コラム/経済先読み

コロナ不況と21春闘

連合は腰を据えてベア要求を決定せよ

グローバル総研所長 小林 良暢

厚生労働省は、新型コロナウイルス感染症で、この5月~10月までの6ヶ月間に、解雇・雇い止めされた労働者数 が6万8,140 人に達したと発表した。また、同省の雇用統計によると、9月の有効求人倍率(季節調整値)は、前月より0.01ポイント低い1.03倍で、9ヶ月連続で悪化、新規求人数も前年同月比17.3%の減少となった。なかでも、宿泊・飲食サービス業や生活関連サービス・娯楽業は3割超の著しい減少である。

ところが、総務省が10月30日に発表した9月の完全失業率(季節調整値)は、前月と同じ3.0%だった。新規求人が減って、有効求人倍率も低下しているのに、なぜ失業率が高くならないのか。

この背景には、コロナの感染拡大のなかで、休業者が例年とは異なる動きをしたことがある。働き先が臨時休業したために、仕事を休まざるを得なかった「休業者」の数は、今年の年初までは190万人程度だったが、新型コロナの感染が急拡大した3月に200万人を超え、4月には史上最多の597万人に急増、それが夏過ぎまで続いた。総務省によると、この間の急増した休業者600万人のうち、失業した人は2~4%程度だったと分析している。

600万人の「休業者」

なぜ休業する人が増えたか。それは、安倍内閣が、①雇用調整助成金の休業手当の支給要件を緩めたこと、②雇用保険に加入していないため休業手当を受け取れなかった休業者にも、中小企業の従業員を対象に月33万円程度を上限に、直接給付する新たな制度を創設、③被雇用者ではないフリーフンスにも持続化給付金100万円を支給、さらに④経済的に困窮した学生アルバイトに1人当たり10万~20万円の現金給付、⑤外国人学生にも支援策を拡大する等々、従来の制度では休業手当を受け取れなかった人に向けて、直接給付する政策を手早く打って出たからである。

失業した時には、雇用保険の失業給付金を申請すれば貰える制度もある。でも、その手続きにハローワークに行くと、「求職活動をちゃんとやっていますか?」と嫌みたらしく言われるので、それよりもインターネツトなどの簡単な手続きでOKという、「日本版ベーシックインカム」のような特例制度の方に、みんなが飛びついたのだ。それで、600万人が求職活動をしないまま、失業者にはならずに夏を越したのである。

9月になって、政府が経済活動の再開に動き出したことで、休業者数が197万人と、コロナ下で初めて200万人を下回った。一時は600万人近くに上った「休業者」が、ほぼコロナ前の水準に戻ったのである。店舗も工場も営業を再開し、休業していた労働者が戻ってくれば、これでマクロ経済がうまく回るとの期待が先行した。

リーマンショックと比べたコロナの雇用ダメージ

しかし、この年末から2021年にかけての日本経済は、そんなにうまく回るのだろうか。

まず、2008年のリーマンショックの時と今度のコロナ危機について、経済・雇用へのダメージを比較してみよう。2008年のリーマンショックは、直後の09年1~3月期のGDPは年率17.8%のマイナスになった。この時の雇用危機は、トヨタ自動車の派遣切りで始まり、失業率は翌年の2009年7月に5.5%と戦後最悪の水準にまで達した。

一方、コロナ危機は、2020年4~6月期のGDPが年率28.1%減で、リーマン以上の落ち込みになったが、失業率は3.0%と安定している。民間エコノミストの予測では、7~9月期のGDPは年率10%を超える伸びが見込まれ、感染再拡大への懸念を払拭できれば、2021年は緩やかな回復ペースに乗ると期待する向きが多い。だが、「好事魔多し」だ。

連合の低額ベア要求

菅首相は、就任後初の臨時国会での施政方針演説の中で、「最低賃金の引き上げなどを通じ、消費者が所得を増やし家計にゆとりを持てるような対策を重視する」と述べ、企業の成長戦略との両輪で、菅内閣発足の当初に発した「安倍政策の継承」の中身を明確にしようとしている。

安倍内閣は、政労使会議の場において、毎年の「最低賃金の引き上げ」と「ベースアップ」という双発エンジンを通じて、雇用者総所得の増大を果たし、成長戦略の実現をめざそうとした。そのため、まず政府が全国最低賃金を、2014年の780円から20年の902円まで、7年間で122円アップ、率にして毎年2~3%の引上げをはかり(コロナ禍の2020年を除けば)、その責任を充分に果たした。

ところが連合はというと、7年間続いたいわゆる「官製春闘」のもとでも、賃金のベースアップは年率で0.5%ぐらいしか上げることしかできなかった。その間の推移を下の図で辿って見ると、「官製春闘」がスタートした14春闘のベアは0.5%、次いで15春闘も0.6%アップと上げ基調で進み、筆者は「このまま行けば16春闘は0.7%、17春闘では1%台に乗る」と期待をこめてエールを送った。

だが、16春闘は4月の消費税引き上げで自動車の駆け込み需要のあと、4月以降は反動減による売れ行き不振に陥り、それが夏になっても回復せず、秋にはトヨタ総連から16春闘は今年のような要求は組めないとの意向が伝わると、それを受けた連合も16春闘要求をそれまでの「2%以上」から「2%程度」にダウン、具体的には金属労協が6000円から3000円と半額要求に引き下げた。この連合の要求後退の結果、回答もトヨタが4000円から1500円へダウン、日立は3000円から1500円へと半額春闘になった。

この16春闘を境に労働運動は低額春闘に逆戻りしてしまい、これに一番がっかりしたのは安倍首相で、これで経済の好循環が遮断されてしまった。

21春闘ベア要求も先送り

こうした連合の行動は今も変わらず、連合がこの10月に決めた21春闘の基本構想には、ベア要求の目標値を盛り込まなかった。コロナの影響で企業業績の見通しが立たないので、産別・単組内に慎重論が多く、議論がまとまらず、21春闘ベア要求の正式決定は12月1日の中央委員会に先送りされた。

菅首相は、こうした連合の行動様式を踏まえたうえで、政労使でじっくりと協議を深めないと、2021年はコロナ不況からの回復もおぼつかず、このままでは菅内閣の成長戦略も躓きかねない。

こばやし・よしのぶ

1939年生まれ。法政大学経済学部・同大学院修了。1979年電機労連に入る。中央執行委員政策企画部長、連合総研主幹研究員、現代総研を経て、電機総研事務局長で退職。グローバル産業雇用総合研究所を設立。労働市場改革専門調査会委員、働き方改革の有識者ヒヤリングなどに参画。著書に『なぜ雇用格差はなくならないか』(日本経済新聞社)の他、共著に『IT時代の雇用システム』(日本評論社)、『21世紀グランドデザイン』(NTT出版)、『グローバル化のなかの企業文化』中央大学出版部)など多数。

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