特集 ● どこへ行く“労働者保護”

人権保障なき雇用 非正規公務員の現状

北九州市非常勤相談員パワハラ自死事件から考える

立教大学コミュニティ福祉学部特任教授 上林 陽治

 この原稿を執筆しているのは、2023年1月20日。現在時刻は午前10時。

 3時間半後に、ある裁判の地裁判決がある。

 北九州市非常勤相談員パワハラ自死事件で、筆者も支援しつつ、推移を見守ってきたものだ。

1.死んでからも差別される非正規公務員

⑴北九州市非常勤相談員パワハラ自死事件の概要

2015年5月21日、その女性は多量の薬を飲み自死した。森下佳奈さん。当時27歳。

佳奈さんは12年4月に北九州市の非常勤職員に採用され「子ども・家庭相談コーナー」の相談員として働いていた。採用から9カ月後、心身の不調を訴え休職。医師に重度のうつと診断され、13年3月末をもって退職した。

佳奈さんは、上司から執拗なパワハラを受けていたことが疑われている。母親や知人に送ったメールには、それを思わせる文言が並んでいた。また働きはじめて半年を過ぎた12年秋、重篤な相談案件の担当になると、直属の上司から激しい叱責や嫌がらせを受け、精神的負担が増大した。

佳奈さんが就いていた子ども・家庭相談員の業務は、深刻度合いを深めている児童虐待、DV、貧困家庭の自立支援、虐待を受けた児童の家庭の見守りなど多岐に渡る。解決に長い期間を要する事案に対処するもので、専門職としての色彩も強い。このような重い仕事には経験豊富な正規公務員が就くべきだ。だが実態は年収200万円程度の、任期1年のパートの非正規公務員が担当する例が多い。佳奈さんもその一人だった。

両親は生前の佳奈さんの話やメールなどをもとに、日常的に上司から叱責や嫌がらせを受けていたのではないかと、公務上災害の認定と補償請求に関し北九州市に問い合わせた。だが北九州市の回答は思ってもみないものだった。

常勤職員と異なり、パートの非正規公務員の場合、本人・遺族に認定請求の権利は、ない。

佳奈さんは非正規公務員であることを唯一の理由に、死んでからも差別されたのである。

北九州市のあまりにも無慈悲な対応に対し、2017年8月、佳奈さんの両親は、遺族補償請求訴訟を起こした。

⑵複雑な非正規公務員の災害補償の仕組み

非正規公務員の労働(公務)災害補償の仕組みは複雑で、しかも差別的だ。このことが佳奈さんの災害認定手続きに影響した。

パートの非正規公務員の災害補償の仕組みは2つに分かれる。労働基準法別表第一に掲げる事業、たとえば図書館、病院、保育所、学校等に勤務するパートの非正規公務員には労働災害補償保険法(労災法)が適用される。それ以外の非現業職場の本庁、福祉事務所、各種相談所等に勤務のパートの非正規公務員には、地方公務員災害補償法(地公災法)も労災法も適用されない。地方自治体が制定する「議会の議員その他非常勤の職員の公務災害補償等に関する条例」に基づき補償するとし、補償機関は自治体会計とする仕組みである(表1参照)。

災害補償認定手続きも複雑だ。手続きには2つの考え方があり、地公災法や労災法では、被災者本人または遺族からの請求に基づき実施に移される「請求主義」が採られる。一方、国家公務員災害補償法(国公災法)や、官公庁事業所勤務のパートの非正規公務員に適用される条例による補償では「職権探知主義」という手続きとなる。

職権探知主義では、被災職員等からの請求を待つことなく、使用者自ら公務災害上・外の認定を行い、公務上と認定した場合は被災職員等に速やかに通知し、補償が実施される。

この「職権探知主義」には以下の問題点が指摘されてきた。

①使用者自らが災害を探知し公務上・外認定を行うため、公務外認定の場合はその判断が表に現れず、「労災隠し」との疑念が生じる。

②ハラスメントのような事案では、ハラスメント当事者である直接の上司が公務災害の探知を行い、実施機関に報告するとは考えにくい。

③「職権探知主義」を採る国公災法では、人事院規則16-0(職員の災害補償)20条で、被災職員又は死亡した職員の遺族から申し出があった場合も、実施機関に報告すると補完的に定めている。ところが総務省が自治体に通知してきた条例案や同施行規則案は、50年あまり人事院規則のような規定がなく、規則改定も促さなかった。

この結果、北九州市をはじめとする大半の自治体で、パート非正規公務員に係る災害補償条例を総務省通知の条例案のまま放置し、佳奈さんの事件の発生時点において、遺族からの認定請求権さえ認めなかった。

   表1 地方公務員の労働災害・公務災害の適用関係

   出典)筆者作成

 

 

⑶本人・遺族からの申請に道を開いた手紙

北九州市からの請求権なしとする無慈悲な対応に対し、2018年7月、佳奈さんの母親が野田聖子総務相(当時)に手紙を出し、「この問題をどうか大臣も知って下さい」と訴えた。

7月19日に手書きの封書が野田氏から届く。便箋には「心痛はいかばかりかと胸のつぶれる思いです」と記され、パート非正規公務員の労災認定手続きについて「不合理を強いていることは否めない」として、自治体に見直しを求める方針を明記。「娘さんが苦しまれた、そんな状況を二度とおこさないよう変えていきます」としていた。

総務省は条例施行規則案の一部改正案を通知して、人事院規則16-0にならい、規則案3条に「職員又は死亡した職員の遺族からその災害が公務又は通勤により生じた旨の申出があつた場合も、同様とする」という文言を付加した。公務外とした場合も被災職員等に通知すること、審査の申し立てができる旨教示する文言を置くこととなった。これを受け、北九州市を含めたほとんどの自治体は条例施行規則の改正を進め、人事院規則並みのものに改められた。

だが、制度改正に思考様式は追い付いておらず、非正規公務員の取り扱い上の課題解決は後回しという国・地方の体質は変わっていない。たとえば20年9月1日に施行された改正労災法は、以下の取り扱いを求めている。

①兼業や副業をする人が勤務中の事故等で働けなくなった場合に、本業と副業の賃金を合算して労災保険を給付する(労災法8条3項)。

②過重労働と疾病との因果関係を判定する場合に、複数事業の労働時間を合算する(労災法7条1項2号)。

先述の通り、労基法別表第1に掲げる事業に従事するパートの会計年度任用職員は労災法が適用されるので、上記改正事項がストレートに適用される。問題は条例適用のパートの会計年度任用職員で、2年以上も経過しているのに何の考え方も示されていない。

総務省は「制度改正だけでなく、実務面でのルール化や費用負担の問題など検討課題が多く」「改正労災法の施行状況をも参考に、検討を進めていく必要」1との姿勢のまま固まっている。非正規公務員に関しては、後回し体質の思考様式は変わっていないのである。

1 飯山尚人「複数事業労働者に対する新たな保険給付を行うための労災法の改正」『地方公務員月報』(684)2020・7、23頁。

2.公募試験の強制というパワハラ

 現在時刻は、1月20日午前11時20分。判決まであと2時間あまり。緊迫したなかで、この原稿を書いている。

北九州市非常勤相談員パワハラ自死事件の経過で見たように、非正規公務員は、在職中も、死んでからも、差別される。

いわば働くものとしての人権が保障されていない。しかも、2022年度末を控え、大半の非正規公務員は、公募試験を受けることを強制されるという雇止めの恐怖の最中にある。

ここにも緊迫の理由がある。

⑴基幹化する非正規公務員、非正規依存深める地方自治体

地方自治体の非正規公務員数は、2005年に約45万6000人だったが、2020年4月には約69万4000人、15年で1.5倍に増加している。住民に最も身近な行政体である市区町村では職員の3人に1人は非正規公務員である。期間が6カ月未満や、勤務時間が常勤職員の半分未満の人も含めると、2020年4月現在で、全自治体で112万6000人に上り、市区町村職員の4割以上を占め、当時の日本の労働者に占める非正規割合36%(総務省労働力調査2020年4月分)をも上回る。

職種別状況を概観すると、2020年4月1日現在、直営公立図書館の職員の73.3%、給食調理員の69.8%、公営保育所の保育士の56.9%、婦人(女性)相談員の79%、消費生活相談員の81%が非正規公務員である。しかも非正規公務員の女性割合は75%で、市区町村の全職員中3割(市区町村の非正規率40%×75%)が女性非正規公務員なのである。

つまり、女性非正規なくして市区町村の公共サービスはないという状況なのだ。

量・割合だけが問題ではない。

正規公務員が3~5年で異動する中にあって、長期の業務経験を要する職ほど、ジョブ型雇用の非正規公務員に依存しているのである。

表3はその状況を表したものだ。

任期1年ながら、継続して10年以上勤務している非正規公務員がいる自治体は66.7%に及び、事務職員に関しては都道府県の44.4%の団体、保育士に関しては市区の28.1%の団体、消費生活相談員では都道府県の21.3%の団体に任期1年の繰返任用で10年を超えて勤務している非正規公務員がいる。明らかに基幹化しているのである。

だが、いくら長く勤務したとしても、それが5年を超えたとしても、国・地方自治体に雇用される有期の非正規公務員は、無期雇用に転換することを申し入れることはできない。非正規公務員に労働契約法が非適用だからだ。一般労働者における法的権利は、非正規公務員にはない。非正規として働く者の最低限の人権さえも保障されていない。それが非正規公務員なのである。

   表2 自治体階層別非正規率の推移

   出典)総務省「臨時・非常勤調査」より筆者作成

 

 

   表3 10年以上同一の者を同じ職種に任用している地方自治体数(2020.4.1現在)

  出典)総務省「会計年度任用職員制度の施行状況等に関する調査」の集計個票より筆者作成

 

 

⑵「剥奪」状況の非正規公務員

基幹職化しているにもかかわらず、そして依存を高めているにも関わらず、非正規公務員に対するまなざしや取り扱いには変化はない。

2018年11月、筆者は沖縄の図書館関係者の招きにより那覇を訪れた。非正規公務員問題と新たな非正規公務員制度である「会計年度任用職員制度」の導入という事態にどのように対処すべきかの講演のためである。

講演終了後、参加していた非正規司書が私に話しかけてきた。彼女は入職5年目で強制される一般公募試験で落とされ、前の職場を雇止めされていた。私の講演を聞き終え、涙ながらに次のように語った。

「雇止めされたのは、私の能力不足のせいではなかったのですね。」

公募試験は法律に定められた措置ではない。しかも公務員には労働契約法が適用されないため長年雇われていても無期転換申入権は発生せず、5年を前に雇止めしなければならない必要はない。にもかかわらず公募試験制度を導入し雇止めするのは、有期雇用の非正規公務員においても損害賠償請求の対象となる雇用継続の期待権が生じることが裁判上明確になっているからだ。そこで雇用継続における手続きを取ったという外形を整えるために公募試験を強制し、3年程度で異動する正規公務員よりも一つの部署で長く勤務し、業務遂行能力を高めて疎ましい存在となった非正規公務員を、試験を口実に雇止めする事例が頻発してきた。

彼女の事例もその一つなのだ。そして試験等で雇止めされた側は、自分の能力が足りなかったからだと思い込まされる。

当たり前に持っているはずの「物」、「人とのつながり」、「機会」などが奪われている状況のことを「剥奪」という。人は「剥奪」状況に長く置かれると、自分自身をレスペクトできなくなる。自分の能力不足が今の自分の境遇に陥らせた主因だと考えるようになる。

「正規になれなかったのはあなた自身のせい」というまなざしや取り扱いは、非正規公務員を「剥奪」状況に陥らせる。一番恐ろしいのは、このことなのだ。

でも考えてほしい。専門図書館司書での正規職採用はほとんどない。図書館で働きたければ非正規に甘んじるしかない。北九州市事件で自死した佳奈さんのように何らかの困難に喘ぐ人たちの力になるべくソーシャルワーカーの仕事に就きたくても、地方自治体が用意する女性相談員、家庭児童相談員、母子父子家庭相談員、生活困窮者自立支援員、生活保護面接相談員等の相談支援の仕事は、非正規職しか用意されていない。

能力がないから正規になれないのではない。正規職での採用がないから正規職になれない。仮に正規職に就いても、ジョブ・ローテーションの波に飲み込まれ、本当にやるべき仕事ができない。

剥奪状況に追い込まれる有能な非正規公務員に公共サービスを提供させる姿は、もはや、ブラックジョークですらない。

⑶公募試験とは

公募試験の導入は、2020年4月から新たな非正規公務員制度としてはじまった「会計年度任用職員制度」をきっかけとする。

導入前に総務省が各自治体に「技術的助言」として通知した「会計年度任用職員制度の導入等に向けた事務処理マニュアル(第2版)」(2018年10月)2においては、次のように記し、公募試験の導入を促したのである。

問6-2 会計年度任用職員について、再度の任用が想定される場合であっても、必ず公募を実施する必要があるか。
○ 会計年度任用職員の採用に当たっては、任期ごとに客観的な能力実証を行うことが必要である。
○ その際、選考においては公募を行うことが法律上必須ではないが、できる限り広く募集を行うことが望ましい。例えば、国の期間業務職員については、平等取扱いの原則及び成績主義を踏まえ、公募によらず従前の勤務実績に基づく能力の実証により再度の任用を行うことができるのは原則2回までとしている。その際の能力実証の方法については、面接及び従前の勤務実績に基づき適切に行う必要があるとされている。
○ 再度の任用については、各地方公共団体において、平等取扱いの原則及び成績主義を踏まえ、地域の実情等に応じつつ、任期ごとに客観的な能力実証を行うよう、適切に対応されたい。
注)下線は筆者による。

国からの技術的助言とは、地方自治法第245条の4第1項に定められた非権力的関与に位置づけられるもので、従わなくてもペナルティはない。だが、国の言う通りやっていれば住民から文句が出ても国に責任を押し付けられる地方自治体は、大概の場合において、国の技術的助言通りに自らの行政を執行する。

公募試験に関してもそうだった。

総務省「会計年度任用職員制度の施行状況等に関する調査(2020 年 4 月 1 日)」の個票から公募試験に係る回答状況みると(表4)、再度任用の方法については、「①毎回公募を行い再度任用する」が 1,254 団体(38.2%)、「②公募を行わない回数等の基準を設けている」が 1,255 団体( 38.2%)で拮抗し、「③毎回公募を行わず再度任用する」が 460 団体(14.0%)となっている。②公募を行わない回数等の基準は、更新回数2回又は4回が多く、3年ないしは5 年目で公募試験を受けることとなっている事例が多い。

③毎回公募を行わず再度任用すると回答した自治体は、その理由について、「能力実証に基づき再度任用することで、専門的な知識・ノウハウの習得により、事務能率の向上を図ることができるため。また、応募者は年々減少傾向にあり、退職補充も十分に行えていないため」(中国地方 H 市)、「継続的に必要とするポストが相当数あり、毎年度の公募により未配置等が発生する恐れがあるため、当該職員の勤務成績が良好な場合は継続任用としている。新規配置にあっては公募を原則とする」(関東地方 T 組合)等の人材不足や、「人事評価を行い、その能力及び態度の評価結果を活用し、再任用を行っているため。増員が必要なとき、退職者等欠員が生じたときはハローワーク等を通じて公募を行っている」など成績主義に基づく能力実証済との回答が目立った。

2 総務省の「会計年度任用職員制度の導入等に向けた事務処理マニュアル」は、2017年8月に第1版が通知されている。第1版には公募試験の導入を促す文言はなく、国の期間業務職員制度における公募試験についての言及もなかった。公募試験の実施は、法律事項ではない。したがって地方自治体に実施を促すほどのものではなく、要は公務員採用の成績主義の原則を潜脱しない限りにおいて能力実証を経て採用すべきことを第1版は確認的に求めていたにすぎないものとなっていた。ところが第2版において、「公募ありき」の助言内容に変更されているのである。第1版から第2版にかけて、一体何があったのか。誰がこれを促したのか。興味深い論点である。

⑷人手不足が公募試験を蹴散らす可能性

会計年度任用職員制度が始まったのが2020年4月。2022年度は3年目にあたり、上で見た通り、3年目公募の自治体が多いことから、今年度末に「雇止め」にあう人が続出する恐れが出ている。

その一方で、公募を実施しないことを早々に職員組合に表明している自治体も出てきている。その一つが、沖縄県浦添市で、その理由は「公募しても新たな応募者はいない」というものなのである。

会計年度任用職員に係る採用競争倍率等の統計はないので、地方自治体の一般行政正規職員の過去10年間の競争試験における受験者数、競争率の推移をみると、受験者数は2011年は618,734人だったものが2019年はボトムで440,126人で約7割に減少、競争率は2011年が8.8倍だったものが、2019年には5.6倍に下落している3。教員の受験者数の減少と学期初めにクラス担任も配置できない現象が生じていることが話題に上っているが4、正規の一般行職職員の受験者数の急速な減少推移を見てみると、早晩、行政職においても人が配置できない現象が生じることが懸念される。

いまや地方自治体は、「選ばれない職場」になってきているのであり、正規公務員でさえこの現象なのだからいわんや非正規公務員をや、なのである。

3 総務省「令和2年度地方公共団体の勤務条件等に関する調査結果」2021年12月24日、38頁

4 教員不足とは、正規教員の不足を補ってきた非正規の臨時教員という人材プールが枯渇したことにあることを明らかにしたものとして、拙稿「法の狭間と非正規教員の実態」『季刊教育法』(215)2022年冬、26頁以下を参照。

3.最低賃金割れの時給単価さえも許される構造

 判決予定時間まであと30分の午後1時。緊張が高まる。

だが、非正規公務員を雇う側の地方自治体には、人を雇うことについての緊張感が欠けていることを示唆する事件が発覚した。

会計年度任用職員の時給単価が法定最低賃金割れを起こしていたのである。

⑴最賃を下回る時給単価で会計年度任用職員を堂々と募集

これを報じた毎日新聞の東海林智記者の記事から引用しよう5

「広報紙で『最低賃金割れ』の賃金で職員を募っている」。最低賃金の改定から間もない2022年10月上旬、自治体で働く人たちでつくる労働組合の全国組織「日本自治体労働組合総連合」(自治労連)に、茨城県桜川市の情報が寄せられた。9月15日付「広報さくらがわ」で、市は11月から5カ月間にわたり農林課で働く「会計年度任用職員」を時給897円で募集していた。・・・2022年10月の改定で、茨城県内の最低賃金はそれまでの時給879円から32円増の時給911円となることが決まっていた。広報紙への苦情は市にも寄せられ、市は最終的には、この募集の時給及び、すでに働いている会計年度任用職員の10月からの時給を、いずれも932円に改定した・・・。

自治労連の推計によると、各自治体の会計年度任用職員の22年度当初の賃金水準が、10月の改定後の各都道府県の最低賃金を下回るケースは、全国1741自治体の4割超に及ぶ。桜川市のように改定を踏まえて賃金を上げる自治体もあり、実際に最低賃金を下回る賃金水準となった自治体の数は定かではない。ただ、自治労連には茨城県以外の自治体についても相談が寄せられ、実際に最低賃金割れとなった自治体の存在を確認しているという。」

5 「違法じゃないけど「最低賃金未満」 公務員賃金に出した総務省通知」毎日新聞オンライン(2023年1月18日)

⑵総務省マニュアルが最賃割れを許容した

なぜこれほどまでに最低賃金に対する意識が自治体関係者に薄いのか。

理由は2つある。

第一に、最低賃金法が公務員には非適用である。だから最賃割れを起こしていても労基署から指摘を受けるわけではないし、告発されるわけでもない。この点だけをとれば毎日新聞の記事の見出しにあるような「法違反じゃないけれど」になるのだが、実は、立派に法違反をしているのである。

公務員に最低賃金法を適用除外している趣旨は、地方公務員法24条2項で生計費・国・他の自治体・民間事業従事者の給与等を考慮して賃金を決定しなければならないとしているからで、地域別最賃が引き上げられたならば、それ以上の金額に速やかに改定する義務が地方自治体に生じているのである。その意味で言うと、最賃以上の賃金に引き上げない不作為は地公法違反なのであり、最賃法が非適用なんだからそのままにしていいとはならない。

第二に、総務省の罪深さである。

地方自治体が最賃割れの賃金水準に設定しているのは、先に紹介したマニュアルで、公務員賃金で最も低い金額に該当する給料表上の1級1号の金額から始めよとしているからなのである。

2022年4月1日適用の行政職給料表の1級1号の基本給は月額135,600円で、これを労基法で定められた時間単価の計算式にあてはめると、時間単価は865円である。

マニュアルに従えば、すでにこの時点で、最賃割れを起こしている。

法違反を承知でマニュアルの記載を放置しているのであれば、緊張感がないのは総務省公務員部も同罪だと言わざるを得ない。

おわりに

 1月20日午後1時30分になった。福岡地裁の法廷では、北九州市非常勤相談員パワハラ自死事件に係る判決文が読みあげられた。

結果は棄却。原告である佳奈さんのご両親の敗訴だった。

福岡地裁は、北九州市の公務に従事していた期問中に精神疾患を発症したものの、自殺に至るまでの期間が2年以上あり、自殺が北九州市での公務に内在又は随伴する危険が現実化して発生したものとは認められず、「公務と本件自殺との間に相当因果関係を認めることはできない」とした。

公務に従事していた期間に発症したと認めながら、従事期間における公務と発症との因果関係に触れず、一体何が佳奈さんを追い詰めたのかについて言及しないことで、原告が求めていたパワハラの有無について問答無用とし、ただ、長期間経過後なので、公務と自殺との間に因果関係はないとするものだった。

いわば、パワハラとして認めて欲しかったらとっとと死ねばよかったのにと言わばかりの不誠実な判断だった。

判決後の記者会見で、母親の眞由美さんは、「娘が『死にたい』と言ったのは(北九州市の)区役所に勤務していた時だけだ」「娘に『職場から逃げなさい』と言えなかったことを後悔している」「仕事が原因で娘が病気になったことは認めてもくれず、退職後、頑張って生き抜いたせいで請求が認められなかったように感じ、悔しいし、娘に申し訳ない」と語った。

公務に従事する者に、『死にたい』という思いを抱かせ、親をして逃げなさいと言わせるような職場とは、いったいどういう職場なのか。なぜこのようなことが放置されるのか。

無期雇用の正規公務員なら、身分が保障され、病気休暇とその後の病気休職で、給与が保障されながら療養となる。非正規公務員は公務員であり公務員法の枠にありながら、正規のような手厚い保護はない。病気となれば無給の欠勤そして1年の任期が切れたら何の補償もなく雇い止め。

 非正規公務員に、働く者としての人権はない。

 行政も、司法も、非正規公務員の法的利益を守ってくれない。

 「選ばれない」地方自治体は、少数の者により運営される処分決定するだけの権力行使主体となり、住民の福祉を向上させる公共サービスの提供主体ではなくなる。

その時、住民の皆さんは気付く。「私を支えてくれる人は、誰もいない」。

だからこそ、改善の歩みは耐え切れなくなるほど遅くとも、あきらめずに前に進めなければならない。「あきらめたら、そこでゲームセットですよ」なんだから。

かんばやし・ようじ

1960年生まれ。國學院大學経済学研究科博士課程前期(修士)修了(1985年)。立教大学コミュニティ福祉学部特任教授(2022年~)。公益財団法人地方自治総合研究所委嘱研究員(2019年~)。著書に『非正規公務員のリアル』(日本評論社 2021年)、編著に『格差に挑む自治体労働政策』(日本評論社2022年)、『未完の「公共私連携」-介護保険制度20年目の課題』(公人の友社2020年)。

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