論壇

"安倍"とは反対の政治を! 鋭い対抗的提言

『日本のオルタナティブ―壊れた社会を再生させる18の提言』(金子勝/
大沢真理/本田由紀/遠藤誠治/猿田佐世/山口二郎著)を論じる

日本女子大学名誉教授・本誌代表編集委員 住沢 博紀

1.論評のための二つの前提

「リベラル派」の6人の研究者・論客による、安倍政権のもとで「壊れた日本社会」を再生させるための18の提言集である。内容紹介の前に、『現代の理論』でこの本の論評を担当するに至った個人的なことを2つ書いておきたい。本稿の内容とも密接に関連することである。

一つ目に、『現代の理論』2020年春号において、「袋小路の日本と英国の議会制デモクラシー」というタイトルで、山口二郎法政大教授と高安健将成蹊大教授に私が司会をして対談してもらったときのエピソードがある。まだコロナ・ウイルスの感染が話題になる前の1月末であった。全体として未来の見えない日本政治への悲観的な見方が議論の中心となったが、最後に山口二郎が、「こういう現状だから、今とは反対の政治、思い切ってユートピアを提起したい」といった。それが本書である。

しかしタイトルはユートピアではなく、オルタナティブとなっている(今とは異なる選択肢の提示)。後に一つ一つ検討するように18の提言も具体的である。

それにもかかわらずこれらの提言がユートピアの色彩を持つのは、多くの提言が少しずつ形を変えてはいるが、ベースの部分ではすでに20年近く前から、つまりは2009年民主党鳩山政権成立前から提言されていることだからである。

何を言いたいかというと、時間が経つにつれて、日本や世界へのこうした提言がリアリティを持つ社会・経済的基盤、日本を取り巻く東アジアの安全保障をめぐる環境が悪化していることである。2008年リーマンショック、2011年東日本大震災、この前後の中国の台頭と東アジアの新冷戦の始まり、北朝鮮の核武装とミサイル配備、2013年黒田異次元の金融政策とアベノミクスによる出口のない金融・財政政策、地球温暖化に伴う異常気象や大災害の日常化。つまり時間が経つにつれ、オルタナティブがユートピアに、どこにもない世界での構想になりつつある。

二つ目は、この本のそれぞれの提言は、コロナ・ウイルスの前に執筆されたことである。第一刷りは2020年3月4日であり、4月15日にはもう第2刷りが出ているから、それなりに関心を呼んだと思われる。しかし日本も世界も、3月以降はパンデミック危機で、経済やグローバルな交通が停止に近い状態に陥り、ますますオルタナティブの前提条件が崩壊しつつある。

そのため7月1日、執筆者の多くが理事を兼ねる、生活経済政策研究所の総会の後行われたシンポジウムにおいて、国際政治の遠藤誠治成蹊大学教授を除く5名の著者が、コロナ・パンデミックを含めて、18の提言を解説した。シンポジウムはズームを使ったリモート会議として開催され、立憲民主党の幾人かの国会議員も参加した。開催の情報を得ていた私も、すべての報告と議論をリアルタイムで聞く機会があった。したがって今回の論評は、コロナ禍の渦中での問題提起や提言を含んだ形で行いたい。

2.6人の論者による18の提言  

ここでは6人の執筆者による、一人3つずつ、18の提言を紹介したい。それぞれに先ず「壊れた日本社会」の現状が報告・分析され、それに対応して、「今とは異なる」社会のための提言がなされる。本書に通底する“限りなくユートピアに近いオルタナチブな提案”は、すべての論者に当てはまるのではない。大沢真理や本田由紀の社会政策、格差を是正する教育政策、ジェンダー政策の一部など、安倍政権でも人気取りのためにこの提言を「剽窃」することも可能なものもある。

第1章 金子勝「電力会社を解体し、賃金と雇用が増える地域分散型経済をつくる」

◇提言1:「安倍・黒田勘定」で債務凍結して財政金融政策の破綻を防ぐ一方で、人間らしい生活を保証する実質賃金の持続的引き上げと、教育費・住宅費の拡充をめざす

◇提言2:経済産業省と大手電力会社を解体再編し、電気代タダの社会を実現し、エネルギー転換を突破口に新しい産業と雇用を創出する

◇提言3:エネルギー、福祉、食と農という人間的ニーズを基本とした地域分散型ネットワーク型社会に移行し、地域に住む人々が主人公となる民主主義社会を創る

金子勝は、『現代の理論』にも何度も登場する、アベノミクスへの最も徹底した批判者の一人であり、近著では、『平成経済 衰退の本質』(岩波新書・2019)がある。過去20年間、「衰退国家日本」のリアルな姿を具体的なデータで示し、それらを引きおこした「責任を取らない」政官財のエリートたちを強烈に批判してきた。コロナ禍の混乱も、金子からすればこうした日本の厚労省を始めとする行政官僚の管轄争いと劣化の延長線上にあり、今に始まったことではない。

しかし本提言では、日本経済への分析では最も悲観論だが、提言は最も楽観主義に立っているのが興味深い。実は、昨年、『現代の理論』秋号のために金子勝にインタビユーした折り、前は日本の危機論、衰退論を論じてきたが、しかし少し前から、あまりに現状が深刻で、産業政策や経済再建のための提言の必要性を感じているといっていた。そのせいもあったのか、あるいは本論の趣旨がオルタナティブの提起であるからかわからないが、農業の6次産業化など地域振興の議論を導入し、再生エネルギーを軸とした地域分散型経済を提起している。金子の日本経済への現状分析の尺度からは、ユートピアに近いオルタナティブ提案である。

第2章 大沢真理「蟻地獄のような税・社会保障を、どう建て替えるか」

◇提言4:賃金差別禁止・最低賃金アップで、働けば報われる社会にする(コース別雇用管理などを間接差別として禁止、同一価値同一賃金を原則とする、最低賃金を引き上げ、保育・介護などのサービス給付を充実)

◇提言5:就業を抑制する制度を廃止し、累進度アップで財源も確保(配偶者控除制度や第3号被保険者制度の廃止、各種の所得控除を税額控除に転換し、累進度と税収の改善、利子・配当・株式譲渡益の20%分離申告は、先進国では軽い)

◇提言6:妊産婦・子どもの医療費を無料化し、児童手当アップで、次世代を全力支援(児童手当の所得制限を撤廃し、給付水準を子供の生活扶助基準並みに、就学前(保育園、幼稚園)から大学院までの教育を無償化し、給付型の奨学金を拡充しつつ、リカレント教育の機会を保障、家賃規制と住宅給付制度の導入、国際的に見て低所得者の居住費用負担が重いので社会住宅の整備)

大沢の分析の基本的な視角は、日本政府の課税努力、つまり一国が負担しうる潜在的な課税能力に対する実際の税収の比率は世界で最低レベルであり、資産課税・個人所得課税が停滞し、資産課税の減収と法人所得課税の大幅減を消費税で補うという、逆累進性が高いものなっているという指摘である。とりわけそのことが顕著なものは、医療保険などの社会保障負担の大幅増であり、1989年、つまりバブル崩壊の直前が分岐点になっている。

コロナ対策に関して、以下の追加があった。

コロナ禍と貧困問題:科学的根拠のない一斉休校や外出自粛が、一人親や共働き世帯の稼得活動を直撃、検査と隔離をきちんとすれば経済活動の7割以上は維持できるが、PCR検査はOECD21カ国で最低であること。

保健所法から地域保健法への改正(H6~)により、保険所職員総数は、1989年から2016年まで6500人減少した。

地方衛生研究所:都道府県・政令市・中核市で設置、全国77か所。検査は衛生研に集約、PCR検査ができる保健所は1%もない。しかもこの間、人員、予算の削減があり、大阪維新の会のもとで大阪府は2017年地方独法化。コロナ禍で疲弊し、府職労は2020.3.25、府立直営化を求める声明をだしている。

この点で後に、PCRの少ない検査数をめぐり、それが厚労省の官僚による管轄問題の帰結とする金子勝と、人員・予算の削減を挙げる大沢真理とは、見解の相違が見られた。

第3章 本田由紀「不平等・差別・強制にどう立ち向かうか」

◇提言7:教育機会と適正な働き方の確保 (1)少人数学級とオンライン教育 (2)仕事の採用基準の明確化 (3)労働条件の適正化 (4)外交人労働者の権利保障 (コロナ関連:エッセンシャルワーカーの労働条件の向上、ジョブ型による専門性重視と在宅ワークの普及、フリーランスや個人事業主の保護・保障と支援を外国人にも)。現状は不平等や格差、貧困が親から子に引きつがれ、抜け出すことが難しくなっている。

◇提言8:差別やハラスメント、ヘイトスピーチを法律で明確に禁止し、すべての人の尊厳を守る。 現状は、様々な人々の尊厳を踏みにじる差別やハラスメント、ヘイトスピーチがはびこっている。とりわけコロナ禍のもとでは、中国人や中国街など外国人への差別、医療関係者への差別、自粛警察などがはびこり、休校や在宅勤務で家事育児負担が女性に集中、DVや虐待が増加しているとの指摘。

◇提言9:一人一人が自らの考え方、感じ方に応じて、自由に人生を歩めるようにする。(1)家族について、夫婦別姓や同性婚を含む多様なパートナーシップ、個人単位の社会保障、給付金も個人単位で(コロナ給付金に関して) (2)学校教育:教育基本法の再改正、学年や学級の流動化、地域が担う課外活動、学習者の権利や主張、組織運営への参加の保証(コロナ対策では、少人数学級とオンライン学習を活かした柔軟性・自由度の高い学習へ)

本田由紀の今とは逆の社会のための提言には、「水平的多様性」という概念がキーワードとなっている。

第4章 遠藤誠治「アジアに相互信頼のメカニズムをどうつくるか」

◇提言10:専守防衛を基にアメリカに依存しない安全保障のメカニズムをめざす。現状は、軍事力強化を優先してアメリカへの従属を強めている。

◇提言11:東アジアに共通の安全保障に基づく相互信頼のメカニズムを構築する。現状では、中国・韓国・北朝鮮への強硬姿勢で、東アジアの国際関係を緊張させている。

◇提言12:21世紀のモデル社会として人間の安全保障の実現に寄与する。現状の安倍外交は、付け焼刃の「価値観外交」で、世界の好ましい変化を妨げている。

遠藤の提言は1989年の冷戦終結時には大いに可能性があった。1990年代末には、アジア円圏形成の話もあり、東アジア共同体の可能性もあったが、アメリカの批判で腰砕けになった。2004年段階でも最後の可能性があり、北朝鮮核武装前で、中国は胡錦涛体制、しかも日本がまだ第2位の経済大国であった。現在進行中の米中対立の激化や日韓のこれ以上の対立を緩和するためにこうした構想を提起することには意義はあるが、2008年リーマンショック以後は、そうした構想がリアリティを持つためのあらゆる条件が悪化の一途をたどっていることを確認することが前提となる。

第5章 猿田佐世「焦点としての沖縄 ― 沖縄基地問題を自分事として考える」

◇提言13:直ちに埋め立てを停止し、辺野古岸建設を伴わない普天間封鎖を実現する

◇提言14:日米地位協定の抜本的改定を実行する

◇提言15:声を政治に反映するため、自分に合った「少し」から動く

猿田は執筆者の中でも最も若く、また研究者ではなく、日本とアメリカのニューヨーク州での弁護士資格を持つ活動家であり、「新外交イニシアティブ」の代表でもある。玉置デニー沖縄知事と共に、日本各地や海外で、積年の沖縄基地問題を訴え、さらに東アジアの安全保障のありかたを提起する。興味深いのは、アメリカ議会でのロビー活動も含めて実践していることである。

シンポジウムでの「昨今の米国の動き」の部分では、2020年年度予算で国防権限法により米軍再編の再検証が始まり、2020年6月23日には、米議会(下院小委員会決議)で辺野古の軟弱地盤などを懸念し、国防総省に調査を要請したという。

また2020年6月11日、「日本プログレッシブ議員連盟」を結成し、米国とのプログレッシブ議連との連携を模索し、野党共闘により、ドイツの政党財団のようなワシントンに事務所をつくることを提言している。しばらく前に、枝野立憲民主党代表がアメリカを訪問し、民主党議員やシンクタンク組織と意見を交換したと新聞で報じられていたが、この時の仕掛人が猿田であったわけである。

こうした視野で活動するリベラル派の人は希少価値があり、グローバルな体験を経たもっと多くの若い世代が続いてほしいものである。ただワシントンでのドイツの政党系財団とは、ドイツ社民党系のフリードリッヒ・エーベルト財団ワシントン事務所のことであろうが、これを日本の野党はおろか、他の先進国の与党であろうが、政党系として事務所を創ることは難しいであろう。ドイツの政党系財団には、外務省と並んで多様な海外活動を行う特殊な位置づけと、助成金制度がある。ただワシントン事務所の所長の意見は貴重であり(ヨーロッパのリベラル派の視点からのアメリカ政治の分析)、プログレッシブ議連をもっと発展させることは重要である。

第6章 山口二郎「今とは反対の政治をつくる」

◇提言16:政府が情報公開と説明責任を果たして上で決めるという、憲法に基づく当たり前の政治を取り戻す(日本語が通じる国会へ、自由な政治教育と政治参加の拡大、自由で批判精神に満ちたメディア、公務員人事制度の見直し、文書管理の改革、地方自治の再活性化)

◇提言17:民主主義を手段として使いこなし、市民が選挙やその他の手段で政治に声を上げ参加する(自民党の基盤はもろい、改めて政権交代をめざす)

◇提言18:人口減少、社会保障の持続可能性など巨大な政策課題について情報を共有し、的確な政策を進めてゆく(野党が政策協定で一本化できたところは強い)

シンポジウムで、山口は

1.安倍政権の非立憲的性格:(1)情報の隠蔽と虚偽、(2)行政府による独裁
(autocracy)、検察庁法改正案、人事に関する権力のフル稼働(3)補正予算における10兆円予備費(議会の審議なしに自由に税金を使い、それを前例に)

2.いかに民主主義を取り戻すか:(1)市民社会の反発力(検察庁法改正に反対するツイッターデモ、支持率の趨勢的低下2020年5~6月時事通信、支持40.3%、不支持59.1%、3月はほぼ拮抗していた)

3.新しい選択肢をいかにつくり出すか:早ければ今秋にも総選挙があり、野党再結集は必須となる。市民参加により政権構想をつくることが要請されており、消費減税より政府の強化が急務であるとする。

3.結論―出でよ新たな人材  

教育格差、ジェンダー差別、社会格差などは、女性や若者や不安定就業者など現役世代の当時者が自覚し、行動を起こせばオルタナティブになりうる。付け加えるに、再生エネルギーや地域再生に向けた分散型経済、さらにはリアルな防災投資(安倍政権の国土強靭化政策へのオルタナティブ)も提起できれば、全体としての対抗プログラムも不可能ではない。

経済転換政策と政治転換は、困難ではあるが、政治・経済エリートたちが世代交代すれば可能性がある。ただ問題は、官僚や大企業(電力会社、金融業界、ゼネコン、電通など広告・情報産業)幹部の劣化が留まるところを知らず、とりわけ倫理観の欠如は、目を覆うばかりである。個人の価値観や生活をめぐるエステティックが尊重される社会は成熟社会として評価されるべきではあるが、公共精神とのバランスを欠くと衰退社会となる。現在の日本の問題は人の問題でもある。

安保・沖縄問題はアメリカのグローバルな覇権問題と関連しており、とりわけ東アジア共通の安保は、米中覇権競争と北朝鮮の核・ミサイル問題で、かなり長期に渡り難しい。最低限の本格的な武力紛争の勃発を避けること、核軍縮の交渉を継続すること程度(つまりは現状維持と軍備拡大競争を避けること)が現段階でできることであろうか。

問題は、こうした提起がほとんど国民や国会レベルで議論されておらず、メディアや、最近ではSNSでもっともらしく解説できる事情通はいても、国際的な交渉ができるプロフェッシナルがおらず、日本社会全体としての経験値が低下してきている。その帰結として、日本がどこに進むのかわからず将来のリスクも大きくなる。この点でも、「今とは異なる」人材育成が必要である。

(書評的論評のため人名は敬称略)

すみざわ・ひろき

1948年生まれ。京都大学法学部卒業後、フランクフルト大学で博士号取得。日本女子大学教授を経て名誉教授。本誌代表編集委員。専攻は社会民主主義論、地域政党論、生活公共論。主な著作に『グローバル化と政治のイノベーション』(編著、ミネルヴァ書房、2003)、『組合―その力を地域社会の資源へ』(編著、イマジン出版 2013年)など。

『日本のオルタナティブ』(岩波書店/2020.3/1700円+税)

目 次

第1章 経 済

電力会社を解体し、賃金と雇用が増える地域分散型経済をつくる……………金子 勝

 

第2章 税・社会保障

蟻地獄のような税・社会保障を、どう建て替えるか……大沢真理

 

第3章 社 会

「不平等・差別・強制」にどう立ち向かうか……………本田由紀

 

第4章 外交・安全保障

東アジアに相互信頼のメカニズムをどうつくるか………遠藤誠治

 

第5章 沖 縄

焦点としての沖縄……………猿田佐世

 

第6章 政 治

今とは反対の政治をつくる……………山口二郎

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