論壇
介護保険、変貌する制度の「持続性」
第8期介護保険事業(2021年度~)計画への批判
大阪市立大学共生社会研究会 水野 博達
変貌する第8期介護保険
2000年に始まった介護保険は、3年を1期として、毎期ごとに介護報酬の見直しなどが行われる。現在、第7期介護保険事業。2021年4月から第8期事業で、その事業内容の検討が急ピッチで政府・厚生労働省において進められている。
問題は、二つの「支え手」の減少である。その一つは、現役稼働世代の人口減による税収減と家族のケア力の縮小である。もう一つは、介護ニーズを支える介護労働力の欠乏である。そこで被保険者・利用者一人ひとりの負担増と、「大きなリスクは共助、小さなリスクは自助で」【注1】との考えに基づくサービスの抑制・規制を断行し、介護労働力の欠乏に対しては、「処遇改善加算」による介護労働者のつなぎ止めや、AI等の導入により介護の「生産性」を高めたり、外国人介護士を導入したりする対策を強力に推進することである。
この「改革」を推進する手法の特徴は、もともと介護保険制度の中に組み込まれていた介護市場を管理・統制するシステム【注2】を国が新自由主義と個人責任論によって全面的に機能させることであると言える。
第一に、保険者である地方自治体に、サービスの抑制と規制についてより大きな役割と責任を求めること。
第二に、ケアマネージャ(介護支援専門員)をサービスの抑制と規制のための先鋒隊に位置付けること。
第三に、給付の加算・減算による誘導(インセンティブ)を使ったコスト削減の手法を押し出すこと。
第四に、AI等を使った「科学的介護」の名によるケア内容(ケアプランと給付実績等)の中央統制と介護現場へIT技術等の導入を促進し、介護の「生産性」を上げること。
第五に、自律的生活を支える「生活モデル(社会モデル)」のケアから、老化や生活習慣病を予防するリハビリ的自立を重視した「医療モデル」への転換を図ること、
等である。
介護保険は、保険者が市町村であり、地方自治の試金石とも言われたが、それとは真逆な展開となっている。地方自治体と地域住民・高齢者の意見や、介護サービスの担い手である介護労働者、事業者の意見は、顧みられない仕組みの中での「改革」(=改悪)の断行である。
さて、国が少子高齢化の人口構造の中で長年の財政問題の「課題」は、一般会計予算の約3分の一を国債(借金)に頼る構造を建て直し、プライマリーバランスを取ることであった。歳費抑制のため、社会保障関係費の実質的な伸びを高齢化率の増加分におさめる枠組みのなかで、介護保険制度の持続性を確保することを目指してきた。2018年度予算では、社会保障費関係予算の自然増分は6,000億円であったが、これまでの「制度改革」により▲800億円、薬価等の改定で▲500億円、年金スライドで+100億円により、社会保障関係費の実質的な伸びを4,774億円(高齢化による増加分4,800億円程度)に押さえ、消費税引き上げに伴う社会保障の充実分4,808億を使って社会保障関係費の合計総額を34兆円程度に抑えた予算を組んだ。
これまで年々膨らむ社会福祉予算に対して、財政的な枠組みによって社会福祉政策を抑制してきたが、近年はさらにすすんで、官邸・財務省主導の「財政制度等審議会」や「未来投資会議」などによる社会福祉の政策内容へ介入と統制が一段と強まっている。厚生労働省の官僚も各種審議会の審議委員も、官邸・財務省主導で提言される「経済財政運営と改革の基本方針」が描かく「新経済・財政再生計画」をなぞるような受動的な仕事ぶりになっている。2019年4月4日の財政制度等審議会総会では、会長に榊原定征前経団連会長を再選し、新たに社会保障費の抑制を集中的に論じる「歳出改革部会」を元総務相・増田寛也を部会長に設け、新たな時代を見据えて発信力を強化するとしている。すでに2018年度中の当審議会では、介護保険制度の方向性について、かなり踏み込んだ提言を行っており、今回「歳出改革部会」まで設けて社会福祉関係の政策内容への介入と統制を一段と強めようとしている。介護保険制度は、いよいよ大きな転換期を迎えた。
深刻な人手不足の介護現場
私の知るある大阪の特養で、昨年、ベッドの稼働率を70%前後に落とすことを経営が判断し、その決定を内外に公表した。
介護現場は、募集しても応募がない労働力の欠乏の中で苦悩している。行事を削り、洗濯や掃除をアウトソーシングし、入浴介助をパート勤務に移すなどの『業務』見直しによって耐えてきた。有給休暇を取らず、不足する介護態勢を休日出勤や超過勤務時間と夜勤回数を増やすことによって、何とか100床の定員を守ってきた。(稼働率94~97%)しかし、もはや職場の疲弊は極限と判断し、緊急処置に踏み切った。一旦、ベッドの稼働率を落として、超過勤務の削減、休暇の取得率の増加、研修態勢の充実等の労働環境の整備と管理体制の組み直し等による改革を3年間赤字覚悟で実施するという。付け加えれば、この法人の賃金水準は、大阪市内でも遜色のないトップクラスの施設である。だが、人は来なかったのである。
問題は、この施設が特殊ではないことだ。何人かの知り合いの特養の施設長に声をかけると、入所者数を定員以下に抑制する施設は広がっていた。ただ、この施設のように入所規制を公表することは避けている。外聞が悪く、施設の評判に傷が付くことを恐れているからだという。数字には表れない入所施設の介護サービス崩落現象が始まっているのだ。
介護の人手不足は、在宅サービスの要である訪問介護サービスでも深刻だ。2014年から数年間、小規模の在宅サービス事業所の調査を行った際に、毎年、介護職員の平均年齢が一歳ずつ上がっていることがわかった。新規の採用がほとんどなく、中高年のヘルパーが、そのまま勤務を続けてきた結果である。70代のベテラン・ヘルパーも重要な戦力となっていた。人手不足は、年々亢進する。ヘルパー派遣の要請があっても、「派遣する職員がいないのでお断りする」ことが徐々に広がってきている。
国の在宅サービスの「総量規制」などの動きもあって、幾つかの介護サービス全国チェーン事業所は在宅介護保険事業から撤退しているが、小規模の在宅サービス事業所でも、介護報酬の削減と人手不足によって、廃業と倒産がじわじわと広がっている。安部政権は、「新しい経済政策パッケージ」で2020年代初めには、新たに50万人の介護の受け皿を整備するとしているが、介護現場の崩壊現象をどう受け止めているのか、率直に疑問である。
押さえきれない負担増
まず、介護保険料について見る。介護保険財源は、国が25%(内5%は、地方への「調整交付金」分)、都道府県が12.5%、市町村も12.5%、被保険者が50%の負担で、被保険者は、65歳以上の1号被保険者と40~64歳の2号被保険者で別体系の保険料が徴収される。第1号被保険者が23%、第2号が27%を負担している。
第7期保険事業では、健康保険から徴収される2号被保険者の介護保険料は、「総額報酬割」になり値上げとなった。大企業の健康保険組合に加入している一人当たり介護保険料の平均は、年間10万912円である。2号被保険者の負担は今後も増え、第8期の22年度には13万4,823円になると見込まれている。こうなれば、2号被保険者の現役世代と高齢世代の世代間対立が引き起こされる条件がさらに大きくなる。
1号被保険者の保険料は、保険者(市町村)が当該地方の介護保険事業計画に基づいて、所得に応じ第1段階から第9段階に区分した形で決める。(所得別の段階区分についても各自治体が当該地方の所得水準や介護ニーズの動向等を勘案して変更できる。ちなみに、大阪市は11段階)
国標準では、これまで世帯の内に市町村税課税者がおり、本人の年金収入等が80万円超の第5段階の保険料を基準額とし、この基準額に所得水準に応じて設定した負担割合(0.5~2.0)の値を掛けて保険料を決めてきた。今回国は、2019年10月より消費税増税分を使って、1号被保険者の低所得者(65歳以上の高齢者の約3割)の介護保険料に対して軽減措置をとることにしている。第1段階(市町村税非課税、年金80万以下)の所得割合を0.3へ、第2段階(非課税、年金80万~120万)を0.5、第3段階(市町村税非課税、年金120万超)を0.7へ軽減する予算処置をとるとしている。
しかし、この軽減処置も低所得者の保険料の低減に十分な効果をもたらすとは言えない。
大阪市の例で見よう。まず第6期から7期(2018年度)の保険料金の基準額では、月額6,758円から7,927円へ値上げとなっている。(年額で14,028円の増)その内訳は、月額で、要介護認定者数の増で+755円、第1号被保険者の負担割合の変更による増で+37円、国の介護報酬改定による増で+140円で、削減要素は、介護給付費準備基金取り崩し▲42円、利用者負担割合の変更による減▲6円、保険者機能強化給付金の確保で減▲52円とわずかで削減要素は不安定なものである
基準額の値上がりの中で軽減処置は、どの程度の効果もたらすのか。大阪市が2020年から予定する低所得者(第1段階から第5段階)の保険料について見てみよう。
第1段階(生活保護)の所得段階の割合は0.35で年額▲2,094円、第2段階(同じ世帯の全員が住民税非課税、年収80万以下)の所得割合は0.35で▲6,342円、第3段階(同じ世帯の全員が住民税非課税、年収120万以下)の所得割合は0.5で+1,554円、第4段階(同じ世帯に住民税課税者あり年収80万以下)の所得割合は0.7で+13,511円、第5段階(同じ世帯に住民税課税者あり年収80万以上)の所得割合は0.85で+20,700円である。
ちなみに、基準保険料の第6段階(本人の合計所得金が125万以下)では、所得割合1.0で、年額は、+24,360の95,124円となり、本人の所得額が125万~200万円の第8段階では、年額118,905円で月額9,909円と1万円に届く額となる。
次に、介護サービスの利用料はどうなるのか?幾つか見ることにする。
財政制度等審議会は、保険サービスの利用料金の自己負担は第8期から、すべて2割負担とし、高所得者は3割で、将来的には医療保険と同じの原則3割負担とすべきと主張している。
今日の介護報酬には、サービス内容等によって様々な報酬加算が組み込まれている。介護事業所は、少しでも収入を上げるため加算を取る努力をする。すると介護報酬の加算は、サービス利用料に跳ね返り、利用料の自己負担額が上がることになる。利用者の知らない内に利用料が上がるシステムが組み込まれている。そのためもあって、加算を極力取らない事業所もあるのだ。
介護サービスの計画立案とサービス調整をする介護支援専門員のケアマネジャメントの有料化計画がある。財政制度等審議会等では、「無料だから、利用者からケアマネージャの仕事ぶりがキチント点検・評価されない」などがその理由であるという。こうなると次には、介護保険利用のために不可欠な要介護認定審査を申請する際に、申請料の支払いが求められかねない。「保険サービスを利用したい人と、しない人の間の受益者負担の公平性の担保」なる論理が生まれかねないのである。
「軽度者(要介護2以下)」切りへあの手この手の策謀
社会福祉予算の増加を押さえる国の目標は、並大抵のことでは実現できない。そこで今や、「大きなリスクは共助、小さなリスクは自助で」を唱え、「保険給付範囲」を制度持続の範囲に留めることを公言している。
すでに第7期介護保険事業で、各自治体の責任による介護予防・日常生活支援を目的とした「総合事業」が始まった。この「総合事業」は、全国一律の介護保険サービスからコストのかからない体操教室やボランティアによる趣味等の「集いの場」、介護職の資格などを問わない低コストの緩和型訪問型サービス、通所型サービスに、要支援1、2の高齢者を移すことが推奨されている。この「総合事業」への予算措置は、各地の後期高齢者(75歳以上)の増加率以下とする歯止めがかけられている。
介護保険の在宅サービスでは、訪問回数・サービス時間のチェックを強め、全国的な利用回数・時間の平均値を示し、その数値との比較によってサービス提供の適正化=抑制を求めている。第8期では、要支援1、2の高齢者の「総合事業」への移行を更に強め、要介護1,2の高齢者も「総合事業」等へ移すことを検討している。
要介護度の低い高齢者は生活支援サービスの要素が大きい。「生活支援」は、有資格者でなくても出来る。それは「地域の助け合い」か、自助による家族・親族の力、あるいは有料の民間家事サービスに任せればよい、との考え方が背後にある。自治体責任で実施する低コストの訪問型サービスと通所型サービスを担う人材養成は成功しておらず、指定介護事業所も緩和型(=低い報酬)のサービスには背を向けている。その結果、要介護度の低い高齢者へのサービスが狭まることになる。介護の現場を無視した安易なコスト削減方針の破綻でもある。
しかし、国は「軽度者」のサービスの更なる刈り込みの荒技を用意している。「生活支援」利用料の別枠限度額の設定とケアマネージャに「自立プラン」の作成を指導(強制)することである。そして、自治体はインセンティブを付けた「保険者機能の強化」によって介護保険サービスから「軽度者」を「卒業」せることが求められる。
地方自治体の「保険者機能の強化」には「交付金」のインセティブが付く。都道府県と市町村へ「高齢者の自立支援・重度化防止等に関する取組みを支援するための新たな交付金」で、2018年度は200億円(都道府県へ10億円、市町村へ190億円)の予算が組まれている。国が定めた評価指標によって地方自治体の評価が点数化される。交付される金額の算定は、以下の計算式による。
国が決めた予算額(200億円)を競争させて奪い合うインセンティブ(誘導)による地方の支配・管理である。国立大学の運営費削減と再編のために取られた目標による管理(PDCAサイクル)と同じく、年々評価指標と配点を変更し、目標を引き上げて競争させ、予算配分に差をつけて国が求める方向に大学を再編したあの方法である。
ちなみに、2018年度の市町村への「評価指標」は、①PDCAサイクルの活用による保険者機能の強化/②ケアマネジメントの質の向上/③多職種連携による地域ケア会議の活性化/④介護予防の推進/⑤介護給付適正化事業の推進/⑥要介護状態の維持・改善の進み度合い、といった6点であった。
地方自治体の保険者機能強化によって、国が実現しようとしていることは明らかだ。それは、
第一に、制度持続のための「保険給付範囲」として、要介護3~5の高齢者へサービスの重点を移すこと、
第二に、多数を占める介護度の低い者に対しては、「予防による健康寿命の延伸」の考え方による自立と重度化防止に努めることを求めること、
第三に、そのために「地域ケア会議」を使ってケアプランを点検し、自立支援・重度化防止の「自立支援計画」を促進するようにケアマネージャを指導(誘導)すること、
第四に、要介護認定や介護給付水準の地方的なバラ付きを「是正」して、低位な水準に押さえていくこと、
第五に、自立支援・重度化防止の結果として、要介護状態の維持・改善の進み度合いについて、各保険者間で競争させること、
等である、
各地方の財政状態などから生まれる介護の地域差縮小のための「調整交付金」(国の介護保険費用の0.5%、約5000億円)の機能を「保険者機能の強化」のインセティブに動員することが検討されており、国の中期的狙いが、第一の点にあることは明らかだ。すなわち、第二から第五の項目は、「保険給付範囲」から「軽度者」を順次切り捨てていく手順の構築である。
ここで、生活習慣病の予防や老化予防による健康寿命の延伸が、一人ひとりの自己責任として語られていることにも注意を向けなければならない。この主張は、厳しい労働環境で働いてきた者、貧困の中で生活して来た者、病気や怪我、あるいは障害をもって生きて来た者など多様な人々の心身の状態を一律の平均的基準で断罪し、社会保障制度から排除することになる。「老いる」ということの意味と人々の多様な生死の実相を見ない主張が社会福祉政策の中に紛れ込んで来たことに要注意である。
見えない介護労働力問題解決への道筋
2016年に約190万人であった介護労働者は、国の予測にでは、2021年4月で、約216万人(26万人増員必要)、2025年で、約245万人(約55万増員必要)が必要となる。だが、短大を含め介護福祉士養成機関の定員割れや廃止が続いており、介護福祉士養成専門校で外国人留学生に特化する所も出てきている。
さて、国の介護人材確保の第一の目玉の策は、2019年10月から消費増税分を使った「特定処遇改善加算」である。これまでの処遇改善加算に2000億円(内公費1000億円程度)を投入して、勤続10年以上の介護福祉士について「月額8万円相当」の改善、あるいは「全産業の平均水準の年収440万円」を設定・確定することにより、介護職員の職場定着と経験・技能の蓄積によるサービスの向上を図るとしている。ただし、新加算の対象から居宅介護支援、福祉用具貸与、訪問看護、訪問リハビリテーションは外されている。
今回の「特定処遇改善加算」は、支給される加算額を当該職員に全額支払うことも、支給分を他の介護職員へ配分することも、さらには、介護職員以外の職種の職員へ配分することも経営の裁量に任される。10年以上の介護職員、その他の介護職員、他職種の職員への配分の比率の上限は、2:1:0.5としている。
この「新しい経済政策パッケージ」による処遇改善も、「介護人材確保」の切り札になり得るとは言い難い。幾つかの問題がある。加算を得るために職員のキャリア・パスなどの人事管理、職場環境の整備やその処遇改善の状況についてネット等を通じて公表するなどの条件がある。この条件を満たすことが困難な小規模の事業所・法人が存在する。そのため、規模の大小による差別・分断が拡大する。
また、加算の対象者選定や配分の仕方が経営側の裁量に任されているので、職員間の分断と経営者の職場支配力を高めることにつながる。「特定処遇改善加算」によて、全般的に低い賃金・労働条件のもとにある介護関係労働者全体の社会的位置の向上への取り組みが放置され、国の1000億円は、介護労働者全体の処遇の改善の必要性を覆い隠す煙幕の役割を持つのである。
介護人材の解決の第二の対策は、外国人介護士の受け入れである。
これまでのEPA(経済連携協定)の枠組みによる受け入れに加えて、技能実習生制度による受け入れ、そして「留学生」から在留資格「介護」への変更による受け入れ、及び「特定技能1号」に「介護」を加えた枠組みを整備することである。この4つの枠組みを使って、5年間で6万人を受け入れると国は言っている。(これ以外に「特区制度」による「家事援助支援人材」の枠組みがすでに始まっている。)
しかし、ここでも問題は、言語・習慣の違いによるコミュニケーション能力の問題が、受入れ側では注目されているが、受入れ側の狙いと来日する側の意図・希望にずれがあることだ。端的にいえば、日本側は、不足する「労働力」を安価に補うことが目的で、来日する外国人の人権や生活に対する配慮に乏しい。介護労働力の移入を図る韓国や台湾、シンガポール、さらには、カナダやドイツなどの移民政策と比べて、日本が外国人から移住先として選らばれる条件に劣ることに理解がないことである。「5年間で6万人受け入れ」の政府目標は、見果てぬ夢となりそうだ。
第三に考え出されているのは、AIを使った介護ロボットの導入などを含めた「介護サービス事業における生産性向上」の対策である。人手が足りない分は、IT技術等を使って生産性を上げよ、という訳だ。ここでのキーワードは「科学的介護」である。
トヨタや日産等が行った「改善」の手法で、PDCAサイクルを使えという。「生産性向上に資するガイドライン」では、職場でムリ、ムダ、ムラを議論で明らかにして改善の方針をボトムアップで練り上げろという。こんな議論ができる余裕のある介護施設は、どこにあるのか。休暇を飛ばし、長時間労働でやっと現場を回している実態を知らない絵空事の提言だ。
また、「未来投資会議」や自民党の厚労省部会などでは、特養などの介護施設で利用者と介護職員の「3対1」基準を超えて人を配置しているのはおかしい。センサー、ロボット、タブレット等をフル活用し、基準を緩和すべきだと論議している。しかし、「3対1」は、国が定めた最低の人員基準で、この基準には公休・有給取得の必要人数は、含まれていない。だから、どの施設も利用者の安全・安心確保のためには、基準以上の「2.2対1」位の配置を目指してきた。運営基準の緩和議論は介護現場の現実を見ない暴論で、ますます介護現場が荒廃するだけである。
介護の現場において科学技術は、あくまで職場環境改善の補助的な要素である。「老いる」ことの意味と一人ひとりの異なった生死のあり方に伴走する介護職員の仕事へのやりがいと誇りをないがしろにする「科学的介護」では、介護職場の離職と人員欠乏を防ぐことはできない。その着想は、破綻が約束されている。
行き当たり、場当たり的な介護人材の確保策ではなく、正面から、介護労働者の賃金・労働条件を上げることが問題を解決する王道である。そのためには、介護労働者や地域に密着した小規模事業者の立ち上がることが求められている。
残念ながら、紙枚が尽きた。このテーマについては、別の機会に述べることにする。
なお、国の中央に集中される医療・介護に関するビッグデータをAIで演算し、基準となるモデル的なケアプランと給付管理を生みだす事業が始まっている。この究極的な中央管理システムが何をもたらすか、十分な監視が求められることを最後に付けくわえておきたい。
【注1】「大きなリスクは共助」:国の公的制度である介護保険を公助ではなく「共助」だとするのは、これまで私が批判してきたように、国にとって介護保険が「介護責任の免責装置」であったことを自ら白状していることになる。
【注2】介護保険制度に組み込まれた介護市場を管理・統制するシステムについては、拙著『介護保険と階層化・格差化する高齢者』(明石出版、2015年)の第1部「市場化と人間の尊厳」第1章と第2章を参照されたい。
みずの・ひろみち
名古屋市出身。関西学院大学文学部退学、労組書記、団体職員、フリーランスのルポライター、部落解放同盟矢田支部書記などを経験しその後、社会福祉法人の 設立にかかわり、特別養護老人ホームの施設長など福祉事業に従事。また、大阪市立大学大学院創造都市研究科を1期生として修了。今年3月、同研究科の特任准教授を退任。大阪の小規模福祉施設や中国南京市の高齢者福祉事業との連携・交流事業を推進。また、2012年に「橋下現象」研究会を仲間と立ち上げた。著書に『介護保険と階層化・格差化する高齢者─人は生きてきたようにしか死ねないのか』(明石書店)。
論壇
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