特集 ● 内外混迷 我らが問われる

「選挙盗まれた」の虚言広め政権転覆狙う

トランプ氏3件目起訴迫る/機密文書持ち出し裁判は5月開廷/どうなる2024年大統領選挙

国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎

トランプ前米大統領の3件目の起訴が迫っている。この「現代の理論」35号が発行されるころには司法省スミス特別検察官が起訴を公表している可能性が高い。3件目の起訴事実は米主要メディアの報道などによって概要が明らかになっている。2020年大統領選挙で現職トランプ候補(共和党)はバイデン民主党候補に敗れた。だが「勝った選挙を盗まれた」と敗北を受け入れず、支持者がその「虚偽」を信じて国が二つに分断されるという、先進民主主義国では前例のない異常事態にさらされてきた。トランプ氏のこの「虚偽戦略」は政権転覆(クーデタ)を図るものと認定された。だが、トランプ氏は2件目の起訴に対して「政治捜査」と激高、バイデン政権・民主党に対して「報復攻撃」に乗り出している。3件目起訴はこの対決をさらに先鋭化させるだろう。2024年大統領選挙がどうなるのか、何も見えない。

「虚偽発言」の広がり

トランプ氏の「政権転覆」行為は、具体的には接戦州の選挙関係者や共和党組織に投票結果の確認拒否や集計数字の改ざんなどを求める圧力をかけ、選挙結果を最終的に認証する上下両院合同会議の議長を務めるペンス副大統領には議長権限で自分を当選者と宣言するよう強制するなど広範囲に及んでいる。トランプ氏が根拠なき「盗まれた選挙」を正す政治活動への支持を訴えて集めた数億ドルの募金も、「虚偽目的」を掲げた違法な政治資金集めとして訴追の対象になっているという。

両院合同会議は憲法で選挙の翌年1月6日開催と決まっている。トランプ氏は同会議に圧力をかけるよう事前に支持勢力にデモを呼びかけ、これが武装デモ隊の議会乱入事件につながった。捜査当局はこのデモ参加者1000人を訴追、白人至上主義や陰謀論を掲げる2つの極右組織リーダーを反乱・共謀罪で起訴、下級審では有罪判決が下されている。この違法武装デモの頂点にいたのがトランプ氏だった。

6月の2件目起訴は、トランプ氏が大統領任期を終えてホワイトハウスを去る際に、国家安全保障にかかわる極秘文書を大量に持ち出して経営するフロリダ州リゾート施設に隠匿、政府の返還命令に1部は応じたものの大部分は隠匿を続けている。罪状は重罪の「スパイ防止法」「司法妨害」など7つ罪の37件におよんでいる(6月9日)。だが、この事件はトランプ氏の「虚言」を直接追及するものではない。3件目起訴も同じように、いくつもの重罪にわたるだろうが、トランプ派が立て籠もる「虚構の世界」の解体につながるトランプ犯罪の核心を突くものになるだろう(3月末の1件目起訴はニューヨーク州マンハッタン地区検察官によるもの。2016年大統領選挙戦中に不倫関係にあった女性に「口止め料」を支払い、それを隠すために経営する企業の会計記録を偽装した州法違反)。

「決戦」呼び込んだトランプ

機密文書持ち出し事件の起訴が迫る中で、トランプ氏の弁護士チームは起訴回避のために文書返還を繰り返し進言した。だが、トランプ氏は頑なに拒否、3人の弁護士は辞任した(ワシントン・ポスト紙電子版)。この経緯から、トランプ氏は大統領選挙戦(両党予備選挙は2024年初めから始まる)を待たず、自分から時期を繰り上げて一気に、バイデン政権との「決戦」に持ち込む道を選んだように思える。

トランプ氏はこの後すぐ、「機密文書持ち出し」で起訴される。トランプ氏はこの刑事起訴はバイデン政権の「政敵を排除する政治捜査」と激しく非難し「全面無罪」を主張。支持者を前にバイデン政権は米国を本当に支配している「影の政府」(ディープ・ステート)の手先に過ぎない、政権を取り戻したらすぐに特別検察官を任命して腐敗したバイデン一家の捜査を開始、「影の政府」を完全に抹殺すると約束した。この「影の政府」持ち出しは持論の陰謀論だが、「影の政府」抹殺の戦いを公に掲げたのは初めてだった。トランプ氏はここで大統領選挙戦略を「バイデンとの戦い」から「影の政府」との戦いに切り替えたことを明らかにしたと受け取れる。「極秘文書」起訴は手始めで、本筋の「選挙結果転覆」容疑の特別検察官の「実力行使」が迫っていることに備えて、大統領選挙戦略を固め直したのだろう。その経過をたどる。

トランプ批判受けさらに過激化

昨年11月の中間選挙は共和党圧勝が予想されたにもかかわらず、トランプ系候補が振るわず、「判定負け」に終わったことで、党内からトランプ氏の責任を問う声が上がった。共和党反トランプ派はトランプ対バイデンという国政選挙での対決で、2018年中間選挙(連邦・州議会、州知事選など)、2020年大統領選挙(同時に連邦・州議会選、知事選など)、2022年中間選挙と「トランプ3連敗」に終わったと受け止めたからだ。  

トランプ氏はこれに反発して、さらなる過激路線を選択した。まず、周辺の忠告を無視して2024年大統領選挙への党指名争いの機先を制する出馬宣言。次に僅差で多数を奪還した下院新議会の議長選挙で、党が立てたマッカーシー候補(党院内総務)にMAGA 派(強固なトランプ支持の極右)が反対して15回も投票を繰り返す混迷に持ち込んだ。同グループはマッカーシー候補に議事運営で同派主張優先を密かに約束させ、引き換えに議長選出を容認した。

主敵はバイデンから「影の政府」へ

MAGA派主導で共和党は下院で最も強い権限を持つ司法委員会トップにトランプ最側近のジョンソン氏を送り込み、その下に政府機関を「トランプ氏迫害」の武器に使ってきたバイデン政権・民主党を調査・追及するとして特別小委員会を設置、ジョンソン委員長が小委員長を兼ねた。最初の小委員会で同委員長は、この小委員会の目的は司法省・連邦捜査局(FBI)が主要メディア、巨大企業、国際シンクタンク・基金などと結び付いて、民主党活動家たちの左翼的政治活動を支援しているのを追及することだと明らかにした。

2024年選挙は来年早々に始まる両党予備選挙でそれぞれの党の大統領、連邦議員、州議員、知事などの候補が決まり、そして本選挙へと、どんな展開になるかはまだ予想できない。だが、今は大統領選挙がまたもバイデン対トランプになるのではないかという見方が強い一方で、両党の6〜7割がこの顔ぶれでは関心が持てないと答えていることを各世論調査が報じている。

トランプ氏は相手がまたバイデン氏になって「3連敗」の次は「4連敗」とみられるのは面白くない。もうバイデン氏なんか相手にする時ではない、バイデンを操っている本当の敵は「影の政府」と呼ぶ危険な左翼勢力だ―という方が格好良く、保守派支持を増やせると計算したとの見方ができる。

「選挙出馬の自由」―「逮捕・拘留」の谷間

トランプ氏の「虚構の世界」が米国の政治、社会にどんな傷を刻み込んでいるのかはよく分からない。そこに大統領選挙の有力候補が、民主主義のルール破りを平然と繰り返して起訴され、いくつもの裁判に掛けられようとしている。しかし、重罪を犯した「犯罪者」の「被告」が選挙に出て票集めの運動をしても、それをどう扱うかの法律がない。その一方では「被告」も「有罪」が確定するまでは「無罪」とか、「法の下では誰も平等」といったルールもある。

トランプ氏は「選挙出馬の自由」を享受して選挙運動を続け、「有罪判決」が出ないまま投票に持ち込みたい。そのためには5月審議開始と決まった「極秘文書」裁判の引き延ばしを図っている。「政権転覆」の起訴・裁判はこれからだが、投票日前に審理、判決に持ち込むのは極めて難しいとみられる。

バイデン政権・民主党側は「トランプ起訴」については慎重に沈黙を守っている。しかし、重罪で起訴され裁判中の被告は逮捕・拘禁されているのが通例である。証拠隠滅、逃亡などの恐れがないと判断されれば保釈金を積んで拘禁を解かれることもある。トランプ氏はどんな行動に出て、どんな扱いになるだろうか。世論はどう反応するだろうか。重大な出来事が起こり、適用する法律がない場合でも、大統領は何らかの対応によって事態を回避、あるいは収拾する責任と執行権をもっていないのだろうか。

「新ワシントン・コンセンサス」

バイデン政権と民主党が今、トランプ起訴・裁判を横に見ながら力を注いでいるのが「バイデノミクス」(バイデン経済)の売り込みである。新自由主義経済のモデル「ワシントン・コンセンサス」が破綻した後の国際経済のモデルには、バイデン大統領の経済政策がふさわしい。「バイデノミクス」が新しい「ワシントン・コンセンサス」になったというのである(注:「ワシントン・コンセンサス」は新自由主義経済の基本とされる経済政策で、政府支出の削減、財政赤字の是正、税制改革、規制緩和、公営企業の民営化、貿易自由化、直接投資受け入れなど「小さな政府」の枠組み」)。

低迷するバイデン支持率を上げる狙いは当然ある。合わせて冷戦後の世界経済を率いてきた市場任せの「新自由主義」経済は失敗に終わっても、米国は「バイデノミクス」を押し立てて世界経済をリードすると、米国および世界へ向けて宣言したものと受け取れる。

J・サリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が民主党系シンクタンク、ブルッキングスで「米国の新しい経済政策」と題して演説(4月27日)、バイデン政権の2年半の経済政策を初めて「新しいワシントン・コンセンサス」と紹介した。これで内外の反応を見たうえで、バイデン大統領も6月末のシカゴでの演説で「バイデノミクスというのがあるらしい。ウォールストリート・ジャーナル(米経済紙)やフィナンシャル・タイムズ(英経済紙)がそう書いている」といって30分余り、そのPRに努めた。

「バイデノミクス」に賭けた民主党

バイデン政権がスタートした時、米国は新自由主義経済政策を柱とするグローバリズムによって貧富格差が広がり、一部富裕層へのかつてない富の蓄積の一方で中産階級が崩壊して低所得層が急増、その上にコロナが蔓延して疲弊しきっていた。バイデン政権は10年で5兆ドルの巨額を投じる経済再生計画を打ち出した。メディアは1930年代初め、大恐慌の中で政権を握った民主党ルーズベルトの恐慌対策「ニューディール」にたとえて「バイデン・ディール」と呼んだ。バイデン氏は共和党一部の支持も得て、「コロナ救援策」、老朽化した道路・橋梁、港湾などに絞った「インフラ投資法」、気候変動対策、医療保険充実に、半導体産業再建、サプライチェーン再構築などをパッケージにした「インフレ抑制法」などを成立させてきた。

これによって米経済はほぼ回復した。「新自由主義によって『大きな政府の時代は終わった』という時代は終わった」(ニューヨーク・タイムズ紙)という評価も出ている。

これらの法案による工場建設などが実施段階にはいり、大きな雇用がもたされる地域では、反対してきた共和党議員も大喜びしているというニュースが報じられるようになってきた。それでもバイデン氏の支持率は依然として40%そこそこと低迷が続いている。民主党だけでなく、メディアも不思議がっているが、バイデン氏不人気は政策の問題ではなく、80歳を超えた高齢での出馬への反対との見方が出ている。

トランプ氏と特別検察官の攻め合いも、選挙戦の成り行きも不透明の中、民主党はバイデン候補一本槍で済むと考えているのか、思わぬ局面展開にも対応する準備はできているのかも分からない。だが、民主党は大統領選挙の成否を「バイデノミクス」に賭けているのだろう。

                           (7月30日記)

かねこ・あつお

東京大学文学部卒。共同通信サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事歴任。大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)、『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』(リベルタ出版、2015.8)など。現在、カンボジア教育支援基金会長。

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