コラム/沖縄発
戯曲「人類館」が照射し続けるもの
沖縄とヤマトの近現代史
沖縄タイムス学芸部 内間 健
暗闇の中、舞台上にゆらめく二本のろうそくの炎。響くさざ波の効果音。沖縄民謡の音色が流れる中、着物姿で沖縄出身の俳優・津嘉山正種(つかやま・まさね)さんが姿を現した。「皆さんこんにちは。本日は我が人類館にようこそおいでくださいました」。艶と張りのある声が満員の会場に響く。同じく沖縄出身の故・知念正真(ちねん・せいしん)さん作の戯曲「人類館」を朗読する、津嘉山さんの「ひとり語り」だ。
「すでに皆さん方よくご存じの通り、人類普遍の原理に基づき、すべての人間は法の下に平等であります。何人たりとも、その基本的人権は尊重されなければなりません。いつ、いかなる時、いかなる意味においても。差別は決して許してはならないのであります。つまり、人類普遍の原理であります」。
そこで、差別の原因として、無知や偏見を挙げ、それを取り除く手段として「人類館」があると説明。そこには、差別に苦しむ民族を取り揃えているとし、朝鮮人、琉球人、台湾人、アイヌなどを挙げた。「どうぞ皆さん、彼らを良く見てやってください」と熱心に観察するよう客に勧めた・・・。
「人類館」は1903年、大阪であった内国勧業博覧会の会場前で実際に起こった民間パピリオンの「人類館事件」を下敷きにしている。そこには、学術資料の名目で、沖縄から連れてこられた女性二人も「展示」され、沖縄側から激しい非難と抗議が起こり、後に取りやめとなった。
沖縄の演劇集団「創造」メンバーだった知念さんは、この事件に沖縄での皇民化教育や共通語励行、沖縄戦における日本軍の住民虐殺などの要素を取り込み、戯曲にした。「陳列された男」「陳列された女」「調教師ふうの男」の3人が登場。冒頭の長いせりふは、「調教師ふうの男」のものだ。「創造」が1976年に初演。1978年に第22回岸田國士戯曲賞を受賞している。
津嘉山さんの「人類館」ひとり語りは7月14、15日、沖縄タイムス創刊70周年と、会場となった那覇市のタイムスホール開館5周年の企画の一つとして、沖縄タイムス社と津嘉山さんが属する劇団青年座が主催した。チケットは両日とも前売りで完売。会場の1時間前には、大勢の人が列をつくった。津嘉山さんは3役を演じ分け、日本語、しまくとぅば、うちなーやまとぐちを駆使した迫真の朗読劇を見せ、観客の心に迫った。なぜ、1976年初演の演劇が、なぜ未だに、これほどに支持され続けるのか。
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2016年、沖縄本島北部の東村高江。米軍北部訓練場内のヘリパッド建設に抗議をしていた市民に対し、大阪府警から警備で派遣されていた機動隊員が、「土人」や「シナ人」との差別的な発言をした。県民からは「本音が出た」と怒りが広がった。知識人は人類館事件を想起させる、と指摘した。
菅義偉官房長官は発言について、当初は「許すまじき」としたものの、約一ヶ月後には、「差別と断定できないというのは政府の一致した見解だ」と変更した。
それに対し、実際に現場で抗議をし「土人」発言を受けた芥川賞作家の目取真俊さんは、沖縄タイムスの取材に「沖縄の近現代史を少しでも勉強していれば、『土人』が差別用語であることは一目瞭然」と指摘。「21世紀の日本のどこに『土人』と吐き捨てるように呼ばれ、侮辱されなければいけない市民がいるというのか」と憤った。
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1945年、太平洋戦争で日本は、本土防衛に向け時間稼ぎの持久戦を沖縄で展開した。沖縄戦である。多数の民間人を巻き込んで日米が激しい地上戦を行い、約20万人が命を落とした。うち、県出身の犠牲者は住民が約9万4千人、軍人・軍属が約2万8千人の計12万人超に上るとされる。沖縄は文字通り焦土と化した。
戦後、人々は古里の復興に汗しつつ、27年間の米軍の圧政を経験。沖縄人が犠牲になる事件・事故も多く起こった。人々は抑圧された環境から、日本国憲法を持つ日本への復帰による人権回復を夢見て、その運動に望みを託した。
しかし、1972年に日本へ復帰した後も、広大な米軍基地は残されたままだ。そのため、沖縄では基地から派生する大小さまざまな事件・事故が今も絶えず起こり続けている。
例えば、最近の主な米軍絡みの事件・事故を挙げてみる。
2016年、うるま市での元米海兵隊員で軍属だった男による県人女性暴行殺害事件。名護市安部沿岸への米軍オスプレイ墜落。2017年、米軍大型輸送ヘリが東村高江の民間地で不時着炎上。宜野湾市の普天間第二小学校で授業中の運動場に重さ7.7キロの米軍大型輸送ヘリの窓が落下-。ここ2、3年ですら、歴史に残る事件・事故が起こっている。
目取真さんの言を借りれば、「21世紀の日本のどこに」、こんな地域のありようが許されるというのだろう。
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高江のヘリパッド建設は、北部訓練場の過半の、日本への返還に向けた条件だった。 2016年にその「復帰後最大の返還」が実現しても、今なお、日本の国土面積の約0.6%に過ぎない沖縄に、米軍専用施設面積の7割が集中する。
そして、名護市辺野古では、美しい海を埋め立ててV字型に滑走路を持つ広大な新基地の建設を、政府は推し進める。県が異議を申し立て、複数の裁判闘争を経るなど、異例の事態の中で。
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戯曲「人類館」がなぜ、今も県民に支持されるのか。もちろん、強いメッセージ性と悲喜劇を織り込んだ優れた原作・演者の卓越した力は言うまでもない。
だが、沖縄タイムスの取材に「人類館」を演じる意義を述べた津嘉山さんの言葉に、すべての理由が凝縮されているように思える。「人類館事件が起こったころから現在まで、沖縄を取り巻く『差別』は変わっていない」。
「人類館事件」を想起させる出来事がなくなり、戯曲「人類館」は、過去を教訓とした演劇としてのみ光り輝く-。そんな時代が、沖縄にはいつ訪れるのか。
うちま・けん
沖縄県生まれ。大学を卒業後、1993年に沖縄タイムス入社。社会部、与那原支局、北部支社などを経て、現在、学芸部副部長待遇(デスク)。
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