コラム/深層
争点ずらしで、<民意>すくい維新が勝利
大阪から見た2023年統一地方選、衆・参補選
元大阪市立大学特任准教授 水野 博達
半数の有権者が、選挙に背を向けている!
「維新の吉村さんにお世話になってるのに、文句あンなら大阪から出てけー!」
カジノを争点に仕上げられなかった反維新勢力
保守王国・和歌山衆院補選、自民の敗退の今日的意味
「10年で政権獲得を目指す」との維新の夢の行き先は?
今回の統一地方選挙と国会議員補選で、維新の勝利は何によってもたらされたか、他方で、維新と対峙した諸勢力はなぜ敗北したか。この点を考える前に、選挙への住民の期待度を数値で見てみる。
半数の有権者が、選挙に背を向けている!
今回選挙があった41の道府県議員の投票率は、過去最低となった。30道府県で約73%であり、投票率が50%を超えたのは、7道府県・約7%にとどまった。30%台は道府県で、約27%。全国平均投票率は、4.85%と極めて低い。
選挙のあった7の指定市議選では、過去最低が8市;約47%で、投票率50.68%の札幌市を除いて、他は、30%台が8市;約47%、40%台が、8市;約47%で、平均投票率は、4.77%となった。6か所の指定市長選でも、この低投票率の傾向は同じ。すべての都市が前回の投票率を下回っており、札幌市がかろうじて50.92%と50%を超えたが、広島市は34.53%と最低で、他は、40%台であった。
投票率が前回より5%以上少なくなったのは、【( )内は前回からの削減率】まず、北海道知事選は、(6.64%)、道議員選(5.71%)、指定市札幌長選(5.26%)で、札幌市議選(5.19%)であった。青森県議選では(5.76%)。福井県知事選では(7.27%)、県議選(7.65%)。島根県知事選では(7.08%)、県議選では(5.27%)。指定市浜松長選(6.31%)で、市議選では(6.86%)。福岡県議選では(7.82%)、福岡市議選は(5.16%)。その他、新潟市議選は(6.49%)。
前回より5%以上増えたのは、奈良県知事選が+6.32%、県議選で+5.24%。徳島県知事選が+6.26%、徳島県議選では+5.37%の増加率であった。国会議員補選と重なった大分県知事選では+4.04%、県議選は+2.78%と微増であり、千葉県議選では△0.27%,千葉市議選は△0.52%と減少しており、千葉は、県議選も市議選も過去最低の投票率であった。
戦後1947,51年当時、70~80%の投票率があった知事選や都道府県議員選の投票率が、2011年を前後して50%を割り、その後回復することはなかった。今回2023年の知事選挙は、全国平均46.78%、県議選は、41.85%となっており、住民の近くにあるはずの地方自治体の政策や運営、地域の自治の在り方に対する住民の政治意識が年を追って縮小してきたことが、今回も証明された。回復の見通しは、見えない。
「維新の吉村さんにお世話になってるのに、文句あンなら大阪から出てけー!」
選挙戦の街頭演説のさなか、維新の宣伝カーに野次を飛ばす者がいた。すると、聴衆の後ろの方から、中高年の女性が、かん高い大きな声で叫んだ。
「維新の吉村さんにお世話になってるのに、文句あンなら大阪から出てけー!」
熱心な維新支持者か、維新の関係者の叫びであろう。この「叫び」は、維新政治が始まってから13年、大阪で作りだされた維新支持者の一つの傾向を表したものである。
この「お世話になってる」という叫びには、地方自治体における住民自治や政策への熟議の大切さへの思いはない。あるのは、受益者意識で、自分の利益をかなえてくれる政治への希求である。そこには、人権や社会正義の実現という本来政治に求められてきた規範意識は感じられない。
「大阪から出てけー!」
この叫びは、在日外国人、とりわけ、日本の旧植民地に出自を持つ朝鮮やアジアの人々への排外意識と繋がっている。さらには、障碍者や病者、あるいは、生活困難者などを「世話のかかる者」、世話を感謝しない「特権要求者」と見るのは間違いではない。当然の意識で、普通の人間の誰もが自然に持っている共通なものだという、社会的排除を正当化する感性である。
また、こんなこともあった。維新の若い女性の市会議員候補の街宣活動の横を「維新反対!」と言って高齢の女性が通り過ぎた。すると、その候補者は、通行人に
「あんた、なんぼ稼いでるの?」と、言い返した。
この言葉は、維新に反対す者たちは、「既得権益者」。だから、維新の活動に敵対してくるのだ、と候補者が確信していることを表しているようにも聞こえる。
とっさに出た言葉であるから、その真意は確実にはわからない。ただ、候補者を含めて維新の勢力圏内で活動している人々の中では、自分たちは既得権益と闘い、「身を切る改革」を進めるのだ、という思いが強く働いている結果、こうした「とっさの発言」が出てくるのであろう。
維新政治の空恐ろしい現実を見せられた二つの事例である。
カジノを争点に仕上げられなかった反維新勢力
ところで、人権や社会正義という規範は、ある事象を解決しようとする社会的な活動によって、人々の中で具体的な形となって納得され合意されることによって現実的な力を発揮する。
地方自治体の選挙における低い投票率は、経済成長で人々の欲望が膨らむにつれ、そして更に、新自由主義が跋扈し始めると、目の前の利害・要求だけでなく、現在と未来に関わるそれぞれの自治体の在り方を住民に問う争点を選挙で提示できてこなかったからでもある。争点の提示は、人権や社会正義の実現について、それぞれの自治体の具体的な課題に即して住民と共同の意思形成をする努力である。言い換えれば、それは、議会制民主主義を超える住民自治を不断に生み出し、革新していく住民自身の「政治参加・地域づくり」活動の停滞、あるいは不在がその土台をなしてきたのであろう。
さて、今回の大阪での選挙では、本誌33号「大阪の『維新政治』を再考する(その2)」で詳しく述べたが、維新政治の急所を突き、投票へと人々を向かわせる最大の争点は、カジノの問題であった。しかし、実際の選挙では、反維新勢力は、カジノを絶好の争点として仕上げていくことができなかった。
カジノと夢洲開発計画自体が、「イベント資本主義」であり、「わが亡き後に洪水よきたれ」ともいうべき経済開発優先の本質であるが、そのことを中心に据えた闘いを展開できなかった。自民党は、反カジノではまとまっておらず、また、反維新勢力全体を見ても、腰が引け、首長選挙と地方議員選挙との関係などで各党派の利益の調整がうまくいかなかった。結果として、カジノや関西・大阪万博を含めた夢洲開発を最大の争点に押し上げていくことに失敗したのである。
他方、維新は、最大の弱点のカジノを争点から外し、「異次元の子育て」政策を前面に押し出して子育て世代の支持を取り付け、府知事・大阪市長選の勝利と、府議会・市議会の議席の過半数を獲得した。
また、兵庫県議選では、4議席から21議席に伸ばし、京都市議選では、4議席から10議席に、奈良県議選でも3議席から14議席へ等と維新が勢力を一挙に伸ばすのに成功した。
大阪以外の地域での維新の選挙では、大阪での「身を切る改革」の成果を宣伝し、「異次元の子育て」政策を前面に押し立て、経済の停滞を打ち破ると訴えた。
保守王国・和歌山衆院補選、自民の敗退の今日的意味
統一地方選の前半の奈良知事選では、平木省(自民県連推薦)と荒井正吾(現県知事)の保守・自民党分裂の間隙を縫って、維新の山下真(元生駒市長)が勝利した。奈良県連会長である高市早苗経済安定相の強引な平木擁立に対する保守層の反感もあって、票は、無党派層や立憲支持層も含めて維新の山下真候補に流れた。二人の自民・保守候補両者の獲得票の合計より、山下候補の票が多く、住民の中で自民党の権力闘争への忌避感が大きく作用したと見られる。
問題は、自民党・保守層の分裂などはなく闘われた和歌山の衆院補選の結果の重大性である。
和歌山では、二階俊博(自民党元幹事長)を先頭に、建設関係の業界などの各種団体を固め、自民・門博文候補の必勝を期したが、維新の新人候補、元和歌山市議の林佑美(41歳)に6,000票の大差で敗退した。
盤石だったはずの保守王国は、「維新は、次世代の利益を考えて、関西を成長させていく。永田町中心の古い政治にこれができますか」(吉村大阪府知事)との訴えの前に崩れ落ちた。「異次元の子育て」政策を前面に掲げ、反す刀で二階に代表される「永田町中心の古い政治」批判が、閉塞感に長らく侵された和歌山1区の人々を動かしたのである。維新のキーワードは、「子育て支援」「古い政治の打破」「経済成長」の三つであった。
保守・自民党の地方の支配は、中央権力、つまり、国の財源と政策・人脈と結びつくことによって成り立ってきた。だから、個々の政治家にとって『三つのン』(ジバン、カバン、カンバン)が重視された。この内「地盤」は、家系と親族、業界団体等の利害関係者、宗教団体などとの繋がりをベースにした「固い支持基盤」であるが、家族でも業界団体でも、その子供や関係団体員や従業員への家父長的な政治的縛りは、もう効かなくなっている。カバンは、鞄の中の金の多寡であり、「看板」は、掲げる政策である。長年の保守・自民党の政治の劣化によって、各議員や派閥が掲げる政策は、公共性や社会的・政治的正当性が薄れ、ジバン、カバンを補充するものへその位置・価値を低下させてきた。この傾向は、和歌山の二階のように「ドン」が君臨する保守王国と言われる地域・地方に強く表れると言えよう。
「国土強靭化」の施策に依拠し、業界関係者を結集して保守王国を築いて来た和歌山1区で、政策というには荒っぽく、空疎な「子育て支援」「古い政治の打破」「経済成長」の三つのキーワードで、維新が勝った。これは、今後、全国で保守・自民党支配を揺るがしていく可能性を示している。つまり、保守・自民党の政治が時代遅れとなり、政党機能が劣化している結果であろう。
「10年で政権獲得を目指す」との維新の夢の行き先は?
統一地方選挙で地方議員を約400人から1.5倍の600人を目指すと、全国維新の会代表・馬場伸幸は、言っていた。結果は、774人となり、その内、505人が近畿2府4県内で、269人がその他の地域であった。
馬場代表は、この結果も踏まえて「10年で政権を取りたい。それができないなら、維新の存在はない」という趣旨の発言をインタビューで述べている。さらに、維新の議員の資質が、自民党などと比べて、まだまだ及ばない。きちんと育成・成長することが必要だ、とも述べている。
また、大阪維新の会代表を退任した松井一郎は、これまでの活動を振り返って、「維新は、常に、民意のありかがどこかを注目してきた。これが、我々の強みだ」ということをインタビューで語っている。
この二人の発言から、維新の選挙での強さの秘密と、彼らの政治集団の弱点も見て取れるのではないか。
本誌33号「大阪の『維新政治』を再考する(その2)」の見出しで「時代は動き『維新』の旗は色あせる」と書いた。日本と世界の資本主義の動きの中で、時代は大きく動いてきた。その結果、維新の旗印も色あせてきた。それは、間違いない事実だ。しかし、それ以上に、保守・自民党の政治が時代に取り残され、「維新の一突き」で保守王国が瓦解する事態となっている。実は、私は、この側面と重ねて維新政治を論じていなかった。立憲や公明、共産などの政党の後退を含めて次号で、詳しく検討し直すつもりである。
さて、松井のいう「民意のありかに注目してきた」とは、何を政治主張として押し出すかで人々の支持を勝ち得るという「政治手法」の要諦である。今回、大阪では、カジノ・夢洲問題は、維新にとって政治的なマイナスとなることを自覚し、これを争点から外し、「異次元の子育て」政策を前面に掲げる選挙戦略をとった。つまり、カジノ問題では、反対が多数で、それが「民意」として選挙結果に表れることを避けたのである。ありていに言えば、本当に大阪の将来の都市の在り方や行政運営について、住民との論議・検討によって政治を進めるつもりはない。自分たちの政治支配を強めるための「民意」なるものへの着目である。比喩的に言えば、広い海原の海面に浮かぶ都合の良い浮遊物だけを「すくい取る政治手法」である。繰り返せば、人権や社会正義の実現という本来政治に求められてきた規範には、まったく興味がない「愚衆政治」の貫徹である。
維新は、唯々、政治権力を自分たちが握ることを自己目的とした政治運動へますます傾斜していくであろう。彼らを結び付けているのは、「既得権益圏」から排除されてきたという「ルサンチマン」に近い「共同の心性」で、目指すべき社会の在り方を多様な人々とつくりあげる開かれた理性は持ちえない、あるいは、その重要性を理解しない。だから、保守・自民党やリベラル派の人々を「既得権益擁護者」とみなし、その「古い政治」を打破する政治権力を欲求する心情を募らせて驀進していくことになりそうである。
みずの・ひろみち
名古屋市出身。関西学院大学文学部退学。労組書記、団体職員、フリーランスのルポライター、部落解放同盟矢田支部書記などを経験。その後、社会福祉法人の設立にかかわり、特別養護老人ホームの施設長など福祉事業に従事。また、大阪市立大学大学院創造都市研究科を1期生として修了。2009年4月同大学院特任准教授。2019年3月退職。大阪の小規模福祉施設や中国南京市の高齢者福祉事業との連携・交流事業を推進。また、2012年に「橋下現象」研究会を仲間と立ち上げた。著書に『介護保険と階層化・格差化する高齢者─人は生きてきたようにしか死ねないのか』(明石書店)。
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