特集 ● 内外混迷 我らが問われる

環境問題のジレンマに直面するヨーロッパ

それでも結束を固めるのはプーチンの脅威

龍谷大学教授 松尾 秀哉

コロナ対策は終わりつつあるが……

わが国では昨年末の第8波の大流行においてもコロナ感染に対する国家レベルでの対策が採られなくなり、本年3月にはマスク着用義務が緩和され、日々のニュースにおいて、まるで天気予報や道路の渋滞情報がごとく「今日のコロナ感染者数」、「重症者数」や「死亡者数」が淡々と報告されるようになった。5月8日には感染法上の位置づけが5類に変更され、一部の人びとがマスクをしているが、気温の上昇とともにそれもずいぶん見かけなくなってきた。

すでに執筆時点(6月下旬)で筆者の暮らす京都への観光客は日本人、外国人ともにものすごい数になっており、市バスに大きな荷物を抱えた外国の団体客が乗ってくるなど、かつての京都の姿に戻っている。正確な数は把握できないが、3年の閑散とした時期をはさんだせいだろうか、休日の京都駅周辺や四条、河原町など、コロナ前以上の人流を感じる。「コロナ感染者の急増」がたまに報じられるが、感染症に対するメディアの注意喚起もコロナよりもむしろインフルエンザ、RSウイルスなどに向けられているようだ。

こうしたコロナ感染に対する予防措置は、ヨーロッパでも多くの国で終了している。昨年12月頭にはコロナとインフルエンザの同時流行に対する警戒声明が発表されたものの、その後まもなくEUが入域制限の撤廃を勧告した(年明けにはいったん中国からの入国について水際対策が再導入された)。2月にはオーストリアが6月までにすべての対策を終了すると発表し、ドイツでもマスク着用義務が終了した。3月にはそのドイツにおいて、職場の感染対策が企業責任になり、4月にはドイツ、チェコなどで感染予防措置が終了するなど、一気に「ウィズ・コロナ」時代が到来した感がある。

コロナ禍の感染予防や生活保障対策で追われていた時、私たちの目は感染対策だけに向けられていたが、では、「ウィズ・コロナ時代」のヨーロッパでは何が起きているのだろうか。ここでは、この数カ月の動向を整理してみたい。

フィンランドのNATO加盟

おそらくこの数カ月で最大のニュースは、フィンランドが昨年(2022年5月)スウェーデンとともにNATOに加盟申請をし、1年後の2023年4月に加盟が決定したことだろう。2022年7月に加盟国が両国の加盟議定書に署名した後、各加盟国内でその承認手続きが行われてきた。カナダのほか、同じ北欧圏のアイスランド、ノルウェー、デンマークをはじめ、今年3月にハンガリー、そしてトルコが議会での承認手続きを終えてフィンランドの加盟が決定した。31番目の加盟国である。

すでに知られているであろうが、今後のスウェーデンの加盟をめぐり問題となっているのがトルコの存在である。この点を少し触れておきたい。トルコはエルドアンによる権威主義的な国家として批判もされてきたが、ロシアのウクライナ侵攻以降は両国の仲介を率先して進めてきた。エルドアンに対する印象を変えた方も多いのではないか。交渉の結果、ウクライナ産小麦の輸出が再開されたことは大きな成果だった(執筆時)。それ以降もトルコ側がロシア側に停戦を促したことを契機に、2023年にはプーチンが一方的に停戦を宣言するなど、ここまでを見る限り、エルドアン、そしてトルコはウクライナ侵攻の今後を左右する重要なキーアクターである。

他方でフィンランドやスウェーデンのNATO加盟申請について、その当初からエルドアンは前向きではなかった。それはクルド人のテロ組織等が北欧で活動しているからだという。そうしたテロ活動を支援する国を、NATOという安全保障の共同体に加えることはふさわしくないということだ。エルドアンはフィンランドについては比較的寛容な姿勢を見せていたが、スウェーデンに対してはトルコに課している武器の禁輸措置を撤回せよとさらに厳しい条件を課している。スウェーデンとフィンランドは当初共同での加盟を望んでいたため、フィンランドだけの加盟にはフィンランド側が難色を示していた。

フィンランドの加盟について、変化の契機はスペイン、マドリードでのNATOサミットでの話し合いだった。ストルテンベルグ事務総長によれば、今後スウェーデンとフィンランドがトルコの安全保障上の脅威に対処すること、テロ組織の活動に厳しく対処し、組織の引き渡し協定を締結することなどが合意されたとする。これによってフィンランドは加盟が認められた。では、同調してきたスウェーデンはなぜ認められないのか。

現状様々な議論があるが、2022年9月のスウェーデン選挙で「反(イスラーム)移民」を掲げる右派の民主党政権が発足したことを重視する議論が有力である。そして、それに対して(イスラームを支持する)エルドアンが強硬な態度を採ることで、エルドアンはまもなく行われる大統領選を有利に戦おうとしているという主張である。

すなわちスウェーデンの民主党政権は移民受け入れ反対、反EUを掲げる政党で、難民へのテロを目論んだとされる極右団体との結びつきも(公式には否定しているが)噂されている。つまり現状スウェーデンでは反イスラーム勢力が政治的な勢いを得ているように映る。こうしたスウェーデンに、トルコのエルドアンは厳しく接する。それがエルドアンに対する国内支持につながる。本年5月14日には大統領選を控えるトルコ、エルドアンにとって、対スウェーデンへの強硬な態度は――接戦も予想されるなかで――一種の選挙アピールになる。選挙の結果、エルドアンは接戦を制した。その分析はもう少し時間を要するが、スウェーデンへの強硬姿勢が評価されたのであれば、スウェーデンの加盟は先行き不透明になろう。

しかし、実際のところ新体制が発足して落ち着くまでは、対外的にエルドアンが大きな動きをとることは難しい。NATOは法的な手続きを尊重する。よって現実的にスウェーデンの加盟はもう少し時間を要することになるとみるべきだろう。しかしロシアの脅威が続く限り、今、(トルコを含んで)安全保障上ヨーロッパは結束するしかあるまい。スウェーデンの加盟問題がヨーロッパの結束に大きなひびを入れることもあるまい。「対ロシア」という課題はそれほど重い。

エネルギー問題のジレンマ

安全保障上の結束を前提とすれば、NATO加盟問題よりもヨーロッパの内的な結束を左右するかもしれないと映るのが、エネルギー問題である。振り返れば、コロナ対策が一時期ほど人の行動制限を伴わなくなったときに起きたのが、ロシアのウクライナ侵攻だった。私たちはコロナによる様々な制限の撤廃が見えてきたときに、この大事件の余波を食らい、多くの不自由に苛まされることにもなった。特にロシアに対する制裁を課すことによって、ロシアに依存していたエネルギー分野の価格高騰に苦しむことになった。特にヨーロッパは、ウクライナを通るガス・パイプライン「ノルドストリーム」の供給停止により、エネルギー政策の転換を余儀なくされた。

EUはエネルギーの安全保障を確保するために北海などの他の天然ガス田へのアクセスを強化し、さらに各加盟国のガス備蓄量を確保する政策に乗り出した。しかし天然資源は、各国均等に広がっているわけではないから、欧州委員会は備蓄のための緊急規制に乗り出したり、不安定なガス供給と、そのガスで作られる電力市場の連動を切り離す政策などがEUで採られたり、大手企業への再生エネルギー利用を支援するなど、市場をコントロールするように動いた(この詳細は本号掲載の「EUとドイツのエネルギ-転換と水素戦略」(松下和夫)論考を参照のこと)。

こうしたエネルギーの緊急事態によってヨーロッパの電力政策が大きく分岐しつつあることに注目しておきたい。たとえばドイツでは、4月15日に原子力発電3基の稼働を止め、原発廃止を実現した。2000年にシュレーダー政権(社会民主党と緑の党の連立)が、当時総エネルギーの3割を依存していた原子力発電について、運転開始から32年以内の廃止を打ち出した。その後メルケル政権となり産業界の意向に従い運転延長を打ち出していたときに、メルケルを方向転換させたのは日本の東日本大震災における東京電力福島第一原発の事故であった。

「技術力の高い日本でさえ、原発を制御できない」として、メルケルは2022年末までの原発の稼働停止を打ち出すことにした。その後順次停止された原発は、しかしながら、ロシアのウクライナ侵攻後、供給不安によって「稼働延長」も考慮された。いったんとん挫したように見えたものの、その1年後にショルツは「稼働延長の選択肢はない」と発言し、4月15日に残る3基の稼働が停止に至ったのである。

この1年の政治過程については、別途ドイツのエネルギー政策の専門家による分析を待ちたい。しかし、現状知るところでは、緑の党の環境大臣が、ウクライナ戦争の今だからこそ安全保障上大惨事となりうる原発の稼働を止めるべきと発言しており、安全保障上の意図が大きいようである。

しかし、この決定について、ドイツにおいて全国的な歓迎ムードが感じられない。国内世論は分かれている状況である。原発稼働を終える日、かつて「ベルリンの壁」の象徴でもあったブランデンブルグ門を隔てて、原子力廃止賛成派と反対派が対峙する様相をみせた。ドイツがエネルギーで東西分裂したかのような印象を一瞬抱いた。

なぜ反対派がいたのだろうか。反対派の主張は、ロシアとの関係が悪化してエネルギー供給が不安定化してエネルギー価格が高騰して生活に負担を強いられている今、原発稼働を止めるべきではないというものである。さらにその分を化石燃料に依存することによって、本来左派そして緑の党が主張してきた地球温暖化対策が遅れると主張し、政策の矛盾を指摘している。実際ロシアによるウクライナの侵攻以降、約4割を占めていた再生可能エネルギーの割合が低下し、二酸化炭素の排出量が増えたことが知られている。

あるアンケートによれば、ドイツ国民の70%近くは、このまま原子力に依存し続けることには反対している。しかし、今それを停止することへの賛意は3割程度しかない。今後ウクライナ侵攻が長期化すればするほど、そしてエネルギー価格の高騰が続けば続くほど、再稼働の声が高まる可能性は高い。この後の進展も「EUとドイツのエネルギ-転換と水素戦略」論考を参照いただきたい。

さらにこうしたドイツの姿勢がEUのなかの亀裂を深める可能性を否定できない。ドイツよりも早く1980年代に2010年代での原発全廃を決定したスウェーデンでも、その後脱原発による電気料金高騰と化石燃料による二酸化炭素排出量の増加を懸念して、いったん原発利用が決定された。他方で原子力発電には新たに税が課され、その税収を再生可能エネルギーの開発に当てるとして、2040年までに再生可能エネルギーによって全ての電力をまかなうとの政策を立てた。しかしやはり採算が合わず、2016年にはこれらの政策を白紙にして、再稼働、建て替えへと方針を切り替え始めた。今年1月には、「あらゆる非化石燃料が必要」として、2010年代以来の原発縮小方針を大きく転換し、拡大路線に踏み切った。

こうした原発再稼働への切り替えは北欧に拡がり、今年4月16日にはフィンランドが欧州最大級となる原発の再稼働に踏み切った。約40年ぶりである。やはり背景はロシアのウクライナ侵攻による電力の供給不安定化と価格高騰があると考えられる。

こうしたドイツとは逆の「原発再稼働路線」ないし「拡大路線」は、すでに二酸化炭素削減を目標に掲げていたイギリス、ロシアによるウクライナ侵攻後に転換したフランス、この数年原子力発電所の軽微な故障があったベルギーにおいてもなされている。

ヨーロッパのエネルギー問題を複雑にしているのは、二酸化炭素の排出量削減(化石燃料使用の削減)が絡むことだ。日本のような地震の多い国ならともかく、そうでなければ原子力発電は、二酸化炭素排出量、地球温暖化の有効な対策とされる。「化石燃料による温暖化の脅威」、そして一方で「原発の安全保障上の脅威」のジレンマがヨーロッパ各国の足並みを乱すのだ。このエネルギー源をめぐる各国の足並みの乱れが、政治的な亀裂となりEUおよび欧州のエネルギー政策を左右することになるかもしれない。

かつて原子力発電が促進された背景には、1970年代のオイルショックがあった。エネルギー源を他国に依存することの恐さがあった。それ以降、(68年の精神の生き残りによる)反体制派による反原発運動が高まり、西ドイツではそれが緑の党の定着という形で結実した。今回のヨーロッパの供給不安定化も、天然ガスを他国(ロシア)に依存してきたという点では同じである。しかし、時代が70年代とは変わりつつある。特に北欧のような、なにより寒く、またロシアとも地理的に近い地域に対して各国は電力の輸出を高めている。イギリスとフランスは3月にエネルギー・パートナーシップ協定を結び、両国は再生可能エネルギーと原子力への移行を促すとした。つまり、今回、足並みは一見ぶれているようだが、「ロシア依存からの脱却」という点では一致している。

また、各国が一気に協定を結び、再生可能エネルギーのさらなる開発、グリーン水素の開発などに乗り出し、政府も多くの開発援助を進めていくようになった。ウクライナ侵攻が長期化するなかで、ヨーロッパの協調は一層強くなっている。当面はその一致、協調を強調すべきであろう。

そうしたなかで先のフィンランドでは4月2日に行われた国政選挙で中道左派の与党・社会民主党は第3党に転落した。その結果を受け、コロナ禍において先頭で感染対策を引っ張ってきたマリン首相は辞任を表明した。支持が落ちた理由はコロナ対策、エネルギー価格上昇への対応による財政支出の拡大にあるといわれているが、マリン元首相個人に対する人望、人気はなお高く、第1党となった中道右派、国民連合党のオルポ氏のかじ取りも難しくなるとみられる。特に第2党となったフィン人党は反EUを掲げる極右政党である。

EURACTIVEは、選挙翌日に国民連合とフィン人党の連立か、国民連合と社会民主党の連立の「2つのシナリオ」を掲げ、オルポ氏が「経済優先」を掲げていることを伝えているが、執筆時点では社会民主党抜きで連立協議に入ったことも伝えられている。たとえそうであっても先のNATO加盟方針には変わりがないことは表明されているが、もしフィン人党が連立に加わることがあれば、フィンランドの歴史上最も保守的な政権が生まれることになる。

同日に行われたブルガリアの議会選挙でも、与党「ブルガリアの欧州における発展のための市民(GERB)」と「民主勢力同盟(UDF)」の連合は、第1党であるものの過半数には届かず、反EU政党の再生党が議席数を伸ばし、第3党につける。この数年ブルガリアは連立形成で時間を要しており、「いつものこと」と言えばそうではあるが、この国難の時期に再び政治が分極化していくことは好ましいことではない。ひとまず中道右派の連立で混乱を乗り越えそうだが、経験のない苦難の連続の時に「経済優先」として右派が選ばれる傾向がある。親欧州路線とはいえ、将来的な火種となりはしないだろうか。

コロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻と続くヨーロッパ経済の苦境は、反動的に「経済優先」政策への支持を集めることになる。それが保守的な自国中心主義と一緒になれば再び極右勢力が勢いを増す土壌を固めることにもなる。そのとき左派は何を打ち出せるだろうか。

新自由主義化の「協調」のツケ?

エネルギーの不安は徐々に解消されつつあり、様々な公的支援は期限を区切られ、ただし企業に対するCO2規制が継続しているのが現状(6月)である。何やら矛盾した時期である。それでも対ロシアないしウクライナ支援問題の長期化は一層強くヨーロッパを一致団結させる。ロシア、プーチンという共通の敵がいる以上、またたとえ戦争が終わってもウクライナの復興援助が必要とされる以上、おそらくそれは多少のことでは揺るがないだろう。

しかし問題もある。コロナ禍において、新自由主義の影響下にある各国においてでさえ、政府は財政出動を余儀なくされた。それが明けたとたんロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー価格の上昇などに政府は対応せざるを得なくなった。物価は有権者の生活を直撃し、それは政府支持に直結する。あれほど支持されたフィンランドの前与党支持の低下がそれを物語る。

そして少しずつ経済復興のための「経済優先」がトレンドになりつつある。新自由主義の影響が強ければ、ウィズ・コロナ時代の感染対策はますます企業、個人にその責任が負わされていくだろうし、財政健全化の政策が優先して採られていくだろう。原発廃止と原発拡大、あるいは財政出動と支出削減とが共存する、矛盾した時期がしばらく続くかもしれない。

こうしたとき苦しむのはいつも弱い人たちだ。それを新自由主義は切り捨て、救わない。それが現代の新自由主義の限界だとすれば、人びとの声は左派に向かう。左派は今脱原発以上の何を打ち出せるのだろうか。ドイツの脱原発の実現が政権ではパートナーであり選挙では競合する緑の党に負っているとすれば、今回の成果は緑の党のものとして持っていかれかねない。他方で温暖化に反対する人びとは政権の中心、SPDを攻撃するだろう。求められるのは、左派の独自政策とそれを可能にする自力再生ではあるまいか。

  本稿のソースは、主に経済産業省資源エネルギー庁HP、NATO HP、JETROの「ビジネス短信」(欧州ないし各国)、日本経済新聞、読売新聞、朝日新聞各紙ホームページ、BBC、Euractive、NPO法人「国際環境経済研究所」HPによる。

本稿の資料収集は一部科学研究費補助金(基盤研究(C)課題番号22K01350)に負っている。

まつお・ひでや

1965年愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、東邦ガス(株)、(株)東海メディカルプロダクツ勤務を経て、2007年、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。聖学院大学政治経済学部准教授、北海学園大学法学部教授を経て2018年4月より龍谷大学法学部教授。専門は比較政治、西欧政治史。著書に『ヨーロッパ現代史 』(ちくま新書)、『物語 ベルギーの歴史』(中公新書)など。

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