特集●転換の時代

混迷の2016アメリカ大統領選

既成政治に反発するプアー・ホワイトの反乱

語る人 春名 幹男 (早稲田大学大学院客員教授)

聞く人 北岡 和義 (ジャーナリスト)

アメリカが大統領選挙の進行で共和、民主とも想定外の結果で混迷を深めている。共和党では政治経験ゼロで過激な発言を繰り返している不動産王、ドナルド・トランプがトップを走り、民主党では本命とされていたヒラリー・クリントンがバーニー・サンダース上院議員の猛追を受けている。左右にかかわらず底辺のアメリカ人がワシントンDCの既成政治家に怒っている、という事実だけがリアルに浮かび上がる。8年前、バラク・オバマを選んだ大統領選とは対照的にアメリカの醜い部分がクローズアップされている。トランプはイスラム教徒を入国させない、米墨国境に万里の長城を築いて密入国者を締め出すと言い、日本に対しては米軍基地の負担を増やさないと撤退するという過激な恫喝発言で安全保障の専門家を困惑させている。煽情的なアジ演説で得票を伸ばしている。

いま、アメリカ人は何を考えているのか。アメリカは16年大統領選で何処へ行こうとしているのか。単に面白がる、とは真に無責任な言い方で、現在、アメリカ政治は混迷を極め、深刻で危険な状況にある、と言えるだろう。

ニューヨーク、ワシントン両特派員として過去の大統領選を取材してきたアメリカ政治の専門家、春名幹男・早稲田大学客員教授(元共同通信ワシントン支局長)に横浜で会い、話を聞いた。(文責・北岡和義)

北岡2016年アメリカ大統領選挙が野次馬的に言って申し訳ないがめちゃ面白い。トップを走るドナルド・トランプが過激発言で人気を集めています。報道を見ている限り、極端な主張がまかり通って、民主、共和両党とも幹部は慌てふためいているように見えます。春名さんはアメリカと付き合ってずいぶんになりますね。今回の事態をどうご覧になっていますか。

春名ぼくは最初、ニューヨーク特派員として1979年から84年までニューヨークにいました。カーター政権の末期からレーガン政権の時代です。つづいて87年から90年までワシントン特派員となりました。ブッシュの親父の時代。それから93年から96年まで再びワシントンへ行き、ワシントン支局長となりました。足掛け12年、大統領選挙をアメリカで取材したことになりますが、今回のような選挙はかつてなかった。要するに右も左もアメリカ人はワシントンの政治家に怒っている、というのが本音ではないですか。ワシントンの政治家がウオールストリートの金融資本と一体となって金持ちはどこまでも儲け、貧乏人は底辺に落とし込められ、上に這い上がることができないでいる。とりわけプア・ホワイトと呼ばれる貧しい白人たちの怒りがトランプやサンダース支持に流れているのだと思います。

北岡8年前、オバマを選んだアメリカ人は、ある意味でついに「人種の壁」を乗り越えた、という高揚感がありましたね。米国史上初めて非白人の大統領を選んだ。ぼくはオバマが支持を広げてゆくプロセスをトレースしてみたのですが、感動でした。ある意味でアメリカ民主主義が大きく前進したように見えたのですが、今回はアメリカ社会の底辺に蠢く醜い面が表面化している。“アメリカ・ファースト”という意識が前面に出て、強いアメリカを求める、という訴えに底辺の大衆が敏感に反応したように見ていますが・・・。

春名トーンで言えば8年前はポジティブな政治意識が変化を求めたのですが、今回はネガティブな面が前面に出て全然違う状況だと思います。このまま行けば自分たちはどん底に押しやられたままだという底辺の怒りが爆発した。それがトランプ支持となっている。格差が拡大し自分たちの将来に希望が持てない、という気持ちがサンダース支持となっている。トランプとサンダースに人気が集まっているというのは同じで、既成のワシントン政治に対する「ノー」という声なのだと思います。

北岡ある家計調査では年収の中間値が2014年で5万3657ドル、1999年の5万7843ドルより減ってきている。トップ10%の高額所得層が全所得の48%を占めている。資産で見れば74%です。これがアメリカ社会の現実とすれば低所得層が怒るのも無理はないですね。

春名2013年に「オキュパイ・ウオールストリート(ウオール街を占拠せよ)」の運動がありましたね。金融や証券業界がアメリカ経済を左右することへの反乱です。その延長線上に今回の大統領選挙があります。ある意味でアメリカ社会が抱える構造的問題です。オバマ時代の8年間はそれを改善することができなかった。

北岡ということは今回の選挙はオバマ政権8年への反動と言えますか。

春名そうです。ヒラリー・クリントンはウオールストリートの投資家と組んでエスタブリッシュメントになってしまった。彼女はもともとリベラルな政治家ですが、アメリカ大衆から見れば圧倒的な金持ちですよ。政治には金がかかる。ヒラリー・クリントンも集金能力が問われ、巨額の金を集めています。ウオールストリートの連中に絡み取られてしまった。それに対する批判が前面に出てしまったということでしょうか。

北岡人口動態の変化も深く関係がありますね。ピュー・リサーチの研究では現在、ヒスパニックとアジア系人口が増えつつあり、2048年には白人とマイノリティの比率が逆転します。1965年、白人が84%だったのが2015年、62%となりました。今後30数年経つとアメリカは白人の国ではなくなるという構造的変化です。プワーホワイトたちの焦り。

春名自分たちの地位向上、進歩を闘い取ってきた黒人はヒラリー支持です。でも近年増えてきているヒスパニック(ラテン系)も含めて、白人との争いが激化しています。法律として最大の差別は教育費なのです。アメリカで教育費は固定資産税を財源としています。貧しい地域は固定資産税も少ない。学校にお金が回らない。「私自身の息子の小学校で、予算が無いので今年は音楽の先生はいませんよ」ってなことを言われたことがあります。白人の貧しい人たちもいい教育を受けられません。アイ・ビー・リーグのような名門大学へ子供を入れることができないのです。階層を超えて上がる道が閉ざされてしまった。

しかも最近の傾向としてインド系、中国系、韓国系の移民の子女がエリート層に食い込んできています。その分、貧しい白人が上に行けない。アメリカにはアファーマティブ・アクション(差別是正措置)というマイノリティ優遇策があり、名門校にマイノリティ枠があって、白人を逆差別しています。ですから、そんな優遇策からも取り残される白人の危機意識が強くあると思います。

北岡いま、ヨーロッパで問題となっている大量の難民もアメリカの所為ではないですか。アフガンもイランもシリアもアメリカが仕掛けた戦争で大量の難民が出る。でも今、アメリカは責任が取れなくなってきています。

春名例えば2001年の9・11同時多発テロでアメリカは国土安全保障省という巨大官庁を作った。これは国境警備隊や非常事態管理庁などの再編だったのですが、大きな政府が突如出現した。これを思想的にリードしたのがネオコンです。そしてアフガン、イラクで戦争をやった。ブッシュはウソを言って戦争したのですからね。トランプはそこを激しく攻撃しています。そしてアメリカは衰退してきた。強いアメリカのイメージが薄れている。トランプはそこを衝いた。

北岡知名度抜群、政治家としての実績もあるヒラリー・クリントンが74歳の社会主義を名乗るサンダースに追い上げられているのはなぜですか。

春名ヒラリー・クリントンも古い既成の政治家となってしまったからです。もともと彼女はリベラルでした。シカゴの中産階級の出身ですが、イエール大学でビル・クリントンと出会って結婚、民主党員になった。若いころは真面目な学生でリベラルなアジェンダを追いかけていました。それが今はワシントンにいる既成政治家と同じになってしまった。政治にはお金が要る。クリントン政権では財政タカ派でした。レーガノミックスが出した膨大な赤字財政の立て直しです。

ビル・クリントンがアーカンソー知事になって以後、夫婦が集めた金が30億ドル、と昨年12月、ワシントン・ポストが書いた。ゴールドマン・サックスが彼女の3回の講演料として67万ドル払ったそうです。これをサンダースが追及しています。

北岡彼女が当選すれば「アメリカ初の女性大統領」というわけですが、これも今はちょっと色褪せていますね。

春名そう。彼女の性格も影響していると思います。高慢で、小生意気な女というイメージで、ヒラリーを嫌う人も少なくない。まあ、現在進行中の予備選ではサンダースには大きく水をあけていますから結果として彼女が勝つと思いますけどね。

北岡共和党の幹部はトランプになったら大変だとなんとか引きずり降ろす作戦が進行中とかいいますが。

春名4月5日行われたウィシコンシン州の投票結果でクルーズがトランプに勝って混戦模様となってきています。今の状況でトランプが全国大会までに過半数を制することは難しい。7月の共和党全国大会で決戦という場面になる可能性が高いでしょう。

北岡そうすると全国大会でどうなる?

春名それがアメリカの政治制度の難しいところです。党に規約委員会というのがあって、ルールはある意味融通無碍。これから決まることも多いと思います。大会の舞台裏で侃々諤々やる。“スモーク・フィルド・ルーム”という言葉があって、ボスたちが密室で煙草を濛々とふかして議論するようなこともしてきたわけです。トランプを落とすためにいろいろやるだろう、と言われています。アメリカの政治はいざとなると融通無碍ですからなんでもあり。過去にもそういう場面がありました。103回も投票を繰り返したこともあります。

北岡これから本格的な戦いが始まる、ということでしょうか。

春名より熾烈になってくるでしょう。オバマは、演説は上手いけど国民のための政治が十分できなかった。その反動としての混乱ではないかと思います。トランプは元々、民主党員だったし、サンダースは元々無所属でしょう。オバマの8年間、国民が期待している切実な政策を実施できなかったことが原因ではないか。

ただ「トランプは民主主義の脅威」(ワシントン・ポスト紙)だとか、「一貫した安全保障政策がない」(『フォーリン・ポリシー』)といった批判が強く、どこまでトランプの支持が続くのか、わかりません。

もっとも右派ポピュリズムの台頭は欧州でも拡大しつつありフランスではルペン党首の国民戦線が躍進しています。ポーランドやハンガリーでポピュリストが政権に就いて「恐怖を弄ぶ」(英『エコノミスト』誌)といった状況です。

トランプが提起している問題は「強いアメリカ」であり「豊かなアメリカ」を取り戻す、「アメリカ・ファースト」という点で、移民切り捨てや国境に壁を作るといった政策が貧しいアメリカ人に受け入れられている、という現実を直視する必要があるということを指摘しておきたいと思います。

人口の構造的変化に加えて、「モノのインターネット(IoT)」で、第4次産業革命が到来します。そうした社会的、経済的変化に対応できないでいる既成政治家への警告と受け止めて、政策的対応を急ぐべきだと思います。

北岡4月19日のニューヨーク州予備選では地元ですからトランプ、クリントンとも勝って票を固めました。クリントンは党幹部による特別代議員の多数が支持していますから過半数を制することはほぼ間違いないようです。問題はトランプです。予備選段階で過半数を獲得するのは不透明で、全国大会における決戦に持ち込まれる可能性が高まっています。そうすると共和党首脳部は規約をいいように変えて、トランプが勝てないような事態を招来させるかも知れません。まだまだ目が離せないという事態ではないか、と思います。

先ほど春名さんは「オバマ政治8年の反動」をご指摘されましたが、オバマは8年前に公約したことを大統領として果たそうとしたと思います。ただ議会多数の共和党と妥協することで、彼が考えていたような政治ができなかったという面は確かに否定できません。

ただ、核兵器廃絶にアメリカが責任があるというプラハ演説、かれはその演説が評価されてノーベル平和賞を貰った。核兵器削減に努力したことも事実です。それにいま注目されている伊勢志摩サミットで訪日した際、ヒロシマ訪問が実現するかも知れません。

キューバとの歴史的和解もオバマ政権で実現しました。クリントンが勝てばオバマ路線を踏襲する、と言っていますから期待できることもあると思います。

トランプが勝った場合、何が起こるかどうも想像できませんね。今日はありがとうございました。

はるな・みきお

1946年京都市生まれ。大阪外国語大学卒。共同通信社ニューヨーク支局、ワシントン支局長、論説副委員長などを歴任。名古屋大学大学院国際言語文化研究科教授をへて、現在、早稲田大学大学院政治学研究科客員教授。ジャーナリスト。ボーン・上田記念国際記者賞・日本記者クラブ賞受賞。著書に『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『秘密のファイル―CIAの対日工作』(共同通信社)、『仮面の日米同盟―米外交秘密文書が明かす真実』(文春新書)など多数。

きたおか・かずよし

1941年岐阜県生まれ。1964年 南山大学卒。読売新聞記者。1970年 衆議院議員・横路孝弘秘書。74年フリー・ジャーナリスト。1979年渡米。邦字紙編集部長、85年 日本語TVニュース番組、制作、放送。2006年 日本大学国際関係学部非常勤講師、08年特任教授。14年日大退職。著書『べらんめえ委員長─飛鳥田一雄の大いなる賭け』『13人目の目撃者』『政治家の人間力』『海外から1票を!』など多数。

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