論壇

コロナ禍があぶりだした新自由主義のゆがみ

見えてきた格差を根本から除去する取り組みを!

東京統一管理職ユニオン執行委員長 大野 隆

この正月、急に手術をすることになり、しばらく入院していた。目にしたのは医療現場の「忙しい実態」だった。走り回る中でも笑顔を絶やさないスタッフの様子を見ていると、政権与党の無策が見えてくるようで、何とも切なかった。

そんな中、起こっていること全てが新自由主義の帰結のように感じられたので、以下、脈絡なくいくつか見聞きしたことをまとめたい。

あぶりだされた女性非正規労働者の実態

1月19日、野村総合研究所(NRI)は『コロナ禍で急増する女性の「実質的失業」と「支援からの孤立」―新型コロナの影響でシフトが減ったパート・アルバイト女性に関する調査―』と題する、女性非正規労働者についての調査報告を発表した。

そのまとめは、次のとおりである。

調査結果サマリー
コロナ禍で急増する女性の「実質的失業」と「支援からの孤立」   

◎コロナで大幅にシフトが減少する「実質的失業者」のパート・アルバイト女性は、推計90.0万人(2020年12月時点)
■2020年12月時点で、パート・アルバイト女性の4人に1人がコロナでシフトが減少
■シフト減パート・アルバイト女性の4割がコロナ前と比べて5割以上シフト減 
■「シフト5割以上減」かつ「休業手当なし」の人を「実質的失業者」と定義。2020年12月時点で、パート・アルバイト女性で「実質的失業者」は、90.0万人にのぼると推計される(「実質的失業者」は、一般的に統計上の「休業者」にも「失業者」含まれない)

◎シフト減パート・アルバイト女性の6割は、自分が「休業手当」や「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金」を受け取れることを知らない
■6割近くが「シフト減の場合も休業手当支給の対象」のことを全く知らない
■6割が「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金」のことを全く知らない

◎シフト減パート・アルバイト女性の5割以上が「暮らし向きが苦しいと感じること」が増え、6割強が「経済状況を理由に気持ちが落ち込むこと」が増えている
■8割近くで世帯収入が減少(うち4人に1人が世帯収入半減)
■6割が、食費の支出を減らしたり、貯蓄を削って生計維持を図っている
■コロナ前と比べて,「暮らし向きが苦しいと感じることが増えた(5割以上)」、「将来の家計への不安を感じることが増えた(7刮強)」、「経済状況を理由とした気持ちの落ち込みを感じることが増えた(6割強)」
■「金銭的理由で、この先生きていくのが難しいと感じること」が増えている人も2人に1人におよぶ

ここに見られるのは、非常に多くの非正規雇用の女性労働者が、実際には失業状態にあるにもかかわらず、そのことをはっきり自覚できず、かつ、それなりに揃えられている(行政などによる)支援制度にもアクセスできていない、あるいはそのことを知ってもいないという、悲惨ではあるが重大な現実である。

例えば、「休業手当に関する認知状況」と「実質的な失業率」は次のように報告されており、「シフト減」も休業手当の支給対象であることが、その状況にある6割の女性労働者には全く知られていない。また、実質的な失業率は、行政の統計より大幅に高い。これらの問題は、行政の責任であることは当然としても、この日本の社会にある何か根本問題が背景にあると考えなくてはならないのではないだろうか。

野村総研は、昨年10月にも調査を行ない、12月10日に『新型コロナで休業中のパート・アルバイト女性は、7割が休業手当の受け取りなし』として、次のような報告をしている。こちらの調査結果の方が具体的な事実を詳細に報告しているので、以下に、少々煩瑣になるが、重要な事実を説明する必要があると考え、そのまとめとポイントとなる結果の図表をそのまま引用する。

休業中のパート・アルバイト女性 調査結果まとめ

◎休業中のパート・アルバイト女性は、7割が休業手当を受け取つていない
 推計90.0万人(2020年12月時点)
■製造業に比べて、感染拡大による外出自粛で雇用調整の必要性が大きく生じた業種(宿泊業、飲食業、生活関連サービス業、娯楽業)で、休業手当を受け取っていない割合が高い
■シフト減パート・アルバイト女性の4割がコロナ前と比べて5割以上シフト減
■「シフト5割以上減」かつ「休業手当なし」の人を「実質的失業者」と定義。2020年12月時点で、パート・アルバイト女性で「実質的失業者」は、90.0万人にのぼると推計される(「実質的失業者」は、一般的に統計上の「休業者」にも「失業者」含まれない)
■世帯年収が低い人ほど、休業手当を受け取っていない割合が高い

◎休業中のパート・アルバイト女性の2人に1人が「この先仕事がなくなること」、4人に1人が「生活リズムの維持が難しいこと」、「心身の健康維持が難しいこと」が不安だと回答。休業手当ありの人に比べて、休業手当なしの人は、「この先仕事がなくなること」、「心身の健康維持が難しいこと」が不安だと回答した人の割合が高い
◎休業中のパート・アルバイト女性の4割強は世帯年収400万円未満。20代・30代で5割強、40代・50代で3割強が配偶者なし
                  ⇓
 新型コロナウイルス感染拡大によって休業を余儀なくされているパート・アルバイト女性の中に、本来権利がある休業手当を受け取れず、強い不安と生活困窮に直面している人が少なくない

かなり煩瑣になったが、これらを引用したのは、やはり重大な事実が示されているからだ。つまり、失業率は政府が統計で発表しているデータよりも、実際には高いし、政府が「十分な労働者支援を行なっている」と言っても、現実には最も困っている人たちにそれが届いていないことが明らかにされている。政府・行政には対策の強化を強く求めるものだし、私たち運動に携わる者も、もっと支援制度にアクセスすることを広く訴えていく必要がある。ちなみに、労働政策研究・研修機構がまとめる「政府による支援策メニュー一覧・働く皆さまへの支援策」に政府の支援策をまとめて詳しく説明している。

また、この調査の結果等の報道から、国会でも「シフト勤務」の非正規労働者が「休業支援制度」から排除されることが問題となり、大企業で働く「シフト勤務」非正規労働者にも、限定的ながら支援制度が適用されることとなった。こうした問題に着目することの重要性がよくわかるケースだった。

コロナは問題をあぶりだしたきっかけに過ぎない

朝日新聞も1月末に下記のような図表とともに、コロナ禍の影響が女性労働者に対して大きくマイナスの影響を与えていること、雇用・労働に限らず、苦境にあえぐ女性が多いことを報じた。同じころ、毎日新聞も産経新聞も、同様のレポートを掲載している。

しかし、これらはコロナ禍の「結果」なのだろうか。私にはそのようには思えない。

私は本誌前号で「言葉だけの『同一労働同一賃金』はいらない」を掲載し、女性労働者の半分以上が非正規労働者であることを説明した。女性の平均賃金も、男性の半分程度だとも言われている。そうした差別の実態が、コロナ禍であぶりだされてきただけなのではないのか。

つまり、通常は一定の問題があったとしても、世の中はそれを大きな課題と認識せずに進むことがある。この女性非正規労働者の問題もそのようだったろう。しかし、コロナ禍という「危機」に当たって、そのままでは対処しがたい事態に直面しているのである。日本の社会のありようが試されているとも言える。その事態を「あぶりされた」と捉えるわけだ。だから、解決すべき課題は、今起こった問題でなくて、この社会に深く横たわる基本問題なのである。

日本社会は、女性労働や非正規労働に問題があることを全く知らないわけではない。

それらしき問題があることはある程度知ってはいる。しかし、それがすぐにも解決すべき喫緊の、かつ基本的な課題だとは考えていないのである。だから、時々その問題に気づいても「まあ仕方がない」と思考停止して、やり過ごしてしまうのであろう。別の言い方をすれば、私たちは、この問題が個々人の人格・人権に関する基本的重大課題であると認識せず、長いものにまかれろ式に「自分のことではないから」「そのうち解決すればよい」と逃げていることが、あぶりだされたのである。コロナ禍に際して、具体的な解決を突きつけられていることを強く実感すべきであろう。

若干脱線すると、オリ・パラ組織委員会の森喜朗会長の「女性蔑視発言」が問題となっているが、これも単に森会長が女性蔑視をしたことだけが問題なのではないであろう。森会長が発言したとき、会場では笑い声が起こったと言われる。それは、森会長自身が「笑い」を誘おうと考えていたからではないか。要するにこの「女性蔑視発言」は「ユーモア」だという思いがあちこちにあったのではないのか。発言があったその時に、厳しく対処するだけの人権感覚が、会場にはなかったということだろう。それが一般的だとすると、日本社会における問題の根は深い。

女性非正規労働者問題も同じだ。これは、あってはならないことだし、すぐにも改めるべき人権問題なのだ。しかも、新自由主義がこうした雇用関係をどんどん進めたことも明らかだ。コロナ禍がそれを「根本問題」としてあぶりだしたことを忘れまい。コロナ禍対策としてはもちろん、日本の雇用関係を当たり前のものにするためにも、大きな課題としてすぐにも取り組まねばならない。

消費税は金持ちの懐に消えた

少し角度を変えて、同じくコロナ禍があぶりだした「税のゆがみ」について触れたい。次に掲げるグラフは、「不公平な税制をただす会」の共同代表である税理士・菅隆徳氏が作成したものである。「赤旗」はそのグラフとともに、昨年菅氏の見解を次のように伝えた。

 1989年の消費税導入から31年間、税制がどう変わってきたのかをとらえることが重要です。
 法人税の税率は42%から、新自由主義政策のもと年々下げて現在23.2%。所得税の最高税率も60%から45%まで引き下げられました。
 消費税は3%⇒5%⇒8%⇒10%と引き上げられました。

 国税庁の資料をもとに、1990年度と2018年度の税収の推移を比べました(グラフ)。税収合計が60兆1000億円から60兆4000億円と変わらないのに、法人税と所得税は減っています。
 法人税を払っている6割は大企業です。最高税率の所得税を払っているのは、富裕層です。この30年間、大企業と富裕層は減税で恩恵を受け続けてきたわけです。
 一方、消費税は、庶民の生活費に何でもかかり、赤字経営の中小企業・業者も払わされる税金です。この30年間庶民と中小企業は消費税増税で苦しめられてきました。
 コロナ禍で営業が思うようにいかない中小業者や収入の道を断たれた人々にも10%がのしかかり、生活費が日々消費税で削られています。消費税の減税は待ったなしです。
 そもそも、税は、払う能力に応じて負担する「応能負担」が原則です。同時に、憲法25条で保障される最低生活費には課税してはいけないのです。コロナ禍は30年にわたる税制のゆがみをあぶりだしたと思います。
 応能負担の原則に基づき、もうかっている大企業と富裕層にこそ相当の税金を課すべきです。

要するに、この30年間、新しく課税された消費税は、それに見合った金額を大企業と富裕層に対して減税するために使われ、何ら私たちのためには使われなかったということである。金持ちが潤えばやがて下までおこぼれが届くという新自由主義の本当の姿が、ここに表れたと言えるであろう。これまたコロナ禍があぶりだしたことであった。

大企業の膨大な内部留保も、一部はその「減税」の結果でもあるが、それ以上に本来労働者に帰属するものを株主・資本家に渡した結果だと、水野和夫さんは要旨次のように言う(毎日新聞、2020年5月)。「企業の内部留保は19年3月末時点で463兆円。企業が内部留保を重要視するようになったのは1990年代後半の金融危機や08年のリーマン・ショックで資金繰りに窮したから。企業経営者はまさかの時に備えて増やすのだと説明していた。現在の危機はそれらを上回るのであって、今が『まさかのとき』。本来従業員と預金者に支払うべき賃金と利息を不当に値切った金額が累計で132兆円であり、緊急事態に即返還すべき性格のものである」

つまり、法人税減税分も内部留保の相当部分も、いずれも新自由主義によって不当に大企業に蓄積されたものだから、労働者・庶民に返還すべきなのである。

日本の労働組合に欠けるもの

そこで、本来なら労働組合の登場であり、労働組合がしっかり役割を果たすべきところだが、残念ながら現状の日本の主流労働組合は、そちらを向いてはいない。むしろ、トヨタの労働組合に代表的にみられるように、要求状況すら正確に外(企業の外!)へは知らせず、企業の中でこっそりと資本から「分け前をいただく」存在になってしまっている。

1月末、本誌にも寄稿してくださる田端博邦さんの講演を聞く機会があった。本誌前号(24号「労働運動は生き残れるか―イギリスにみる」)でも触れられているが、重要なテーマは「日本の労働運動に欠けているものは何か」だった。講演の表題は「労働組合への期待 ―人権・民主主義・平等― 」。先に述べたように、起こっている格差や差別の問題に、それぞれが人権や民主主義、平等の問題だとして、根源的・根本的に対処できないことが、日本の労働組合運動の課題だとの趣旨だった。

田端さんは、ヨーロッパの労働組合も、日本と同じく、組織率の低下傾向は共通しており、組織率の高さが運動の質を決めている訳ではないと述べる。ただ、ヨーロッパでは、「争議発生率」に表される労働組合の抵抗力・批判力は日本ほどに低下していないという(日本ではほとんどゼロに近い)。要するにヨーロッパの労働運動は、しっかり社会・政治に対する異議申し立てを行なっているということだろう。

これに対して、日本の主流労働組合は、労働問題に限らず、社会問題や環境問題に関しても基本的には現状を容認しているように見える。結果として組織温存ができる現状の「労使自治」が都合のよいものになっている。

田端さんによれば、ヨーロッパの労働組合は、その立場にかかわらず、一様にグローバリゼーションや新自由主義を批判する基本的態度を貫いているという。労働組合・労働者の立場を鮮明にして、資本との立場の違いを明確にしているということだろう。

たとえばETUC(欧州労連)は2019年第14回大会「ETUC宣言2019-2023 労働者にとって公正なヨーロッパ」で、次のように言っている。田端さんの訳をそのまま引用させていただく。

「われわれは、ヨーロッパとヨーロッパ労働運動にとっての深刻で挑戦的な時を経験してきた。

規制なきグローバリゼーション、経済危機 そして緊縮財政。気候変動、情報化、自動化。労働者と労働組合の諸権利そしてヨーロッパ社会モデルに対する攻撃。各国の内部と各国のあいだにおける格差の拡大。移民と人口移動、そしてこれによってもたらされた差別と搾取―極右、ナショナリスト、ネオファシスト、人種差別主義者の運動の高まりは、人権と社会権を脅かし、EUの民主主義的価値を危険にさらしている―。これらすべてのことがらが、ヨーロッパとヨーロッパに働く人々の将来への重大な不安を引き起こしている。

労働組合の運動は、民主主義とヨーロッパ社会モデルを守る義務を負っている。それは、平和と人権、労働者権、社会と環境に関する権利を基礎にした、過去半世紀のもっとも重要な達成物である。」

日本だと「特別な組合が政治的に表明している」とでも言われそうなこうした立場は、日本の連合も加盟するITUC(国際労働組合総連合)もその基本としており、要するにヨーロッパでは普通のことなのである。日本とのこの違いは大きい。

日本で有名なドイツのIGメタルも、2019年の第24回大会で「グローバル資本主義 は人間がつくったものだ。だから、われわれは、これをコントロールすることができるし、するであろう。それが、民主主義と経済における共同決定、そして外的な強制からの人間の解放を約束する」と力強く宣言している。

すべての働く者に労働法制の保護を!

田端さんは、長時間労働問題と非正規労働者問題が日本の労働問題の2大課題であり、安倍政権の「働き方改革」は、それを押さえ込むためのものであったと喝破された。コロナ禍で、その非正規問題があぶりだされたことは、冒頭に述べたとおりである。

ヨーロッパの普通の労働者の目からすれば、とんでもない人権侵害が起こっている日本かもしれないが、この4月から「日本型同一労働同一賃金」による法規制が、中小企業にも施行される。法制度は不十分だが、これを足掛かりにして、少しでも非正規労働者が人間らしい暮しを送れるようにするのが、日本の労働組合に課された課題だと思う。

時計の針を逆に戻した最高裁による不当判決の問題や、最低賃金の引き上げを進めることが何よりも非正規労働者の低賃金を引き上げる鍵になることについては、本誌前号(24号、「言葉だけの「同一労働同一賃金」はいらない」)で述べた。

しかし、コロナ禍にあって「テレワーク」が推奨され、長時間労働を生み出すなどのその問題点を無視して、働き方と生活の自由がもたらされるなどとの能天気な報道が蔓延している。また、副業・兼業が労働者の世界を明るくするかのようにも言われ、実際にはフリーランスとかウーバーイーツに典型的なギグワーカーとか、「労働者ではない労働者」が増え続けている(「雇用類似の者」、「雇用によらない働き方」と呼ばれて、労働者ではないと強調されている)。その中には、コロナ禍でそうした働き方を選ばざるを得ない人たちが多数いる。雇用問題の根本が「あぶりだされた」のだ。

当面は、困難な課題ではあるが、そうした人たちにも労働法の「保護」の網をかぶせなくてはならない。その意味で、グローバリゼーションや新自由主義がこの社会を如何に壊してきたかを明らかにし、それに抗する運動をさらに広げることが、何よりも必要だろう。

おおの・たかし

1947年富山県生まれ。東京大学法学部卒。1973年から当時の総評全国一般東京地方本部の組合活動に携わる。総評解散により全労協全国一般東京労働組合結成に参画、現在全国一般労働組合全国協議会副委員長。一方1993年に東京管理職ユニオンを結成、その後管理職ユニオンを離れていたが、2014年11月から現職。本誌編集委員。

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