特集●混迷の時代が問うもの

ここまで産業衰退した日本に未来はあるか

分散型システムを徹底し、「不安」を取り除け

立教大学大学院特任教授 金子 勝さんに聞く

聞き手 本誌編集部

―――「今だけ 自分だけ カネだけ」はおかしい。金子さんの著書『平成経済 衰退の本質』(岩波新書)の表紙にあるこの言葉こそ、世の中の普通の人たちの実感だと考えます。政治の劣化、社会的なモラルの低下、関電にみられるような経営者の腐敗、さらに経験のないような災害が多発していることからも、一体この世の中はどうなっているんだと、怒りを感じます。その一方で、その怒りが反撃のエネルギーにはなかなかつながらず、閉塞感が漂っています。金子さんはその著書で問題を抉り出し、処方箋を出しておいでです。今の世の中、トータルで何が問題かというのをズバリお話しいただきたいと考えています。

日本衰退は70年代のアメリカ支配に始まる

金子今起きている大きな変化をどう捉えるか、です。

戦後秩序が最初に大きく揺らいだのが、1971年のニクソンショックから73年の石油ショックでした。それまでは、アメリカ一国が覇権を握っていて、為替は固定相場制で、ドイツや日本の援助も含めて世界中にお金をばらまいて、金の準備を少しずつ消耗しながらも、極端にいうとアメリカ一国支配と言ってよかった。

それが、石油が枯渇し、さらにベトナム戦争を契機にして、国際収支が大きく赤字化、財政赤字と貿易赤字の「双子の赤字」が恒常化し始めるわけです。そこで突然に、アメリカはドルと金の交換を停止して、金の縛りをなくしてしまうということをやった。アメリカだけが実体経済に縛られて物価安定のアンカーを務めていくということは不可能になったので、事実上、金との縛りをなくした「紙幣本位制」になったわけです。

それまで、マルクスや古典派経済学は、金属主義的な貨幣論に立っていたわけですが、実態としてはケインズが言ったように、信用貨幣というか、裏書きのない信用証書、裏書きのない手形のようなものだと考えればいいのですが、そういう貨幣観に沿った経済体制ができた。こうなると、実体経済には縛られないので、アメリカは「双子の赤字」の制約をほとんど受けないで済む。ドルを発行していれば何とかなるという体制になったわけです。

同時に、アメリカ一国ではやれなくなったので、G7体制という先進国の協調体制をつくった。この「双子の赤字」をどう解消していくかというときに、ドイツと日本は救済して復興させる対象だったのが、70年代を経てから、両者に犠牲を払わせてアメリカの体制を維持するというふうに、転換を始めるわけです。

ドイツも日本も基本的に協力的だったわけですが、ドイツは日本ほど奴隷的ではなかったということがだんだん後を引いていくわけです。

1970年代の終わりくらいから「変動相場制」になって、ドル本位制という「紙幣本位制」のような仕組みをつくったときに、究極、お金をお金で取引きするという、為替自由化の仕組みができた。しかし、そこでは自動的な市場の調整能力は実際にはないと分かってしまったので、G7体制の中でドイツや日本に強制して、政治的に調整していくということをやらざるをえなくなった。

そこで、貿易赤字を為替レートだけで自由に調整できないときに使われるようになったもうひとつの道具立てが、オイルショックのときにできたアメリカ通商法の通商代表部(USTR)。その役割が、1980年代に大きく台頭してくる。

決定的に重要だったのが、日米構造協議のプロセスの中で、1986年の日米半導体協定と、同じく91年の日米半導体協議。個別の産業まで日本はアメリカにほとんど譲ってしまうということが起きてしまった。

日本は、「日本アズナンバー1」とかとおだてられて、自動車さえ守れればあとは何でもいいというように、極端にいうと、中曽根政権期のほとんど売国的な方向をたどり出した。中曽根民活で、内需喚起と称して国内はバブル体制になっていくことにつながり、経済的に破綻を始めていくのがこの1980年代だったわけです。

86年、91年の半導体協定は、ダンピングを規制して、同時に外国製の半導体の「輸入割当2割」ということをやった。USTRが政治的な貿易交渉によって貿易収支の調整をおこなうということになったわけ。実態としては為替レートの自動調整能力がないことがはっきりして、その結果、USTRが表舞台に立つことになった。

日米半導体協定の裏側でそれを支えてきたのは、アメリカ軍の産業戦略です。DARPA(国防高等研究計画局)のもとで、半導体コンソーシアムとかコンピュータ関連の、いわば投資のプログラムみたいなものを立ててきた。それは単なる産業政策ではない。たとえば軍隊の兵器で半導体が日本製であるのが問題だとか、日本製のスーパーコンビュータに負けてしまっているのは、国防上・安全保障上まずいと、膨大な研究費を、教育研究費以外から軍事の方が猛烈に注ぎ込むようになって、それ以降情報通信産業が、今の米中貿易戦争につながるような、いわば戦略的な産業として位置づけられていく。

そして、バブルに入ってそれが破綻した瞬間に、日本は「失われた30年」のプロセスに入ってしまった。

それに対して安倍政権は「日本の優れた技術」などと言い続けていますが、急速な産業の衰退プロセスが、今や進行中です。茹でガエル状態で、ひたすら麻薬漬けのような金融緩和をやっていますが、実態としての日本の産業競争力がもうほとんど壊滅に近いくらいに衰退していることをごまかしている。クラウドコンピューティング、5G、半導体、ディスプレイ、デジタル通信機器、バイオ医薬、東芝や三菱重工のようなエネルギーや重電機などでも世界シェアを失い、リチウム電池でさえそうです。

ところが茹でガエルなので、今のままでも何とかなっているじゃないかという、危機感のまったくない現状です。

たとえば、化学産業。今では日本の半導体産業やディスプレイ(液晶や有機EL)などが衰退しているうえに、その素材産業も対韓輸出規制で大きな打撃を受けた。実は、4大公害裁判をくぐる中で、自動車産業が排気ガスの規制で非常にいい技術をつくったのと同様に、日本の化学産業も過去の反省にもとづいて、非常に高純度で、不純物や有害物を出さないような仕組みをつくってきた。それが、本体の崩れてしまった電機産業の半導体産業が潰れている中で、素材中心の化学産業が韓国企業と協調して共同で開発してやってきたのに、全て排除される事態がもたらされた。

バブル崩壊で産業衰退が明白に

金子その後、バブルの崩壊で、より鮮明な形で日本の経済産業がはっきりと衰弱過程をたどるようになってきた。その大きな転機が97年の金融危機です。この金融危機以降、あらゆる指標が全て停滞してしまうか減少してしまうようになる。だからずっと財政赤字はどんどん累積しても、GDPはほぼ横ばいになっている。

実質賃金も、それから生産年齢人口つまり働き手の人口も減少し、家族の形態も含めて変化して、実質家計消費もずっと下落を続けるような形になった。その中で、基本的な経済としてはひたすら金融緩和で円安を誘導して、労働法制を解体して、賃金を抑制し続けた。技術革新が充分にないまま、リストラを繰り返しているだけなので、企業としては円安と賃下げの中、古くさい製品の価格競争力で何とか持たせているということが繰り返されてきたわけです。

しかも産業の戦略性のないのは政府だけじゃない。経営者も非常にバカで、アメリカ的なファンドなど金融利害の人たちのインチキ議論に乗って、「選択と集中」などと、日本の半導体にせよ、電機産業にせよ、全部アジアの台湾、中国、韓国に外注に出す。それでコストを下げると言うものの、結局簡単に技術を真似されて、あっという間にキャッチアップされてしまうということを繰り返してきたわけです。

インテルを含めたアメリカの半導体企業は、絶対に枢要な部品は海外生産をさせません。自国内で開発して自国内で生産する。つまり日本には戦略産業に対する緊張感がまったくない。アメリカの場合にはそれが軍事と非常に強く関わっているので、緊張感を持ってずっとそういうことをやり続けている。差がつくのは当たり前です。

話を元に戻すと、極端にいえばG7の枠組みで、しかも敗戦国の日本とドイツが主な相手だったため、容易にそれを叩けたので、アメリカの競争力は情報通信と金融バブルで、90年代の半ばくらいから回復するようになってくるわけです。

それはレーガン政権の問題じゃなくて、実はクリントン政権です。クリントン政権が、議会で負けるようになってからねじれ現象が生じ、たとえばゴアが「情報スーパーハイウェイ構想」と言って、IT産業を取り込む。あるいはゴールドマンサックスの共同会長だったルービンを財務長官にして金融自由化を進める。形のうえでは所得税の累進性を強めたりして、何とかリベラルのような顔をして、「第三の道」といいながら、実態としては、昔の民主党の製造業を軸にしたニューディール連合の支持基盤からまったく違う方へ展開していったのです。

だからサンダースとヒラリーが競うと、サンダース側が「こいつらはウォール街から大量の献金をもらった金持ちたちだ」という批判をする。それは、そういう90年代の変化の中で築かれてきたものです。オバマは、クリントン系列を含めた主流派からはずれたので、期待を込められたのでしょうが、結局政権維持のために妥協した結果、ほとんど骨抜きになっていくというプロセスが続いていきました。

中国の台頭と世界経済

金子G7の枠組みで、金融と情報通信を軸にしてアメリカの経済力を維持しながら国際秩序を確保する、そういう装置が機能していたのですが、リーマンショック以降その枠組みが壊れた。それに加えて、G7の枠組みに入らない中国の台頭というのが一番大きな要因として浮上しています。中国は戦勝国であり、かつG7ではないのでアメリカの言うことを聞くわけがない。しかも、胡錦涛体制はまだ覇権を志向していなかったわけですが、習近平体制は独裁志向なので、米中の摩擦が必然的に拡大します。

こういう状況を俯瞰しつつ世界経済の動向を見ると、2007年が景気のピークでした。先述のように経済が「紙幣本位制」になっていくと、バブルとその崩壊を繰り返す10年周期の中期の景気循環を繰り返すので、その後2017年末がピークでした。そこに50年周期の産業大転換が、ちょうどリーマンショックその他で起きたために、世界経済はずっと底の状態にあるわけです。昔だったら戦争になるような状態でしょうが、それはできないのでズルズル長引きながら停滞局面が続く。そのときに中国が台頭したのが現在です。

しかも中国はファーウェイなどが、5G、つまり第5世代の通信で特許を4割くらい持ってしまっている。アメリカは1割程度しか持っていない。一方スウェーデンのエリクソンやフィンランドのノキアもかなりの特許を持っているので、アメリカは、先端の企業サーバーレベルでも情報通信の中身でも勝てなくなってくるということになります。

軍事的にいえば、アメリカは中国に対して圧倒的に優位を保持している。たとえば人工衛星で暗号通信の中身を全部読んでいる。でも中国がやがてそれにキャッチアップしてくるのではないかと恐怖を抱いている。

一方、かつてG7の中の協調で、「日本やドイツがもっと景気対策しろ」と、マクロの調整もやっていたし、ミクロの貿易の調整はUSTRがギリギリ政治的に交渉していた。そのやり方で中国に対処するかと言ったら、できないわけです。脅かしても中国はアメリカと同じような志向で戦うでしょうから。

気がついてみると、関税をかけあったり、固定相場ではないので「通貨戦争」にして、金融緩和をしながら金利をどんどん下げ合って、通貨安を誘導する。変型してはいますが、戦前とそっくりの状況になっています。しかもグローバリゼーションの結果、大きな格差が是正できる状況ではないので、不満を吸収する武器として、政治的にはナショナリズム、ポピュリズムが猛烈に台頭してしまう。プーチンにせよ、習近平にせよ、イタリアの五つ星運動も、明らかにポピュリズムです。イギリスのボリス・ジョンソンも同様だし、ブラジルの政権やポーランドもハンガリーも同じです。

その中で、一番能力的に低いのが安倍でしょう。安倍のポピュリズムは、強権的な性格である公安警察や検察を強く意識して、なおかつ諦めさせるというか、脱力化、無力化するような、そういうポピュリズムです。つまり普通のポピュリズムというのは、人々を動員して煽動しますが、逆です。投票に行かせない。それで勝っていこうとするという不思議な負のポピュリズムが蔓延しています。

世界的には、そう状況が転換してきている。

惨憺たる産業衰退と原子力ムラ

金子日本の産業が次第に衰退し、貿易赤字が恒常化し、とくにリーマンショックのときには経常収支も円高になったために、赤字になった。1ドル100円だったのが80円台になれば、1ドル100円で投資したのが80円しか戻ってこないことですから、経常収支も悪化する。

その回復プロセスの中で、福島第一原発事故を引き起こしたのに、また以前と同じく根本的な不良債権の処理と産業構造の転換をしない。財政と金融政策をひたすらやって、猛烈に超低金利にして、金融円滑化法をつくり、東電や東芝などゾンビ企業をずっと生き残らせて、産業構造を厳しく転換させる政策をしなかった。茹でガエルの状態にして政権を維持するという路線を選択したわけでしょう。

ですが、結果的には円安と賃金引き下げだけで持たせているので、どんどん産業が衰退していく。その中でナショナリズムが台頭して、米中貿易戦争と日韓経済戦争が始まったために、貿易赤字が再び恒常化する状態に入ってきているというのが今の状況だと思います。

戦前と似てきている日本の状況は、「歴史は繰り返す」面が色濃く出ています。一番ひどいのが、やはり原発依存。原子力ムラは過去でいうと陸軍、関東軍とほぼイコールのような存在だと考えると分かりやすいと思います。

民主党政権のときに村木厚子事件があり、証拠捏造を大阪地検特捜部がやって、特捜部長や前田という検事が起訴されてしまうという失態になった。当時の検察関係者が今またぞろ出てきていて、3.2億円受け取りの関電社内調査委員会の委員長は、そのときの大阪地検検事正の小林敬という、麻生政権当時の最高検の公安部長だった人間です。この問題で懲戒処分を受け、辞職しています。

福島県知事・佐藤栄佐久の問題に関わっていたのも、この前田という検事であり、今、森本という人物が東京地検特捜部長です。2002年ごろに福島原発で、GEの技術者が告発して事故トラブル隠しが表に出た。ずっと止まってしまった。佐藤栄佐久は非常に厳格に安全基準を運用しろと主張し、それから、MOX燃料、いわゆるプルサーマルに対して「これをやめてほしい」と要求していたので、これを潰しに入ったのが、当時の東京地検特捜部にいた彼らでした。結局、佐藤元知事の弟が水谷建設関連からスーツなどを送られたというだけで、本人が収賄ゼロなのに有罪判決ということになり、福島県知事を追い落としてしまった。

そしてこの裁判の結果のあと、2006年12月22日に安倍晋三が第1期の政権のときに、「福島原発が電源喪失したらどうなるか」と問われて、「そんなことあり得ない」ということを答弁書で出したわけです。その結果2011年に、実は安倍が原因になって福島原発が事故を起こした。

この答弁書をもとにしてテレビ東京の番組が、当時の経産大臣の甘利明に聞き取りをし、番組に出演させようとした。ところが「日本なんかどうなってもいいんだ」という類の甘利発言があって、それで甘利はこの番組から逃げた。そしてその取材に対して、スラップ訴訟をテレビ東京に仕掛けた。その訴訟の結果、都築という裁判官が甘利勝訴の判決を出して、この都築は新潟地裁の所長に栄転、柏崎刈羽の原発訴訟に対応した。要するに、検察も裁判所も、原子力ムラで同じ穴のムジナ……。

もともと2002年の東電の福島原発の事故トラブル隠しのようなことは頻発していたのでしょうが、要するに情報隠蔽とデータ改ざんというのが、この原子力ムラの体質だと分かります。安全性をごまかしながらやってきた。

だから福島原発事故が起きたときの統計データも信用できない。津波の時間よりも非常用電源装置の配管が先に壊れた形跡がデータ上あるようだという疑惑が出ていますが、最近『文藝春秋』の9月号でも類似の指摘が出ています。

たとえば森友のときは、影が見えるのは今井尚哉でしょう。実はりそなの高槻支店で融資を協力した冬柴幹事長の息子の中華料理店で会食をしていて、冬柴は国交省だから、関わっている可能性が指摘されています。気がついてみると、この私設秘書と政府職員の谷査恵子が、安倍夫人にくっついていた。あれは経産省のノンキャリの形で、実は今井の子分でしょう。

加計学園のとき秘書官で対応していたのが、柳瀬唯夫。これは原発ルネッサンス、つまり原発輸出計画を立てた、資源エネルギー庁の課長だった人です。山口敬之っていう元TBSの記者が安倍の御用聞きみたいな提灯記事を出していたわけで、伊藤詩織さんの準レイプ疑惑のとき、もみ消しの影に北村滋(現国家安全保障局長)との関係が指摘されています。

福島原発事故では、東電の経営者の3人も検察段階では不起訴でした。検察審査会による強制起訴でも全員無罪。気がついてみたら関電の経営者20名余りの金品3.2億円受取りが、税務調査で露呈してきた。森山元助役の自宅を捜査したら金額と名前が出てきてしまった。慌てて関電の経営者たちは、社内調査委員会なるものをつくったけれど、そのときの委員長が、先に言った村木事件のときの大阪地検検事正で、懲戒処分が出て自分で退職した、小林敬弁護士だった。

このように、隠蔽や改ざんや権力犯罪のコアが地検の特捜だったり、内閣人事局を牛耳っている杉田官房副長官のように公安警察系だったりします。それから裁判所と検察がどんどん人事交流している。たとえば辺野古では、判決を出す2週間前に「右寄り」の判決を出している裁判官を送り込んで、敗訴させる。司法と行政が完全に一体化し、検察行政とも一体化して、それに公安警察が加わっている。『官邸ポリス』という本が出ていますが、部長以上の600名の中央官庁のトップと、候補者としての課長を含めれば2000人くらいを、つねに監視しているわけです。前川喜平さんの出会い系バー問題は明らかに杉田官房副長官が呼び出しをしていて、おそらく尾行・盗聴をしている可能性がある。そして忖度させながらメディアにも同じようなことを繰り返して、今の体制を続けている。

昔だったら政権が何十回も飛んでしまうような、倫理的にも法律的にもおかしいデタラメが次々行われていると、普通の人は麻痺をして、みんなが諦めたり無力感に襲われたりすることになります。そういう中でポピュリスト的な動きが活発化し、右派的なポピュリストに対して、また左派的なポピュリズムのようなものが台頭したりするということが、起きかけているというのが今の状態だと思います。

この国はもう持たないかもしれない

金子これまで述べてきたように、実体経済としては産業がどんどん衰退しているのに、ひたすら金融緩和で支え続けているやり方がすでにもう限界にきている。麻酔薬でどんどん産業が衰退しているけれど、原発推進の立場をとっているから、東芝がもう経営破綻に近いような状況に陥って、日立や三菱重工もかなりひどい状況にもかかわらず、原発をやめないわけです。これが大問題です。

気がついてみるとすごい勢いで再生可能エネルギーの価格が低下してしまう。太陽光電池は、90年代はトップ5のうち4位までが日本メーカーだった。シャープ、京セラ、三菱電機、サンヨー(パナソニック)ですが、今やもう見る影もない。風力発電も撤退状態です。国際的にいうと猛烈な価格低下の中、今中国メーカーが圧倒的です。

しかも、ドイツなど、再生エネルギーの買い取り制度は20年経っているから、もう設備などの減価償却が終わっています。コストを回収し終わり、タダになっている。タダのエネルギーが出始める状況で、価格が猛烈に低下しているのに、日本ではなお原発を動かすために基幹送配電網では原発のための容量を確保して、再生エネルギーを妨害する。系統接続を拒否したり、系統接続のための負担を請求したりというようなことが起きて、どんどんどんどん遅れてしまっている。

デジタル通信も見る影もない。アップル、サムスン、ファーウェイの時代で、日本のメーカーはごくわずかしかない。5Gも同様。それから、スパコンがダメで、今はクラウドコンピューティング、これも決定的に遅れている。アマゾン、グーグル、マイクロソフト、オラクルなどがクラウドをほとんど支配している。対抗しているのは中国のアリババくらいしかないわけです。そうすると日本のデータはみんなアメリカに筒抜け状態です。実際の話、日本の大学のメールはどんどんグーグルを使い始めています。ほとんど全部アメリカなどへ筒抜けでしょう。本当にさびしい状況が今の日本です。

ただ、産業政策でいえば、原発問題だけではなく、「官民ファンド」も大問題です。ルネサスの半導体もダメだし、それからディスプレイ。液晶のシャープを台湾に買い取られて、今ジャパンディスプレイが、3500億円も税金をぶち込んでもほとんど儲からない。

ある段階で技術を流出させて、そのあと自分たちの日本企業だけで「官民ファンド」でやろうとしてもうまくいかないわけです。要するに韓国のサムスンなりと共同でやっていかないともう追いつけません。そういう自己認識もないから、ますますひどいことになっている。

今、先端的なR&D(研究開発)の中心は、情報通信とバイオ医薬、エネルギー転換と自動車の自動運転・電気自動車化です。日本はもう自動車も危ない。電気自動車化は遅れているし、自動運転も遅れている。今はハイブリッドで何となくいい状態に見えますが、もう風前の灯火かもしれない。

そんな中、バイオ医薬でいうとトップのタケダがシャイアーという会社を買収して、もう傾いて本社ビルを売り飛ばす。2位のアステラスももうリストラ状態です。日本の医薬メーカーの自己開発力、技術開発力が落ちてしまっている。せっかく開発しても、今度は厚生労働省が新薬を認めない。健康保険の財政を健全化するとして、「ジェネリックにしよう」ばかりになっているわけです。開発しても意味がない。そのくせ役人は外資系に天下っていくから、ノバルティスファーマのディオバンのように、無惨な不正が起こっているのに高い価格で健康保険で買い取ってきた。

リチウム電池も、自動車関連以外の再エネの蓄電用にもどんどん量産するので、すごい勢いで価格が落ちて、もうダメです。そういうように、あらゆる産業が次々と衰退してしまって、何も稼ぐ産業がなくり、おそらく自動車がダメになれば、完全に貿易赤字が拡大していくばかりになってしまう。

そうすると、この400兆円も国債を買っているような異様な金融緩和はもう持たない。そもそも2%の物価上昇率の達成ができなかった。なのに、もう6年半もやっている。もう国債市場の半分を日銀が持っているから、限界です。一昨年が49兆円、18年が33兆円、今年は30兆円いかないでしょう。札割れもよく起きるわけです。代わりに株を猛烈に買って、30兆円近くなっています。しかも最近は自社株買いですから、要するに出口のないネズミ講です。それでもいいんだ、国債発行で消費税減税とか言っていますが、この状態でそれを言うなんて、もはや誰も未来の世代を考えていないと言われざるをえない。

福島原発事故と同じようで、確かにハイパーインフレはめったに起きない。でも、戦争のようなことが起きて、供給上のネックが発生したら、日銀の当座預金が400兆円も積み上がっているから、一気にハイパーインフレーションになってしまいます。今起きてないから大丈夫だというのは、福島原発事故と同じことでしょう。

そのうえ、この政府信用による紙幣の増発は、結果的に民間のバブルを引き起こすということです。今や超低金利で地方銀行は厳しすぎる状況です。当たり前のことですが、金融機関は長短の金利差で儲けているわけで、一時的ですが、20年国債がマイナス金利という状態になる。これでは、やっていけるわけがない。

大きな地銀は横浜銀と千葉銀、足利と常陽のように、リストラしながら合併で逃げきろうとしています。でも、金融庁推奨のスルガ銀行はご覧のありさまだし、下位17行は引受手がありません。これは戦前型の事態です。そして、中小金融機関が潰れて地方経済がダメになるというプロセスです。

このように、産業衰退、民間の貯蓄率低下、貿易黒字が赤字に向かうという深刻な事態です。今、日本の国債の13%が外国人による所有だと言われています。この比率が20~30%になったら、アメリカの言いなりで、国債の格付けを下げられたら、一気に売られて長期金利が大きく跳ね上がるという破滅的事態も起こりえます。もはやこの国は先進国とは言えません。

世界経済も危機的だ

金子しかも、世界経済を見ると、中国の経済拡大に依存してきたので、その影響が非常に大きい。ドイツも日本もそうだし、韓国も台湾も、シンガポールも、東南アジアもそういう状態になっています。

アメリカも実はそうです。2019年の4~6月のデータは、GDPの成長率が1%くらい落ちているし、この7・8・9の3ヵ月分、製造業景況指数もずっとマイナスを続けて、ついに2ヵ月連続で50%を割っている状態です。米中貿易摩擦は、ほとんど中長期的な我慢比べの状態になっています。

アメリカはかつて、ドイツや日本のような敗戦国だった同盟国を支配して有無を言わせず競争力の台頭を押さえ込んできたけれど、今はEUという固まりになったので、EUをとにかくぶっ壊したいと考えている。それから中国というG7に入らない体制をどうやって押さえるかいう強引な手法に頼り、ブロック経済化のような戦前と似た方向に入ってきています。その結果、米中貿易自体が縮小し、それによってアジア諸国などに影響を与えていると同時に、EUの中心であるドイツが猛烈に落ち込み始めています。

特に問題になるのは、IT関係でいえば、ドイツでは中国のものをかなり受け入れていることです。たとえば、電気自動車への転換などは、フォルクスワーゲンでも日本に比べるとずっと早いのですが、中国市場依存の問題は大きいでしょう。

IT産業の中で一番対応が早かったのはドイツでいうとシーメンス。シーメンスは原発を打ち切っただけではなくて、火力も捨てた。GEは火力を捨てきれなかった。だから火力の需要が落ちてきて、今は苦しいわけです。

シーメンスは基本的に再生エネルギー中心にしているので、グリッドシステムのところでICTでかなりやっています。ヨーロッパの交通システムのコントロールなどもシーメンスがほとんど入っている。それから無人の工場をたくさんつくっているのは実はシーメンスです。重化学工場としては、日本の東芝、日立、三菱重工もボロボロなのに比べて、あるいは必死に脱原発を進めたGEも今一つという状態の中では、際立っています。

ただ、EUの中の金融が悪くて、中でもドイツ銀行のデリバティブの猛烈な集積は、ほとんどもう潰れたと同じような状態になっているようです。ドラギECB総裁が、ゼロ金利なのにマイナス金利を拡大せざる得ない背景のひとつです。ドラギは、金融緩和しても長期停滞していく「日本化」を懸念しています。つまり日本のように、これだけ金融緩和をしても、結果的に実質賃金も落ちるし、GDPの成長も停滞する。そしてそのうえで、米中貿易戦争で輸出依存もできなくなって、出口ナシになっていく。

電力会社解体、分散型ネットワーク社会へ

―――ここまでダメな日本になってしまった、歴史的な経過とその理由というところはよく分かりました。それでは、どのような処方箋が必要なのでしょうか。

金子ここまでくると、全ての産業を回復させるのは無理でしょう。まず、先に言った「原子力ムラ+公安警察+検察」を解体しなくてはならないし、それによってエネルギー転換や情報通信技術の遅れも回復していかなければなりません。

これまで、保守は成長を主張し、左派・リベラルは再分配を求めて対立していて、学者もこの古色蒼然とした対立図式のいずれかをとっていたので、このような技術的大転換に対応できなくなっています。

〔電力会社解体〕

具体的には、まず電力会社を完全解体することから始めます。国がルールを変えて、電力会社に、原発=不良債権処理のための公的資金を入れなくてはならない。電力会社に原発の減価償却不足部分に対応して新株を発行させて、それを国が引き受け、原発を切り離させる。たとえば原発は日本原子力発電に集約させる。

そのプロセスで政府が株主になるわけだから、所有権を問題にせずに発電と送配電を完全に分離できるでしょう。送電会社は、ドイツのように地域の中小電力会社の再生エネルギーを優先的に接続するように義務づけます。要するに、公的資金⇒電力会社解体⇒原発切離し⇒発電会社と送配電会社の分離、です。再生可能エネルギーはずいぶん安くタダ同然なのに、原発は高くつくという馬鹿げた現象は止められます。

一時的に国有化することになりますが、電力会社はパフォーマンスは悪くなくなるから、政府もコストを回収できるし、株を売ってもよい。もし、政権が変わらないなら、市民が投資して、そのプロセスに参加してもらう。

皆で投資し、再生可能エネルギーを使う。その際、各自が自ら投資者としてコミットすることが重要になります。そして、100億円とか200億円をファンディングして、相対的に小さな大手電力会社の筆頭株主になる。情報を徹底的に開示して、送配電網を接続させると同時に、スマートグリッドシステム化をオールジャパンで進めるのです。ルールを透明化して、オープンプラットフォームでやる。

〔分散型ネットワークシステムの社会〕

これは、地域分散型のネットワークシステムにつながります。コンピュータの技術が分散型へと転換していったのに対応した形で、社会システムを創り変えていくのです。

電力はグリッドシステムを整備して再生可能エネルギーの地域分散型に再編されます。社会福祉もそういう形をとって、効率化する。分権化・分散化して、地元の人材や資源を効率的に使って、みんなの「不安」を取り除いていく。今少しずつ広がっているかかりつけ医や地域のケースワーカーが力を発揮する仕組みに変えていけるでしょう。そのとき、個人の情報は生体認証で守るとともに、誰がアクセスしたか、本人に分かるシステムにすべきで、そういう仕組みを、繰り返して言えば、オープンプラットフォームでつくっていくのです。分権化して、現物給付をするということに向かった北欧諸国の変化も参考にできるでしょう。

〔平等な教育〕

もう一つ、教育に投資することを重視すべきです。この国の若者や子どもたちにお金をかけるべきことは言うまでもありませんが、少し違った角度でこの問題を考えます。

たとえば、今外国人労働者は主として低賃金労働で入ってきています。ところが、考えてみると、お金を稼ぐ優秀な人たちは差別されることはありません。今の日本では、外国人の場合どころか、普通の人に普通の教育機会が開かれていません。それを改めて、外国人にもその教育機会を等しく与えて、育てていけばダイバーシティーは実現できます。今度のラグビーワールドカップの日本チームは、それぞれが能力が高く、だからこそ国籍に関係なくお互いに認め合うことができたのでしょう。教育の役割はここにこそあると思います。

それは、外国人技能実習生の現状とは対極だと思います。実習生は実質的には強制労働です。もっと教育を受けられればその境遇から脱出できるでしょう。教育費の問題を根本的に考えるべきです。カナダは移民に対してそうした教育が充実していると言われています。教育を受けた優秀な人材を奪い合うようになることをめざせると思います。

特別な能力を持った優秀な人材を高い金を払って一人確保するのだったら、みんなに教育を広げて、育てる方がよほどよいということにもなる。下から育てる仕組みが大切です。

所得格差との関連で言うと、日本国内で外国人との格差を是正しても、国外との格差は結局開いていくので、外国への援助を進めて、その国で働く機会をつくっていく方がよいという考え方もあり得ると思います。

その他、紙幅の関係で語り尽くせませんが、透明で公正なルールや財政・金融のあり方などについては『平成経済 衰退の本質』(岩波新書)で確認していただければありがたいと思います。

かねこ・まさる

1952年東京都生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。慶應義塾大学経済学部教授を経て、同大学名誉教授。2018年4月から立教大学大学院特任教授。専門は、制度経済学、財政学、地方財政論。著書に『金子勝の食から立て直す旅』(岩波書店)、『閉塞経済』(ちくま新書)、『新・反グローバリズム』(岩波現代文庫)、『新興衰退国ニッポン』(共著、現代プレミアブック)、『「脱原発」成長論』(筑摩書房)、『資本主義の克服「共有論」で社会を変える』(集英社新書)、『日本病―長期衰退のダイナミクス』(岩波新書・共著)など多数。今年4月刊行の近著に『平成経済 衰退の本質』(岩波新書)。

『平成経済 衰退の本質』

 目 次
第1章 資本主義は変質した
バブルを繰り返す時代へ/一九九七年で経済社会が変わった/「失われた三〇年」の深層
第2章 グローバリズムから極右ポピュリズムへ
グローバリズムと「第三の道」―一九九〇年代の錯綜/移民社会の出現と新しい福祉国家/対テロ世界戦争とリーマンショック
第3章 転換に失敗する日本
振り子時計と「失われた三〇年」/周回遅れの「新自由主義」/転換の失敗がもたらしたもの
第4章 終わりの始まり
出口のない“ネズミ講”/経済・財政危機の発生経路/産業の衰退が止まらない/社会が壊れていく
第5章 ポスト平成時代を切り拓くために

『平成経済 衰退の本質』 (金子勝著 岩波新書 2019/4 920円)

特集・混迷の時代が問うもの

  

第21号 記事一覧

  

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