも短時間に、厚生労働省を外して官邸主導で性急に行われた。従来からの公労使三者構成による労働法制の議論は形ばかりで終わり、政治主導により急ピッチで進められた。

「同一労働同一賃金」の議論は、これまでも連合と日本経団連との間で議論が行われたことがあったが、途中で雲散霧消してしまったという経緯がある。日本では職能給、年功給が広く普及しており、「同一労働同一賃金」の原則を導入することは難しいというのが労使だけでなく、有識者らの考えだった。短期間に実現できるテーマではないという認識が労使双方にあった。そうした見方を根底から崩したのが安倍首相であり、その背景に憲法改正への強い意欲があったというのは、うがった見方ではないと思う。

「同一労働同一賃金」の危うさ

こうして性急にまとめられたのが働き方改革の関連法案だが、ここからは問題点を書いてみよう。

一連の改革法案の本丸は「同一労働同一賃金」制度の導入である。マスコミ報道では、わかりやすいこともあって裁量労働制拡大や高度プロフェッショナル制度の導入などが取り上げられることが多かったが、影響力の大きさや対象労働者の範囲、人数を考えれば、「同一労働同一賃金」制度の導入は日本の労働者、特に契約社員やパート、派遣労働者に対して大きな影響を及ぼすからだ。

私が参加している日本労働ペンクラブでは毎年二月から、連合や大手産別労組のトップから春闘や労働問題の課題などについてヒアリングを行っているが、働き方改革の議論の中では「同一労働同一賃金」に対する連合や産別労組の評価は概ね良好なようで、「同じ仕事なら同じ賃金」というイメージだけが先行し問題の本質が見えていないのではないかという印象を持った。こうしたスタンスでは、働き方改悪を許してしまうことにもなりかねない。

欧州は職務給が前提

これまで私も含めて大方の人は、「同一労働同一賃金」の導入には乗り越えなければならない問題が多く、そう簡単ではないし、時間もかかると考えていた。それは欧州と日本では賃金制度が基本的に異なっていたからだ。欧州では職務給が一般的で「同一価値労働同一賃金」という考え方をとっており、職務分析によって仕事の価値を決めそれに基づいて賃金を決めている。一方、現在、日本では職能給、成果給、年功給など多様な賃金制度が併存しており、企業が独自に決めて支払っているのが実情で、正規社員には職務給で賃金が支払われているケースは少ない。賃金制度が企業独自ごとにバラバラなのに、果たして「同一労働同一賃金」の原則が採用できるのかという疑問を持っている人も多いはずだ。

異なる賃金システム

まだ疑問はある。正規と非正規の賃金格差の是正と言っても、正規はいわゆる内部労働市場、非正規は外部労働市場で賃金が決まっており、ダブルスタンダードとなっている。さらに非正規は仕事・職務給的な賃金制度となっている賃金制度の違いをそのままにして、「同一労働同一賃金」原則が成り立つのだろうか。この疑問は、関連法案をみても解消していない。

難しい「同一」労働の判断

正規と非正規の「同一」労働が同一賃金の条件となっているが、労働が「同一」だという判断を明確に行うには容易ではない。「同一価値」労働は職務分析を行って職務の価値を示し、それに見合う賃金を支払うが、では今回のような「同一」労働の場合には、判断基準をどうするのかという疑問が生じる。

実は、関連法案には「同一労働同一賃金」という文言がない。法律では「非正規に対する合理的な理由のない不利益取り扱いの禁止」などと規定、併せて同一労働同一賃金ガイドライン(法律が成立するまでは案とされている)を策定するという形で「同一労働同一賃金」の導入を図ろうとしている。

法案の規定をみると「事業主に対してパート、有期労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、正社員との業務内容、責任の程度、配置の変更の範囲に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違をもうけてはならない」と不合理な待遇の禁止を規定。さらに「基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて差別的な取り扱いをしてはならない」としている。

また、賃金について「正社員との均衡を考慮し、職務内容、成果、意欲、能力または経験などを勘案して決定するよう務めるものとする」と努力義務規定を置いている。

残る曖昧さ

とはいえ、「不合理な待遇の禁止」と「差別的な取り扱いの禁止」「賃金の均衡処遇」といっても、法律では例えば「正規と非正規の賃金格差が8割までは不合理ではない」などと規定はされておらず、曖昧な法文になっている。このため、支給される賃金の差別的な取り扱いが不満な場合は、労使交渉で決着をつけるか、裁判(司法判断)で救済命令を勝ち取らなければならない。

現実問題として、「同一労働同一賃金」の原則が導入されたとしても、働く現場では、非正規が正規と同一賃金を得るためのハードルは高い。非正規労働者らにとって裁判に持ち込むのには、費用や時間の面で困難が多く、泣き寝入りするケースは相当数に上ることが予想される。

「働き方改革」私案

問題点などを指摘した上で、ここからは働き方改革法の私案を書いてみたい。

今回の関連法案は派遣法やパート労働法、労働契約法など八本の法律を手直しや追加するという構造になっており、どの労働法もそういう面があるが、相当読み込まないと理解するのは難しい。働き方改革は労働者のためにも、できる限りわかり安いことが原則で、規定も明快にする必要がある。労使紛争の結果、訴訟となれば、あいまいな規定が問題となって司法の場に持ち込まれることもあり、これが労働者にとって負担になっている。一方、中小企業の使用者らの中には労働法を読んでいない、知らない人が意外に多く、これも労使紛争の原因になっているという現実もある。働き方改革関連法は法律家や労組のリーダーだけが分かっていればいというものであってはならないと思う。

各論に入りたい。

1.働き方改革基本法を作り、正規と非正規の格差是正理念と「同一労働同一賃金」原則を盛り込む

八本の法律を束ねた関連法の煩雑さを解消するために、働き方改革基本法を作って、正規・非正規労働者の処遇格差の是正と「同一賃金同一賃金」の原則を盛り込む。

どんな法律もそうだと思うが、「由らしむべし 知らしむべからず(為政者は人民を施政に従わせればよいのであり、その道理を人民にわからせる必要はない)」ということであってはならない。働き方改革は国民に身近なものにすべきであり、「同一労働同一賃金」原則を導入するというなら、そのことを基本法で書くことが必要だ。

「同一労働同一賃金ガイドライン案」(平成28年12月20日)の前文をみてみよう。ここには「本ガイドライン案は、正規か非正規かという雇用形態にかかわらない均等・均衡待遇を確保し、同一労働同一賃金の実現に向けて策定するものである。同一労働同一賃金はいわゆる正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者)と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)の間の不合理な待遇差の解消を目指すものである」と明快に書かれている。基本法にこれを盛り込めばいいのではないか。そうすれが、改革の全体像がはっきりする。

また、基本法で「同一労働同一賃金」原則を確認する意味は大きい。関連法案では、「同一労働同一賃金」とは書かれていない。法律のプロの世界ではそれでもいいかもしれないが、正規と非正規の処遇差別を禁止するという理念を明記しておく意味は大きい。

また、安倍首相が今年一月の通常国会の施政方針演説で述べた「この国から非正規という言葉を一掃する」という基本方針があるのだから、それを基本法に盛り込むことができれば日本の労働法制のなかで画期的なものになる。

2.処遇格差の判断基準を示す

今回の関連法では、「同一」労働の定義が書かれておらず、「同じ仕事ならば同じ賃金」ということを担保する法律ではない。ここが社会一般の認識とはだいぶ違う。ネーミングに惑わされると判断を見誤ることになるので注意が必要だ。

同じ仕事でも同じ賃金とならないことが、「同一労働同一賃金」ガイドライン案で示されている。

ガイドライン案では有期雇用及びパート労働者の基本給について、①労働者の職業経験・能力に応じて支給する場合②労働者の業績・成果に応じて支給する場合③労働者の勤続年数に応じて支給する場合という三つのパターンを示し、①の職能給②の成果・業績給③の年功給のどれを企業が選択してもよいこととし、その際に問題になる例、ならない例を具体的に示している。

この中で、同じ仕事で賃金に格差があっても問題にならないケースが例示しされている。ここを読むと、すべてが「同一労働同一賃金」とはならないことがわかる。

具体的には①では総合職とパートが同じ定型業務をしている場合でも総合職に高額基本給を支給している②では同様の仕事をしているが責任を負っている総合職にパートより高額基本給を支給している場合などについて、「問題とならない」と書かれている。

そこで私案では、どこまでが不合理な格差かという基準を示すことを盛り込んだ。正規と非正規の賃金をめぐっては、裁判で同じ仕事で勤続年数が同じ正社員の賃金の8割以下である場合には労働基準法の均等待遇の理念に反し公序良俗違反となるとし、その差額損害賠償を認めた判例(丸子警報器事件、長野地裁、1996年8月)がある。

正規と非正規の賃金格差をどの範囲をどこまでにするかは、その後の判例でも揺れており、まだ社会的に定着したものになっていないが、こうした「格差の範囲」の議論を労使協議や政府、国会などでの議論を通して検討し、判断基準を示す必要があるのではないか。

3.例示された基本給支払いの三つのパターンに職務給を追加する

欧州では職務給を前提とした「同一価値労働同一賃金」制度になっており、将来は日本でもそうした方向に行くことを念頭に置いての措置だ。グローバル化によって人材の交流が今後、広がることも予想しながら、日本的な賃金制度を変えていくことが求められることも考えると、職能給から職務給への転換が必要になる時代がくる可能性が高い。職務分析を基本に賃金制度の仕組みを変えていけば、やがて日本的な「同一労働同一賃金」から「同一価値労働同一賃金」への転換も検討する時代になっていくことになろう。

4.高度プロフェッショナル制度は法案から外す

高度プロフェッショナル制度は、アナリストや研究開発など年収の高い専門職を労働時間規制から外すものだ。いわゆる「残業代ゼロ」法案などと言われているが、この法案を働き方改革と呼ぶには無理がある。法案では対象労働者の要件を年収1075万円以上の労働者としているが、法律が成立した後、この年収要件が引き下げられ、対象労働者が拡大することは目に見えており、長時間労働や過労死の温床になることも危惧される。

裁量労働の拡大と高プロ制度を盛り込んだ労働基準法改正案は2015年に国会に提出されたが、野党や労組の反対があり一度も審議されないまま廃案になった経緯がある。

5.最低賃金を1000円に引き上げ、その後、段階的に1500円まで引き上げる

「同一労働同一賃金」などの働き方改革が定着するまでには、司法判断の積み重ねが必要で時間がかかる。そこで、当面の措置として最低賃金の引き上げによる非正規の処遇改善を図る必要がある。これは、現行の賃金制度に大きな変更をしなくても賃上げを確実に行うための手段となるもので、正規と非正規の格差是正に向けて素早い対応ができる。

中小零細企業の経営者にとっては厳しい政策になることは承知の上だが、最低賃金引き上げは働く人の最低限の暮らしを守るためにも必要な措置だ。なぜなら、現行の最低賃金で生計を立てていくことは難しく、そうなれば生活保護などに頼らざるを得なくなる。また、現行の年金制度では低賃金の非正規の人たちが受け取る年金で生計をまかなっていくことは大変で、最終的には社会保障制度でカバーすることになる。こうしたコストを考えれば、社会全体として非正規の低賃金問題を考えていく必要がある。

非正規労働者の増加は高齢化による要因もあるが、経済界の要請を受けて行われた労働法制の規制緩和政策がもたらしたものでもある。それは所得格差の拡大や貧困層の増大につながり、消費が鈍ることによって日本は低迷の長いトンネルから抜け出せないでいる。働き方改革の必要性は誰もが認めるところだが、処方を誤ると取り返しのつかないことになる。

いなば・やすお

1973年毎日新聞社入社。浜松支局、社会部、同編集委員などを経て、2009年論説委員を最後に退職。雇用・労働問題、年金、医療、介護などの社会保障問題などを担当した。現在はジャーナリスト、東京都労働委員会公益委員、日本労働ペンクラブ代表。

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