特集●問われる民主主義と労働

予備選が長期化すれば民主不利に

サンダースの出方次第×新コロナがトランプに影落とすか

国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎

米大統領選挙の民主党候補を決める予備選挙は中盤戦に入り、10日ミシガン州など6州で行われた選挙で穏健・リベラル派が推すバイデン候補(オバマ政権副大統領)が急進左派サンダース候補(上院議員)に圧勝した。先週の「スーパーチューズデー」(14州など)で先行するサンダース氏をとらえ、追い越したバイデン氏はこの勝利で党候補指名獲得へ大きく前進した。

しかし、両候補か獲得した代議員数は合わせてまだ全体の4割足らず。若者層に熱狂的支持を得ているサンダース氏は7月党大会代議員の過半数獲得者が確定するまでは粘る構えなので、両候補の一騎打ちは長期化が予想されている。決着が党大会までもつれ込むとすれば、党の分断状況がさらけ出される最悪事態で、現職トランプ大統領を大いに利することになる。

サンダース氏は4年前の民主党予備選でも主流派が推すクリントン候補を追い詰めたが、この時に強い支持を得た重要州を、先週に続いて次々にバイデン候補に奪われている。トランプ政権の登場で民主、共和両党の党派抗争がますます激化していることに有権者が疲れ果てており、それが激しい改革を訴えるサンダース氏の失速、(政治を)「正常に戻そう」というバイデン氏の急速な躍進という選択を生んだとの見方が出ている。

民主党予備選挙の投票率がこれまでになく高いことも注目されていて、無党派の多数に一部の共和党員の票が加わっている(無党派や他党の投票を認める州もある)とニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト両紙が報じている。岩盤といわれるトランプ氏の固い支持層にも亀裂が生じてきたのかもしれない。

左右ポピュリズムの大波

サンダース氏は最後まで撤退しない

2016年選挙でサンダース氏は撤退を拒み続け、オバマ大統領の懇請を受けてようやく対立するクリントン氏支持を表明した。しかし党大会ではサンダース支持者が「サンダース」を連呼、党の亀裂を印象付けた。クリントン敗北の一因に数えられている。民主党は21世紀最初の2000年選挙で、ゴア候補が共和党ブッシュ候補に一般投票数で54万票の差をつけながら、選挙人数でわずか4人及ばず敗退した。民主党系とみられたR・ネーダー氏(消費者運動指導者)が第3党候補(緑の党)として出馬、民主党からはブッシュ候補を利するとして撤退を要請されたが拒否、280万票余りを得た。この一部がゴア票だったら楽勝だった。

こうした背景があったから、サンダース氏がスタートダッシュで一気に先頭ランナーに躍り出たとき、党内外のリベラル・穏健派の間に衝撃が走ったのだ。予備選の歴史では序盤の勢いがそのまま党大統領候補指名へとつながる例が多いからだ。党を挙げての「サンダース叩き」がはじまった。それは同候補の全国民への健康保険制度や国公立大学無償化など、社会主義革命を目指す急進的な政策批判というよりは、その政治手法から人格にも及ぶ攻撃だった。

意見の違う他候補は敵として徹底的に攻撃する。批判ははぐらかして正面からは答えない。党を支配する「既成指導部」は自分を排除する陰謀を巡らせている。高齢で運動中に心臓発作を起こしているのに医師の診断書の公表を拒否している。取材記者たちを商業メディアと呼ぶ・・・トランプ大統領と同じような人物ではないか(ワシントン・ポスト紙電子版オピニオン担当J・ルービン記者のコラムなどから)。

これほどまでのあからさまなサンダース攻撃には驚いた。それだけ危機感が強かったのだろう。この反サンダース・キャンペーンが功を奏して、予備選挙に入るまでは世論調査の先頭を走っていたにもかかわらず、低迷していたバイデン氏が一気に息を吹き返し、競合していたリベラルあるいは穏健派の候補たちが撤退してバイデン支持に結集することになった。

ポピュリズムへの恐怖

しかし、まだ楽観はできない。サンダース氏は党の「既成指導部」は金融資本や大企業経営者に奉仕し、支配されているとして激しく批判し、こうした米国の資本主義体制の「革命」を目指す社会主義者と自任している。サンダース氏の情熱的な激しい演説は20~40代の若者を中心とする熱狂的な支持者を獲得している。

サンダース氏と支持者たちは、トランプ氏は民主党の自由、平等、人権、人種・文化の多様性といった価値観と相いれないが、その違いは文化的なもので、バイデン氏のような民主党主流の方がより危険な存在とみている(ワシントン・ポスト紙の指摘)。そうだとすると、今回もサンダース氏はバイデン氏に勝つ見通しがなくなっても、他の候補たちのように予備選から撤退することはないという見方になる。

2016年大統領選挙で極右ポピュリスト、トランプ氏が歴史ある建国以来の「偉大な伝統の党」(Grand Old Party、共和党の呼び名)を組み敷いて大統領になると、あっという間にトランプ個人の思いのままになる「トランプ党に」つくり変えてしまった。これだけで「冷戦に勝利した米国のリベラルな民主政治」(フランシス・フクヤマ)は深い傷を負っている。

サンダース氏が勢いに乗って「スーパーチューズデー」を制したとすれば、一気に党候補指名を獲得する可能性が高まる。大統領選挙は極右と急進左派の両ポピュリストの壮絶な戦いとなる。民主党も共和党のようにサンダース氏に振り回されて変質してしまうかもしれない。どちらが勝っても米民主主義の政党政治は終焉の時を迎えることになったのではないだろうか。「トランプ再選阻止」を最大の目的に掲げている民主党主流が、こうした「ポピュリズム・パラノイア」に襲われたとしても、おかしくはなかったと思う。

無党派が多数、2大政党政治は機能不全

11月4日投票の大統領選挙の共和党候補は事実上、現職トランプ氏。民主党の挑戦者バイデン氏が有力になってきたものの、最後まで何が起こるかわからないのが選挙。だが、政治を「正常に戻そう」とするバイデン氏が勝つか、トランプ氏が再選されるかでは、危機に瀕している民主主義が何処へ向かうのかで、大きな違いが出ることは間違いない。それを予測するのは今はまだ早いが、大統領選挙の結果を決めるのは米国の有権者であることは確かである。その米国民が今の政治状況をどう受け止めているのか。それを見ていく。

米国は冷戦終結後の「米1極支配」の下、新しい国際秩序構築を試みるが失敗に終わる。その挫折と複合的に絡み合いながら共和、民主両党の権力抗争がとことん先鋭化の道をたどって、2大政党政治が機能不全に陥り、国民の支持を失ってきた。米世論調査機関ギャラップ社が2004年から継続している政党支持率調査をたどると、それが鮮明に浮かび上がってくる。

ギャラップ社は2004年、ブッシュ大統領再選の年に共和党、民主党、無党派の支持率調査を35回実施した。それぞれの支持率の年間平均値(%)を取ると、共和35.3、民主32.5、無党派30.3だった。それぞれがほぼ3分の1のいいバランスだった。だが、2期目に入った2005年からこのバランスが崩れて、共和党支持率の明らかな低落が始まった。理由はブッシュ政権が始めた2つの戦争だった。

ブッシュ大統領は2001年、「9.11テロ」の首謀者ビン・ラディンらの根拠地アフガニスタンへ侵攻、イスラム原理主義タリバン政権を倒して親米政権に取り換えた。2004年には初めての大統領選挙を実施したが、このころにはタリバン勢力が息を吹き返して武力闘争を開始した。トランプも言う「終わりなき戦争」へ。

2003年3月「大量破壊兵器開発の脅威」の除去という大義を掲げて開始したイラク戦争も泥沼化の様相を呈していた。「大量破壊兵器」の開発の証拠は見つかず、米軍のイラク人捕虜への非人道的な虐待も明るみに出て、まさに「大義なき戦争」となった。

この年には政党支持率調査が42回実施され、年間平均値で共和党は33.5と1位を維持したが、1.8ポイント減。一方の民主党は1.5増の32.8。無党派も1.8増の32.1。共和党の転落の始まりだった。

共和党第3党に転落、無党派が首位に

2006年に同調査は31回実施され、支持率の年間平均値は民主党が34.3で1位に上がり、無党派33.6で続き、共和党は31で3位に落ちた。共和党はこれ以後2019年まで、年間平均値のみならず、毎年十数回から数十回実施される調査のすべての支持率で、民主党および無党派を上回ったことがない。無党派を政党とみれば共和党は完全に第3党に転落した。

2007年の調査は27回。無党派の支持率平均値が38.6と1位にのし上がった。無党派の支持率平均はこの後、2020年に入るまで、同調査で常に1位を維持した。政党政治にとっては由々しい事態である。民主党は32.6、そして共和党は30を割り込んで27.5にまで低落し、2019年まで30台に回復することはなかった。

2011年は19回の調査で、無党派の支持率平均が41.5と初めて40%に乗った。この後、無党派の支持率平均値は2016年に39.6と1回40を割っただけで、40台を堅持している。最高は2020年1月前半の45%。

オバマ登場で民主党支持高まる

オバマ大統領を送り出した2008年の民主党の年間支持率平均値は35.8。オバマ政権は前政権からの中東泥沼戦争や金融危機を引き継いでスタート。上下両院の多数派の後ろ盾はあったが、共和党は「オバマ再選は許さない」と宣言して議会では徹底的なフィリバスタ―で、医療保険改革、温暖化対策、移民対政改革、性的少数派の権利擁護などリベラルなオバマ政策つぶしに出た。初の黒人大統領を生んだ米民主主義の勝利は、同時に党派対立の激化という不幸な状況につながった。

保守派の強い中西部や南部では「小さな政府」を掲げる「ティーパーティー」運動が広がり、2010年中間選挙で共和党は下院の多数派を奪取、この議会の「ねじれ」によってオバマ政権はさらに苦境に追い込まれた。2012年にはオバマは悠々と再選を果したものの、2014年中間選挙では共和党が上院も奪った。

オバマ政権2期目に入ると、経済はようやく回復基調に入ったが、中東の泥沼戦争からの脱出が思うに任せないまま、「イスラム国(IS)」の台頭、「シリア戦乱の拡大」など紛争が拡大、ロシアのウクライナ軍事介入・クリミア併合も加わる混迷の中で任期を終えた。

しかし、この間も民主党支持率の年間平均値は30%台を維持し、2014年には36.3と年間の支持率平均値として最高を記録した。無党派は42.2、共和党は26.1と民主党との差が大きく開いた。2016年のトランプ当選の年でも共和党支持率の年間平均値は27.6で、トランプ効果は感じられない。無党派は39.6。

トランプ時代―党派対立極限に

トランプ政権が2017年スタート。しばらくは政党支持率に目につく変化はなかったが、2019年に入ると民主党の支持率に低落の兆しが表れた。同年には21回の調査が実施され、共和党支持率の年間平均値は27.5%と通例の値だったが、久しぶりに支持率30%台を4回記録した。民主党は平均値29.5で、これも変化なしだったが、21回の半分は27ないし26と30台に届かなかった。無党派は平均値40.5で、40台が13回と首位を維持しているが、30台に8回も落ちていた。民主党の支持率に低落の兆しが表れた理由はまだはっきりは分からない。想像すれば、多分こうだ。

オバマ政権に対して徹底的な対決に出た共和党と同じように、民主党がトランプ政権の登場に対抗して「トランプ再選阻止」を掲げて対決姿勢をとった。トランプ政権の下、政治、経済、外交のすべてが「党派対立」の種になった。米国民は共和党であれ、民主党であれ、「けんか両成敗」で政治不信を強めていく。民主党予備選挙で、低迷していたバイデン氏が奇跡的と思われる突然の躍進を遂げた背景に何があったのか。それが世論の変化を告げるものであるならば、大統領選挙につながっていくだろう。

大統領選挙へ世論はどう動く?

2020年選挙、カギ握るのは無党派

建国以来、米国は2大政党の競い合いによる政党政治の国だった。しかし、共和、民主両党に対する国民の不信が強まり、支持率は3割を割り込んで、4割を超える国民は政党を離れた無党派になっている。ギャラップ社は無党派層に対して、民主、共和両党のどちらに近いかと聞きただす調査も並行して継続的に実施している。

それによると、無党派といっても45%をはさんで、40%台後半(時たま45%を割る)が民主党寄り、40%台前半(時たま40%を割る)が共和党寄りと答えている。この割合はほとんど変化なく、無党派の中でも民主党寄りが一貫して多数派を占めている。米国では選挙権を得ると、民主あるいは共和のどちらかに投票するかの選挙登録をする。しかし、のちに変更することもできるし、どちらの党員でもない無所属(米メディアはindependent と呼ぶ)を選ぶこともできる。

無党派の人は選挙では「民主党寄り」は民主党に、あるいは「共和党寄り」は共和党に、それぞれ投票する可能性は相当に高いと思われる。だが「党員」ではないから、その時々の政治情勢や候補者個人の条件によって、どちらの党に票を投じるかの流動性は両党の党員よりは高いとみていいだろう。いわゆる「浮動票」である。民主、共和両党の対立が先鋭化し、相手の党候補へ投票する可能性は低くなる。しかし、党員数が減っているので、大統領選挙でも、議員選挙でも、党員の票だけでは選挙に勝てない。そうなると、4割以上と最大の「党派」となった無党派の票がどちらへ流れるかによって、選挙の勝敗が決まることになる。

世論に異変?

ギャラップ社の政党支持率調査の2020年最初の調査は1月2-16日に行われ、無党派46%、民主党、共和党ともに27%。民主党の27%は最低値だったが、全体的にこれまで通りの結果だった。しかし、2回目の1月16-29日調査は、共和党支持が30%と同党としては最高レベルの数値になり、一方民主党は前回通りの27に止まった。無党派は42。2月の1回目(3-17日)調査が共和党33、民主党26、無党派39、2回目(17-18日)が共和党30、民主党29、無党派39。

共和党支持率が3回の調査連続で民主党を上回ったのは、2004年の同調査開始以来初めてだ。この数字がどこまで続くのかは、もうしばらく調査の結果を待たないとわからないが、無党派支持が漸減傾向を見せていることから、無党派の「民主党寄り」の一部が共和党に流れたのではないかと思われる。

単発の調査とはいえ、支持率で共和党が民主党を上回ったことにメディアは注目した。ちょうど民主党予備選挙が始まろうとしていたし、下院の多数を占める民主党がトランプ大統領をウクライナ疑惑で議会の弾劾裁判にかけることを決定し、共和党多数の上院が弾劾を否決した時期に当たる。世論は弾劾裁判を批判し、無罪判決を支持したのだろうか。民主党には大きな痛手となる。

しかし、弾劾についての複数の世論調査はこの見方に否定的だ。大きな差ではないが弾劾賛成がほぼ半分で反対を上回っていた。だが、弾劾裁判でトランプ大統領を有罪にして解任することには反対が多数を占めた。この世論は、数々の違法行為やルール無視の一つとして疑惑を解明することは支持しても、大統領解任は党派分断をさらに深めることになる、大統領を辞めさせるか否かは選挙にゆだねる―というものと理解できる。共和党が多数派を占める上院での「弾劾裁判」で無罪判決になることは民主党は織り込み済みだった。

「コロナ」で大揺れのトランプ

大統領選挙の年が「でっち上げ弾劾」の「無罪判決」で始まったことで、トランプ氏は大いに勢いづいた。一方、民主党の予備選挙は候補乱立の隙をついてサンダース氏がスタートダッシュで一気にフロントランナーに躍り出てしまった。民主党は左派候補が予備選を制した時の大統領選惨敗という歴史を背負っているし、サンダース氏は左派の中でも急進派。そこに飛び込んできたのが「コロナ禍」だった。

中国発の新型コロナウイルス蔓(まん)延の恐怖が米国にも迫ってきたという報道が出ると、トランプ支持のラジオ、テレビの司会者がすぐに、民主党と「フェイク・ニュース」がトランプ攻撃のために誇大に騒いでいるとコメント。トランプ氏は、はじめから根拠なき楽観論や事実抜きの「万全の対策」をせっせと振りまいた。「もうすぐワクチンができる」という発言には医療当局の専門家が慌てて「早くて10カ月はかる」と否定声明を出さざるを得なかった。

いつもの「フェイク発言」は嘘か本当かわからないままで、すぐ次の「フェイク発言」に飛んでしまう。トランプ支持者はトランプ支持のメディアしか見ないから、それで済んできた。しかし生命に直結する「コロナ」問題となると、そうはいかない。

バイデン支持に転じた共和党市長

民主党予備選でバイデン支持に回ったミシガン州のある共和党市長はワシントン・ポスト紙記者のインタビューに答えて、次のように語っている。

バイデン支持の直接的なきっかけは、世界がコロナでパニックになっているときに、大統領が自分の選挙のことしか考えていないからだ。4年前はトランプに投票したが、今はそれを自慢はできない。トランプの方向は間違っているし無能だ。彼には道徳心がないがバイデンにはある。サンダースがいう大学授業料無料化とか国民皆保険などにはこの地域の人は賛成できない。自分で働いて手にするものだと思っている。同市は共和党の多い郊外地域で、住民の多くは今もトランプ支持だが、バイデン支持に代わる人は少なくないと思う。

この発言が世論の重要な変化を代表したものか、記憶しておこうと思う。

かねこ・あつお

東京大学文学部卒。共同通信サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事歴任。大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)、『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』(リベルタ出版、2015.8)など。現在、カンボジア教育支援基金会長。

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