コラム/沖縄発

「琉球処分」から140年の沖縄で

処分再現―辺野古への土砂投入と民意

沖縄タイムス学芸部デスク 内間 健

冬なのに、夏のような強い日差しの日だった。

2018年12月14日。沖縄県那覇市の沖縄タイムス社編集局フロアでは、朝から政経部や社会部、整理部を中心にあわただく人が動いていた。午前11時、名護市辺野古への新基地建設へ向けた埋め立てのための土砂投入が開始された。沖縄タイムスは号外を発行し、那覇市と名護市で配布、いち早く伝えた。

沖縄県名護市辺野古沿岸で新基地建設に向け、政府による埋め立ての土砂投入が始まったことを報じる沖縄タイムス号外

号外は「辺野古に土砂 強行」「政府 新基地埋め立て」の大見出しで報じた。記事では、玉城デニー知事が菅義偉官房長官と岩屋毅防衛相に中止を求め、沖縄防衛局にも埋め立て承認の条件となる事前協議がないことなどを理由に工事中止を文書で指導する中、政府が強行したことが記された。さらに、同年9月の県知事選で、辺野古反対の姿勢を明確にしてきた玉城知事が当選するなど、県民が示してきた民意に対し政府が向き合っていないことなどがまとめられた。

学芸部デスクの私は、号外配布の応援に駆り出された。昼過ぎ、印刷センターから本社に届いたばかりの号外の束を手に、他の社員とともに那覇の街に散った。観光客も多い国際通り周辺。すぐに手を伸ばしてくる人もいれば、無関心で通り過ぎる人もいた。1時間ほど歩き回って汗をかき、手持ちの号外を配り終えた。いち早く事実を伝えることができたが、私自身、土砂投入という事実をどう飲み込むか、という問いが頭の中をぐるぐるとかけめぐっていた。

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「全力で埋め立てを進める」。菅官房長官は、辺野古への土砂投入が始まった昨年12月14日夕の記者会見で述べた。岩屋防衛相も「この問題を今度こそ解決させる」とこれまでより強い言葉で推進への決意を見せた。岩屋防衛相は、さらに翌15日では、辺野古移設を「日米同盟のためではない。日本国民のためだ」と述べた。県内からは「国民のうちに沖縄は入っているのか」という批判の声が上がった。

一方で玉城デニー沖縄県知事は当日の14日の会見で、「県の要求を一顧だにすることなく、土砂投入を強行したことに対し、激しい怒りを禁じえない」と表明。「逆に県民の反発を招き、工事を強行すればするほど、県民の怒りはますます燃え上がる」と語気を強めた。また、民意を無視し、法をねじ曲げてでも国策を強行する国のやり方は「地方自治を破壊する行為」と批判。全国民に「このような国の在り方をしっかりと目に焼き付け、法治国家としてあるまじき行為を繰り返す国に対し、共に声を上げ、行動してほしい」と訴えた。

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首都大学東京の木村草太教授(憲法学)は、沖縄タイムスで執筆するコラム「木村草太の憲法の新手」(18年12月23日付第94回)で、辺野古への土砂投入について、これまでの経緯をまとめ、問題点を端的に指摘している。

県との事前協議がなく、留意事項で定められた事業者の義務に違反したと県の訴えを解説。さらに護岸の設置場所に軟弱地盤があり、倒壊の恐れがあると指摘する。また17年6月には、埋め立てが完成しても、滑走路の長さの関係でもろもろの調整が整わない限り、辺野古への移設が計画される米軍普天間飛行場が返還されない可能性があることを、当時の稲田朋美防衛相が認めたことを記した。防衛省は行政不服審査の手続きで、国交省に県が行った埋め立て承認撤回の効力停止を求め、18年10月30日に認められた。この国の行為について著名な行政法学者たちが、「一般私人と同様の立場で審査請求や執行停止申し立てをすることは許されない」と強く非難する声明を出していることを挙げ、「国の違法行為」と述べる。

そして、こう結んでいる。「地方の意思を無視して基地建設が強行された前例をつくることは、全国の自治体にとって脅威である」「今回の土砂投入は、沖縄だけでなく、全国民にとっての危機だ」

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2018年、日本は「明治維新150年」の節目として沸いた。一方で沖縄は2019年が大きな節目であることをご存知だろうか。「琉球処分」から140年となるからだ。「琉球処分」とは、明治政府が、武力を背景に強権をもって琉球王国を日本近代国家に併合したことである。1872年の琉球藩設置に始まり、1879年には明治政府から派遣された処分官松田道之が、軍隊と警察を率いて処分を強行。沖縄県設置を通告し、首里城の明け渡しを命じた。威圧に屈して国王尚泰は城を明け渡し、琉球王国は滅んだ。

沖縄タイムス文化面では、「『琉球処分』140年と沖縄」と題して、今年1月から連載を始めた。そのプロローグとして1月8日付で、比屋根照夫琉球大学名誉教授(日本近代政治思想史)に、「琉球処分」が沖縄に及ぼした影響を聞いたインタビューを掲載した。

比屋根名誉教授は述べる。「今、辺野古の海に土砂が投入されているのを見ると、『琉球処分』の再現が、迫真的な現実感をもってわれわれに迫ってくる。沖縄の歴史はどの年代を切断しても血が噴出してくる。辺野古の現実がそのことを想起させる」「民意が今、踏みにじられ、あの美しい海に土砂が投入されている。土砂投入と民意の剥奪、辺野古の問題はきわめて日本の民主主義を考える政治的、思想的課題になってきている」。

さらにこう指摘する。「今の土砂投入までの一連の強行政策が行われているのは、まさに明治の『琉球処分』を上回る権力の武断的な行使といえる」

比屋根氏の比喩「沖縄の歴史はどの年代を切断しても血が噴出してくる」を聞き、私はあまりの的確さと、私自身のふるさとを思う気持ちが共鳴し、震える思いだった。と同時に、いつまでもこれでいいのだろうか、という大きな疑問も立ち上がる。

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その連載の第1部は「現代からの問い」と題し、現代の視点からの論考を、識者に寄せてもらっている。その第1回の執筆を務めた著述家・宮城康博さん(1月15日掲載)は、まさに現在の名護市辺野古への基地建設を問うた、1997年の名護市民投票を仕掛けた条例請求代表者だ。

同投票では基地建設への反対票が過半数を占めた。しかし直後に、当時の保守系市長による基地の受け入れ表明と辞任で、結果は反映されなかった。

宮城氏は今回の原稿で当時、投票の選択肢に「環境対策や経済効果に期待できるので賛成」という「条件付き賛成」の項目が設けられ、一定の得票を得たことに着目し、以下のように指摘する。「在日米軍再編時に稲嶺恵一県知事や岸本建男名護市長が堅持した『条件』は日本政府に完全にほごにされ、新たな建設計画が日米合意された。それが今日、強行されている辺野古新基地である」「沖縄は日本国の民主主義を、ありうべき姿を問い続けている。日本国は変わるべきである」「沖縄は私の体験した名護市民投票時から考えても変わり続けている。(中略)海兵隊の新基地としか呼べない事実認識を共有し、(中略)全県民が自分ごととして問題を捉えている。草の根の市民の思考し行動する政治が状況を突き動かし続けている」

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政治や権力、時代との格闘。県民の歩む道は、今も昔もあまりに厳しい。

豊かな芸能や文化の息づく島、沖縄。南国のおおらかな風土の下、145万人が暮らしている。美しい海をはじめとする豊かな自然があり、訪れる観光客も年間900万人を数えるようになった。その島のあるべき姿を誇り、平和で穏やかな日々が訪れる日を、県民は希求している。問われているのは沖縄ではなく、日本のありようではないのか。

うちま・けん

沖縄県生まれ。大学を卒業後、1993年に沖縄タイムス入社。社会部、与那原支局、北部支社などを経て、現在、学芸部副部長待遇(デスク)。

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