特集●日本を問う沖縄の民意
「一帯一路」は「債務の罠」ではない
経済効果は期待されるが米中間で揺れる日本政府の対応
福井県立大学教授 唱 新
中国の「一帯一路」構想はインフラ開発や産業育成援助の面で、途上国のニーズに合致し、経済成長に寄与することが多くの途上国から支持・期待されているものの、日米欧などの先進国では賛否両論で、疑問視する声も少なくはない。こうした中でとくにアメリカ発の「債務の罠」論は「一帯一路」構想を批判する論拠とされている。しかし、その実際の実施状況からみて、「債務の罠」論は事実とは異なるパラドックスだといわざるを得ない。ちなみに本稿は「一帯一路」政策の進捗状況からその経済効果を考察したい。
1.「一帯一路」とはなにか
「一帯一路」構想のそもそものきっかけは習近平国家主席の2013年9月7日にカザフスタンのナザルバエフ大学での講演と同年10月3日にインドネシア国会での講演であった。前者は中国発カザフスタン経由の「チャイナランドブリッジ」の進展を踏まえて、「シルクロード経済ベルト地帯」(「一帯」)を提唱し、後者はマラッカ海峡リスクを回避するためにインドシナ諸島からインド洋に至る海上輸送ルートの開設、いわゆる「21世紀海上シルクロード」の構想(「一路」)を示したのであった。
それ以来、東南アジア、南アジア、アフリカなどの開発途上国から積極的な対応により、2015年から中国と多くの発展途上国との経済協力の国家戦略として実施し始めたが、アメリカは地政学の視点からその世界的な覇権及び既存国際秩序の存続を脅かすリスクとしてとらえ、「一帯一路」政策に対する疑問と批判を繰り返してきたのであった。その批判は欧州及び日本の「一帯一路」に対する認識にも大きな影響を及ぼした。その中で、誤解もあり、事実無視の憶測もあり、悪意的な批判も少なくはないが、ここで、「一帯一路」とは一体何であるかという原点に戻って、まず、その枠組みの実態を明らかにしなければならない。
中国国務院の正式文献によれば、「一帯一路」構想は中国の国家戦略として、その枠組みは下記のとおりである。
(1)理念(精神):「人類命運共同体」の構築
(2)方針:「三共」。「共商」(共に協商)、「共建」(協力で実施)、「共享」(成果の共有)
(3)事業内容:「五通」。「政策溝通」(共通政策)、「施設聯通」(施設連結)、「貿易暢通」(貿易円滑化)、「資金融通」(資金協力)、「民心相通」(国民の相互信頼)
(4)最終目標:「利益共同体」、「運命共同体」、「責任共同体」
すなわち、「一帯一路」構想は具体的な実施計画でなく、以上のような抽象的、原則論的方針に止まっているが、最近の中国における政府及び研究者の文献によれば、その「一帯一路」の本質を理解するために以下の点は注目すべきである。
(1)中国は提唱者であり、主導者ではないこと。すなわち、この構想は中国が主導する国際組織或いは国際機構の設立や新しい国際秩序の構築を目指すわけでなく、既存の国際秩序と国際ルールを守るうえで、中国は提唱して、各国が自由に参加できる経済協力のプラットフォームの構築であり、その中でカギとなっているのは①強制的ではなく、参加も退出も自由であること、②中国主導ではなく、「共商」、「共建」、「共享」という「三共」の方針で、後発国のインフラ整備と経済開発に協力すること、③その経済協力による利益は参加国が共有する、いわゆる、ウィンウィンゲームなどである。
(2)官民連携の協力である。中国の「一帯一路」政策には開発途上国への経済援助が含まれてはいるが、それ以外ではBOTやPPP(官民連携)という方式で途上国の資源・エネルギー開発やインフラ整備に協力することである。実際、「一帯一路」の多くの建設プロジェクトには政府主導の贈与、無償資金援助もあり、政府の無償資金援助と民間金融機関の融資の組み合わせもあり、民間企業を主体とする投資案件も少なくはない。そのため、参加企業の利益は無視することができない。しかし、これらの企業の国際経営行動は国家の政策と混同して、「新植民地主義」論の台頭は全くの誤解であろう。
(3)多国間連携の推進である。「一帯一路」構想は中国主導の排他的経済連携を目指すわけでなく、第三国との連携を重視することである。これまでに東南アジアや中東で実施したプロジェクトには国際金融機関、欧米企業との共同案件が多くみられている。
(4)地政学的、地経学的リスクを抱えている。経済開発の視点からみれば、「一帯一路」政策は巨大な可能性を持っているが、政治的にはリスクを抱えているのもまぎれのない現実である。特に「海上シルクロード」は政治も不安定、経済基盤も脆弱な南アジアとアフリカを対象としているため、国内政権変動による政策の変化、テロの攻撃、原住民の反対などの政治リスクと債務のデフォルトなどの経済リスクをどのように乗り越えるかは避けては通れない課題ともなっている。
要するに「一帯一路」政策には多様な方式で多くのプロジェクトを推進しているが、その中心となっているのはかつてアジアの多くの国々では実施されたインフラ整備と工業団地の開発により、現地の産業育成を支援するモデルである。しかし、中国はこの面で歴史も短く、経験不足もあり、目下、試行錯誤をしながら模索する段階にあるといわざるを得ないが、そのめざしている方向は間違っていない。中国もいろいろと反省しながら、軌道修正して、その政策を推進している。
2.「債務の罠」論のパラドックス
最近、「一帯一路」構想を批判する声が強まっているが、その中でとくに論拠として多く引用されているのは「債務の罠」論である。確かに中国の「一帯一路」政策で投資する相手国には国際債務の増加をもたらし、その返済に苦しむ国がある。しかし、経済学の原理からも、アジア各国経済発展の経験からも、さらに「一帯一路」政策の実際の進展状況からもみて、この「債務の罠」という仮説は成り立たないといわざるを得ない。以下、経済学の「国際収支発展段階論」とインフラ投資の経済効果という二つの視点から説明してみたい。
まずは経済学の原理からみれば、ご周知のとおり、一国の国際債務に関してはかつて、国際収支構造の変化を説明するキンドルバーガーの「国際収支発展段階説」があり、日本の多くの経済学者も戦後アジア経済の発展に基づいて、その実証研究が行われてきた。
この「国際収支発展段階説」では一国の経済発展に伴う貯蓄と投資のバランスを、人のライフ・サイクルのように、一定の条件のもとで規則的なパターンで変化するものとしてとらえ、対外的な資金の流れとして、①未成熟債務国(未成年)、②成熟債務国(青年期)、③債務返済国(壮年期)、④未成熟債権国(中年期)、⑤成熟債権国(中年後期)、⑥債務取崩国など、六つの発展段階を想定している。
低開発段階にある未成熟債務国では生産力が低くて、総需要は総供給を上回っているため、恒常的な経常収支赤字により、国際債務は累積される。しかし、国内のインフラ整備や企業の設備投資の進展に伴って、国内需要以上に国内生産力は増強され、貿易収支は黒字の持続的増加及びそれによる経常収支構造の改善に伴って、その国は順次、成熟債務国、債務返済国、未成熟債権国、成熟債権国へと変化する。日本をはじめ、アジアNIES、ASEAN、中国などの国と地域の経済発展はまさにこのプロセスで進展されてきたといえよう。
それで中国の「一帯一路」政策に目を転じると、基本的には港湾、道路、鉄道などのインフラ整備や工業団地及び観光施設の開発を総合的に行っているので、長期的にはその国の工業化を促進し、工業製品の輸出拡大や国際観光収入の増加により、物品貿易収支とサービス貿易収支の黒字により、経常収支の改善につながる。現在の中国の「一帯一路」政策の投資により、投資相手国での経済活性化効果は大きく、将来、これらの国の経常収支改善につながるであろう。ここでカギとなっているのはインフラ整備の経済効果をどう拡大すべきかである。
インフラ整備の経済効果には通常、フロー効果とストック効果がある。フロー効果は、公共投資の事業自体によって生産、雇用及び消費といった経済活動が派生的に創り出され、短期的に経済全体を拡大させる効果とされている。
一方で、ストック効果は、整備された社会資本が機能することで、整備直後から継続的かつ中長期にわたって得られる効果を指しているが、これまでのアジア各国の経験からみると、そのストック効果には主に生活環境の改善と工業製品の輸出拡大に寄与することである。
最近、「一帯一路」政策の重点投資国であるASEANのラオス、カンボジア、アフリカのエチオピア、中央アジアのカザフスタンなど、多くの国々では中国のインフラ整備や直接投資により、現地での雇用増や輸出の拡大が進み、その経済効果は徐々に表れてきた。
しかし、南アジア及びアフリカの国々は未成熟債務国の段階にあり、国内の生産力は極めて低いため、インフラ整備と企業設備投資に必要な機械設備、資材などは中国からの輸入への依存を余儀なくされるため、短期的には貿易収支の赤字を拡大するのは間違いない。しかし、長期的には国内生産の拡大及びそれによる工業製品の輸出増加により、債務問題は解決できるであろう。この目標を実現するためにその国の政治的安定と効果のある産業政策も必要である。
3.ハンバントタ港の真相と中国の教訓
スリランカ南部のハンバントタ港運営権を中国企業に譲渡することは米国のマスメディアを騒がせている。ニューヨークタイムズに2018年6月に「債務の罠」として報道されてから、中国の「一帯一路」政策を問題視する論調が一気に高まってきており、その批判の的は主に①中国側はスリランカへの融資を利用して、ハンバントタ港の譲渡を迫ったこと、②「一帯一路」は債務漬けにして、事実上の植民地に変える膨張主義戦略であること、③中国は将来ハンバントタ港を軍事的に利用する恐れがあることなどである。その中で、事実とはずれて、誇大的、憶測的内容もあるし、誤解を招いた報道も多いと言わざるを得ない。
ハンバントタ港は中国の「一帯一路」構想を提起する前の2010年11月にすでに開業した。その経緯は以下のとおりである。2005年にラヒンダ・ラージャパクサ前大統領が就任してから、長年の貿易赤字の累積と国内戦争、2004年のインド洋津波の被害などによる疲弊したスリランカ経済を立て直すために、一連のインフラ整備計画を打ち出した。その中の一つは彼の故郷にあるハンバントタ港の建設である。しかし、このハンバントタ港は経済中心地のコロンボから250キロ離れているし、港へアプローチする道路も整備していないため、短期間では利益がないと事前のFS調査でわかった。
それにもかかわらず、ラージャパクサ前大統領はまず、インドやいくつかの国際銀行に港湾建設に必要な資金提供を求めたが、そのいずれも港湾の運営には採算性が低いという理由で断られた。結局、ラージャパクサは中国側に資金の提供を要請し、中国と交渉した結果、中国輸出入銀行は第1期建設プロジェクトに3億ドルの商業融資(金利6.3%)、第2期建設プロジェクトに9億ドルの開発援助融資(金利2%)を提供し、港湾建設の工事は「中国港湾工程有限公司」と「中国水利水電建設集団」が担当するという形で、2008年1月に着工、2010年11月に完成・開業した。当時の港湾運営権はスリランカ港務局傘下の「ハンバントタ国際港湾集団」(HIPG)と「ハンバントタ国際港湾サービス公司」(HIPS)に帰属した。
しかし、ハンバントタ港は開業してから、稼働率が低くて、経営不振に陥り、2016年末までに累積経営赤字が3.04億ドルに上った。それと同時に、スリランカは外国政府や国際金融機関(IMF、世界銀行、アジア開発銀行)からの借款や国際金融市場での主権債発行の急増により、対外債務が急速に膨らんできた。
スリランカ政府はIMFの救済条件を満たすために、2017年にPPP方式で、中国招商局港湾持株会社(以下、「招商局港湾」と略す)に99年の特許経営権を譲渡した。当時の出資比率は、「招商局港湾」は11.2億ドルの出資で、(HIPG)の85%の株を、(HIPG)は(HIPS)の58%の株を取得し、スリランカ港務局は(HIPG)の15%、(HIPS)の42%の株を持つ。IMFもハンバントタ港の経営権譲渡に対し、現金化により、スリランカの債務返済に寄与すると評価している。
譲渡契約には当港は軍事目的に使用しない条項以外に、HIPGは段階的に招商局港湾の持株を買い戻し、招商局港湾は80年後、一株1ドルで、40%の持ち株を、99年後、1ドルですべての持株をスリランカ政府とスリランカ港務局に譲渡するという項目が盛り込まれている。
招商局港湾は香港に本社を持ち、主に世界で港湾の投資、開発、運営に従事するHD(ホールディングス)である。1992年に香港取引所に上場し、現在、香港港をはじめ、中国国内の深、寧波、上海、青島、天津、大連などのハブ港及び世界18ヶ国の36の港湾に資本参加という形で、それらの港湾の開発と運営を行っている。
今回、ハンバントタ港を買収する狙いは、インド洋のハブ航路に近い(10海里)ハンバントタ港の優位を活かして、当港をインド洋における重要な中継港と燃料補給港に仕上げていこうと考えている。その上、後背地に50平方キロメートルの工業団地及び観光施設の開発を通じて、輸出産業と観光業を育成し、長期的にもスリランカの対外債務の軽減や返済に寄与しようと目指している。
2018年1月に運営事業を引き継いでから、港湾の稼働率と現地の雇用拡大が順調に進んでいる。ハンバントタ港の開発に関しては、中国からスリランカに資金提供から始まって、今回の案件もスリランカの債務返済のためにPPP方式で、民間企業の資本参加による港湾経営の立て直しにすぎないが、アメリカのマスメディアに「港湾運営権の強要」とか、「植民地化する」とか、中国の「一帯一路」を非難する悪材料に利用されていることは中国にも警鐘を鳴らしている。
4.「中パ経済回廊」(CPEC)の経済効果と政治的リスク
CPECは中国新疆のカシュガルからアラビア海に面するパキスタン南西部のグワダル港を結ぶ総延長3,000キロメートルの経済回廊の開発計画である。その構想は中国の李克強総理が2013年5月にパキスタンを訪問した際、最初に提起し、2015年4月に習近平国家主席が同国を訪問した際、港湾、高速道路、空港、発電所、鉱山開発などを含む620億ドル相当のインフラ総合開発計画に調印した。
それ以来、この開発計画は着実に進展している。中国側の統計によると、2017年までに発電所や高速道路の建設を中心に中国の対パキスタン直接投資残高は57.2億ドルとなり、パキスタンには3万社の中国企業があり、約150万人の新規雇用を創出していると推計されている。2018年末までにすでに6ヶ所の発電所は稼働し、カラチからラホールまでの高速道路の建設も順調に進んでおり、このCPECはまさにパキスタンの経済成長の基軸となっている。こうした中でとくに注目されているのはCPECの目玉プロジェクトであるグワダル港の開発である。
アラビア海に面しており、パキスタン南西部のに位置しているグワダル港はカラチから460キロメートル、パキスタン・イラン国境やホルムズ海峡に近く、アラビア海からペルシャ湾への要衝である。1958年にパキスタンは300万ポンドで、オマーンの飛び地であるグワダルを買収し、その後の1990年代には港湾開発の計画を作った。当時、パキスタンのハブ港はカラチであったが、そのカラチ港はインドに隣接しているため、パキスタンは軍事的安全保障の立場から国家の戦略として、インドを離れたグワダルで港湾を作ろうと考えていたようである。しかし、最初、アメリカ企業による開発計画が頓挫し、その後のシンガポール企業が経営不振で撤退したこともあり、その開発は様々な紆余曲折にたどりながら、停滞の状態が続いてきた。
1999年に就任したムシャラフ大統領(当時)は再びグワダル港の開発構想を提起し、2000年にムシャラフ大統領は中国を訪問する際、中国側にグワダル港開発に対する資金援助を要請したが、翌年の2001年5月に中国の朱鎔基総理(当時)はパキスタンを訪問する際、中パ両国政府間協議に合意し、同年8月に北京でグワダル港第1期工事への無償資金援助協議に調印した。2002年3月に中国呉邦国国務院副総理(当時)のパキスタン訪問に合わせて、第1期工事の着工式典が行われた。
グワダル港第1期工事は702メートルの岸壁に三つの埠頭を建設し、年間取扱量はコンテナ10万TEU、バラ積み貨物72万トンで、総投資額は2億4,800万ドルを計画していた。その投資額には中国側は贈与、無償資金援助、優遇貸出などの形で1億9,800万ドルを、残りの5,000万ドルはパキスタンが負担する。中国港湾建設有限公司は工事の施行を行う。
2007年3月にグワダル港開業後、ムシャラフはアメリカとの関係を配慮したため、港湾の40年間の運営権を入札という形でシンガポール国際港務集団(PSA)に移譲したが、その後、取扱貨物量が少なく、経営の赤字が続いたため、2012年3月にパキスタン側はシンガポール国際港務集団から、経営権を回収し、中国側の企業に移譲することを決めた。
結局、中国海外港口控股有限公司(以下、「中国港控」と略す)は2013年にグワダル港の運営権を、2015年にグワダル土地の運営権(面積9.23平方キロメートル、期間43年間)を正式的に引き受けた。それ以降、中国の「一帯一路」構想の中で、グワダル港は「中・パ経済回廊」(CPEC)のゲートウエイとして、「中国港控」による開発が急速に進展していった。
「中国港控」は上述した「中建」傘下の国際事業部であるが、その開発計画はグワダル港の拡張⇒後背地としての9.2平方キロメートル工業団地の開発⇒グワダル都市開発のプロセスで開発を推進し、その後背地に国際空港の建設も計画している。その開発計画に参加している企業は「中国港控」以外に、招商局集団、中国遠洋海運集団も参加している。その中で、「中国港控」は主にグワダル港の開発と運営を、招商局集団は工業団地とグワダルの都市開発を、中国遠洋海運集団は海上輸送の集荷を役割分担している。
中国側の報道によると、港湾開発に関しては、2015年以来、「中国港控」は港湾施設の更新と拡張を完成し、2016年11月にグワダル港は正式に開業した。それと同時に「中国遠洋海運集団」はグワダル港から中東への航路を開設し、2016年11月13日に初めての貨物(60TEU)は中国新疆のカシュガルからグワダル港までに運んだ。
また、工業団地の開発に関しては、第1期工事はすでに完成し、20社の中国企業は入居の契約を結んだという。それ以外に中国側はグワダルでは海水浄化、病院、学校、気象観測などの施設を建設済みで、生活環境の改善が進んでいるものの、グワダルから輸出できるものはほとんどないこと、後背地への道路はまだ整備されていないことなどにより、グワダル港は本当に軌道に乗り出すには相当時間がかかるとみられている。
しかし、最近、新たな動向として、サウジアラビアはグワダル港の開発に参加することが注目されている。パキスタンの報道によると、2018年9月19日、同国のサムラン・カーン首相はサウジアラビアを訪問する際、サウジアラビアの国王との間、100億ドルの投資で、グワダル港周辺で石油精製プラントを建設することに合意した。さらに2019年2月17~18日にサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子はパキスタンを正式に訪問し、グワダル石油精製プラント(投資額100億ドル)を含めた200億ドル規模の経済協力の合意文書に署名したということである。それ以外にアラブ首長国(UAE)もグワダル港の開発に参加する意向を示した。
中国には従来、グワダル港の後背地で石油精製プラントを建設する計画があるが、サウジアラビアの投資を歓迎し、それに関連する施設を建設すると表明した。この開発プロジェクトにUAEが参加すれば、グワダル港開発は多国間共同開発プロジェクトとなり、「中パ経済回廊」開発の追い風となるであろう。
しかし、パキスタンの現状に目を転じると、経済基盤の脆弱さ、国内における地方間、民族間の対立と衝突、テロの多発などの問題もあり、CPEC計画には多くの政治的リスクを抱えているのも間違いないのである。
5.むすびにかえて-日本の対応
最後の結論でいえば、「一帯一路」構想は多くの開発途上国の経済発展に不可欠なインフラ整備に協力することであり、短期的にはそれらの国対外債務の増加をもたらすかもしれないが、長期的にはインフラ整備を通じて、それらの国の工業化の進展を通じて、債務問題を解決するであろう。
しかし、日米欧などの先進国側は疑問視をしており、それぞれ異なっている対応策をとっている。その中で、まず、アメリカは中国の「一帯一路」を既存の国際秩序及びアメリカの世界覇権への脅威としてとらえ、極力に批判・非難を繰り返していると同時に、「自由で開かれたインド太平洋」構想で「一帯一路」に対決姿勢を強めている。
一方、EUは政治的な脅威ではないと認識しているものの、国際ルールの順守や政策の不透明性、EUの分裂をもたらすかなどの「一帯一路」構想に対する疑問と懸念を持っている。それにもかかわらず、イギリス、フランス、ドイツなどのEU主要国は中国主導のAIIBに参加しているし、今年3月21日の習近平国家主席の欧州訪問やイタリアの「一帯一路」への参加表明及び4月8日に李克強首相のEU・中国首脳会議への参加・共同声明の発表などからみて、EUは「一帯一路」をビジネスチャンスと見なして、協力する姿勢も見せている。
今後、イタリアの「一帯一路」参加をきっかけにその他のEU加盟国も参加するだろうと見込まれている。ただし、李克強首相の「中国・中東欧首脳会議」(「16+1」)での発言からみて、中国はEUの分裂を避けるため、EUと協調しながらEU諸国と「一帯一路」に関する協力を進めていこうとみられている。
日本に目を転じると、地政学的にはアメリカの同盟国及び「自由で開かれたインド・太平洋」構想の呼びかけ人として、アメリカと協力して、「一帯一路」に一定の距離を置いていく面もあるが、中国との関係改善に取り組んでいる面もある。地経学的には「一帯一路」への公式的参加を極力回避してはいるが、「第3国市場での協力」というあいまいな方式で中国との協力を推進している。
国際ビジネスの視点からみれば、中日企業の「第3国市場での協力」には多くの問題が残されてはいるが、アジアでは中国の「一帯一路」政策は日本企業に多くのビジネスチャンスをもたらすのは間違いないであろう。日本としては、政治の面ではリスクを避けながら、経済の面では協力の道を模索すべきであろう。
チャン・シン
1956年中国吉林省長春市生まれ。福井県立大学経済学部教授(経済学博士)。専門は、東アジア経済論、中国経済論。中国吉林大学大学院国際経済研究科卒。85年吉林大学日本研究所講師、助教授、教授、北東アジア総合研究所所長。95年金沢星陵大学客員・専任教授。2003年から現職。著書に、『グローバリゼーションと中国経済』 (新評論)、『中国型経済システム-経済成長の基本構造』(世界思想社)、『資本蓄積と産業発展のダイナミズム-中国産業の雁行型発展に関する経済分析』(晃洋書房)、『AIIBの発足とASEAN経済共同体』(晃洋書房)など。
特集・日本を問う沖縄の民意
- 自国第一主義の呪縛を解くために神奈川大学名誉教授・本誌前編集委員長/橘川 俊忠
- 参議院から見た立憲民主党の成立過程と真価問われる参院選後立憲民主党参議院議員/小川 敏夫
- 辺野古新基地の背後で進む危険な構想ジャーナリスト/前田 哲男
- 沖縄衆院3区補選 新人大勝の背景沖縄タイムス記者/知念 清張
- トランプに痛撃、再選さらに困難に国際問題ジャーナリスト/金子 敦郎
- 県民投票の民意―沖縄の非暴力抵抗の象徴立憲民主党参議院議員/有田 芳生
- 一帯一路と伙伴(パートナー)
関係(財)国際貿易投資研究所研究主幹/江原 規由 - 「一帯一路」は「債務の罠」ではない福井県立大学教授/唱 新
- 大量難民を受入れた法治国家ドイツの苦悩ベルリン在住/福澤 啓臣
- グローバリゼーションと労働運動(上)東京大学名誉教授/田端 博邦
- 元号でわたしの時間を支配されたくない筑波大学名誉教授・本誌代表編集委員/千本 秀樹
- “令和の喧騒” 今こそ天皇制を考える朝鮮問題研究者/大畑 龍次
- 戦後賠償訴訟の歴史的変遷と現段階弁護士/高木 喜孝