特集 ● どこへ行く“労働者保護”

政府の危険な労働政策を総点検する

労働者・市民の力で労働者保護の拡大・強化を

雇用共同アクション事務局長 伊藤 圭一

1.物価高騰下での春闘

2023年春闘が、山場を迎えている。今年は、政府のみならず、経済界までも「賃上げ」の必要性を唱えているが、肝心の労働者の雰囲気は、労働組合の意気込みはどうだろうか。

昨年の春闘の賃上げ妥結結果は、平均2%強、未組織労働者を含む全労働者の平均賃金上昇率は、22年1~11月平均で1.6%だった。これに対し、消費者物価指数の対前年上昇率は、春闘期でも2.5%、その後さらに上昇して12月には4%に達し、賃金改善分は、軽く飲み込まれてしまった。

そもそも物価高以前に、日本の労働者の実質賃金は、1997年をピークとして低下に転じ、当時より10%も下回っている。こんな国は他にはない。賃金低迷のもとで貧困も広がっており、東京で食糧配布の活動をしている地域の労働組合によれば「働いていても生活に困窮し、列に並ぶ人々が増えている」という。この状況を打開するためには、未組織の非正規労働者らに声をかけ、その待遇改善を要求に掲げて、物価上昇を大幅に上回る賃金・最低賃金の引上げを勝ち取る必要がある。

使用者側の構えはどうか。日本経団連は「物価対応の賃上げ」と言いつつ、連合の5%賃上げ要求に対し、「この間の相場と乖離しすぎ」と批判しており、賃金抑え込みのマインドは相変わらずだ。労働組合は、「賃上げの追い風が吹いている」と誤解せず、相当な決意で賃金闘争にのぞまなければならない。

振り返ってみれば、1974年の第1次オイルショック時の「狂乱物価」は年平均23%に及んだが、賃上げ率29%で乗り切った。第2次オイルショック時も物価上昇に負けない7%賃上げを勝ち取っていた。最近、アメリカでは、執行部やオルグ主導の「サービス型労働組合運動」から、「当事者主導型」へと方向を変えることで、アマゾンやスターバックスでの組織化を成功させたり、製造業や医療職場での大規模ストライキによる大幅賃上げを実現させている。私たちは、労働組合の先輩たちや、他国の運動に学び、今の組合活動の在り方を見つめ直す作業を仲間たちと行い、団結力・交渉力を引き上げて、春闘にのぞむ必要があろう。

2.リスキリングで「構造的な賃上げ」?

では、岸田政権の労働政策は、賃上げの実現に資するものなのだろうか。「新しい資本主義」内の賃金改善政策の筆頭には、「看護・介護・保育・幼児教育分野で働く労働者の処遇改善」が掲げられている。これは医療・福祉・介護分野を組織する労働組合が、コロナ禍のもとで繰り返し要求し、キャンペーンを打って勝ち取った政策である。ただし、政府が譲歩した3%の賃上げ措置では、ケアワーカーの賃金を全産業平均レベルに引き上げるには足りず、しかも申請は事業主次第で、医療についてはコロナ対応や救急搬送200台/年以上の病院に限る選別要件がついているなど、きわめて不十分である。

首相がよく言及する「賃上げ減税制度(中小企業の場合、1.5%以上の賃上げで雇用者給与支給増加額の15%を法人税額から控除する等)」はどうか。実はこの制度、2013年度から施行されながら、確たる成果がなく、政府税制調査会でも「実効性に疑問」と声があがっている代物だ。

22年末の臨時国会から、岸田首相が強調する「リスキリング」による「構造的な賃上げ」はどうか。賃上げの条件に「学び直し」をかませるあたりからして、今の労働に報いる気はないのかと言いたくなるが、問題はそれだけではない。この政策は「労働移動の円滑化」というリストラ推進策の一環をなしている。背景にあるのは、「諸外国では、高生産性・高賃金職場への『労働移動』が継続的な賃金上昇を後押ししているから、日本でもそうすべき」という経済団体の主張だ。日本の労働者の低賃金は、ようやく認めたが、その解決に乗じて、リストラを促進しようというわけである。

はたして、労働移動(転職)は、平均賃金の向上をもたらすのか? 日本の直近の実態からみれば、答えはノーである。厚労省の「令和2 年転職者実態調査」によれば、転職前より賃金が「増加」した人が39.0%いる一方、「減少」も40.1%と拮抗している。これが50代以上になると転職で賃金は下がったが多数となる。

では、岸田政権の「新しい資本主義」の「労働移動」なら、賃上げが実現するのだろうか? 岸田首相は22年10月3 日の第210回国会における所信表明演説において、「リスキリング、すなわち、成長分野に移動するための学び直しへの支援策の整備や、年功制の職能給から、日本に合った職務給への移行など、企業間、産業間での労働移動円滑化に向けた指針を、来年6 月までにまとめる」と語った。そしてリスキリングへの公的支援投資を、この3年間の4000億円から次の5年間は1兆円へと引き上げるとした。「新しい資本主義実現会議」がまとめた「『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画』の実施についての総合経済対策の重点事項」には、以下の施策が盛り込まれている。

■新しい資本主義の総合経済対策の中の 「労働移動円滑化」促進策
    〈労働者に転職の機会を与える企業間・産業 間の労働移動の円滑化〉
リスキリング、すなわち、成長分野に移動するための支援策の整備や、年功制の職能給から日本に合った職務給への移行を個々の企業の実情に応じて進めるなど、企業間・産業間での失業なき労働移動円滑化に向けた指針を来年6月までに取りまとめる。

○ 一般の方がキャリアアップのための転職について民間の専門家に相談し、転職するまでを一気通貫で支援する仕組みを整備する。
○ リスキリング(リスキリング中の生活保障、セーフティネットを含む)や賃金の在り方(年功賃金から個々の企業の実情に応じた 日本に合った職務給への移行等)を含め、官民で来年6月までに「労働移動円滑化のための指針」を策定する。
○ 賃金制度も含め、企業の労働移動円滑化 の取組状況の開示を奨励する。
○ 労働移動円滑化のため、①労働移動を受け入れる企業、②副業に人材を送り出す企業 または副業の人材を受け入れる企業を支援する。
○ 雇用調整助成金の特例措置等については、感染が拡大している地域・特に業況が厳しい企業に配慮しつつ、雇用情勢を見極めながら縮減していく。
○ 副業の環境整備のため、副業を認めている企業について、公表を行う。
○ 賃金制度を改革し、新たに職務給の導入を行う中小企業について、助成を行う。
○ 非正規雇用労働者等の労働移動を支援するべく、民間派遣会社を通じた簡単なトレーニングや、紹介予定派遣による就職支援を行う。

失業者でなく、在職中の労働者に対し、賃金の高い成長産業に移動できるような「学び直し」と転職相談・転職支援までしようというのだが、その対象は転職志向のある人に限らないだろう。むしろ、リストラをもくろむ企業では、対象者本人の意向に反してでも、転職プログラムにかけてくることは想像に難くない。なにせ、国を挙げて「労働移動」を促進するため、副業を含めて人を送り出す企業、人を受け入れる企業、それを仲介する人材ビジネスの三者に対し、様々な助成金をだし、労働移動政策に積極的な企業名の公表というインセンティブもかけるのだから、退・転職の圧力は相当強いものとなろう。解雇をめぐる紛争の多発が予想されるが、だからこそ、政府は、違法・無効な解雇でも、金さえ払えば労働契約が解消できる「無効解雇の金銭解決制度」の検討を進めているのである。

「リスキリング労働移動政策」で思い起こされるのは、2014年に制度見直しされた労働移動支援助成金である。当時パソナの会長でもあった竹中平蔵氏が、産業競争力会議をとおして同制度の助成額の引上げと対象の拡張を実現し、人材派遣・職業紹介事業を行う再就職支援会社は、企業にリストラ推奨の営業を仕掛けた。人員削減など検討していなかった企業にも、助成金が使えることやコスト削減効果をアピールしてその気にさせ、リストラ実務を請け負った。労働者と面談し、「会社に自分の居場所はなく、去るしかない」とあきらめさせ、自己啓発の一環として自らの仕事探しをさせ、転職先が見つからない場合は派遣労働者として登録させた。このコンサルタント、就職あっせん、労働者受入れの各事業が助成金の対象となった。中には退職後1 年経たずに、以前の会社に派遣され、前と同じ業務で賃金は3分の1という違法派遣の事例もあった。こうした「首切りリストラ助成金」が生んだ悪辣な人材ビジネスの横行は、2015年の通常国会で大問題となったが、今回の岸田政権の「労働移動の円滑化」政策パッケージは、ここに「学び直し」の要素を加えただけ、となるおそれがある。なかにはデジタル人材として転職を成功させる者もでてくるだろうが、多くの労働者にとっては雇用破壊と労働条件の低下となるのではないか。

巷では、職業紹介事業者が「就職したいならスキルアップが必要」と提案し、求職者から多額の授業料を徴収し、ろくな職業訓練も提供せずに、本人に未熟なスキルをごまかした求職活動をさせ、派遣先・就職先のOFF-JT(オフ・ザ・ジョブ・トレーニング)で仕事を覚えさせるビジネスも存在している。今回の「リスキリング」政策に関しては、国の所管するポリテクセンターも、都道府県の高等技術専門校も、今のところ何の打診も方針提示もなされていないらしい。公共職業訓練機関の拡充でなく、民間ビジネス依存の「学び直し」では、賃金アップどころか、労働者からの収奪機会の拡大にもつながりかねない。

岸田政権のリスキリングが「IT・DX 人材育成」にしぼりこまれている点も問題だ。「デジタル人材を現在の100万人から2026年度までに330万人に拡大するというが、その受け皿となる産業・企業はまだ見えず、高い賃金での求人がなされる保証はない。岸田首相は成長しそうなスタートアップ企業を訪問し、期待を語っているが、スタートアップ企業の多くは、経営基盤が固まっておらず、好待遇は期待できない。

一方で、社会に必要かつ、人材不足が明らかな、デジタル人材以外の産業のエッセンシャルワーカーを増員するための施策は「総合経済対策」の中に入っていない。コロナ禍は、対人業務の現場で働く労働者の存在の大切さと、そうした労働者の待遇が不当にもきわめて低いことを明らかにした。ところが、そうした業務の人手不足を補うために必要な賃金その他待遇改善をはかる政策が、考慮されていないのである。

さらに注意が必要なのは、岸田首相が「職能給から職務給への移行」を明言している点だ。既に大企業では「ジョブ型人事制度」のための職務給への転換が導入されつつあるが、ざっくりいえばその中身は、賃金の生計費要素や経験加算要素をなくし、職務給一本にしたうえで、大多数の労働者の職務価値を低く評価して賃下げをしようとするものである。その際、浮かした人件費を、国際標準の報酬でしか来てくれない技術者などのヘッドハンティングにあてる狙いもある。

経済団体の年功型賃金批判を読むと、「長期勤続すると賃金があがるため、中高年正社員は転職を嫌がる。職務給で右肩あがりの賃金をなくすべき」としている。そこでいう職務給はシングルレートではなく、幅広いレンジがあり、評価で降給させられるタイプである。賃下げで労働移動を促進させられるというわけだが、これでは「構造的な賃上げ」どころか、構造的賃下げが進むだろう。

3.労働立法の検討も待遇改善に逆行

リスキリング以外の労働政策・労働立法の内容はどうか。労働時間法制の見直しが、労働政策審議会で議論されてきたが、使用者側が求めているのは、割増賃金の支払い義務を逃れるための裁量労働制の対象業務の拡大である。22年末に労働条件分科会がまとめた結論では、「銀行と証券会社におけるM&A業務」が専門型裁量労働制に追加されることになってしまったが、それにとどまらず、現行の企画業務型の違法な解釈が横行しかねない危険な事態を迎えている。「みなし労働時間制」による定額・働かせ放題の対象業務が拡大されると、長時間労働をしても賃金はあがらない労働者を増やすことになる。

有期契約で働く労働者の待遇改善、雇用安定につながる無期転換ルールの見直し論議も、その立法趣旨を逸脱した雇止めへの対策としては、法の趣旨の周知程度にとどめ、無期転換された労働者の待遇については「賃金が下がることもありうると明示すべき」という姿勢で、待遇格差はそのままに、解雇しやすい「限定社員」を広げる法整備を進める内容でまとめてしまった。

さらに、解雇自由の実現に先行させて、一つの企業への「就社」から、副業・兼業により多数の企業とかかわる複数就労・就業を推奨・普及させ、雇用労働から「雇用によらない働き方」への転換をはかる政策も、積極的に進められている。フリーランスの契約条件の劣悪さは、政府も承知しており、公正取引ルールへの留意や、自己負担による労災保険制度の適用(特別加入)、安全衛生配慮義務の一部拡大は進めている。しかし、プラットフォーム・ビジネスなどの新たな手口にも目を光らせ、労働者性判断の枠組みを広げて、労働者保護法制の適用を拡大することには否定的である。

一連の政策の結果として、従来の労働者よりも低い報酬・労働条件で働くフリーランスが増えれば、競合して働く労働者の労働条件も抑制される。このままでは、日本の労働市場は、低賃金・不安定雇用・不安定就業の泥沼に落ち込んでいくことになりかねない。

このように、一見、労働者にとってメリットがありそうな目標を掲げながら、実際には、労働者の権利侵害を広げようとしているのが、岸田政権の「新しい資本主義」の特徴である。以下では、現在、立法もしくは省令の改定準備がなされている法制度課題の問題点と対抗的視点を紹介する。

4.労働時間法制

労働時間法制については、2018年国会で、労働統計の偽装が発覚して撤回された労基法改悪=裁量労働制の対象業務拡大と要件の緩和が、再び仕掛けられている。裁量労働制というと、労働者に対し、労働時間の配分や業務遂行にあたっての裁量を「与える」制度のように思われるかもしれないが、そうではない。業務の性質上、労働者が一定の裁量を発揮する必要がある(そうせざるを得ない)業務に就く労働者に対し、労使協定や労使委員会の決議等を要件として「みなし労働時間制」を適用可能とし、使用者から実労働時間管理の義務と、時間外労働に対する割増賃金支払い義務を免れさせる制度である。つまり、既に裁量を発揮している労働者に対し、不払い残業を合法化するのであるから、これは「構造的賃下げ」に与する制度といえる。

この制度に関わって、労働条件部分科会は、2022年12月27日に、「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)」(12.27報告)内で一定の結論をまとめた。内容は、専門業務型裁量労働制の要件として「本人同意」を加える一方、「銀行、証券会社において、顧客に対し、合併、買収等に関する考案及び助言をする業務」を専門業務型裁量労働制に追加したり、行政への届け出の本社一括化や定期報告の緩和などを認めるというものである。国会審議も経ず、省令で専門型に追加される「M&A業務」については、従事する労働者の働き方の実態や人数の概数なども調査・確認されず、「顧客都合に左右されるケースもあるが、全体を通して見ると、働き手が自身の裁量をもって働いている」とか「長時間労働はないと聞いている」程度の話で認めてしまうなど、審議はきわめて拙速であった。国会であればとおらない、この程度の審議で省令改悪が可能となれば、次々と適用拡大が進められてしまうだろう。

加えて、異常な事態も起きた。「報告」に記載されていないのに、日本経団連が、1月17日発行の『経労委報告』で、現行の労働基準法のもとでも「PDCA型」「課題解決型開発提案業務」への「みなし労働時間制(裁量労働制)」の適用が可能と、法令の誤った解釈を発表、日本経済新聞がその誤解を拡散させているのだ。上記の2業務は、「平成27年建議」において、立法改正の対象として条文が準備されていた上、同建議では、製造現場等への適用はできないと法定指針で明記することも確認されていた。つまり、現行法規定における適用はありえないのだが、日本経団連は、堂々と違法な裁量労働制の適用を宣伝、拡散させているのである。1月13日時点での雇用共同アクションの問い合わせに対し、厚労省の担当は、「使用者の発言の意図は不明だが、立法措置をとらなければ、(上記のような)対象業務の拡大はできないことは審議会で共有されている」等と答弁していたが、本原稿執筆段階では、審議会も開かれず、日本経団連への働きかけもなされていないようだ。

なお、この件については、厚生労働省と労働政策審議会にも非がある。公益代表の川田委員が、現行規定の企画業務型で上記2つの業務は適用可能などと、過去の法令検討からしてあり得ない解釈を開陳。それに使用者代表委員が飛びつき、「報告」を了承する際の総括答弁で誤った解釈を発言したのに、厚労省事務局も公益、労働者双方委員も、その発言の誤りを正そうとしなかったのである。

とにかく、厚生労働省には、早急に違法な裁量労働制の拡大を喧伝する日本経団連の行為を止めさせ、正しい法解釈を示させなければならない。多くの労働者、労働組合が声をあげていただきたい。

そもそも労働時間法制は、男女・正規・非正規の違いを問わず、労働者の命と健康を守るとともに、育児、介護、団らん等の家族との時間、その他の私的時間を確保するため、全ての労働者に適用されるべきルールである。特定の産業や事業場の都合で安易に例外を設けてはならないことを、あらためて確認したい。裁量労働制、高度プロフェッショナル制度、時間外・休日労働、変形労働時間などの例外的制度については、要件の厳格化と運用の徹底による適用対象者の縮小を、そして、有害業務である夜勤交替制の規制強化を求めていく必要がある。

当面、裁量労働制の対象業務拡大などの労働基準法の改悪に反対する運動を進めたい。こうした立法闘争とともに、職場では、法定労働時間の短縮に向けた、所定労働時間の短縮運動を進めていってはどうか。

5.無期転換ルール、研究職雇止め阻止

無期転換ルールは、「有期労働契約の濫用的な利用を抑制し労働者の雇用の安定を図る」趣旨で導入され、2013年に施行された(労働基準法第18条)。厚生労働省の調べによれば、2018~19年度に無期転換された者は約118万人、企業独自分を含めると158 万人とされ、制度は一定の効果をあげている。しかし、他方で無期転換申請が可能となる5年を前にした脱法的雇止めが横行している。また、2023年3月の年度末には、文部科学省所管の大学や研究開発法人の一部において、「研究」を主たる業務としている任期付きの大学教員や研究職の大量雇止めが起きそうになっている。これらは、大学教員任期法、科学技術イノベーション法による労働契約法第18条の特例措置である「通算契約期間10年の無期転換ルール」逃れの行為である。使用者の思惑次第で、無期転換妨害の雇止めが行われ、その防止も、訴訟による救済も十分ではないのだから、同制度には重大な欠陥があるといわなければならない。

また、無期転換できた労働者においても、賃金・労働条件は従前の有期契約で働いていたころと変わらず、しかもフルタイム労働者が無期転換した場合は、パート有期労働法による均等・均衡待遇規定の適用からもはずれ、待遇格差が放置されるという問題が起きている。そのため、無期転換の機会があっても、活用しない労働者も少なくない。

こうした事態が明らかになっている中、労働政策審議会は施行後8年を経た制度見直しを行った。しかし、「12.27報告」の結論は、「制度は効果をあげており、法の抜本改正は必要ない」というものであった。雇用共同アクションは、①有期労働契約の「入口規制」(無期労働契約の原則の確立)、②有期労働契約の通算契約期間の短縮( 1 年上限)と更新回数規制( 3 回上限)、③無期転換申込み制度から「みなし制度」への転換、④無期転換適用直前の労働契約の不更新条項の設定や雇止めの原則禁止、⑤無期転換後の労働条件の待遇改善に資する均等・均衡待遇規定の条文導入、⑥以上のルールの公務労働者への何らかの方法による適用を求め、意見書を提出し、立法措置をとるよう運動を行っている。

また、直面する多数の研究者の大量雇止めを阻止するため、国立大学法人、研究開発法人と、それらを所管する省庁を束ねる政府に、雇止め撤回・労働契約の無期転換、あるいは安定した雇用につながる再就職の実現等を求めている。

6.限定社員/無限定社員の労働契約ルール見直し

厚生労働省・労働条件分科会は、無期転換ルールの検討と同時に、限定(正)社員の普及に向けた労働契約ルールの明確化(労働基準法第15条)も検討した。「12.27報告」の結論として、中長期を見通した就業場所や業務についての「変更の範囲」(配置転換・広域配転があるか、業務の変更はあるか)を、労働条件明示義務に追加することとなった。異動・配転の際の労働条件明示の義務化は検討課題として先送りされた。

求職活動の際、あるいは就労にあたり、さらには異動にあたって、重要な労働条件を知っておくことは労働者にとって重要である。また、シフト制労働契約の濫用を防ぐ立法措置においても労働条件の明示は重要な論点である。しかし、この労働条件の明示行為は、内容を問わずに、ただ豊富化・精緻化すればよいというものではない。立場の弱い労働者にとって、不利益な労働条件や待遇格差をあれこれを押し付けられても、同意せざるをえないことが多く、結果として、労働者から異議申し立てをする権利を摘み取ることにもつながるからである。つまり、示される労働条件が労働者にとって不利益のない、合理的な内容であることを、法制度で担保する必要があるが、その点について、労働政策審議会では、既存の法令と判例に委ねるばかりで、労働者保護をしっかり考慮していない。

集団的労使関係による労働条件の合理性の担保は当然のこととして、①労働契約上の配慮事項の創設・強化、②労働条件の不利益変更を異動前に示し労働者が従わざるを得ない状況を生み出す「変更解約告知」問題への対処を検討するべきである。また、③正社員であれば甘受すべきとされている広域配置転換などの「無限定な働かせ方」の規制、④労働日・労働時間が未確定なまま就労する「シフト制労働契約」の規制なども、労働契約ルールの明確化に関連した重要課題である。

雇用共同アクションは、それらの課題を提起し、労政審でも課題とするよう求めたが、上記の程度の結論に終わってしまった。

7.「ジョブ型雇用」への対策

前項の「職務限定社員制度」(当該職務がなくなったことを理由とした解雇の容易化)と同時に導入が進められている「ジョブ型雇用制度」についても、対策が必要となっている。経団連は、いわゆる正社員について「職務、勤務地、労働時間などの制約・限定がなく、将来、職種、勤務地の変更、残業などの命令があれば基本的に受け入れなければならないという暗黙の契約が上乗せされているメンバーシップ型社員」として「無限定性」を強調し、「配転や労働時間による雇用調整が可能という意味で柔軟性が大きい」と評価する一方で、「雇用保障や待遇が手厚い分、採用しにくい」「特定の能力・技能が身に付きにくく、キャリア形成・転職が難しい」などとして、「専門性が高く転職が容易」な「ジョブ型雇用」の活用を推奨している。

同時に、ジョブ型と親和性のない賃金制度として「年功型賃金の見直し」を提言し、日立や富士通、NTT など電機・情報通信産業を中心に、「ジョブ」に基づく人事評価・賃金体系への「改革」が進められていることは、先にも述べたとおりである。それらの制度導入プロセスをみると、職務分析を行ったうえで「職務」「職責」「期待する貢献度」などにもとづく客観的な評価を行うような体裁を取っているが、実際には、多くの一般社員の職務の価値を低く見積もって賃金の大幅ダウンをはかるほか、個人の職務遂行の在り方を恣意的に評価して降格・リストラを進めるものとなっている。また、こうした措置で捻出した賃金原資によって、一部「高度人材」を厚遇することも狙われている。

グローバル化やイノベーションの促進、「高度人材」の獲得の必要を理由に挙げて、各企業が「ジョブ型雇用」導入を看板に、総額人件費を抑制しようとしていることに対し、大いに警鐘を鳴らし、職場段階で賃金改悪を阻止できるよう、運動していかなければならない。また、岸田政権がこうした現場の実態とは反する「賃上げ政策」の一環として、賃金体系の見直しを推奨、支援しようとしていることについて実態を曝露し、方針転換をさせる必要がある。

8.「シフト制労働契約」に対する規制

シフト制労働契約は、コロナ禍で相次いだ「シフトカット」において、休業させても労働基準法26条の「休業手当支払い義務」を免れる手法として注目された。その後、休業手当支払いを求めて労働組合に加入する当事者等、使用者側からみて「気に入らない労働者」を職場から合法的に排除する手段としても使われるようになり、経営者たちの間で「使い勝手の良い制度」として周知されるようになった。雇用共同アクションは、2021年から規制の導入を要求し、政府は「調査研究する」と答弁。2022年1 月7 日に「いわゆる『シフト制』により就業する労働者の適切な雇用管理を行うための留意事項」を厚生労働省が発表した。

この「留意事項」では、労働契約の締結時に、労働者に対して「始業・終業時刻」や「休日」などの労働条件の書面明示義務があることを指摘し、「シフトによる」だけでは義務履行にならないと記したほか、シフト未確定な期間についても、「原則的な始業・就業時間」等を記載するべきとも記載された。

しかし、シフト制労働契約の濫用・悪用を規制するために必要な以下の枠内の各事項:

●「労働日数・労働時間数の明示」
 a. シフトが入る可能性のある最大の日数や時間数
 b. シフトが入る目安の日数や時間数
 c. シフトが入る最低限の日数や時間数
●「シフトの確定に関する手続き」
 a. シフトを作成するにあたり事前に労働者の意見を聞くなど作成に関するルール
 b. 作成したシフトの労働者への通知期限、通知方法
 c. 会社や労働者がシフトの内容(日や時間帯)の変更を申し出る場合の期限や手続
 d. 会社や労働者がシフト上の労働日をキャンセルする場合の期限や手続

については、労働条件の重要な要素であり、「使用者及び労働者双方の立場から労働条件の予見可能性を高め、労働紛争を防止する」上で重要との認識を、厚労省として持ちつつも、「現在は法的根拠がないため、使用者と労働者で話し合って定めておくことが考えられる」という措置にとどめた。

結局、労働条件通知書の労働日・労働時間の欄に「シフトによる」「0 時間~」と記載しても、「現行法上、明示義務違反とはいえない」と解釈される状態が続いたまま、岸田政権は、あろうことか「シフト制を普及する」という考え方も抱いている(新しい資本主義の当初方針に掲載し、「22骨太方針」では削除された)。

この問題は労働者にとって、①突然の収入の喪失、②無償の待機期間の強制、③雇用の不安定化、④団結権の侵害、⑤実態として常用雇用であっても「日々雇用の一種」とみなすことによる社会保険の脱法的未加入など、多くの問題を引き起こしており、諸外国では、すでに規制法が創設・運用されている。

雇用共同アクションは、日本においても、他国の事例に学びながら、立法による規制をおこなうよう、政府に要求している。当面の切り口として、労働政策審議会で審議されている労働基準法15条「労働条件明示義務」を手掛かりに、「最低保障労働時間」を義務化して「ゼロ時間契約」を原則禁止とすることや、EU の「透明で予見可能な労働条件指令」にある過去の労働実績をもとにした「推定」による休業手当の支払い義務を課すこと、社会保険逃れの短時間労働の濫用対策として雇用保険加入要件(労働時間)を下げること等が必要である。

9.解雇の金銭解決制度

解雇権の濫用により無効な解雇をされた場合でも、金銭を払えば労働契約の解消を認める制度の検討が進められている。今回、提案が狙われている制度は、労働者にのみ、労働契約解消金の支払いを請求できる権利をあたえ、解消金を受領した場合に雇用関係が解消される仕組みとされており、政府や経済団体は「解雇された労働者を救済するための新たな選択肢の創設」と宣伝している。これは、労働者の警戒感を解く上で効果を発揮しそうである。また、従来、この制度創設には積極的でなかった中小企業団体も、労働契約解消金の下限額を引き下げることを条件として、賛成にまわっていることから、創設の危険性は一段と高まっている。

解消金の相場を予め低めにおいて算定可能とし、解雇権を濫用しても金で解決できる仕組みをつくれば、解雇自由社会が実現することは明らかである。雇用共同アクションは、同制度の検討を中止することのほか、就労請求権の創設や、違法解雇が横行しないための施策を行うことを、政府に求め、団体署名も提出したところである。

10.雇用によらない働き方への「保護法制」の整備

既に強調してきたように、「新しい資本主義」においては、労働者のフリーランス化が本格的に狙われている。それと同時に、フリーランス当事者がおかれている、就業および取引状況の厳しさにも焦点があてられ、書面の未交付や低額報酬、一方的な仕様変更や期日変更、報酬の支払遅延・減額・未払い等、様々なトラブルが起きていることが問題視されている。

その対策として政府は、2021年4 月に内閣官房が主管となって「フリーランス・ガイドライン」をまとめたが、旧来どおりの狭い労働者性判断が維持され、そこから外れる雇用類似のフリーランスのトラブルは、独占禁止法や下請代金支払遅延等防止法により解決するという内容で、立場の弱いフリーランスの保護には役立たなかった。そこで政府は、22年の臨時国会に「フリーランスに係る取引の適正化等に関する法律案」を上程しようとしたが、与党内審査で、反対意見がでてとん挫した。 

通常国会では上程される見通しであるが、その内容は、下請代金支払遅延等防止法の規制の程度を緩めつつ、対象を小規模事業者に広げる程度のもので、実効性はほとんど期待できない。雇用労働者とほぼ同様の業務・職種で働くフリーランスが、なんらの保護法制もかけられず、増えていくことは、労働法に穴をあけることに等しい。そうした動きが強められている中、厚生労働省は、2021年5 月の建設アスベスト訴訟最高裁判決(労安法第22条は労働者と同じ場所で働く労働者以外の者も保護する趣旨との判断)をふまえ、同条に基づく11の省令について、個人事業主に対する保護措置を規定(2023年4 月施行)する対応をしている。現在、「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」において、業界団体のヒヤリングと当事者を含めた討議を進め、メンタル問題も射程にいれた積極的な動きをみせている。

このように、労働法の一部を拡大して個人事業主へ適用していく方法と、労働者性概念を拡大して労働法全般の保護を事業主性の低いフリーランスへ適用していく方法とを、ともに進めていくべきであることを、国会での法案審議の場も活用しながら、周知させ、政府に対応をとらせていきたい。

11.技能実習制度の「見直し」

外国から日本に移住して働く労働者数は172.7万人(2021年10月末現在)である。ベトナムから45.3万人(移住労働者の26%)、中国から39.7万人(同23%)、フィリピンから19.1万人(同11%)が来日し、28.5万か所の事業所で働いている。うち、労働法令違反や人権侵害の横行がもっとも深刻な在留資格である「技能実習」は35.2万人いる。

相手国の送り出し機関と日本の監理団体を介在し、受け入れ企業に雇用されるが、「使用者を選べず、転職ができない」要件を悪用された「不正行為」は後を絶たず、36協定なしの長時間不払い残業や実習計画外の危険作業への就労、不当な家賃その他の天引き、ハラスメント、暴行など、醜悪な実態が横行している。労働法令違反や人権侵害があっても、送出機関への多額の保証金と違約金(いずれも禁止行為)があるため、当事者は行政機関に訴えることもできない。「廃止すべき奴隷労働制度」との批判が世界からあがるのも当然である。

こうした声に、法務省は22年春、ようやく対応する動きをみせ、古川前法相は、22年春から専門家や外国人支援団体の代表からヒヤリングを行い、技能実習生制度の見直しについて「論点を7月に発表する」として、技能実習生を派遣する送出機関の在り方を含めた論点を整理して制度の抜本的な改正につなげる意向を明らかにしていた。

ところが、その後、法務大臣が変わると法務省の動きはスローダウンし、「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」の発足は11月となった。1月末までに第2回会議が行われているが、論点としてある「人権侵害の防止」に反対する意見はないものの、「制度の存続や再編」については、人権侵害防止策の検討などそっちのけで、技能実習生の低賃金労働に依存した業界や仲介を生業とする監理団体の意向をふまえた発言が多数でており、当初いわれた技能実習制度の廃止どころか、制度の拡大、対象職種の拡大が進められそうな雰囲気となっている。

また、法務省には、過酷な入管収容の問題や仮放免の状態で生活困窮している非正規滞在者問題について、人道的立場からの解決をはかることが求められているが、法務省にはまったくその気はなく、帰国できない事情を抱えた人々が多数いるのに、強制送還の強化を中心とした入管法改正を、開催中の第211回通常国会に提出しようとしている。

難民認定の適正化とあわせ、移住労働者について、その人権と労働者としての権利を守るような受入れ制度をつくることは、人道的立場からも、国内の労働条件を守るためにも重要であり、労働組合の重要な取り組み課題である。

12.労働者保護法制の拡大・強化を

コロナ禍対策に、厚生労働行政が追われているさ中でも、政府はウイズコロナ、アフターコロナに向けた労働法の規制緩和を検討していた。上述した諸課題は、当面のスケジュールが見えているものの一部であり、このほかにも事業担保法制の見直し、精神疾患の認定基準の見直し、化学物質管理の在り方の見直し、雇用保険制度の抜本的見直し、リスキリング指針、施行段階のものでは、自動車運転者の改善基準告示や医師の長時間労働上限規制の新ルールなど、多くの課題がある。

自民・公明与党は、21年10月31日の衆議院選挙と、22年7 月10日の参議院選挙で勢力を伸長させている。岸田政権は、参院選直後から、統一教会問題、国葬儀強行問題、五輪汚職問題等によって支持率を落としているが、進めている労働政策・労働立法をみると、支持率拡大のために労働者要求を取り込むよりも、国会で多数を占めているうちに、労働組合や野党の反対する労働法制改悪を強行し、財界の支持を固めようとしているようだ。

しかし、経済界の要望どおりの労働政策では、労働者とその家族の生活状況はさらに悪化し、四半世紀におよぶ賃金停滞にみられるような失敗を、さらに長びかせることになる。

コロナ禍、災害、国際紛争、物価高騰、リストラの嵐から、労働者の権利を守り、健全な経済と社会を実現するには、与党や経営者にすり寄ることなく、労働者の要求実現のために行動する労働組合運動の伸長が必要だ。コロナ禍でも、私たちは、労働者と市民が声をあげれば、憲法改革を狙う強権政治においても、要求を実現させることができるという経験を持った。労働者の力に確信をもち、声をかけて仲間を増やし、運動を広げれば、政府の政策転換も、その先の政権交代による政治と社会の抜本改革も可能である。そのことを確信に、2023年春闘に奮闘しようではないか。

いとう・けいいち

1961年、愛知県生まれ。雇用共同アクション事務局長、全労連雇用・労働法制局長。1997年より全労連事務局。2002年より全労連常任幹事。最低賃金、労働法制などの政策課題を担当。1999年日産リストラ対策現地闘争本部員、2007年反貧困ネットワーク設立メンバー、2009年年越し派遣村実行委員。共著に『最低賃金で1か月暮らしてみました。』(亜紀書房、2009年)、『デフレ不況脱却の賃金政策』(労働運動総合研究所編、新日本出版社、2012年)など。

特集/どこへ行く“労働者保護”

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