この一冊

『東京23区×格差と階級』橋本健二著/中公新書ラクレ/2021.9/1012円)

格差の急激な拡大が具体的に目に見える

労働問題研究者 姫井 正巳

『老いの福袋―あっぱれ!ころばぬ先の知恵88』

『東京23区×格差と階級』(橋本健二著/中公新書ラクレ/2021.9/1012円)

著者の橋本健二さんは、本誌『現代の理論』にも何度か執筆され、19号(2019年春号)の書評欄で、『アンダークラス──新たな下層階級の出現』を紹介させていただいた。「階級」という概念を前面に出して、社会的格差の急激な拡大を鋭く分析されている、

本書の帯には「階級による対立と地域間の対立が重なり、深刻化する──」とあり、一見するとあちこちで争いが起きているかのようなイメージを抱くが、実際は東京の現実の姿を淡々と説明しているものである。著者は『新・日本の階級社会』(講談社現代新書、2018.1)で「現代の日本社会は、もはや、『格差社会』などという生ぬるい言葉で形容すべきものではない。それは明らかに、『階級社会』なのである」と述べていた。

そして「拡大した格差は日本の社会に深く根を下ろしてしまっ」ており、意識の面でも「一億総中流」は吹っ飛び、「人々は豊かさの程度によって明らかに分断されてい」て、自分の豊かさと貧しさを、リアルに感じ」ているし、「自民党は、拡大した格差の一方の極に軸足を移し、富裕層の政党としての性格を強めている」としていた。本書ではその傾向がますます強まっている実態を明らかにしていると言えよう。本書を読めば、「階級社会」の現実が、実際の東京の姿として、具体的に見えてくるということだ。

「具体的に見える」理由は著者の、統計を基にした緻密な分析・推計だ。それは「町丁目」単位でなされており、ある程度東京を知っている人なら実際の風景をイメージできるものである。職業、学歴、所得、世帯構成、配偶関係、年齢構成、外国人居住などの分布の割合を、地図上で町丁目単位に色別(グラディエーション)で示している。統計的に偏りがある所については集計から除外した理由なども説明されており、国政調査がさまざまな困難に直面して、曲がり角にあることにも触れられている。

本書を読んだ知人が「俺の住んでいる所は東京の最底辺というように書いてあった。いやになるな」と言っていた。本書の記述は極めて具体的だから、そう思う人もいるし、逆に東京を知らない人にとっては、全く分からないということもあるだろう。ただ、「階級社会」がここまできているということを冷静に捉えるという意味で、客観的に読んでほしいと考える。

東京23区の「しくみ」

著者によれば、現在の東京23区は「都心」「下町」「山の手」に大別される。都心は、もともとは下町と山の手の双方に属した部分から構成されているが、今日では経済・政治・文化の中心として独自の地域となっている。

下町と山の手は、地形的にも低地と高い台地にそれぞれ形成されており、ほぼそれが標高20mの等高線で区切られるという。下町と山の手の区別は17世紀後半から言われていたそうで、要するに地形によって歴史的に形成されてきた上に、現在のありようができているということである。詳細は本書を読んでいただくとして、第二次大戦前には、下町と山の手の間には一目で分かるような生活・文化の違いができていたらしい。戦後は「杉並ゴミ戦争」などと言われた対立もあった。最近では急速に格差が拡大して、また新しい様相を示していることが明らかにされている。

著者は先行して『階級都市──格差が街を浸食する』(ちくま新書、2011.12)を出しており、その著書の方が東京の地域的格差を分かりやすく説明していたように思われる。特に「ハイキングコース」の解説のように、具体的な地域の違いを歩きながら説明する手法は、理解を深めるのにとても役立った。興味ある読者には併読を勧めたい。

アンダークラスと氷河期世代

本書は要するに、東京23区の実態から、階級間の格差の拡大が地域へどのように現れているかを示している。一方で「アンダークラス」の問題として、その「階級」「格差」が、世代を通して顕現してきていることを指摘するのが,著者による『アンダークラス2030 置き去りにされる「氷河期世代」』(毎日新聞出版、2020.10)である。

この本で著者は、就職氷河期世代に焦点を当てて、その世代の「受難」が氷河期世代だけのものではなく、それ以降の世代に引き続きのしかかってくるものであり、言うなれば日本社会の大きな変化なのだと分析する。高度成長後の1970年代後半には非正規雇用が拡大するようになり、さらにバブル崩壊後には正規雇用が大きく減って非正規雇用が極端に増えていった。氷河期が終わったとされても、まともな雇用が増えることはなく、いわばずっと氷河期が続いている。

著者によれば、その趨勢が変わらない以上、現在のコロナ禍はますます雇用の劣化を拡大する可能性がある。だとすると、すでに40歳を超えている氷河期世代以降の若者(すでに「中年」!)たちすべてが、世代内に極めて多くの非正規労働者(あるいは 非正規しか経験したことのない労働者)を抱え、世代内での「階級対立」を孕みながら、社会の中枢を担うことになる。「格差」は社会的 対立になってしまうかもしれないのだ。2030年には深刻な問題として立ち現れるだろうと指摘している。

東京23区の1人当り課税対象所得額の推移(23区平均=1)

左目盛は、各区の1人あたり課税所得額の23区平均を1として、それに対する各区の比率を示す。右目盛は変動係数。この場合の変動係数とは、23区すべての平均値のバラツキの大きさを示す数字で、その上昇は23区間の経済格差の拡大を示す。

『東京23区×格差と階級』

(出展)『地域経済総覧』。原資料は「住宅・土地統計調査」。

著者はそれらの氷河期やそれ以降の世代を厳密に定義し、そうした事実を明らかにしている。この問題は「格差」がすぐれて政治的な問題であることを示している。改めて、著者が『アンダークラス──新たな下層階級の出現』で提言したことを思い出す。どうするか。「答えは簡単である。格差の縮小と貧困の解消だけを旗印とし、アンダークラスを中心とする『下』の人々を支持基盤にすることを明確に宣言する、新しい政治勢力があればいい」と。

図は『東京23区』の口絵図表である。このようにここ20年ほどで格差が急拡大しているのであり、それが、地域にも世代にも現れているのである。

地域的な問題も世代的な問題も、「階級対立」の現在的な解決方法をもう一度考えねばならない。

 

 

ひめい・まさみ

出版社で労働組合運動。その後ユニオン系労働組合の委員長を経て労働運動の研究に従事。

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