この一冊
『アンダークラス─新たな下層階級の出現』(橋本健二著 ちくま新書、2018.12、886円)
アンダークラスが支持できる政治勢力を
労働問題研究者 姫井 正巳
書名からはいささか煽情的なニュアンスを感じる向きもあるかもしれないが、それは「アンダークラス」問題を政治的・社会的重要課題とする意図をあらわすためであろう。中味は社会調査と統計に基づくものであり、極めて客観的なものだ。「出現」とのサブタイトルが付されているが、実際には、1980年代末のバブル期に増え始めたアンダークラスが、対策もなく放置されたことで拡大し、現在では「手遅れ」に近い深刻な問題になっている日本の現状が論じられている。
階級社会・日本
著者は、本書に先立って2018年1月に『新・日本の階級社会』(講談社現代新書)を刊行している。そこでは「現代の日本社会は、もはや、『格差社会』などという生ぬるい言葉で形容すべきものではない。それは明らかに、『階級社会』なのである」と言う。「拡大した格差は日本の社会に深く根を下ろしてしまって」おり、意識の面でも「一億総中流」は吹っ飛び、「人々は豊かさの程度によって明らかに分断されていて、自分の豊かさと貧しさを、リアルに感じ」ているし、「自民党は、拡大した格差の一方の極に軸足を移し、富裕層の政党としての性格を強めている」と述べていた。
その前著で、著者は現在の日本の階級を、資本家階級、新中間階級、正規労働者、アンダークラスと旧中間階級の5つに分けている。労働者階級が分かれて正規労働者とアンダークラスができてきたのであり、アンダークラスはパート主婦を除く非正規労働者と定義されている。本書ではそのアンダークラスに焦点を当て、現代日本社会を描いているわけだ。
著者は、2018年5月1日発行の本誌『季刊現代の理論』15号に「『新しい階級社会』とアンダークラス」を公開しており、その論文はいわば本書のダイジェストとも言える。本書と併せてご覧になるとよい。そこで著者は、ガルブレイスが「今日の先進社会では<機能上不可欠なアンダークラス>が形成され、誰からも嫌がられる辛い仕事を低賃金で引き受け、都市の快適な生活を支えている」と述べている、と紹介する。要するに、現代資本主義社会が必然的にアンダークラスを生み出しているということである。
分断―特定地域に集まる貧困
ここでは詳細に本書を紹介することはせず、印象に残った2点について述べたい。
ひとつは、格差の結果生み出された分断が形にあらわれているということである。「公営またはURの団地の立地している地域、あるいは狭小な木造住宅が密集した地域」といった狭い地域に貧困層が集住していることが、国勢調査メッシュ統計を用いて詳しく具体的に明らかにされている。そのことが、それ以外の地域に住む人にとって貧困が見えにくくなるひとつの原因だと言う。
実際私の経験でも、タワーマンションの建ち並ぶすぐ隣の古くからの巨大公団住宅団地は、日曜日でも子どもの気配もなく、どこも閑散として活気はなく、多くの郵便受けには広告チラシが突っ込まれたままの状態であった。また、消費者金融の業者の「不良顧客リスト」(要するに、借金返済不能になっている人たちのリスト)に接したことがあり、そこには特定の団地などに集中して不良債務者の住居がプロットされており、貧困の集中を目の当たりにしたことがある。
因みに、著者は別著 『階級都市』(ちくま新書、2011.12)で、「格差は風景にまで現出してきた」「地域間の格差は拡大し、富める者は富める地へ、貧しい者は貧しい地へと、振り分けられる。そして『山の手』『下町』といった歴史的な境界線は、都市をより深く分断する」と述べ、格差を表現する東京の「下町」の現在を具体的に描写している。
日本の未来のために―政治的可能性
二つ目は、こうした社会の分断を回避するための政治的な可能性の問題である。
著者は、生活満足度と政党支持の関係から、一般的に、自民党は人々の満足を組織化することに成功しており、満ち足りた人々の支持を得ているのに対して、それ以外の政党(公明党も含むが、大きな違いはないそうだ)は、人々の不満を組織化できていない、と言う。
ところが、アンダークラスでは、満足度が高まると自民党支持率も自民以外の支持率も、共に上昇する。公明党への支持も上昇するから、アンダークラスの満足が自民・公明に組織化されているのだが、アンダークラスでは生活に満足している人がそもそも少ないので、実は満足している人がアンダークラス全体に与える影響は小さい。
アンダークラスでは、「問題は、生活に不満をもつ人々の自民以外の政党への支持率が極端に低いことだ」とされる。その理由は支持政党のない人々の比率をみれば理解できる、という。「アンダークラスでは、生活に不満をもつ人では支持政党のない人の比率が81.6%と圧倒的に高く、生活に満足する人を30%近くも上回っている」のだ。アンダークラスは不幸になるとどの政党も支持しないという現実がある。
このあたりはぜひ本書を読んでほしいのだが、アンダークラスの不満を回収する政治的な回路はどこにあるのだろう。著者は明言する。「答えは簡単である。格差の縮小と貧困の解消だけを旗印とし、アンダークラスを中心とする『下』の人々を支持基盤にすることを明確に宣言する、新しい政治勢力があればいい」と。
そうした政治勢力は、自民党とは相容れないから野党ということになるが、私たちのイメージする野党とはかなり異なるようだ。つまり、その立場は「所得再分配と、これに関連する最低賃金の引き上げなど最低限の労働政策においてだけ」他の野党と共闘することになる。自分を不幸だと感じているアンダークラスの大部分は、どの政党を支持することもなく、そもそも政党に関心をもっていない。言いかえれば、具体的な平和主義や環境問題など「政治問題」を語れば、アンダークラスはそっぽを向くということになるだろうからだ。
この『現代の理論』を含めて、これまで格差是正を主張する勢力は、政治的リベラリズムを掲げ、かつ9条改憲阻止(平和主義)、反原発(環境重視)などを当然の政策として訴えてきた。しかし、それではアンダークラスを組織できない。アンダークラスを組織しなければ、この社会の格差・分断を克服できない。
本書は、私たちにも難しい課題を突きつけている。
ひめい・まさみ
出版社で労働組合運動。その後ユニオン系労働組合の委員長を経て労働運動の研究に従事。
この一冊
- 『アンダークラス─新たな下層階級の出現』労働問題研究者/姫井 正巳
- 『道徳教育と愛国心』『くわしすぎる教育勅語』出版ジャーナリスト/日高 有志