コラム/経済先読み

「16半額春闘」の政治経済学

グローバル産業雇用総研所長 小林 良暢

16春闘は、前年実績を大幅に下回る回答で大勢が固まった。連合が発表した16春闘賃上げ結果によると、定期昇給込みの平均賃上げ額は6,239円、このうちベースアップ(ベア)は1,056円、率で0.35%と昨年実績のほぼ半額に止まった。だか、この数字は平均賃上げ方式をとる組合の平均で、個別賃金方式をとる自動車・電機の大手有力組合のベアは、トヨタ自動車が1,500円(率で0.4%up)、本田は1,100円(0.3%)、電機大手の日立、パナソニック、三菱電機などは各1,500円(0.4~0.5%)と、昨年の半額から3分1の水準に止まった。

昨年秋に連合が要求を「2%以上」から「2%程度」に変更、それに則して金属労協/JCMも統一ベアの取組み基準を前年の6,000円から3,000円にダウンした時点で、筆者は要求が半額になったのだから、結果も「半額春闘」になると見立てたが、その通りになった。

3月18日の連合集中回答日の翌日、朝日新聞が「官製春闘、ベア失速」、毎日は「16春闘『官製』に逆風」、東京も「官製春闘失速」と見出しをうった。この3紙の16春闘についての評価は、「安倍政権が企業に積極的な賃上げを呼びかけてから3年目、『官製春闘』は勢いを失った」(朝日)、「政府が賃上げ促す『官製春闘』の限界が3年目にしてあらわになった。さらに大手の賃上げを中小企業や非正規労働者などに波及させる『トリクルダウン』の思惑も崩れつつある」などと手厳しい。

だが、16春闘が「半額春闘」になったことを、「官製春闘」に押し付けるのは的外れで、事実に反する。16春闘が「3年目で勢いを失った」のは、もとはといえば連合が要求ダウンしたからだ。また、財界筋からの低額回答の原因を「円高、マイナス金利、中国デフレ」にあるとする見方は、他に責任を押し付ける逃げである。

では、16春闘がどうしてこのような仕儀になってしまったのだろうか。

16春闘の最大の特徴は「官製春闘」にあるのではなく、政労使会議が1回も開催されなかったところにある。黒田日銀の異次元緩和と並んでアべノミクス実現の二本柱である政労使会議をスタートさせたのが、2013年9月。この政府主導の14春闘は6年ぶりの「ベア復活」、次いで15春闘も2002年以来の最高のベアを獲得、「ベアゼロ春闘」の長いトンネルを抜け出した。このホップ・ステップに次ぐ大ジャンプに期待が集まる16春闘だったが、次第に政労使が三者三様にそれぞれの思惑で動き出して迷走が始まった。そのポイントは3つある。

①連合は、なぜ要求をダウンさせたのか。

たしかに昨年夏の大会シーズンまでは、「労働組合は持続的賃上げを継続する」との主張が春闘総括の大勢であったが、お盆明け頃から、そうはいかないという話が、三河の方から聞こえだした。9月に入ってトヨタ労連の大会で「(自動車販売が厳しいままで)16春闘は周辺環境を踏まえて議論する」との佐々木会長発言が飛び出した。それに前後して、消費税導入後の自動車販売の落ち込みが長引き、トヨタ自動車の豊田社長が「業績の成果配分は賃金以外の選択肢もある」と発言、これで春闘の流れが変わった。

2015年の連合は役員改選の年、10月5日の大会で3期6年の異例の長さで勇退した古賀会長から神津新会長に交替、新会長の挨拶と記者会見は「16春闘は底上げ・下支えの運動を強化、また政労使会議での政策協議にもしっかりと取組む」と言うだけで、既定方針の域を出ない堅実路線に止まった。この間に連合内部の水面下の論議が進んだのであろう。10月22日、連合中央執行委員会が16春闘のベア要求基準を「2%程度」にダウンすることを決定、この流れは、結局は三河の声に平仄を合せたものであった。

②政府は、なぜ政労使会議をやめて「官民対話」に代えたのか。

安倍内閣も8月の地域別最低賃金の審議では、官邸主導で全国平均18円引き上げ、2.3%アップという異例の高率で決着させ、これを春闘につなげる意気込みを見せた。だか、肝心要の春闘賃上げについては、9・10月と政労使会議を開催せずに音無しの構えのままでやり過ごした。今から考えると、安倍官邸は何かを待っていたかのようにみえる。連合大会の新執行部の変化だろうか。

だが、連合の中央執行委員会決定の1週間前の10月16日、安倍内閣が動いた。安倍首相は10月16日、経済財政諮問会議で「来年春の賃上げについて議論を進めてほしい」と述べた。だが、その場は去年までの政労使会議ではなく「官民対話」であった。「官民」の「民」は経団連のことで、明らかに「連合外し」である。理由は、連合が「労働規制改革に非協力的だ」ということだったが、実際には、要求ダウンで連合の獲得するベア水準はせいぜい0.7%程度と、目標とする2%に遠く及ばず、16春闘での経済の好循環は期待できないので、ついに見切りをつけたのである。それにしてもバッサリとは少し我慢が足りないのではないかという気もするが、それは3つ目のポイントである。

③選挙の年の特有な思惑とは

2016年は、春闘が終わると、連合は参議院選挙モードに入る。政府は予算があるので、その分立ち遅れるが、そこで、一億総活躍と育児支援の拡充、また同一労働同一賃金、インターバル時間、労働時間の上限規制、三六協定の特別条項見直しなど、矢継ぎ早に政策を打ち上げている。中でも、目玉政策の具体案を検討する一億総活躍国民会議や同一労働同一賃金検討会のメンバーには連合関係者は含まれていない。

筆者は、14・15春闘について、政労使が一つの場で賃金を巡る論議をする合意形成型春闘として評価してきたが、16春闘は以上のような政治・経済の事情からいったん軋みが現れた。だが、春闘がかってのような労使対立型に戻ることはないのだから、三者が政労使会議の下に再び参集することを望みたい。

こばやし・よしのぶ

連合総研、電機総研を経て、現在グローバル産業雇用総合研究所長。著書に『なぜ雇用格差はなくならないか』(日本経済新聞社)など。

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