論壇

ドイツは難局にいかに対処しているか

格差是正と市民の非暴力活動、極右テロ組織の動向

在ベルリン 福澤 啓臣

ジャーマンアングストが昨年秋に描いた悪夢のシナリオは新年に正夢にならなかった。 ロシアからの化石燃料、特に天然ガスの供給ストップにより、冬にはドイツ人の多くは寒い部屋で凍える。電力不足でブラックアウトになる。そして産業の一部は生産停止か生産縮小、あるいは海外移転に追い込まれ、巷は失業者で溢れる、と悪夢が描かれ、ドイツ人は不安に駆られた。

新年になり、「ドイツのエネルギー問題の鍵を握る天然ガスの備蓄量と供給は確保された」とハベック経済大臣は発表し、国民を安心させた。それを裏付けるかのように、管轄のネットワーク規制庁のミュラー長官も、「現在備蓄量は90%以上なので、冬の終わりまで供給に支障はない。電力のブラックアウトも不測の事態が起きない限り、あり得ない」とまで断言している。「21年に比べてガスの消費量が14%減ったのは、国民と産業界の省力のおかげだ」と付け加えている。地球温暖化によって欧州は暖冬だったことも大きく幸いした。それもあってか、天然ガスの価格は21年12月レベルまで下がっている。

このようにエネルギー原料の爆発的な高騰は鎮静しつつあるが、暖房費や食料品などの生活必需品の物価高は簡単に収まりそうもない。昨年一時は10%を超えたインフレ率は8%以下に下がり、今年のインフレ率は6%に落ち着くだろうと予想されている。以前の2%前後に戻るには24年いっぱいかかるそうだ。昨年来の物価高を背景にして統一サービス産業組合傘下の郵便組合は15%の賃上げを要求して、ベルリンなどではストライキを始めている。多くの貧しい国民層は、ストライキという手段もないので、生活難に陥り、格差が広がっている。

1.市民給付金—困窮層への救済措置

SPDが伝統的に力を入れてきた政策分野に格差是正がある。政権獲得後ショルツSPD首相は、そのために二つの政策を実施した。その一つは昨年10月1日に実施された最低賃金の時給10.45€=1463円(1€=140円で換算)から12€=1680円への引き上げだ。それにより600万人以上の低賃金就業者が直接恩恵を受けた。それに連動して下部3分の1層の賃金が引き上げられた。

二つ目が、ハルツ4(労働市場改革の4番目の法律)として知られた失業扶助金(失業保険II)を改称して、1月1日から導入された市民給付金(ビュルガー・ゲルト)だ。この制度はドイツ独特のもので、防衛予算(6兆円弱)にも匹敵するほどの高額な福祉制度にもかかわらず、その実態がよく知られていないようなので、紹介したい。

まずドイツの社会保障制度による非就業者救済の歴史を振り返ってみよう。2004年までは三つのカテゴリーに分けられていた。まず半年間以上就業し、失業保険金を払い込んだ後、失業した人々。これらの人々にはいわゆる失業保険金(04年までは最終手取り額の65%。現在は60%で、家族持ちの場合67%)が一定期間給付される。給付期間中に雇用が見つからなかった場合、その上財産もあまりなかった場合、これらの人々の救済に、ドイツでは二つのグループに分けている。病気などで就労能力を失った場合は、生活保護が受けられる。もう一つのグループは就労能力も意欲もありながら、保険金給付期間中に適切な雇用が見つからなかった人々だ。

これらの長期失業者にはドイツでは1956年にアデナウアーCDU政権によって導入された失業扶助金が支給されていた。失業した人の職種と能力、さらに年齢にもよるが、40歳を過ぎて、家族持ちで失職した場合、期間内に 新規雇用が見つからないと、生活困難に陥ってしまう。職業再訓練も含めて、生活できるようにしたのが、この失業扶助制度だった。

2004年までこの給付(最終手取り額の53%。家族持ちの場合は57%)を受けていた国民は毎年2百万人を超えていた。そして予算額は上記のように防衛予算にも匹敵する額(現在6兆円)に達して、ドイツの社会福祉予算を圧迫していた。なぜなら、この予算は失業保険金のプール(ドイツでは雇用者と被雇用者が折半している)からではなく、国庫から支払われているからだ。また、その頃の扶助金の給付額は、上記のように優遇されたものだった。さらに家賃、暖房費、健康保険料なども支給された。その上給付期間は原則無期限なのだ。最も失業者の多かった2005年には失業保険は486万人、さらに失業扶助金は226万人も上り、合わせて受給者が700万人を超えていた。失業率は13%にも達し、当時ドイツはEUの病人といわれたほどだ。

この状態を抜本的に改革したのが、よりによってシュレーダーSPD政権だった。同改革は立案者のハルツ氏(フォルクスワーゲン社の労務担当役員で首相顧問)の名前をとって、ハルツ4とも呼ばれていた。

改革の目玉は、失業扶助金を生活保護給付金と同じレベルに切り詰めてしまうことだった。当然のことだが、労働組合や社会福祉関係の市民団体は猛烈に反対し、経済界は大歓迎した。この労働市場改革の後、ドイツ経済は復活したが、労働組合と共闘しながら、それまで弱者の味方だったSPDの長期低落傾向が定まったともいえる。そのため、SPDは、この汚名挽回の機会を狙っていた。一昨年ショルツ氏が首相に就き、ハルツ4をやっと改革できるようになった。そして市民給付金と新しく名づけ、SPDにとって忌まわしいハルツ4を葬ることにしたのだ。

この市民給付金の法案に対して、野党のCDU /CSUは基本的な面では賛成だが、いくつかの制裁緩和に関しては反対した。彼らの言い分は、低賃金で一生懸命働いる人たちが、彼らの給料に伍するような条件で、長期失業者が簡単に市民給付金をもらえるとなると、勤労意欲が減退するというのだ。

改革の内容だが、まず基本給付額449€から504€への引き上げ、さらに手元に許される蓄え額が1万5千€から4万€へ引き上げられた。それと、ジョブ・センター(ハローワーク)から提供された新規雇用を3度拒否した場合、支給額が減少される。あるいはジョブ・センターの打ち合わせに理由なくして出頭しなかった場合などの制裁が緩和された。

市民給付金は、求職者のみではなく、就労しているが、賃金が低い場合も、差額が給付される。さらに家族、つまり同居している未成年、あるいは児童にも支給される。例えば、14歳の子供には420€が支給される。母子家庭なら、母親にまず502€、子供には420€、さらに住居費や暖房費などが加わり、最終的には、1100€以上になる。四人家族では2500€以上になる。

給付額と住居手当

給付額負担家賃額住居の広さ暖房費
単身/一人 502€413€50 平米適切費用
4人1757€710€90 平米適切費用

公式データによると、現在ドイツでは約532万人がこの給付を受けている。これは全人口の6.5%にあたる。そして、6人に1人以上が少なくとも10年以上、この公的補助を受けている。2005年の導入以来、つまりすでに17年間もの長期にわたって約46万7千人が受給している。 全体として、男性よりも女性の方が多い。このように市民給付金は、ドイツ社会の弱者を支えるセイフティネットとして大きな役割を果たしている。そして格差是正に役立っている。

冒頭で防衛予算にも匹敵すると述べたが、付け加えると、冷戦終了後防衛予算は縮小され、1990年には4兆円になった。それが2021年には5.4兆円、ロシア軍のウクライナ侵攻により22年には7兆円と増えた。今年は通常予算では同額だが、特別資産から1兆7500億円が加算される。するとGDP(520兆円)の1.7%で、ショルツ首相が昨年2月に約束した防衛予算2%(NATO諸国の努力目標値)に近づきつつある。これに対して、失業扶助金の予算は2005年から10年間の間に56兆円が支出された。平均すると一年5.6兆円の支出になる。

2.市民の非暴力活動

① 神出鬼没の「最後の世代」気候活動家

グループ「最後の世代(Letzte Generation)」が毎日のように都市ゲリラ的な活動で政府に抜本的な気候変動対策を迫っている。彼らの主張は、「気候変動、具体的には地球温暖化により地球の生活環境が近い将来不可逆的に破壊される。そして多くの科学者が認めているように、そのティッピングポイントは間近に迫っている。それを阻止できる最後の世代が自分たちである」というのだ。「その緊急性に鑑み、手段を選ばない抗議活動が必要なのだ」、と彼女たち(女性の活動家が多い)は主張し、行動に移している。

2年前の連邦首相選挙の最中に「最後の世代」を名乗る数名がハンストをして、3名の首相候補者に抜本的な気候変動対策を求めた。そこからこのグループは出発した。

彼女らの神出鬼没ぶりを紹介する。最も多いのが、高速道路の出口や入口で数人が気候変動対策を訴える横断幕を持って座り込み、瞬間接着剤で自分達の掌を路面に接着してしまうのだ(既に1250回)。無理に剥がすと皮膚が剥がれてしまうので、駆けつけた警官は医者を呼び、慎重に剥がすしかない。つまり、それなりの時間がかかる。時には美術館でゴッホやルノアールなどの有名な画家の作品にトマトスープなどをぶちまけた上で、危機を訴えている。

あるいは、ミュンヘンの飛行場では、立ち入り禁止のフェンスに穴を開けて、空港内に侵入した。そして体の一部分を滑走路に接着し、中途半端な対策に抗議する横断幕を掲げた。さらには、ハンブルクのコンサートホール「エルベ・シンフォニー」では、演奏が始まる直前に 体の一部を指揮台に瞬間接着剤で貼り付けて、危機を訴えたのだ。このように神出鬼没に出現し、体の一部を貼り付けて 、ドイツ政府の気候変動対策の不作為を批判している。

グループの人数は800名ぐらいで、年齢は19歳から73歳まで。職業は学生、介護士、教師、教授など多岐にわたっている。彼女らは三つに分けられる。 一つ目は刑務所行きも厭わない実行部隊で100名程度。渋滞が起きて、先に進めない運転手が激昂して暴力をふるってきても、対応できるように訓練をしている。次は彼女らの手足となって具体的に支援するグループ。さらに寄付金集めなどをする後方支援グループだ。現在のところ9カ国で活動している。金銭的には主にカリフォルニア州の「気候変動緊急基金 (Climate Emergency Fund )から支援を受けている。

道路交通法違反、家宅侵入、脅迫罪、器物破損などの罪で有罪判決を受けているが、まだ罰金刑の段階で禁固刑はない。ただしミュンヘンでは30日間の予備拘束があった。彼女たちは殉教精神に満ちた確信犯なので、何度逮捕されてもやめない。その目的は、誰もが認める正しい主張だが、このような過激な手段が許されるのか、と議論が続いている。政治的な立ち位置によって、気候都市ゲリラなのか、気候テロリストなのかに分かれる。

政治家たちが合法的な手段で抗議すべきだと批判すると、「2年前には憲法裁判所が政府の気候変動対策が未来の世代に対して憲法の保障する生活の権利を侵害している、つまり憲法違反だという判決を下しているのだから、我々の抗議活動は法に違反していない」と反論している。

さらに活動家たちは、「先進工業国が、この200年の間にCO2を大量に排出し、地球温暖化を引き起こしたので、旱魃や海面上昇で住めなくしている。死者も多数出ている(昨年夏の酷暑によってヨーロッパだけで10万人が犠牲になったーシュピーゲル誌)。生物多様性も甚大な被害を受けている。これらは大きな犯罪だ。Fridays for Future(FfF)は何万人ものデモ隊を動員してきたが、政府は相変わらず生ぬるい対策しかとっていない。だから自分達の過激な手段は許される」と主張している。

これらの抗議活動に眉を顰める国民は多いが、理解できるという国民も少なくない。昨年の10月にベルリン地方裁判所の裁判官は、科学的に検証された気候変動による地球環境破壊(非常事態)に鑑み、彼らの活動は許されるとして、無罪を言い渡した。ベルリン警察の発表によれば、最後の世代による活動に対処した警察の時間は23万3千時間に達する。そして27百件の刑事告訴が出された。

1月18日には連邦議会で、野党のCDU /CSUの提議により、「最後の世代」に対する罰則強化について議論された。犯罪学の専門家へフラー教授は、このグループの社会問題に対する真摯な取り組みを評価して、犯罪者扱いをしないように訴えた。警察組合も「現在の罰則で十分で、罰則強化は必要ない」と述べた。裁判官代表は「罰則強化のみで対応するのは確かに問題だが、目的が正しいからといって、野放しにするのも問題だ」と述べた。

「最後の世代」活動家たちはさらにコンテナー抗議活動も行なっている。スーパーなどでは、 賞味期限が切れた食品を年間千百万トンも廃棄処分にしている。彼女たちは、コンテナー置き場に堂々と入り、食品を運び出して、困っている人々に分けている。その後自らを告訴し、裁判に持ち込み、社会に訴える戦術を取っている。これらの食品製造には18億トンものCO2が排出されている。食品業界は、これらの行為は敷地内への不法侵入及び財産権の侵害だと訴えて、勝訴している。彼女らの活動には多くの人々、特にターフェル(食品頒布グループ)などが賛同を表明している。そして、政府に賞味期限の切れた食品の取り出しを合法化するように要求している。

② リュツェラートの露天掘り阻止に挑む市民

1月14日からの週末に気候活動家たちがケルンの北に位置するリュツラート村に続々と集まって来た。対峙する警察も全国から機動隊が動員された。活動家たちは、リュツェラートの露天掘り絶対阻止を掲げている。警官隊は、NRW州(1600万人の人口最大の州)政府の決定に従い、RWE電力会社によるリュツェラートの露天掘りを実施させるために活動家排除の指示を受けている。

リュツェラート地方は褐炭の露天掘りで有名だ。巨大な回転シャベルで絨毯を捲き上げるように褐炭層、(所によっては、500mもの褐炭層がある)を50mほどの深さで削り取っていく。全体の装置は、高さ100 m、幅50m、長さ200mにもなり、まるでSF映画に登場する大巨人のようだ。このような工業的な露天掘りは、まず住民を立ち退かせ、次に家屋や教会を撤去した後、堀り進んでいく。今回も村人は既に立ち退いているので、民家は空き家になっていた。そこに気候活動家たちが住み着いていた。結局4日後にはトンネル内の活動家たちが出てきたので、警察は活動家たちの排除完了を宣言した。

ドイツ全体では露天掘りはこれまで300の村落と12万人以上の住民を立ち退かせてきた。その面積は2300平米(1920平米の東京都より広い)になる。地下水にも多大な悪影響を及ぼし、その面積は6000平米にも及ぶ。掘った後には見渡す限り数十メートルもの深さの巨大な傷跡が残る。自然破壊の極みとも言えるが、人造湖にして、保養地に生まれ変わったところもある。

NRW州は昨年の州選挙の後、CDUと緑の党の連立政権が成立している。つまり、緑の党は与党として、ロシアからの化石燃料が途絶えた現在、この褐炭は電力に必要だとして、露天掘りを進めている。しかし、多くの党員たちが反対している。例えば、ドイツのFfFの顔とも言えるノイバウーさんは党員だが、この反対行動に参加している。緑の党は上部と下部に分裂した状態になっている。

1週間後の21日には3万5千人の人々が反対デモに参加した。グレタさんもスウェーデンから駆けつけて、「リュツェラートの褐炭は自然の中にそっとしておくべきだ」と訴えた。18日には採掘現場の禁止区域に入ったので、警官によって牛蒡抜きにされて、身元確認のために連行された。NRW州政府に宛てて、2000人の学者たちがリュツェラートの褐炭採掘停止を求めるアピールに署名した。

3.政府転覆を目論む極右組織「帝国市民」 

12月7日に連邦検察局による警官3000人も動員した戦後最大の全国強制捜査が行われた。オーストリアとイタリアも含めて150箇所に司直の手が伸びた。容疑は、テロ組織を結成し、ドイツ政府の転覆や議会突入などを計画したという疑いだ。捜査の対象は、「帝国市民」(ライヒス・ビュルガー)という極右の団体だ。「帝国市民」は、ヒエラルキー的に統一された組織ではなく、個人とグループによる運動体である。「自主管理」と称するグループがそれぞれ活動している。その信奉者たちは一応2万3千人と言われている。この内、連邦憲法擁護庁(公安警察)の調べによると、暴力をも辞さないとするメンバーは2000人と見なされている。同庁は2016年よりこの団体の活動を公に監視している。

彼らは、1871年に建国されたドイツ 帝国及びヒトラーの第三帝国の存続を主張し、その市民を名乗っている。そのためのパスポートを発行したり、税金の支払いも拒否したりしている。現在のドイツ連邦共和国を認めない。ホロコースト(ナチスによる約600万人のユダヤ人の組織的、国家的な殺戮)すら否定している。 領土は1937年の領土しか認めていない。反ユダヤ、反イスラムでもある。

1980年代に「帝国市民」の考えが生まれ、広まっていった。2010年ごろから積極的にデモなどに参加している。昨年11月に統一された活動を求め、核になるべく「評議会」を結成した。今回の捜査で 逮捕された25人の内、22人が「評議会」に属している。

国防軍の元将校や元特殊部隊員などの暴力のプロや現役警察官が加わっているので、相当危険な集団とも言える。首謀者として逮捕されたのは、「評議会」で中心的な立場にあった不動産業者ハインリヒ13世ロイス王子(71歳)で、800年も続く貴族の末裔である。ベルリンの裁判官で、元AfD(ドイツのための選択肢党)連邦議員(女性)もいる。これまでの家宅捜索で拳銃、自動小銃、手榴弾、手製爆弾、格闘用ナイフなどが相当数押収されている。 それと、インターネットを通じて米国のネオナチと連絡を取り合い、彼らの戦闘訓練に参加している。

3000人もの完全武装した警官や特殊部隊GSG9まで投入したとは、相当危険な捜査と逮捕を覚悟したようだが、銃撃戦には至らなかった。16年にはバイエルン州の同団体の捜査で容疑者が発砲し、警官一人が犠牲になっている。

20年8月には政府のコロナ対策に抗議するベルリンでのデモに参加していた「帝国市民」メンバーを含む数百人が、柵を乗り越えて国会の敷地に侵入し、議事堂の入口まで押し入る事件が発生している。一昨年の米国のカピトール突入事件、さらに今年初めのブラジル三権広場襲撃事件の先例とも言える。

今回の逮捕者の裁判はまだなので、どこまで政府転覆の計画が進んでいたのか、不明だが、あれほどの大規模な全国捜査に踏み切ったからには、相当な段階に達していたのだろう。憲法に抵触するような個人や団体に対して情報収集をしているのは憲法擁護庁だが、同庁のアンダーカヴァーの活動は合法なので、「帝国市民」の内部でも相当活躍しているはずだ。つまり、当局はある程度実態を掴んでいたと見るのが妥当だろう。クーデターの実行直前であったかもしれない。この運動の広がり、さらに暴力も辞さないメンバーが2000名もいるので、いざ実行となったら、犠牲者も相当な数にのぼっただろう。

反面、「帝国市民」は、上からの指令で動く、統一された組織ではなく、自主的に活動する個人あるいは少人数による運動なので、「評議会」がどの程度メンバーを確保していたかは不明である。

ドイツの極右は殺人を含むテロ行為に対して躊躇しない。右翼テロが増え始めた1990年の統一から2019年までの犠牲者の数は内務省の発表によると、89人となっている。それに対してアマドイ・アントニオ財団(市民社会の強化を目的とする財団)の統計では198人である。

首謀者がハインリヒ13世ロイス王子(71歳)で、800年も続く貴族と聞くと、一種の茶番劇に聞こえなくもないが、ヒトラーが政権獲得する前に、ミュンヘンで蜂起して、獄に繋がれた当時、ヒトラーの怖さを本気で心配した人は当時少なかった。だが、今回のクーデターの企てを過小評価するわけではないが、当時の敗戦国としてのワイマール共和国の脆さとSPDと共産党のいがみ合い、流動的な市民層などを考えると、現在のドイツ連邦共和国とは比べられない。民主主義を支持する圧倒的な市民層が現在の安定したドイツ社会を支えているからだ。
(ベルリンにて 2023年1月26日 記)

 

ふくざわ・ひろおみ

1943年生まれ。1967年に渡独し、1974年にベルリン自由大学卒。1976年より同大学の日本学科で教職に就く。主に日本語を教える。教鞭をとる傍ら、ベルリン国際映画祭を手伝う。さらに国際連詩を日独両国で催す。2003年に同大学にて博士号取得。2008年に定年退職。2011年の東日本大震災後、ベルリンでNPO「絆・ベルリン」を立ち上げ、東北で復興支援活動をする。ベルリンのSayonara Nukes Berlin のメンバー。日独両国で反原発と再生エネ普及に取り組んでいる。ベルリン在住。

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