コラム/ある視角
共謀罪強行 安倍内閣の終わりの始まり
ジャーナリスト 西村 秀樹
安倍内閣支持率が急落
安倍内閣の支持率が急落、警戒水位と言われる30%を割り20%台の数字がでた(時事通信29.9%、7月)。毎日新聞が支持26%、不支持56%。原稿の締め切り間際の数字を調べると、NHKは支持率が35%(対前回13ポイント下落)、不支持が58%(対前回13ポイント上昇、7月27日—28日調査)。
世論調査の専門家によると、女性の間で不支持率が高まる傾向にあり、これは深刻だという。なぜなら女性の不支持はいったん下落を始めると二度と戻らない傾向にあると。日本の女性たちが安倍政治を見限り始めた。
2017年7月は、一強と言われた安倍「反革命」内閣の「終わり」が始まった。
「もり」と「かけ」で政治の私物化疑惑
政治の世界は原因と結果を腑分けすることがむつかしい。螺旋(らせん)というか、巻き貝のようにグルグルと因果関係がめぐる。支持率急落の直接のきっかけは、東京都議会選挙だ。7月2日投開票、小池百合子知事を支持する政党が79議席を占め過半数(64)を大きく上回る一方、自民党は23とそれまでの57から大きく後退した。
選挙中、自民党安倍チルドレン女性議員の「このハゲー」発言が連日テレビのワイドショーをにぎわせ、議席減少の原因の一つとなったかもしれない。が、急落の主たる要因は安倍晋三総理本人のスキャンダルめいた疑惑、すなわち「もり」と「かけ」の問題だ。蕎麦屋じゃあるまいし、と言われた。
安倍総理の昭恵夫人が名誉校長をつとめた森友学園に対し国有地払下げで8億円もの不可解な値引きがあったこと。あるいは安倍総理の40年来の友人が理事長をつとめる加計学園に獣医学部の設置が認められようとした問題など、政治が歪められていると、多くの国民が関心を寄せる。これに加えて、自衛隊の南スーダンPKO部隊の日報「隠蔽」問題をきっかけに、安倍の秘蔵っ子・稲田朋美防衛大臣が辞任する(7月28日)など、火種は尽きない。
さらに言えば、憲法9条の内閣による解釈改憲や、いわゆる戦争法(安保法)など、戦後70年続いた戦争をしない国を、安倍内閣が大きく変えようとしていることに対する国民の漠たる不安、不満が吹き出た形だ。株価上昇だけでは、政権維持ができなくなってきた。
「共謀罪」強行採決が大きな引き金
かつてテレビ局で放送記者をしたものとしては、安倍内閣支持率急落の大きな引き金は「共謀罪」強行採決だと思う。「もり」も「かけ」も今年はじめからくすぶっていた。そこに6月14日から15日早朝にかけて「共謀罪」法案の強行採決が起きた。国会は言論の場、その顛末はテレビで一晩中断続的に中継されただけに、テレビの独壇場であった。
奇襲攻撃を与党側がしかけた。14日、参議院法務委員会での採決をスルーパスすると宣言したのだ。元テレビ屋から見れば、法務委員会で無理に採決をすれば乱闘シーンになり、きっと公明党所属の法務委員長がもみくちゃになるシーンをテレビ局がこれでもかこれでもかとリピートすることは間違いない。そんなリピートに耐え難いと公明党幹部が判断し、採決なしのやり方、つまり中間報告という回避策にでたと踏んだ。当たらずとも遠からずだろう。
こうしたなりふり構わない与党のやり方に対し、野党側はまずは参議院で金田勝年法務大臣の問責決議、続いて衆議院本会議での安倍内閣への不信任決議、と次々に対抗策に出た。こうして時計は深夜12時をまたいだ。翌15日の未明になって、ようやく参議院での「共謀罪」審議が始まった。
テレビの見張りに疲れ、深夜1時過ぎ、わたしは、翌朝のテレビニュースを録画予約した。翌朝ゆっくり起きて朝7時のニュースを確認したら、ななんと午前7時の段階でまだ採決に至っていない。結局、参議院議長が「共謀罪」法案の成立を告げたのは、午前7時46分。少数野党の抵抗策の不甲斐なさも目立った。安倍自民党、公明党に維新「目くらまし」政党までが賛成に回って、法律はようやく可決、成立した。
世界から「共謀罪」法に異議申し立て
強行採決前夜の6月14日夜、テレビ朝日「報道ステーション」に久しぶりにゲストとして登場したのがジャーナリスト田原総一朗。そのコメントがわかりやすかった。発言はこうだ。
「安倍さんも金田氏もめちゃくちゃ言っているわけ。『これはテロリストを取り締まる(法案だ)一般国民は全く関係ない』と言っている。が、テロリストは胸にテロリストのバッチをつけているわけではない。だから一般国民のプライバシーに深く深く入り込んで行かないといけない。監視社会になる」。
つまり、監視社会の到来を危惧している。監視社会の到来、内心の自由、表現の自由の危機こそがキーワードだ。
法案の成立過程をチェックしてみると、日本国外から日本政府に宛てた異議申し立てが目立つ。
国際連合の人権理事会「プライバシー権に関する国連特別報告者」という肩書きのあるジョセフ・ケナタッチ氏が、6月安倍総理に送った書簡を公開した。書簡には、この法案が「プライバシーに関する権利と表現の自由への過度な制限につながる可能性がある」と法案の問題点を指摘した上で、「法が恣意的に適用される危険がある」と厳しい言葉が並ぶ。
これに対し、安倍内閣の要石、菅官房長官は「政府・外務省は直接説明する機会がなく公開書簡の形で一方的に発出された」と不平をもらす。その上で、「書簡の内容は明らかに不適切」「独立した個人の資格で人権状況の調査報告を行う立場であって国連の立場を反映するものではない」と、ケナタッチ氏からの異議申し立てを切って捨てた。
多様な意見が多いヨーロッパやアメリカでは、「明らかに不適格」という言葉は反論になっていないと見なされる。もっと具体的に反論しないと反論したことに当たらないのだ。
こうした外部から(つまり「お友だち」以外)の辛口の異議申し立てに対する、寛容さのなさこそが、安倍内閣の支持率急落の根本ではないか。
国際ペンクラブからも
国際ペンクラブからもこの法案への疑義表明がなされた。国際ペン会長 ジェニファー・クレメントは次のような声明文を発布した。
「国際ペンは、いわゆる共謀罪という法律を制定しようという日本政府の意図を厳しい目で注視している。 同法が成立すれば、日本における表現の自由とプライバシーの権利を脅かすものとなるであろう。私たちは、日本国民の基本的な自由を深く侵害することとなる立法に反対するよう、国会に対し強く求める。2017年6月5日」
日本ペンクラブのホームページによれば、国際ペンの説明はこうだ。
「国際ペン:国際ペンは1921年に設立され、95年以上の歴史を持つ、26000名以上の作家・ジャーナリストなどの表現者が参加する国際組織である。ロンドンに本部を置き、100以上の国家・地域に149のセンターがあり、日本ペンクラブもセンターの一つである。ジェニファー・クレメント国際ペン会長はメキシコ出身の作家・ジャーナリスト、メキシコペン会長を経て、国際ペン初の女性会長として、2015年カナダ・ケベック大会代表者会議(総会)で選出され、第23代国際ペン会長に就任した」。
わたしはひょんなことから、この2年間、日本ペンクラブの理事会の理事をつとめたが、日本の問題での国際ペンクラブの意思表示は極めて珍しい。それくらい表現の自由に心寄せるペンクラブにとって、共謀罪は大ごとなのだ。
スノーデンが警告
週刊プレイボーイに次のような興味ふかい記事が載った。
「まだ起きていない犯罪を『計画段階』でも処罰できるようになる『共謀罪』については、これまで多くの問題点が指摘されてきた。なかでも最も懸念されている問題のひとつが警察の捜査、情報収集、情報蓄積の権限が大幅に強化され『日本の監視社会化が避けられない』という点だ」と法律の問題点を指摘した。
その上で、重要なのは、スノーデンの警告だ。
ご存知のように、スノーデンとは、アメリカのNSA(国家安全保障局)とCIA(中央情報局)の元局員で、アメリカ政府がやっている国民の監視システムを告発し、ロシアに亡命した。スノーデンによれば、日本でもすでに国民監視システムが始まっているというし、ましてや共謀罪法が施行されると、警察・法務当局による国民の監視システムがより強化されるという。
安倍総理の祖父、岸信介の時代、警職法に対し「デートもできない警職法」というキャッチコピーの下、学生や労働者、市民の幅広い反対運動が起き、廃案になった経緯がある。
共謀罪法は強行採決の結果、国会で採決・成立し、施行された。
支持率が急落した安倍政権のもと、共謀罪法がどういう運営をされるのか、いま日本のデモクラシー(民衆の支配)が問われている。
にしむら・ひでき
1975年慶應義塾大学経済学部卒業後、毎日放送入社。主にニュース番組、ドキュメンタリー番組制作を担当、北朝鮮を6回訪問するなど南北朝鮮を取材。主な著書に『北朝鮮抑留〜第十八富士山丸事件の真実』(岩波現代文庫)、『大阪で闘った朝鮮戦争』(岩波書店)ほか。現在、近畿大学人権問題研究所客員教授、同志社大学・立命館大学非常勤講師。日本ペンクラブ理事・平和委員会副委員長。
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