この一冊
『在日二世の記憶』(小熊英二・高賛侑・高秀美編 集英社新書、2016.11)
差別の壁に挑み続けた二世群像
もう一つの戦後史
ジャーナリスト 秋田 稔
在日コリアン二世たちは戦後の日本社会で、いかに差別の壁と苦闘しながら生きて来たのか―。多種多様な分野で活躍する50人の在日コリアン二世のライフヒストリーを丹念にインタビューした証言集。一世の証言集は同新書『在日一世の記憶』(2008年)などかなりあるが、二世の生活史を多角的にまとめたのは本書が初めてだ。在日二世たちが語る「もう一つの戦後日本史」であり、戦後日本社会の歪みを映す鏡ともいえる本書を、在日コリアン差別が強まるいま広く読んでほしい。
50人の分野はビジネス、研究・教育、文化、スポーツ、医療・福祉、社会運動……など。著名人から、あまり知られていない人も。年代も84歳から49歳までと幅広い。出身地、家庭環境、学歴、民族教育を受けたかどうか、民族団体や母国との関係、国籍などもさまざまだ。
主な登場人物を分野別にみると
【スポーツ】元プロ野球選手の張本勲【ビジネス】「かつら」のアートネイチャー元会長で俳人の姜琪東、「盛岡冷麺」を全国化した邉龍雄、人情ホルモン「梅田屋」の南栄淑、パチンコ業最大手「マルハン」の韓裕、タクシー・MK西日本グループの兪哲完【研究・教育】哲学者の竹田青嗣、全盲の社会福祉学者・愼英弘、法学者で朝鮮学校に対するヘイトスピーチ反対裁判の金尚均、経済学者でテコンドーの達人・河明生ら【文化】演劇では「新宿梁山泊」の金守珍、劇作家・演出家の鄭義信、障がい者劇団「変態」の金満里。音楽では指揮者の金洪才、丁讃宇、歌手の朴保、李政美。映画では『パッチギ』などのプロデューサー李鳳宇ら【社会運動】「日立就職差別裁判」の朴鐘碩、元在日韓国人政治犯の李哲、日本軍「慰安婦」問題の方清子、「朝鮮人強制連行調査団」の洪祥進……など、実に多士済々だ。
内容の一部を紹介すると―。
プロ野球の「天才打者」張本勲は、幼時の大やけどで右手が不自由になり、広島の原爆で最愛の姉を亡くしたこと、極貧でも民族の誇りを決して失わなかった母、高校野球時代の民族差別などの生い立ち、親しかった力道山が「俺が韓国・朝鮮人だと言うと世界中のファンががっかりするから」と民族を明かさなかったとの話、さらに核兵器廃絶への熱い願いなどを語る。
姜琪東は高校卒業後、就職差別で40回も転職。大阪・釜ケ崎や東京・山谷で野宿生活をしたが、「かつら」のアートネイチャーに就職、同社を急成長させ会長に。趣味は俳句で、月刊『俳句界』を発行する「文学の森」オーナー。彼は在日の帰化が今後増えるだろうが、文化を持たない民族は必ず滅びるので「在日の文化」を作りたいと提言する。
全盲の社会福祉学者・愼英弘は、膨大な資料を点訳で読み、植民地時代の朝鮮社会事業史の研究で博士号をとったが、朝鮮籍で全盲というハンディで、50歳でようやく大学助教授に採用された。そして、国籍の違いを超えた障がい者差別制度是正のためにも尽力する。
「盛岡冷麺」の名を全国に広めた邉龍雄は、盛岡の冷麺は、植民地時代に日本に渡来して岩手に住みついた一世たちが、解放後に生きるため始めた故郷の料理。韓・日文化がうまく調和されているだけでなく、なぜ在日が存在するのかも含む食文化だという。
ガラス工芸家の李末竜は、地元の愛知県瀬戸市を「瀬戸物とガラスの街」としてプロデュースしたり、炭鉱の閉山でさびれた韓国の三陟市を、ガラスリサイクル基地として復興するアドバイス役を務めるなどの活動を通じ、日本でも韓国でも「在日」を認めさせたいという。
川崎市で地域福祉活動に取り組む裵重度は、一世たちの帰国建国型の民族意識、二世たちの反差別運動型の民族意識、三世以降の自己実現型の民族意識と、在日コリアンの民族意識や生き方の意識も変化している。またニューカマーの問題など地域の問題も変化している、と指摘する。
運動関係では、就職差別、指紋押捺、金大中氏救援、在日韓国人政治犯、強制連行真相調査、「慰安婦」、コリアン被爆者……など、主に1970年代以降の重要な運動の当事者たちの証言も貴重だ。
本書の意義はまず、日本社会のマジョリティである日本人にはなかなか見えにくい在日コリアンの実像を、二世の生々しい生活史を通して浮き彫りにしたことだ。それが新書(とはいえ761頁にのぼる大著だが)という、入手しやすい形で出版されたことは、昨今のメディアにあふれる在日コリアン差別言説への反撃だ。そして、厳しい差別の壁に挑み続けた各氏の証言は、ステレオタイプ化された在日コリアンに対するマイナスイメージを打ち破る。
さらに在日一世と在日二世の世代相の違いも、かなり浮き彫りになっている。在日コリアン一世の場合、その根っこは母国であり、母国に帰ることができず日本に残った。一方、二世の場合はそれを引き継ぎながらも、日本社会の定住者として戦後の新しい時代を切り開いてきたパイオニア世代といえよう。
在日コリアンは二世から三世、四世へと世代交代が進む。日本社会の強い同化圧力などで日本国籍取得(帰化)が増大。さらに日本人との国際結婚が増え、在日男性と日本人女性の婚姻の場合、子どもは日本国籍を取得できるよう国籍法が改正されたため、オールドカマー(特別永住者)は50万人を割り込み減り続ける。一方、韓国人ニューカマーは約6万人に達する。日本政治や社会の反動化で、在日コリアン差別も強まっている。こうした変化の中で、在日コリアンの人権を守るため本書に学ぶことが多い。
あきた・みのる
元通信社記者。現在、自由ジャーナリストクラブ会員。『現代の理論』23号(2010年春)、25号(2010年秋)の『メディア時評』、『現代の理論』デジタル8号(2016年春)の「この一冊」、11号(2017年冬)のコラム【関西発】など執筆。
この一冊
- 『アメリカ帝国の終焉―勃興するアジアと多極化世界』シグマ・キャピタル チーフ・エコノミスト/田代 秀敏
- 『在日二世の記憶』ジャーナリスト/秋田 稔