コラム/警世閑話
“政府間の対立もめ事があっても、人民同士の交流がある限り戦争は起こらない”(周恩来)
蘇州大学と交流する大阪府教職員の会顧問 森 暁男
「1日の友は一生の友」と言われたのは2001年蘇州滞在中のことである。ちょうど私は2002年7月まで蘇州大学で日本語を教えていた。一人っ子政策の影響をまだ受けていない学生たちで、中国の大学生の入学者数が日本の大学生総数とほぼ同じ260万人という頃のことである。現在の中国の大学生の数は2400万人を越えている。不馴れな異国の生活に戸惑う私を学生たちは本当に親身になって面倒を見てくれた。私はただ「謝々」の連発であった。一方、私は市井の人たち、大学の守衛さん、ホテルの服務員、働きながら学ぶ夜間大学生らからいろいろな話を聞く機会を得た。
その時学生たちが「中国にはこのような言葉があります」と教えてくれたのがこの言葉である。
日本でも人間の交わりを象徴する言葉はある。茶道で言うところの「一期一会」である。これはこれで人との出会いのありようを述べているが「1日の友は一生の友」には長い交流と友誼の歴史が含まれているようだ。1972年日中国交回復時、日本において7割を超す友好的世論は、今、日中の9割の人が双方を嫌っている。
事態が紛糾している時は、先ずその原点に帰って考え直すことである。その原点とはなにかを私なりに考えてみる。友好交流の原則は、つまるところ人と人との関係である。その中にいろいろなヒントがあることに気付く。
1972年日本と中国は歴史的な国交回復を果たした。『交流』の『交』には「続く・末永く」という意味がある。悠久の歴史、一衣帯水、2000年の相互交流の歴史などと言う枕ことばの付く日中関係である。それから40年、本来なら不惑であらねばならない年である。現下の状況を一言でいえば「こんなはずではなかった!」
日中国交に至る井戸を掘った人たち、日本で初めて「日中友好協会」をつくった内山完造、「LT貿易」の高碕達之助、戦後100回も中国を訪問し、周恩来から中日国交回復の「井戸を掘った人」と讃えられ、「信はたて糸、愛はよこ糸、織りなす人の世を美しく」を信条とした「覚書貿易」の岡崎嘉平太、片や魯迅や周恩来といった、両国の心温かな志を持った指導者や実務者たちの血の滲むような努力と苦心を忘れてはならない。
では、私たちに出来る友好と交流とは何だろうか。身近なところ大阪の豊中に元毎日新聞記者西村真琴がいる。1930年代、今よりはるかに厳しい状況下にあった日本軍国主義による中国侵略戦争の真っ只中、魯迅との間に一羽のハトを介した友情が生まれた。
上海“事変”が起きて程なく、西村真琴は、上海郊外の三義里で飢えて飛べなくなったハトを「三義」と名付け日本に持って帰った。「三義」に二世が生まれたら日中友好のあかしとして上海に送るつもりであった。しかし三義はイタチに食べられて死に、西村は「西東国こそ異(たが)へ小鳩等は親善(したしみ)あヘリ一つ巣箱に」の歌を三義の絵に添えて魯迅に送った。それに感じ入った魯迅は七言詩「題三義塔」を作って送った。
その詩の後半にある。
闘士誠堅共抗流 闘士誠に堅くして共に流れに抗す
度盡劫波兄弟在 劫波を渡り尽くせば兄弟在り
相逢一笑泯恩讐 相逢うて一笑すれば恩讐泯(ほろ)びん
その意味は(私と貴方は誠心堅く時流に抗して闘う/あらゆる大波を越えても変わることのない兄弟がいる/再会してひとたび笑えば恩讐も消え去る)
周恩来の「政府間の対立もめ事があっても、人民同士の交流がある限り戦争は起こらない」と言う趣旨の発言の淵源は、西村真琴と魯迅の交流にあったのではないかと思う。
この三義塚は豊中市にある。
私はこれら先人を支える草莽の民でありたいと思う。大阪の「蘇州大学と交流する会」のお手伝いをする中で、また1年間の蘇州大学での体験から学んだことである。日本と中国の交流と友好を貫く精神は誠心の付き合いである。その根底にあるのはゆるぎない信頼を前提としている。中国は歴史的に見て客観視する機会の少なかった国である。交流を通して日中双方を双方の民衆が客観視出来ればいいと考えている。
安倍晋三は日中首脳会談をしたと言うがはたしてこの誠心に立脚して話をしたのだろうか。否であろう。アジアで威張り散らす日本人の姿ほどみっともないものはない。日中友好の原点は2000年の交流の歴史の精神を再確認し、戦争や争いを友好と平和に転じさせ「憎しみに未来はない」(シラク元仏大統領)事を肝に銘じる事である。
ちなみに中国には「貴方の友達は私の友達」と言う言葉もある。
もり・あきお
1940年大阪生まれ。早稲田大学文学部卒。2001年まで大阪府立高校の教員。2001年から一年間、中国・蘇州大学外国語教師として日本語を担当。現在、蘇州大学と交流する大阪府教職員の会顧問。
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