特集●混迷する世界を読む
人間を幸福にしない“資本主義”(下)
パラダイム転換を牽引する労働運動を
ものづくり産業労組JAM参与 早川 行雄
[資本主義の黄昏](以下前号)
はじめに
1.20世紀文明の終焉
2.政治支配に対抗する社会契約の再構築
3.虚妄の金融資本主義
4.不条理な社会をもたらした株式会社
5.「戦後レジームからの脱却」の危うさ
[格差社会の実相と労働運動の役割](以下本号)
1. 崩壊する中間層
2. 非正規労働者の著増が意味するもの
3. 放置される企業規模間格差
4. 危機に立つ労働運動
[格差社会の実相と労働運動の役割]
1.崩壊する中間層
格差社会を象徴するのは、所得倍増計画以降の高度成長の申し子であり、「戦後民主主義」を中心的に支えてきたとされる中間層の崩壊である。実証的な事例として1人あたりでみた可処分所得中央値の中期的な推移から中間層の所得動向を観察した調査がある。
高田創(みずほ総所チーフエコノミスト)が「国民生活基礎調査」(2013年)を用いて、世帯可処分所得の名目値と実質値(CPI総合指数(2010年基準)で調整)の時系列変化を分析した結果によれば 、名目、実質ともに1990年代後半をピークとして減少に転じ、実質値にいたっては1980年代の水準まで低下してきている。可処分所得の中央値が低下しているという事実は、中間層の所得水準が全般的に低下して、低所得層からさらに貧困層に転落するリスクが高まっている可能性を示唆していると高田は指摘する(註1)。
次に近年における所得(年収)分布の変化をみておこう。図1は2011年から2015年の間における年収階級別の雇用者数増減を雇用形態別に分解したものである。この間に全体では正規の職員・従業員が48万人減少した一方で、非正規の職員・従業員は169万人増加している。特に年収300万円未満の年収階級で非正規雇用が大きく増加した。この年収階級では正規雇用者の減少が目立っているが、低い賃金のまま雇用形態もより不安定になった層が一定の範囲で存在するものと推察される。
なお、この間の非正規雇用数の増減を年齢階層別に見ると65歳以上の層が大きく増加しており、年齢階層別の低賃金労働者比率でも60歳以上層では概ね4人に1人が低所得となっていることなどから、高齢者層の労働力化の影響にも留意が必要である。正規雇用については年収500~699万円層の増加が目立つ。しかしひとつ上の年収階級である700~999万円層の雇用者は逆に減少しており、増加の一部は上級階層からの下降であると考えられる。ここで見落としてはならないことは、分厚い中間層の存在はもっぱら経済の安定に必要とされるに止まらず、政治的民主主義が実効を伴って機能するための社会的な基盤でもあったということだ。
海外における先行研究をみると、米国や欧州でもこうした中間層の没落が顕在化している。例えばトーマス・A・コーチャンによると 、米国では「1947~79年の間に、生産性と実質賃金はともに年間約2~3%の割合で上昇した。この成長の足並みは80年前後に崩れはじめた。80~2010年の間に、生産性は約84%上昇したが、平均世帯収入の伸びは10%、平均時給の伸びは5%だった」(註2)。
またヴォルフガング・シュトレークは近著(註3)において 「新自由主義革命の決定的成功を目に見える形で一番はっきりと示しているのは、民主主義的資本主義諸国における収入および資産の持続的な格差拡大だ」とし、「ドイツについて言えば、この発展が産業別賃金決定制度の統合力の弱体化、および労働組合の力の喪失と密接に関係している」と述べている。これらの研究を参照する限りでは、労働組合の交渉力の変化に関わる分配の歪が実質賃金の伸び悩みに帰着するのは、新自由主義的経済政策が浸透した先進工業国に共通の現象であると捉えるべきなのであろう。
腐朽化した資本主義は、専ら勤労中間層に対する収奪の強化によってのみ延命が可能となっていると判断すべきデータは枚挙にいとまがない。
2.非正規労働者の著増が意味するもの
「中間層」の崩壊というコインの裏側では雇用労働者の4割近くが非正規雇用で占められるという雇用の劣化が進行した。中期的に振り返ると、1980 年代には労働時間の短縮は滞り、国際的にも日本人の長時間労働が問題視された。1988 年には改正労働基準法が施行されるとともに、1980 年代末から1990 年代にかけては、完全週休2 日制の広がりなどもあって労働時間が短縮された。この間の労働生産性上昇による果実の大半は、短時間労働者の増加を主因に総実労働時間の短縮に配分された。2000 年代に入ってからは、2002 年2月以降2008年2月に至る73ヶ月におよぶ戦後最長の景気拡大過程の下で労働生産性は引き続き上昇したものの、実質賃金はむしろ低下基調となり、2010年以降は総実労働時間も若干の増加に転じたことから時間当たり実質賃金はマイナス圏の推移となっている。
一方、現金給与総額(月次)の推移についてみると、一般労働者の給与がピーク時の水準を回復していない一方、パートの給与は漸増傾向になっている。しかし、パート比率の上昇を受けて、常用労働者全体としての現金給与水準は1997年をピークに大きく低下してきた。2010年以降の傾向をみると、パート、一般労働者ともに給与水準が上がっているにも関わらず、パート比率上昇の結果、雇用者全体としての給与水準は弱含み横ばい程度に止まっている(註4)。要約すれば、労働生産性上昇は賃金にも労働時間にも反映されず、低賃金短時間労働の非正規雇用比率上昇が全社会的な労働条件の改善を著しく妨げていることが分かる。
非正規雇用労働者の増加は、労働市場の質的な変化を媒介にして、国民経済全般の構造的な変化をもたらすに至ったと考えられる。日本の労働市場は正規と非正規の二つの雇用形態に分断され、それぞれが独自の動き方をしている。昨2016年12月の有効求人倍率を例にとれば、全体の有効求人倍率(季調値)は1.43と高い水準にあるが、正社員は0.92と1.0を下回り、特に一般事務職については0.33(実数)に留まっている。一方、パートの有効求人倍率は1.73まで上昇している。このような、かつては存在しなかった労働市場の分断が既存の経済理論や経験則を無効化し、経済情勢認識や経済政策判断を大きく誤らせた根本要因となっている。
マクロベースでみた労働分配率と非正規比率の相関についてもみておくこととしよう。図2は、雇用流動化政策による労働市場の構造変化の下における、1人当たり労働分配率(1人当たり名目雇用者報酬/就業者一人当たり名目GDP)と非正規労働者比率の推移を示している。一見して明らかなように、非正規比率の上昇が労働分配率を押し下げるという逆相関が表れている。
因みに、賃金交渉で賃金水準の要求根拠として、1人当たりの分配率を用いるのは雇用者数や就業者数の増減による影響を除いた実態をみるためであり、名目GDPを就業者数で除するのは、名目GDPには自営業者等の産出する付加価値が含まれているためである。1人当たり労働分配率の低下は、相対的に所得水準の低い非正規労働者比率の高まりが、雇用者報酬を大きく削減する効果を持ったためであり、その背景には常用代替によって人件費を中心とした固定費を削減し、損益分岐点引き下げを企図した経営施策があった。
歴史的役割を終えた資本主義は、不可避的に低賃金不安定雇用乱造装置と化す。いま求められているのは、労働市場の分断を修復する同一価値労働同一賃金原則を基軸とし、すべての雇用労働者を対象とする均等待遇の実現にほかならない。
3.放置される企業規模間格差
①中小企業の生産性をどうみるか
2016年版中小企業白書は中小企業を巡る環境変化として、人口減少による国内企業における売上高の減少と労働力の供給制約が生じ、従業員の不足傾向が更に強まることを予測しているが、後段は労働市場の実態に関する認識をミスリードする皮相な俗論である。売上高が減少し、当然に設備投資も低迷する経済は、政府の介入による需要喚起がなければ失業の増加が懸念される社会である(註5)。
今日すでに労働力に対する総需要は横ばい圏にあり、マン・アワーベースでみた総労働投入も弱含みの推移となっている。労働市場が逼迫しているかにみえるのは、短時間非正規労働者の大量採用が擬似的なワーク・シェアリング効果もたらした結果とみなすこともできよう。このところ有効求人倍率のデータなどから人手不足が喧伝されているが、業種別に人手不足の状況を観察すると、最も深刻なのが宿泊・飲食サービス業であり、対個人サービスなどが続く。これらの業種では生産性(1人当たり付加価値)が低くて儲けがほとんどないため、賃上げもままならず、低賃金だから募集しても人を採用できないとされる(註6)。
募集賃金水準や労働条件水準の低い企業には「募集しても応募がない」のが実態である(註7)。この背景には、限られた付加価値の中から利益をねん出するために、人件費を削減してきたデフレ(売上高停滞)対応型の経営姿勢もみてとれる 。いま人手不足と称される事態は、低付加価値、低利益、低賃金を余儀なくされてきた中小企業が陥った採用難と捉えるのが正確だろう。
そこで中小企業の生産性の現況であるが、白書は労働生産性を付加価値額/労働力と定義し規模間や業種間の比較を行っている。ここでの付加価値の内訳は営業利益高+人件費+租税公課+不動産・物品賃借料とされる。付加価値が企業利益や賃金の源泉であることは明らかだが、付加価値の構成要素を検討するだけでは中小企業が抱える生産性問題の本質はみえてこない。付加価値のもう一つの定義である売上高-中間投入(外部調達費)に着目するならば、しっかりと売上を立てて付加価値額を引き上げない限り、生産性の向上は実現出来ないという構造が浮かび上がる。
中小企業にはふたつの顔があるとされる。親企業から収奪される「問題性」の顔と技能・技術、すなわち人材の集積主体としての「発展性」の顔である 。白書は「IT投資や海外展開投資等の成長投資を積極的に行い、生産性向上や新陳代謝に取り組み、自らの稼ぐ力を向上させていくこと」に期待するとしているが、これらはもっぱら中小企業の「発展性」に着眼した提起である。しかしそれ以前に、近年、価格転嫁力の低下として顕在化している付加価値分配の「問題性」の克服が優先すべき課題として存在している。
②付加価値の適正分配とはどのようなことか
図3は資本金規模別の1人当たり付加価値額を製造業と非製造業について比較してみたものである。ここで注目すべきは、経年の変化よりも規模別にみた格差の大きさである。1人当たりでみた付加価値額の格差は歴然としている。製造業と非製造業の比較では規模が同様なら1人当たり付加価値額に大きな相違がないことも分かる。
付加価値が企業利益の原資である以上、1人当たり付加価値が大手の半分しかなければ、賃金が大手より低いとしても利益率の格差は避けがたい。低付加価値、低利益、低賃金の悪循環はデフレの根因である。この付加価値を増やすには、中間投入を与件とすれば取引単価を上げて売上高を増やすしかない。
連合は「サプライチェーン全体で生み出した付加価値の適正配分」、金属労協は「バリューチェーンにおける付加価値の適正循環」を提唱して、中小企業の付加価値拡大を春闘方針の柱としているが、そこで目指すべきは取引単価の適正化に向けた公正取引の実現にほかならない 。厳密にいえば、製造業における付加価値の適正配分とは、最終製品の価格を維持したまま下請単価を引き上げることでなければならない(大手の過剰な付加価値の中小への移転)。最終製品価格に下請単価上昇分が転嫁されれば、メーカーに新たな付加価値が生じて配分の適正化に逆行する上に、下請単価の上昇分を原資に賃金を引き上げても、最終製品価格が上がれば実質賃金を低下させる。
経済成長が問題を解決できる時代は終わった。より正確にいうならば、経済成長は問題を包み隠して先送りしてきたが、そういう時代は過去のものとなり、積み残してきた問題の解決が待ったなしに迫られる状況が訪れている。付加価値の適正分配が実現されることで「中小企業は、経済を牽引する力であり、社会の主役である」(中小企業憲章)ような、持続可能社会への道が拓かれる。
4.危機に立つ労働運動
①危機感の欠如
世界経済は画歴史的な危機の渦中にあり、わけても日本は安倍政権下で政治的、経済的破局の崖縁に立たされている。この期に及んで連合現執行部の危機感欠如には目を覆うばかりだ。「自民党との連立は条件次第」「自民党の政策とは距離感がない」といった耳を疑いたくなるような発言はどこから生じるのであろうか。
おそらく現執行部は労働戦線再編の矢面に立った経験もなく、現実の党派闘争、路線論争の実績もないまま、反共主義や労使協調路線の遺伝子だけを受け継いだ、頭でっかちで度量の小さい小官僚体質なのであろう。2016年12月28日付日経新聞「真相・深層」によれば「「新しい民社党をつくった方がいいんじゃないか」。連合執行部の中には、かつて保守系労組を中心に立ち上げ、自民党が長期政権を維持した55年体制下で連携したことがある民社党に言及する者まで現れてきた」という。もっともこうした勢力は昔から存在したのであって、危機の本質はこれら右派勢力に対抗すべき反主流派の影も形もみえてこないことである。
今日の連合運動を主導しているのは民間大手企業連である。筆者の所属するJAMは、結成に当たって綱領的文書「JAMの理念-われわれはなぜ統一を進めるのか」(註8)を採択し、大手企業連に傾斜する労働運動に歯止めを掛け、民間中小、官公労、大手企業連三者の均衡を基礎にした日本労働運動の再構築を目指している。しかし現実には企業連支配に歯止めどころか拍車がかかる始末となっている。結果として、すべての働く者のための運動は掛け声倒れに終わっている。
振り返れば、ニューディール期のアメリカは会社組合を不当労働行為として禁止することで産業別労働組合を支援していたし、高度成長期の日本では企業別組合の弱点を克服する春闘が公労委の裁定や人事院勧告に反映する仕組みがあった。いずれも労働組合の交渉力を強化して賃金・労働条件を引き上げる戦略だが、資本主義が余力を失った今日にあって、大手企業連主導の連合は完全にこうした戦略を放棄してしまった。放棄しなければ資本主義そのものと対決する局面に不可避的に突入するからである。
労働組合は自発的結社としての原点に回帰しなくてはいけない。先輩達の闘いの成果であるユニオンショップによる組織強制やチェックオフによる組合費強制徴収といった制度の上に、執行部が胡座をかいているようでは労働運動に未来はない。最近交流を深めている中小企業の経営者団体は、例えば外形標準課税に対する取り組みで個別企業の利害を超えた反対運動を展開してきた。それを可能にしているのは、すべての中小企業の発展を目指すという共通目標に、自発的に参加したすべての経営者が一致団結して取り組むという姿勢があるからだ。労働組合は、このような中小企業経営者の運動にも学ばねばならない。
②危機の時代に開明的経営者と共に取り組むこと
わたしたちが構想する新しい社会は、全員参加を想定するものの、「一億総活躍」などという扇動的なスローガンとは根本的な価値観を異にする。英国の経済学者アルフレッド・マーシャルが「高尚なものにせよ低級なものにせよ、強烈な野望といったものをもたない普通の人間にとっては、ほどよく、またかなり持続的な仕事をもってほどよい所得を得ることこそが、真の幸福をもたらすような、肉体・知性および特性の習慣をつちかう最善の機会を与えてくれるのだ。」(『経済学原理』第3編第6章)と述べているように、それはそこそこの能力を持った労働者が、ほどほどに(ワーク・ライフ・バランスを保って)働くことで生活の安定と将来への安心が得られるような社会なのである。少なくともわたしたちが構想の中心に置くべきなのは、そうした普通の労働者でなければならない。
確かに普通の労働者の標準的働き方からは外れる者も想定される。一方ではマーシャルのいう「強烈な野望」的な情熱を自らの仕事に注ぎ込もうとする者もあろうし、他方には何らかのハンディキャップによって標準的な働き方になじまない者もあろう。全員参加の社会を構想するに際しては、これらの人々それぞれに対する育成や包摂の施策も欠くことのできないテーマではあるが、あくまでも労働市場の最大多数を占める普通の労働者に焦点を当てた政策こそが重要である。
長期雇用慣行や年功型賃金などを特徴とした「男性稼ぎ手モデル」は前世紀的な旧システムとして今日的にはほとんど機能していない。この変化を社会システムの転換としてとらえるならば、労働者とその家族を包摂する市民社会と企業が主体である市場の間で、規制主体としての国の介入を前提に結ばれた日本的社会契約、すなわち長期安定雇用や年功賃金を柱とした日本的雇用慣行および企業の法定外福利と専業主婦の無償家事労働を国の貧弱な社会保障制度が補完するという独特の福祉国家の基盤が揺らいでいることになる。
企業は従来の雇用慣行を硬直的なシステムとみなして破棄する一方、国は困難に直面する企業部門を支援する産業政策に特化して、もともと脆弱な福祉の切り捨てに転じた結果、新自由主義的市場の論理が市民社会を併呑するかのような事態に立ち至っている。しかし転居転勤や長時間労働で労働者に過度の負担を強いるような無限定正社員の働き方と低賃金不安定雇用の非正規労働者に過度に依存し、労動条件の劣化を競争資源にしようとする一種の社会的ダンピングが、社会の持続可能性を妨げてきた結果、今日の経済的後退がもたらされたと考えられよう。
従っていま国(政府)の果たすべき役割、そしてそれぞれの労使が取り組むべき課題は、失われた何十年かの間に反故にされた社会契約の再締結に向けた真摯な努力と、その社会契約を基盤とした福祉国家の再構築でなければならない。とりわけ再生産可能な賃金を再生産可能な労働時間で稼得しうる働き方の確立は、こうした観点に立った労使の中期的な重点課題である。
ときあたかも、人工知能やロボットによるインダストリー4.0が話題を呼んでいる。かつての産業革命は蒸気機関にせよ内燃機関にせよ、はたまた情報通信技術にせよ人間の力を超えるものとして経済規模の拡大に資するものであったが、伝えられるインダストリー4.0はむしろ精神労働を含めた人間労働そのものに代替する技術のようである。そうであればこれは産業革命というよりむしろ働き方革命の技術としてこそ有効性を持つと考えられるのではないか。
技術革新によって、従来の半分の労働投入で必要を満たす生産が可能になるとすれば、半分の労働者を失業させる資本の論理とすべての労働者の労働時間を半減させる労働の論理の攻防となる。技術革新を社会の持続可能性と公正労働基準を両立させ、労働生活の質的向上にむけて最大限に活用することが先進的労働運動の使命なのである。21世紀の新福祉国家に向けた「危機脱出の経済政策」が求められているということだ。
③パラダイムシフトを牽引する労働運動
連合は2008年10月に公表した見解「歴史の転換点にあたって~希望の国日本へ舵を切れ~」において、市場原理主義は終焉したとの認識を示し、歴史の転換点に当たりパラダイムシフトを牽引することを宣した。また2014-2015年度運動方針では、現状は大転換期にあるが、新自由主義的な政策が復活しつつある下で、さらにパラダイムシフトを進めるとしている。さらに2015-2016年度運動方針では、市民セクターとの連携を打ち出した。しかし労働時間の上限規制問題における日本経団連への譲歩が社会的批判に晒されるなど、活動実態は連合自らが表明したスタンスに背を向けつつあるようだ。
何故連合は勤労市民の要求や運動に連携できずに批判を浴びるのか。何よりも上記見解も含めて、自ら確認した方針にこだわりを持つことができていない。例えば原発の再稼働に関して、「連合の新たなエネルギー政策」(2012)では「安全性の強化・確認を国の責任で行うことと(福島第一原子力発電所事故の知見を可能な限り反映した安全基準の策定)、周辺住民の合意と国民の理解を得ることが前提」としているが、この前提を何一つ満たさないなし崩し的再稼働の強行に際しても見て見ぬふりを続けている。
消費税率の引き上げについては、「連合第三次税制改革大綱」(2011)で消費税を基幹税制と位置付けつつも「財政赤字の補填等のためだけに消費税率を引き上げることは国民の理解を得られない。将来の社会保障制度の維持・強化のために全額充当することを法律上明確にする」ことを確認している。それにもかかわらず昨今の財源補填的消費増税に対して知らん顔を決め込んでいる。これでは市民セクターとの連携などできようはずもない。
連合運動が大衆運動から乖離して行くのは、企業から自立できず産業・企業利害に捉われがちな企業別組合、とりわけ大手企業連が組織の中心に座っていることが大きな要因だ。これは「連合評価委員会報告」(2004)においても「企業別組合の限界を認識したうえで、それを補完する機能を強化する必要がある」「多様性を包摂できない組織は滅ぶ運命にある。労働組合は、すべての働く者が結集できる組織でなければならない」と指摘されているところである。
労働組合が真に自発的結社としての原点を回復するためには、①で述べたユニオンショップ協定の負の側面、すなわち米国ワグナー法が禁止した御用組合(company union)に道を開く傾向(労働組合法第2条を厳格に解釈すれば、日本の企業別組合の大半は労組法上の組合とは言い難い)を克服しなくてはいけない。そうして、雇用形態を問わない個人加入を原則とした産業別労働組合の指導的な役割を強化すべく、労働組合法7条1号但書(過半数を組織する労働組合であれば、労働者がその労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協約を締結できる)の労働組合を産業別労働組合と読み替えて、産別機能強化のクローズドショップ協定を可能にするくらいの大転換が必要だ。
あらゆる手段と努力を駆使して、大手企業連に傾斜した労働運動に歯止めを掛けることなしには、パラダイムシフトを牽引する労働運動を構築することは適わないであろう。
註1. 高田創「日本の格差に関する現状」みずほ総合研究所、2015年、P41
註2. コーチャン,トーマス・A『雇用危機からの脱出』Diamond Harvard Business Review、2012年、P138
註3. シュトレーク,ヴォルフガング『時間稼ぎの資本主義』鈴木直訳、みすず書房、2016年、P91-92
註4. 連合総研2015~2016年度経済情勢報告(2015)p76~77
註5. ケインズ「人口減少の経済的帰結」『デフレ不況をいかに克服するか ケインズ1930年代評論集』(2016) 所収
註6. 熊野英生「デフレだから人手不足になる 賃金上昇への課題は何か」(2016) 第一生命経済研究所
註7. 厚生労働省「平成28年版労働経済の分析」P164~167
註8. 同文書の主要部分は、早房長治『恐竜の道を辿る労働組合』(2004)p79以下に採録されている。
【参照論文・小論一覧】
「いま、なぜ、労働生産性向上なのか?」連合総研2015-2016経済情勢報告
「賃金抑制が招いた格差社会」ひろばユニオン 2016年3月
「雇用・賃金の中長期的あり方に関する研究委員会報告」連合総研 2016年9月
「勤労者生活底上げの諸相」連合総研2016-2017経済情勢報告
「付加価値の適正分配による中小企業の活性化を目指せ」月刊労働組合 2016年12月
はやかわ・ゆきお
1954年兵庫県生まれ。成蹊大学法学部卒。日産自動車調査部、総評全国金属日産自動車支部(旧プリンス自工支部)書記長、JAM副書記長、連合総研主任研究員などを経て現在労働経済アナリスト・JAM参与。最近の主な論説として「TPP協定交渉参加国労働組合の見解 その背景にある思想ととりまく情勢」(『農業と経済』2012.5昭和堂)、「自民党安倍政権における経済政策(アベノミクス)の実像」(『労働法律旬報』2013.9.下旬 旬報社)、「あるべき賃金をめぐる論点について」(『Business Labor Trend』2015.3 JILPT)、「定常状態経済と社会の再封建化」(『労働法律旬報 』2015.11.下旬 旬報社)など。
特集・混迷する世界を読む
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