論壇

シカゴ教員ストと社会正義ユニオニズム

労働運動のあり方への貴重な実践的取組み

Labor Now 共同代表・明治大学客員研究員 山崎 精一

はじめに

米国シカゴ市の市立の小中学校と高校の全教員が10月11日から無期限ストライキを予定していた。労働協約が2015年6月末に期限切れとなり、その改定交渉が1年以上に亘って継続され、シカゴ教員組合Chicago Teachers Union (CTU)は最終的な打開を求めて無期限ストライキを提案していた。9月26日には27000人の全組合員投票が実施され、投票率90.6%、賛成率95.6%で圧倒的にストライキが承認された。遡って4月1日にはCTUは一日ストライキを実施し、40万人の小中高校生が授業を受けることができなかった。この公務員の教師のストライキは生徒や親の大方の支持を受けており、「違法ストライキ」だと主張していた市当局も処分することはできなかった。したがって無期限ストの戦術設定は決してブラフではないことは市当局も承知していたに違いない。前日の10日には「ストライキ中」のプラカードが組合員に配布され、全組合員が毎日ピケに立つ体制が取られていた。

このようなストライキ体制を背景に40人の一般組合員からなる交渉委員が10日夜遅くまで交渉を続け、シカゴ市公立学校CPS当局との暫定合意に達し、11日からのストライキはとりあえず回避された。この暫定合意はこれから800人の代議員により、承認され、さらに27000人の全組合員による批准投票に掛けられて、正式に労働協約となる。その合意内容は組合側の要求、主張がほぼ受け入れられたものとなっている。

米国で人口が三番目に大きいシカゴ市を揺さぶったこの教員組合の闘いを紹介することを通じて米国労働運動の最近の動向について触れてみたい。

1. シカゴ教員ストライキ

現在のシカゴ市長はオバマ大統領の補佐官をしていた民主党のラーム・エマニュエルである。シカゴ市は深刻な財政危機に陥っており、エマニュエル市長は緊縮財政を推し進め、福祉や教育を切り捨てようとしている。特に市立の小中高校への予算をカットしており、2013年には50校が廃校になっている。それに替わり公設民営のチャータースクールが新設され白人などの富裕層の子供たちはそちらに移って行っている。シカゴ市の人口構成は白人、黒人、ヒスパニックがほぼ三分の一ずつであるが、公立学校の生徒の人種構成では白人9.4%黒人39.3%ヒスパニック45.6%となっている。廃校にされているのは有色人種の住民が多い地域であり、生徒たちは遠くの学校への転校を強制されている。予算がないため校舎も老朽化し、教員数も削減され、クラス人数が多く十分な教育が保障されていない。市長は財源不足を理由に教員の一時解雇レイオフや給与の抑制を続けてきていた。今回の協約改訂交渉で年金掛け金の市当局の負担分、本給の7%分、の廃止や定期昇給制度の廃止などを提案して、CTUと対決してきていた。

ストライキ直前に市長側が歩み寄り、次のような暫定合意が成立した。

1. 年金掛け金7%の廃止は来年からの新規採用者に適用
ただし廃止分は全額給与で補てんする。
2. 4年間で4.5%の基本給引き上げ
3. 定期昇給制度は維持
4. 健康保険の掛け金率を引き上げる
ただし本給の1%未満に抑える
5. レイオフへの一定の歯止め
6. 2年生のクラス定員を32人とし、それを超える場合は補助教員を配置する
7. 小学校教員の準備作業時間を認める
8. 都市開発整備基金(TIF)1.75億ドルの半分を教育予算に回す

賃金問題で組合側の基本的な要求を勝ち取っただけではなく、直接的な教員の労働条件以外の項目を勝ち取っていることは注目に値する。特に第6項目はクラス定員について初めて労働協約で定めたものである。さらに第8項目は教育財源を他から確保するという大きな成果となっている。CTUは生徒一人当たり500ドルの予算を増やすよう要求していたが、エマニュエル市長に財源を持ってこさせた意義は大きい。TIFは固定資産全収入から積み立てられていた基金で、利権がらみの都市開発に使用される資金が教育に回されることになる。

2. ストの主体―CTUとCORE

このストライキを担っているのはシカゴ教員組合CTUである。アメリカには大きな教員組合が二つある。最大の組合は全国教育協会NEAで組合員数は296万人。NEA自体は労働組合ではなく看護協会と同様の専門職能組織であるが、実際には労働組合と同様の機能を持っており、各州の加盟組織の多くは労働組合として登録されている。NEAはナショナルセンターAFL-CIOには加盟していない。AFL-CIOに加盟している教員組合はアメリカ教員連盟AFTであり、組合員数は160万人である。この二つを合計すると460万人弱であり、この他にも多くの労働組合が大学などの教員を組織している。日本の教員組合の組合員数約34万人と比較していかに教員組合が大きな存在か分かる。

アメリカでは労働組合の組織率が11.1%と低下し、とりわけ民間での弱体化が激しい。その結果労働組合の中で公務員の割合が2009年には過半数を超えた。その後、ウィスコンシン州などでの公務員攻撃の結果、公務員組合員数が減り始め、2015年には過半数を割り49%となっている。日本の公務員組合員が労働組合員の14.8%であることを考えると、アメリカにおける公務員組合の比重の大きさが理解できる。その公務員の中でも教員の占める割合が大きいのである。今や教員組合が人数的にいってアメリカ労働運動の中心を担いつつある、と言っても過言ではない。

そのAFTのローカル1がCTUである。ローカルはアメリカの労働組合の基礎組織で、日本で言えば支部であり、通常は認証された順番に数字で呼ばれている。ローカル1ということは一番歴史が古いということである。AFT加盟が1937年であるがその前身Chicago Teachers Federation(CTF)の結成は更に古く1897年である。アメリカの教員組合の中でも歴史の長い組合の一つである。CTUは古いだけではなく、戦闘的で革新的でもある。そのCTUでもシカゴ市教育当局との交渉を中心にした、組合員の利益確保に専念するビジネス・ユニオニズムが支配的になった時期もあった。1987年にストライキを実施して以来、ストライキを打たないで四半世紀が過ぎた。

2008年にCTUの中にCaucus of the Rank-and-file Educators(草の根の教員コーカス)略称でCOREという組合内組織が結成された。シカゴ市長の緊縮財政に対して職場から反撃する、そのためには役員に交渉を任せるのではなく、職場で全組合員が活動家となって運動を作っていくことを目指した。このCaucusコーカスというのはいわば組合内組合とも言えるもので、日本の労働組合運動の中では「派閥」とも呼ばれるような組織である。しかし、米国では労働組合と同じように結社の自由により認められている。具体的には1959年のランドラム・グリフィン法(労使情報報告・公開法)により、組合員が執行部を批判する言論の自由が保障され、組合内部に自主的に組織を結成して行動する結社の自由が保障されている。

実際に米国の労働組合の中には様々なコーカスが存在している。黒人やラテン系アメリカ人の組合員のコーカス、女性のコーカス、反執行部派のコーカス、役員選挙での当選を目指して結成されるものなど。職場段階、ローカル段階、産業別の全国労組段階の各段階毎にもある。COREはAFTのローカル1内のコーカスであり、COREのような教員組合各ローカルのコーカスが全国的に結集したものとしてUnited Caucus of the Rank-and-file Educators (UCORE)が結成されている。1995年のAFL-CIO会長選挙に向けてNew Voiceが結成されジョン・スウィーニー会長を当選させたが、New Voiceはナショナルセンター段階のコーカスであった。

ローズベルト高校前のピケでも日本からの参加者たち 4/1

COREは職場からの活動家作りによりCTUを下から変革しようとするコーカスである。そしてそれは当然役員選挙のための組織でもあった。2010年のCTU委員長選挙に黒人女性カレン・ルイスKaren Lewisを擁立して勝利する。コーカスを結成して2年で組合の顔である委員長を変え、またその2年後の2012年には25年ぶりのストライキを打てる組織に変えることに成功した。その秘訣は徹底した組合民主主義である。情報を全組合員に公開し、協約交渉の要求作りを全員で議論し、組合員一人ひとりが生徒とその親と会話し、ストライキなど行動戦術も全員で議論し、全員で参加する。組織率100%でストライキ賛成率が95.6%という信じられないような数字を誇っている。

3. 支持する勢力―最低賃金引き上げ運動

CTUは2012年のストライキの後2016年4月1日に一日ストライキを打っている。これは今回のストライキを準備するためのストライキであった。第一に組合員の団結を確かめストライキ体制を整えるためである。第二にストライキを支えるための共闘体制を築くためである。共闘には生徒・親、労働組合、人種民族団体、宗教団体、市民運動団体など広範な人々が含まれる。

4月1日の時点ではまだ労働協約改訂交渉が継続中であった。2015年6月30日に労働協約が期限切れになり、それ以来9ヶ月間賃金問題などを交渉していた。年金掛け金の当局負担分本給の7%の廃止を巡って交渉は暗礁に乗り上げ、第三者事実調査委員会での調査中であった。したがってまだストライキを打てない状況にあった。それにもかかわらず、あえて「違法」ストライキと非難されることをいとわず一日の「政治」ストライキを打った。

マックを取り囲むFF15のデモ 4/1

私はちょうどその日にシカゴに滞在しており、このシカゴ教員の一日ストライキに参加することができた。早朝、シカゴ市北部にあるローズベルト高校でのピケットと拠点集会に駆けつけた。テレビなどの報道陣はいたがストライキのピケということから想像するような緊迫した場面ではなかった。組織率100パーセントでストライキ破壊の動きもないのでピケの必要もないのだろう。ストライキ中のプラカードを掲げた組合員たちが集まっていた。注目したのは生徒も「先生を支持する」というプラカードを掲げていたことであった。集会にはファストフード、介護、バス運転手など多くの労働組合の労働者が参加していた。学校の前を通る車の多くがストライキ支持の警笛を鳴らしていく。学校の周りをチャンティングしながらデモ行進した後、近くのマクドナルドの店まで歩いて行く。ここでは数人のマックの労働者がストライキを決行していたので支援の集会を店の構内で行う。そこに他の学校での拠点集会からも参加者が続々と詰め掛ける。公立学校の教員のストライキとファストフードの非正規労働者がともにストライキで立ち上がり共闘する、このような姿を日本で想像できるだろうか?

トンプソン・スクエアで挨拶するジェシー・ジャクソン師 4/1

この日には他にも州立大学の教員、シカゴ空港の警備労働者などストライキも同時に行われた。それぞれの賃金問題などの労働条件の改善を求めるストライキではあるが、エマニュエル市長の押し進める緊縮財政に抗議し、金持ちへの課税を強化してその予算を福祉や教育に回せ、という共通の要求を掲げていた。「正義のためのストライキ、予算のための闘い」というのがこのシカゴ一日ストライキ行動のスローガンであった。

この一日行動に参加した人々は夕方市内中心部で開催された集会とデモに結集した。3万人が州政府と支庁が入っているトンプソン・センターを包囲した。身動きできないほどの労働者市民からはエマニエル市長と貧富の格差に対する怒りとストライキの高揚感が感じ取れた。特に人種差別に対する怒り、社会的正義への熱意が強く感じ取れた。シカゴに住み活動しているジェシー・ジャクソン師が熱く語りかけていた。警官による黒人虐殺に抗議するBlack Lives Matter(黒人の命は大切だ)運動の若者は「Revolution革命」を叫んでいた。

シカゴの教員組合の一日ストライキを中心にしてその他の公務員、民間の労働者もストライキで連帯する、小規模ながらもゼネラル・ストライキの萌芽を見たような気がした。公務員の教員の賃金問題と教育の質を維持しようとする闘いと、ファストフード労働者を中心として最低賃金の引き上げを求めるファイトフォーフィフティーンFF15の運動が結びついている。黒人差別を糾弾するブラックライブズマターの運動が繋がっている。その関係はお互いを利用し合うのではなく、また単に支援し合うのでもなく、エマニュエル市長の緊縮財政反対という同じ目的、金持に増税して福祉教育予算へという同じ要求で共闘している。労働組合が中心的な勢力であることは間違いないが、同じ社会正義を目指す社会運動の一つに過ぎないと自覚している。人種、性別、職業、組織の壁を突き破ってシカゴ市民の多様な運動がトンプソン・スクエアに合流してきて爆発したかのようなデモであった。

4. 裏の支持勢力―レイバーノーツ

このトンプソン・スクエアに集まった3万人がCTUの表の支持勢力だとすれば、裏の支持勢力はレイバーノーツ大会に全国からシカゴに集まった2100人の労働組合員、活動家たちだったと言える。

レイバーノーツは1979年に設立された独立の労働運動月刊誌の名前であり、それを発行しているNPO法人が行っている出版教育活動全体がレイバーノーツと呼ばれている。労働組合活動家のネットワーク作りがその大きな役割であり、2年に一回開催されるレイバーノーツ大会と随時各地で開催されているトラブルメーカーズ学校と呼ばれる講座が労働組合の垣根を越えた交流と議論の場となっている。レイバーノーツは単に情報を提供し、横の交流とネットワークの場を提供しているだけではない。はっきりとした労働運動の方向性を持って、現在の労働運動を変革することを呼びかけている。

そのスローガンは「労働運動に運動を取り戻そう」「職場のトラブルメーカーになろう」である。労働組合をビジネスのように経営し自己保身に陥っている組合指導部に任せるのではなく、職場で実際に働いて草の根の労働者が中心になって活動し、組合を下から作り変えていくことを呼びかけている。各職場、各労組に戦闘的な改革派のコーカスを作ることを呼びかけている。

実際に多くのコーカスが作られており、その中で一番古いのが運輸物流産業を組織するチームスターズ労組内のコーカスTeamsters for a Democratic Union (組合民主化を目指すチームスターズTDU) である。TDUの事務所はレイバーノーツのデトロイト事務所と同じ建物の中にある。TDUは組合員130万人のチームスターズを下から作り変え、1990年代にはロン・ケアリーを委員長に選出し、1997年の物流大手会社UPSでストライキを打つまでに至った。その後委員長を奪い返されたが、毎回委員長選挙で対立候補を立てて闘っている。TDUがこれまでのレイバーノーツ潮流を代表するコーカスだとすれば、現在はCTUのCOREが代表だと言えるだろう。

レイバーノーツはTDUやCOREのようなコーカスの集まりであり、コーカスの養成の場でもある。レイバーノーツそのものが米国労働運動の民主化と再生を目指す一つの改革派コーカスだと私は捉えている。

レイバーノーツ大会で挨拶するCTU代表 4/1

レイバーノーツは創立以来、デトロイト市に事務所があり、活動の中心としてきた。デトロイトは何より自動車産業の中心地であり、従来レイバーノーツは自動車産業の労働組合や基幹産業の労働組合を基盤としてきた。したがってレイバーノーツ大会も2年に一度デトロイト市内のホテルで開催されてきた。しかし、CTUが25年ぶりにストライキを打った2012年に初めてシカゴ市にその開催地を移した。それから3回連続シカゴで開催され、今年は4月1日から3日にかけてシカゴ空港に近いホテルで開催された。レイバーノーツ潮流の代表格にCOREが成長し、自動車産業の斜陽化に伴い、教員や公務員が労働組合の主流になったことを反映するかのようにレイバーノーツ大会の開催地はデトロイトからシカゴに移ってきた。

そして今年の大会開催日4月1日と合わせるかのようにCTUの一日ストとシカゴの一日行動が設定された。開会の全体会は午後1時からなので大会参加者は早朝からの教員ストライキや空港でのストライキ支援行動に参加していた。また午後4時からのトンプソンスクエアでの集会の時間には分科会は設定されず映画『プライド』の上映だけであった。明らかにレイバーノーツ大会とシカゴ一日ストライキ行動は連携して行われていた。どちらが先にあったのかは分からないが、私はレイバーノーツ大会の方が先にあり、ストライキの方がそれに合わせたのだと推測している。しかし、もしそうだとしても公言できるようなことではないので、レイバーノーツはあくまでも「裏の支持勢力」なのである。

5. 社会正義ユニオニズム

今年のレイバーノーツ大会には日本からの13人の参加団の一員として参加した。帰国後10月1日に開催された報告会で参加団の多くの人が最もシカゴで印象に残った言葉として「Social Justice 社会正義」を挙げていた。私も最初に訪米してレイバーノーツ大会に参加した1997年以来、訪米する度に社会正義という言葉を労働組合活動家や指導者から聞いてきた。日本の労働組合活動家からは滅多に聞くことがない言葉であり、「正義」という言葉が使われる時にはなにがしかの胡散臭さが伴い、正面から語られることは少ない。米国では肯定的に労働運動の目指すべき目標を表す理念として当たり前に使用されているように思う。この日米の社会正義観の落差には気づきながらも、あまり深く考えてはこなかった。多分公民権運動の伝統が労働運動にも引き継がれているのだろう、あるいは社会主義の影響が薄いからだろう、という程度の考えだった。

レイバーノーツには理事会に当るものが政策委員会と呼ばれており、その政策委員会を代表して全国教育連盟NEAの元オルグ、エレン・デービッド・フリードマンEllen David Friedmanさんが4月2日の晩餐会でスピーチを行った。その中でフリードマンさんはレイバーノーツが目指している労働運動の方向性をSocial Justice Unionism「社会正義ユニオニズム」と表現していた。フリードマンさんとは2013年に中国広州への労働研究交流で一緒になったりしてお付き合いしているが、彼女がこの言葉を使うのを初めて聞いた。彼女の発言の背景を調べてみたところ次のような動きがあったことが分かった。

2014年のレイバーノーツ大会でNetwork for Social Justice Unionism(社会正義ユニオニズムネットワークUSJU)が結成された。これはCOREとレイバーノーツが主導して作った社会正義ユニオニズムを志向するコーカスの全国ネットワークである。その中心はCOREやその全国版のUCOREなどの教員組合の活動家たちである。公教育を担う教育労働者は自分たちの権利と生徒や親たちの権利を同等のものとして取り扱わなければならない。教員の給与の引き上げと生徒たちの健康や教科書を入手できる権利を共に組合の課題としなければならない。

またシカゴのような大都市の公教育の生徒たちは有色人種が多いので教員が生徒や親と向き合うには有色人種のコミュニティーとつながる必要がある。教員が自ら職場の問題を取り上げるためには学校がおかれている地域社会の問題、広い政治的課題と取り組まなければならない。NSJUの共同創設者のミシェル・グンダーソンMichelle GundersonはCOREの創立者の一人でもあるが、NSJUが目指す労働運動についてこう語っている。「これまでのビジネス・ユニオニズムでは労働組合は職場にいる8時間の間に起こる問題しか取り組んで来なかったが、もっと広い政治的、社会的領域に目を向けなければならない。社会正義を目指す組合員は真空の中では生きていないし、生徒たちが複雑な社会状況の中で生きていることを自覚している。」(LA Progressiveとのインタビューから)

NSJUはAFTとNEAの両方の教員組合の中に社会正義を目指す組合員のコーカスを作り、さらに他の産別の組合にも広げていくことを目指している。

6. 社会運動ユニオニズムとの関連

これまで1995年のニューボイス以降の米国労働運動の中の変革を求める潮流を表す用語として社会運動ユニオニズムが使われてきている。日本ではこの用語は当初は「社会運動的労働運動」という訳語が使用されてきた。2005年に大原社会問題研究所の鈴木玲教授がその概念を整理し定義の試みを行った1。その直後に私もそのメンバーであった国際労働研究センターから『社会運動ユニオニズムーアメリカの新しい労働運動』2と題する単行本が緑風出版から出された。国際労働研究センターの戸塚秀夫顧問はニューボイス以降の新しい労働運動の試みを「社会運動ユニオニズムの模索ととらえ」その概念を提唱するために本の題名とした。その後この用語がsocial movement unionism の訳語として定着してきている。

それから10年以上が経過し、社会運動ユニオニズムを扱った研究書も発刊され3、私が共同代表を務めるLabor Nowでも労働運動の方向性を議論する場として「社会運動ユニオニズム研究会4」を7年にわたり67回積み重ねてきている。そこで、社会運動ユニオニズムについて感じていることを述べてみたい。

まずこの概念の定義がはっきりと定まっておらず、この用語を使っている人によって異なるように思われる。そもそも当初はブラジル、南アフリカなどの開発途上国の戦闘的で政治的な労働組合運動を分析する概念として使われていた。それがレイバーノーツの共同創設者の一人であるキム・ムーディーKim Moodyなどによって北米の労働運動の中でビジネスユニオニズムに対抗し、社会変革を志向する労働運動にも適用されるようになってきた。対象となる国が拡散するだけではなく、北米の中でも対象とされる労働組合運動の範囲も拡大してきている。

『ジャニターに正義を』運動を通じてラテン系労働者の組織化を推し進め、現在では最低賃金の引き上げ運動を全国的に展開している全米サービス従業員労働組合SEIUを社会運動ユニオニズムの代表格とみなす傾向が存在している。しかし、トップダウン的で中央集権的なSEIUの組織運営は草の根の労働組合民主主義を重視するムーディーが考える社会運動ユニオニズムとは相反するものである。そもそも社会運動ユニオニズムは既存の労働組合運動を表す用語ではなく、労働運動の目指すべき方向性を指し示す概念であった。

社会運動ユニオニズムという用語は労働運動の研究者や理論家によって盛んに使用され、議論の道具として使われている。しかし、マット・ノイズも指摘しているように労働運動の現場では組合活動家によってあまり使われていない5。これに対して「社会正義ユニオニズム」は労働運動の現場で活動家により指導者によって広範に使われているし、一般の労働組合員に何のために組合に入って活動しているかと問えば「社会正義」という答えが返ってくることが多い。社会正義を目指すことにより、労働組合運動は組合員の利益のためだけの利己的な運動から、もっと広い経済的・社会的な課題と取り組む社会運動の一つとなり、また他の社会運動と地域の中で連携できるようになる。

社会正義ユニオニズムと社会運動ユニオニズム、この二つの概念が別個のものではなく一部重なり合うものであることも確かである。社会運動ユニオニズムにおいても労働運動の目的、その目指すべき方向の中には「社会正義」が含まれていた。「制度内の労働運動の目的は組合員の経済的利益を守るという狭いものであったのに対して、社会運動的労働運動の目的はより広義なもので、社会あるいは政治体制レベルの労働者階級の利益あるいは社会正義を追求するものであるー」(鈴木玲2005年)

社会運動ユニオニズムと比較して社会正義ユニオニズムの持っている用語としての優位性は、米国の労働運動の実践の中でより広く使用されているという点である。さらに、現にある労働組合運動の型を表す用語ではなく労働運動の目指すべき目標、目的を指し示す概念であることがより鮮明であり、定義のあいまいさを避けることができる点である。

これまで使われてきた社会運動ユニオニズムと社会正義ユニオニズムとの関連と違いを今後検討して行きたい。

最後に

今年のレイバーノーツ大会に日本から参加した皆さんは一週間のシカゴ滞在の間に多くのことを学んできた。労働組合運動が全体的に後退している中で生き生きと活動している草の根の組合活動家たちから様々な刺激を受けてきた。写真が美しい報告書ができたのでぜひ手に取って見ていただきたい。合わせて日本とは異なるデモやピケのやり方をビデオで確かめてもらいたい。

参加団の報告書

○報告書 『レイバーノーツ2016大会 日本参加団報告書 シカゴ労働運動最前線』 48ページ 300円
○ビデオ 『シカゴの労働運動 歴史と現在を旅する』 15分 300円
※注文 Eメールで山崎精一まで  apjpyama@blue.ocn.ne.jp

1. 鈴木玲「社会運動的労働運動とは何か」『大原社会問題研究所雑誌』2005年9・10月号

2. 国際労働研究センター編著『社会運動ユニオニズムーアメリカの新しい労働運動』緑風出版2005年11月

3. 山田信行『社会運動ユニオニズム』ミネルヴァ書房2014年
チャールズ・ウェザーズ『アメリカの労働運動』昭和堂2010年

4. https://socialmovementunionism.blogspot.jp/

5. マット・ノイズ「ビジネス・ユニオニズムの危機 -米国の社会運動ユニオニズムと労働運動指導部の考察」脚注2所収

やまさき・せいいち

1949年生まれ。1973年東京清掃局勤務、東京清掃労組員として活動。2010年退職。現在、明治大学労働教育メディア研究センター客員研究員。Labor Now共同代表などを務める。アメリカ労働運動の研究、紹介、翻訳に従事。著作に『新世紀の労働運動―アメリカの実権』(戸塚秀夫・山崎精一他訳、緑風出版)、『アメリカ労働運動のニューボイス』(戸塚秀夫・山崎精一監訳、彩流社)、『社会運動ユニオニズムーアメリカの新しい労働運動』(国際労働研究センター編著、緑風出版)、『アメリカの労働社会を読む辞典』(R・エメット・マレー著、小畑精武・山崎精一共訳、明石書店)など。

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