論壇

筑波大学長選考と国立大学ガバナンス改革問題

学長選考規則変更と軍事研究問題から考える

筑波大学教員 佐藤 嘉幸

日本学術会議の会員任命拒否問題にも見られるように、政府=自民党による学術界への介入が強まっている。これは学術会議が、大学での軍事研究に反対する「軍事的安全保障研究に関する声明」を2017年に発出して、防衛装備庁の競争的研究資金「安全保障技術研究推進制度」への大学からの応募に警鐘を鳴らしたことに対する、政府=自民党の強硬な反応であると思われる注1

ところで、これと並行して現在、国の介入によって多くの国立大学で学長選考システムが変更され、学内民主主義が解体されつつある。この問題をめぐっては東京大学総長選考の事例注2が多くのメディアで報道され、話題となったが、ここでは筑波大学のより先鋭的な事例を通じて考えてみたい。

1. 筑波大学の学長選考で何が起きたのか

今年2020年に行われた筑波大学の学長選考で起きたことは、次の2点に要約される。

第1に、学長の任期制限が撤廃された。従来、学長任期は2期6年を上限としていたが、2020年4月1日に出された教職員向け通達により、任期制限が撤廃された(定年制も適用されない)。これによって理論上は、生きている限り学長を続けることも可能となった。

第2に、意向調査投票が廃止された。同じく2020年4月1日の教職員向け通達によって意向調査投票が撤廃され、参考程度の意味しか持たない「意見聴取」(教職員による投票は行うが、最終的に学長選考会議に新学長の選考権限がある)に変更された。

この2点だけでも大きな問題だが、さらに問題なのは、この制度変更が学内で広く意見集約を行うことなく、学長選考会議、教育研究評議会のみによって「主体的に」決定された点である(筑波大学教職員組合による公開質問状を参照)。また、この制度変更に関する大学側からの説明会も行われていない。こうした制度の変更、その決定過程はいずれも学内民主主義を無視するものであり、かつ、新制度が学長の独裁を招きかねない、という点で大きな問題である。

この制度変更は、2015年の国立大学法人法の改定に沿ってなされたものである。その施行通知注3を検討してみよう。

第1に、施行通知は学長任期について、「学長又は機構長が適切にリーダーシップを発揮できるよう、任期を設定すること」と規定しており、任期制限の緩和または撤廃が、学長による大学の中長期的な「経営」(マネージメント)という観点から正当化されている。

第2に、意向投票については、「[学長]選考の過程で教職員による、いわゆる意向投票を行うことは禁止されるものではないが、その場合も、投票結果をそのまま学長等選考会議の選考結果に反映させるなど、過度に学内又は機構内の意見に偏るような選考方法は、学内又は機構内のほか社会の意見を学長又は機構長の選考に反映させる仕組みとして設けられた学長等選考会議の主体的な選考という観点からは適切でない」とされている。つまり、教職員による意向投票を重視することなく、学長選考会議が「主体的」に学長を選考せよ、と各大学に指示しているのである。

こうした方針に込められた政府=文科省の意向とは何だろうか。

第1に彼らは、意向投票による学長選考のような大学の学内民主主義は、政府=文科省が進める新自由主義的大学改革(経済成長に必要な技術開発(産学協同、軍産学協同)の母体としての大学のリストラクチャーと、人文社会系の「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換」)を妨げる有害なものだと捉えており、その撤廃を望んでいる。それゆえ、「意向投票を行うことは禁止されるものではないが」、その場合も学長選考会議が「主体的」に選考することで、学内民主主義を骨抜きにしなければならない。

第2に、政府=文科省の意向に即した大学改革を実現するためには、学長によるトップダウンの構造が不可欠である、と彼らは考えている。これは、「教授会は教育研究に関する事項のみを審議する」とする2015年の学校法人法改定とセットになっており、個々の組織から予算権、人事権を奪し、学長に決定権を集約するシステムだと理解することができる注4

これら2点を考え合わせれば、今回の制度変更によって、筑波大学を新しい学長選考のモデルケースにしたい、という政府=文科省の意向が透けて見えてくる(ちなみに、筑波大学でこの制度変更を主導した学長選考会議議長(経営評議会委員を兼任)の河田悌一氏は文科省関係の各種委員を務めており、また、筑波大学より先端を走る近年の大学改革モデル校、金沢大学でも経営評議会、学長選考会議委員を務めている)。

しかし、意向調査という客観的な基準を撤廃して、学長選考会議が「主体的に」学長を選考するシステムに制度変更すれば、選考過程は不透明になり、現職学長のお友達(=学長選考会議)によるお友達(=現職学長)の選出という傾向が強まってしまう。なぜなら、学長選考会議の委員は学内委員、学外委員とも、最終的に学長によって任命されるからだ。こうしたあり方を「お友達選考会議」と呼ぶこともできよう。これは、現職学長が圧倒的に有利なシステムであって、しかも任期制限も存在しないとすれば、学長が学内で独裁化する危険もある。その点については、「大学自治破壊の最先端」(石原俊)とされる大分大学の破滅的事例が参考になる注5

筑波大学で今年8月末から9月初めに実施された「意見聴取」の結果は、永田現学長が対立候補に約1.6倍の差で敗北した(なお、投票率の低さゆえ、永田氏が獲得した票数は有権者の1割程度である)。しかし、学長選考会議はその結果を無視して、10月20日に現永田学長の再選を「主体的」に決定した。これらの論点を含む、筑波大学学長選考の諸問題の詳細については、「筑波大学の学長選考を考える会」のホームページを参照されたい。

2. 筑波大学の軍事研究問題

関連した論点として、筑波大学の軍事研究問題を検討しておきたい。筑波大学は2018年12月に、軍事研究を行わないことを宣言する「基本方針」注6を社会に向けて発表した。

ところが、わずかその1年後の2019年12月、筑波大学はこの「基本方針」に反して、防衛装備庁の競争的研究資金「安全保障技術研究推進制度」(2次募集)研究課題S タイプに応募し、採択された。これは、5年間で最大20億円(今回採択された研究課題は、4年間で約12億円)もの予算がつく大規模な研究資金であり、このタイプに採択された大学は筑波大学が初めてである注7(1次募集で応募者がいなかったため、急遽2次募集が設定された。筑波大学から、政府=自民党の意向に沿って応募した疑いが濃厚である。なお、近年応募者が減っているのは、学術会議の「声明」がこの研究資金への応募に反対するものだったからだが、この点が政府=自民党を刺激し、近年の学術会議への介入のきっかけになったとされる)。

この点は学長選考問題と深く関係する論点である。なぜなら、この研究資金への応募方針を最終的に決定したのは、永田現学長だからだ。政府の意向に寄り添って学長権限を強化する大学には、軍事研究の影が見え隠れする。それは、大分大学の事例を見ても明らかである(大分大学も、2018年に「安全保障技術研究推進制度」に採択されている)注8

筑波大学の軍事研究については、今回の学長選考過程で、はじめて学内の公開の場で議論が交わされた(それまで大学側は、防衛装備庁の研究資金の受け入れについて、公開の場で教職員と対話する機会を一度も設定していない)。この点について、筑波大学教職員組合による学長候補者への「公開質問状」回答注9を参照しよう。

第1に、この回答において永田現学長は、軍事研究を「他国の民の命と領土の安全を侵す攻撃的な行動」と定義している。これは、防衛のための研究は軍事研究とは見なさない、という意味だ。しかし、この定義は上記の「基本方針」のどこにも書かれていない個人的定義である。こうした学長の独断専行は、「基本方針」の空無化を懸念させる。

第2に、防衛装備庁「安全保障技術研究推進制度」の公募要領には「防衛分野での将来における研究開発に資することを期待し、先進的な民生技術についての基礎研究を公募・委託します」と明記されているにもかかわらず、永田現学長はこれを無視して、「この中に軍事に関する内容は読み取れません」と強弁している。さらに、「これ[「安全保障技術研究推進制度」]が認められないのであれば、私たちは米国国防省の資金で開発されたインターネットは使えないことになります」と強引なデュアルユース論(軍事技術の民間技術へのスピンオフの意味か?)を展開している。しかし、私たち一般市民が軍事目的でインターネットを使っていない以上、この弁解は理解不可能である。

第3に、2020年8月19日に学内で行われた「次期学長候補者と教職員との対話の会」で、永田現学長は「我が国に軍はないわけでありまして、もともと軍学共同であるとか、軍事という単語が存在し得ない国なんです」と述べている。しかし、仮にそのような言い訳が成立するとすれば、筑波大学が発出した「筑波大学における軍事研究に関する基本方針」は何のために作られた文書なのだろうか。

『朝日新聞』の報道によれば、永田現学長は2020年3月の記者会見において、「科学者が防衛予算を受けるのは問題だとの批判には「資金の出所は(防衛省や米軍など)どこであっても構わず、軍事研究かどうかの見極めで重視するのは研究内容だ」と説明した」注10。しかしこの見解は、「外国の軍の資金援助を受けることは望ましくない」とした、1967年の大河内一男国立大学協会会長の所見と矛盾している。永田学長は現在、国立大学協会会長であり、その見識が問われるところである。

防衛装備庁研究資金の受け入れについて、最後に、より根本的な疑問を提示しておこう。この資金の受け入れは、永田氏個人の意図なのだろうか。筑波大学における学長選考制度の変更問題と合わせて考えれば、防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」の受け入れについても、筑波大学に受け入れモデル校になってほしい、という政府=自民党の意向が見え隠れする。こうした点からも、政府による学術界への介入の強化は、単に国立大学のガバナンス問題にとどまらない大きな問題を抱えているのである。

【注】

 注1.NHK「日曜討論」(2020年10月25日)における、柴山昌彦議員(自民党)の発言を参照。「日本学術会議は[……]学術予算に事実上大きな影響を与えています。にもかかわらず、1950年の軍事研究を行わないという提言を盾に、今、軍民両用のデュアルユースの研究などが諸外国、日進月歩、しのぎを削っている中でこうした研究がなかなか進まない、という問題点も指摘されています。[……]こういう中にあって、特別公務員である学術会議選定に政府が一切関われないとするのは、妥当でない」。なお、柴山議員は第4次安倍内閣で文科大臣を務めている。

 注2.「2020東京大学総長選考を考える」を参照。

 注3.「学校教育法及び国立大学法人法の一部を改正する法律及び学校教育法施行規則及び国立大学法人法施行規則の一部を改正する省令について(通知)」を参照。

 注4.この点についての詳細な分析として、以下を参照。千本秀樹「明治以来の大学自治が崩壊の危機に——新自由主義的再編へ―学校教育法と国立大学法人法の改正」、『現代の理論』第2号、2014年。

 注5.「大分大学のガバナンスを考える市民の会」を参照。

 注6.「筑波大学における軍事研究に関する基本方針」を参照。

 注7.安保法制に反対する筑波大学有志の会+日本科学者会議筑波大学分会による「共同声明」を参照。また、筑波大学の軍事研究についての詳細な報告として、池内了/小寺隆幸氏講演会「科学者が軍事研究に手を染めるとき」を参照。

 注8.「学長への不当な権限集中を阻止し、大学の自治・学問の自由を守りましょう!」、「大分大学のガバナンスを考える市民の会」を参照。

 注9.永田恭介「公開質問への回答」を参照。

 注10.「「攻撃に関わるのが軍事研究」 筑波大が批判に釈明」、『朝日新聞』、2020年3月27日

さとう・よしゆき

筑波大学教員。京都大学経済学研究科博士課程を修了後、パリ第10大学で博士号(哲学)取得。専門は、哲学/社会理論。著書に『権力と抵抗——フーコー・ドゥルーズ・デリダ・アルチュセール』、『新自由主義と権力——フーコーから現在性の哲学へ』、『脱原発の哲学』(田口卓臣との共著)(以上、人文書院)、『三つの革命——ドゥルーズ=ガタリの政治哲学』(廣瀬純との共著、講談社選書メチエ)など。

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