特集●歴史の転換点に立つ

米大統領選―グローバリズム落日の影

「政治権力」は再編成へ 共和党は自己崩壊

国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎

格差拡大―中産階級の分解

「自己制御」の機能欠如 / 消えた「アメリカン・ドリーム」 / 米民主主義は今

「大きな政府」vs「小さな政府」

「米国病」を直す「革命」 / 「保守連合」 / 伝統的価値観と差別是正 / 保守派メディア台頭

初の黒人大統領―硬直する保守イデオロギー

動揺する「保守革命」 / 悪夢-「白人少数の国」 / イデオロギーで硬直 / トランプとサンダース

政治権力の再編成へ

焦点は共和党の行方 / 民主党にチャンス

中東・アフリカからアジアに広がる荒涼たる大地で終わりの見えない戦乱が続いている。そこから欧州、米国、アジアの都市へテロ攻撃が広がり、難民・移民の大群が押し出されてくる。議会制民主主義のモデルとされる米国では「トランプ現象」、英国でも「EU離脱」をめぐる迷走劇。「滑稽」とさえ思える2つの異常な事態が重なるようにして起きた。

世界のこの殺伐とした光景を覆っているのが1980年代初頭に米レーガノミクスとして躍り出て、たちまち冷戦後世界を席巻したグローバリズムの落日の影だ。米国ではトランプ政権登場という「まさか」が起きたとしても、35年余におよぶ共和党優位の「保守の時代」が終わり、同党の事実上の自己崩壊から「政治権力」の再編成へと向かうことは間違いない。歴史は単純な繰り返しではないが、手がかりを歴史に求めつつ、米グローバリズムの破綻とその行く先を探ってみたい。

格差拡大―中産階級の分解

「不道徳」な格差

グローバリズムのもと米国で貧富の格差がいかに拡大してきたかは、すでに具体的な指標を基に広く報じられているので、ここで詳細は必要ないだろう。ニューヨーク・タイムズ紙が最近、独自調査の結果として報じた一例を挙げる。2014-15 年にかけて米国企業のトップ(CEO)が得た年俸の最高額はExpedia(国際的な旅行サービスのコングロマリット)のコスロシャヒ氏の9450万ドル(1ドル105 円として約99億円)、上位200 人の平均は1930万ドル(同20億円)。  

CEOトップ200人の年俸はリーマン・ショックの後、2012年に10%減額したほかは、年々上がり続けてきた。2015年は 2014年と比べて15%減だったが、株価の評価が下がったのが理由。クレジットカード、メディア、テクノロジーなどの業種の年俸が特に高額で、1億ドル(100億円以上)は珍しくない時代になった。

AFL・CIO(米労働総同盟・産別会議)によれば、米勤労者の平均年収は36,875ドルで、コスロシャヒ氏の年俸はその523倍である。スーパートップのウォルマートCEO、マックミロン氏の年俸はトップ200 社のほぼ平均で1940万ドル。120万人の雇用者の中位の賃金は24,600 ドルなので、なんと789倍となる。経済政策研究所(シンクタンク)の調査によれば、セールス業界上位350 社のトップと中位給与の差は1978年には30倍だったが、レーガノミクス時代に入った1989年には59倍、2000年には389倍に跳ね上がった。庶民感覚からすれば、天文学的数字ともいえそうだ。同紙はこれほどの賃金格差は経済問題を超えて道義的(非道徳)問題という声が上がっていると伝えている。

経営側はこういう。現金は年俸の3割で(平均値で6.7億円)、残りは自社株。長期経営の視点から株価を高めるインセンティブとして保有している。業界におけるステータスもかかっている。だが、これでみんなが納得するとは思えない。

「自己制御」の機能欠如

グローバリゼーションの牽引役として光が当たったのが金融市場だった。その暴走がごく少数の勝ち組と大多数の負け組という富の格差を造り出した末に、1929年大恐慌以来という世界的な金融危機を引き起こした。不況が世界に広がった。恐慌の原因をつくった金融機関は「大きすぎて潰せない」として政府管理や公益資金の投入によって救済された。オバマ政権のもとで「ウォールストリートを改革し消費者を保護する」ための「ドッド・フランク法」が制定され、企業トップの年俸を規制する特別委員会も設置された。

だが「ウォールストリート」は同法の実施細則つくりに抵抗を続けている。トップの巨額年俸も政府資金の返済もすまないうちに復活した。市場という「神の手」に全てを委ねるレッセフェール(自由放任)が経済を発展させ世界を豊かにするというグローバリズムには「自己制御」の機能は組み込まれていない。

消えた「アメリカン・ドリーム」

レーガノミクスによれば、グローバリズムは勝者の繁栄をもたらし、その恩恵は「滴り落ちる」(トリクルダウン)ようにすべての人々にも及んでいく。しかし、そうはならなかった。レーガン政権は不況と財政赤字の中で大幅減税を強行した。その理屈として持ち出した「供給優先経済」(サプライサイド経済)の説明に使ったのがトリクルダウン理論だった。経済学の理論として支持する学者はほとんどいない。

米国ではいま、富の4 分の1を1%の大金持が独占し、99%の庶民は住宅ローンの破たんで家を失い、職を失い、実質賃金は据え置かれて困窮している。政府は何もしてくれない。2011年には小さな抗議デモから全米に「ウォールストリートを占拠せよ」というデモが広がったこともある。

自由で民主的な社会の基盤は発達した中産階級である。学術、文化、芸術の担い手として、また経済を支える内需のマーケットでもある。富の格差が広がるにつれて、その中産階級が分解していく。1人の働き手だけでは家計は支えられなくなり、共働きが一般化した(日本では嘱託、パート、バイトなどの非正規雇用が広がる)。僅か数世紀で米国を世界の大国に発展させたのは「アメリカン・ドリーム」だった。子どもは親よりいい生活ができるようになる。どんな移民にも努力次第で成功が待っている。これが米国の中産階級を育てた。

多くの世論調査によれば、グローバリゼーションが1世代、2世代と続いた今、「アメリカン・ドリーム」を信じる人はほとんどいなくなった。階級間の流動性が失われて固定化し、将来への希望を喪失したことを示している。それは体制そのものへの不信へとつながり、はけ口のない憤懣が募る。そこに付け込むのがポピュリズムだ。

米民主主義は今

「トランプ騒動」も英国の「EU離脱」も、欧州諸国の「難民・移民排斥」も、その背後にあるのはこうした状況だ。その中でもトランプという人物が引き起こしている事態は「異常性」において突出している。米国の民主主義は深刻な事態に陥っているのだ。米国では各種世論調査で、議会に対する信頼度は1桁まで落ちていると報じられており、政治を動かしているのは巨額の政治資金を持つ経済エリートと特定利益のためのロビー団体だと広く信じられている。

学術、文化、政治、経済などにわたる価値観を定期的に調査している「世界の価値観調査」(WVS)の2014年調査によると、自分の国の民主主義の度合いを10 段階で回答を求めたところ、米国の回答者の3分の1は最低の1点を付けたという。米国の民主主義そのものが崩壊の危機に向かっているという警告かもしれない。

「大きな政府」vs「小さな政府」

「米国病」を直す「革命」

米民主義義の深刻な事態の背景にあるのが、冷戦が終わり「敵を失った」あと民主、共和両党の対立が激化し、とくにオバマ政権登場後のこの8年、それが昂じて議会制民主主義がほとんど機能不全に陥っている状況がある。ことの始まりは共和党右派レーガンの1980年大統領選挙での圧勝だった。彼らはこの勝利を通常の政権交代ではなく「保守革命」と呼んだ。それまでのほぼ半世紀、米国は民主党リベラルの圧倒的な優位のもとに置かれていた。共和党保守主義がそれに取って代わったのだ。

レーガン大統領は1981年の就任演説で、その「革命」をこう述べている。「米国経済は数十年にわたって病に蝕まれてきた。問題を解決するのは政府ではなく、政府そのものが問題なのだ。米国の『‭新たな始まり』のときがきた」。‬‬‬

レーガンが「病」と呼んだのは、1932年ルーズベルト大統領の大恐慌対策「ニューディール」以来、米国を支配してきた民主党型「大きな政府」だ。ルーズベルトは銀行の一時閉鎖、大胆な政府支出による公共事業で大量の失業者を吸収、農村開発支援などの対策をこうじ、さらに失業保険、勤労者年金、医療保険など社会的弱者を支援する社会福祉制度も導入、「大きな政府」という現在にいたる国家の基本的な仕組みをつくった。

ルーズベルトは「ニューディール」を通して政策の執行に当たる都市機構および知識層、小規模商店主、労働組合、ブルーカラー労働者、農民、貧困層や社会的弱者、民族的・宗教的少数派(黒人、ユダヤ人、カトリック教徒)などからなる民主党支持勢力を固めた。これが「ニューディール連合」(以後、ND連合)で、南北戦争(1861-65 年)でリンカーン大統領率いる共和党政権が勝利して以降70 年におよんだ共和党支配を終わらせた。特に黒人がそろって民主党支持に回ったことは大きな歴史的意味があった。リンカーンの奴隷解放宣言にもかかわらず、「隔離は差別ではない」との理屈で黒人差別は実質的に何も変わらなかった。

レーガンは就任演説でこの「大きな政府」をレーガノミクスによって「小さな政府」に戻す革命に取り掛かると宣言したのだ。そして3年後、1984年の年頭教書でレーガンは「米国は蘇った。高く立ち上がった」と革命の成果を自賛した。「ニューディール」による「大きな政府」という病を治して、共和党時代の自由主義経済の米国という本来の姿が「蘇った」と胸を張ったのだ。「古き良き時代」への回帰という復古主義が感じ取れる。

「保守連合」

リベラルなND連合から「レーガン連合」ともいうべき保守連合への政治権力の移行は、ケネディ暗殺をはさんで1960-70年代に複合的に起こった黒人差別撤廃を求める公民権運動とベトナム反戦運動による社会の混乱がきっかけとなった。2つの運動は次第に結びついて、大規模なデモが全米の都市や大学キャンパスを覆い、警官との衝突も相次ぐ。大都市スラムの暴動やブラックパワーの武装闘争、反権威のヒッピー文化、フリーセックス、同性愛の公然化、マリファナや麻薬の横行・・・。

そのさなかの1968年は大統領選挙の年。非暴力デモで公民権運動を率いたキング牧師、戦争を泥沼化させた責任を取って再選出馬を断念したジョンソン大統領に代わって最有力候補とみられた民主党R・ケネディ候補(大統領の弟)が相次いで暗殺される。選挙戦は共和党右派ニクソンが民主党ハンフリー(副大統領)を僅差で抑えて当選した。ニクソンの勝因は「法と秩序の回復」「ベトナム戦争を終わらせる秘策を持っている」というスローガンが、中身は分からないまま有権者の不安と期待感をとらえたこと、それにND連合の「弱い環」である南部保守派の切り崩しを狙った「南部戦略」も功を奏した。

ベトナム戦争で失敗したジョンソン大統領は「ニューディール」派で、議会に強く働き

かけて1964∼5年公民権法案を成立させ、その実施を確実にするための大統領行政命令(積極的差別是正措置)をかぶせた。ジョンソンはその際、民主党はこれによって(人種差別意識が根強く残る)南部(の白人)を失うことになるだろうが、正義は通さなければならないと発言している。この懸念の通り、1968年選挙でND連合の一角、南部の保守的な白人のなから多数がニクソン支持に回った。ND連合が分解を始めた。

12年後の1980 年。レーガン圧勝をもたらしたのは、ニューライトと呼ばれる共和党右派の若手活動家グループを核に、主に南部や中西部の農業地帯の白人中産階級からなる保守派の連合体だった。この中の最大勢力は福音派と呼ばれるキリスト教右派。民主党の南部保守派は党と決別して加わっていた。後に独立戦争の発端になった反税運動にちなむ草の根運動の「茶会」も加わる。

伝統的価値観と差別是正

これらの勢力を保守連合に結びつけたものを2つあげることができる。ベトナム反戦と公民権運動の混乱が生んだ道徳の退廃(前述の人工中絶、同性愛・結婚、男女同権の行き過ぎなど)に対して伝統的な価値観を守らねばとの思い。もう一つは黒人差別を解消するための大統領行政命令への反発だった。大統領命令は白人校と黒人校に色分けされていた公立学校の生徒を融合させるためのバス通学制度や、公的機関に黒人を採用する枠を設けることなどを求めていた。これが白人側の強い反発を引き起こした。保守連合には黒人差別という米国の「業」が初めから組み込まれていた。

保守派メディア台頭

米国の新聞、テレビ、週刊誌などの伝統的メディアはリベラル色が強かった。共和党の長期支配体制を固めるためには自分たちのメディアを持たなければならない。ニューライトは斜陽化したとされたラジオ局を多数支配下に収め、トーク番組で徹底的にリベラル叩きをして多数の聴取者を獲得、保守派ラジオDJブームへの道を開いた。

過激なリベラル攻撃で常時、数百万人から1,000万人を超えるフアンを持つ人気DJが何人も生まれた。大統領選挙戦でのトランプ候補の過激発言は、彼らに始まる。福音派からは独自のテレビ局を通した説教で1000万人超の信者を集めた教団も生まれた。

オーストラリアの新聞王で保守派マードックは英国の新聞やテレビに進出、続いて米国に上陸して1996年に24 時間テレビ・ニュースの「FOXニュース」を創設した。湾岸戦争報道で徹底的にブッシュ政府支持のニュースを流すなど保守派支持に徹して、ABC、CBS、NBCの3大ネットやニュース専門CNNを追い越す視聴率を獲得した。

初の黒人大統領―硬直する保守イデオロギー

動揺する「保守革命」

ニューライトの「保守連合固め」によって共和党は上下両院、州知事、州議会を支配下に収めていくが、全米レベルとなる大統領選挙ではむしろ劣勢に立たされてきた。レーガンを継いだブッシュ(父親)は冷戦終結を取り仕切り、国民には「平和の配当」を約束し、ロシアとの核軍縮交渉を推進して90%を超える支持を集めた。しかしインフレ、財政赤字、公約違反の増税などを批判され、1992年大統領選挙で「ニューデモクラット」を称する民主党クリントンに再選を阻止された。

「革命」は始まったばかりなのに・・・。共和党はクリントン攻撃を強めた。女性問題など脇の甘いクリントンの「スキャンダル暴き」の秘密チームを編成、弾劾裁判に追い込んだが逃げ切られた。皮肉なことに共和党が敵視したクリントンは再選され、グローバリゼーションを世界に推し進め、米経済は好景気に沸いた。自由化に応じない国には制裁を乱発して圧力をかけた。日本でも小泉政権が米国の市場開放要求に屈してスーパー(大店舗)時代が始まり、年功序列賃金や終身雇用が「時代遅れ」とされていく。

ブッシュ(息子)対ゴア(クリントンの副大統領)となった2000年大統領選挙で共和党は政権を奪回した。一般投票では50 万票あまりゴアにおよばないという辛勝だった。ブッシュ政権にはレーガン政権の外交・軍事を担ったネオコン(新保守主義者、民主党員が多かった)と共和党タカ派が乗り込み、「9・11テロ」をきっかけにアフガニスタンとイラクの「2つの戦争」を始めるという大失敗を冒す。ベトナムの記憶もよみがえり、国民は「戦争疲れ」を起こし、巨額の戦費が重くのしかかるなかでマーケットが暴走、100年に1度と言われる金融危機「リーマン・ショック」を引き起こした。

(注:レーガン政権で外交・軍事の主導気を握った共和党右派とネオコンは冷戦後世界における一極支配を目論んでロシア封じ込め、中東支配固めを進める。これがグローバリズムと絡み合って中東戦乱と難民問題につながっていく。本稿はこの問題にこれ以上触れる紙数はない)

悪夢-「白人少数の国」

金融危機さなかの2008年大統領選挙の結果、初めての黒人大統領が誕生した。野党共和党指導部はオバマ大統領の再選阻止の戦いを始めると公言した。政策の良し悪しではなく、国民が喜ぶような政治はさせない、オバマ政権を失敗させるということになる。共和党はなぜ、そこまでいきり立ったのだろうか。

考えられるのは、まずオバマが民主党リベラルの中でも左派で、政治理念で共和党と鋭く対立すること。加えてオバマが黒人ということだ。米国では白人以外の移民が増え、この傾向が続けば2040-50年ごろには白人は半数を割り、少数派に転落する。これは「悪夢」だ。黒人大統領の登場はそうした将来に現実感を与えた。

オバマ大統領はケニア生まれで大統領の資格はないという噂がどこからか広がり、ホワイトハウスは出生証明書のコピーを配って打ち消さざるを得なくなった。世論調査によれば、共和党員の半数以上がいまだにこの噂を信じているという。トランプ候補はテレビなどで噂を広めた1人だ。「黒人大統領」が生んだ状況がよく分かる出来事だ。

イデオロギーで硬直

「小さな政府」のイデオロギーは自由競争、規制緩和、大幅減税(一切の増税反対)、予算削減、社会保障反対(予算削減)、米国の力の優位を維持するための軍備増強などで組み立てられている。これらはそのままオバマ政権との対立点でもある。共和党は徹底的にこれにこだわった。共和党は与党民主党が議会多数を持っていた政権1期目でも、討議打ち切りには3分の2の賛成が必要という上院ルールを使って徹底的に議事妨害(フィリバスター)、2010年中間選挙で下院を支配、2014年には上院も多数を得て両院を支配、オバマ政権の重要政策はほとんど阻止することに成功した。

オバマ政権といきなりぶつかったのが、民主党リベラルの宿願、医療保険制度だった。共和党は絶対反対。政府の社会保障制度の民営化が基本政策だ。議事妨害を駆使、法案は大幅な修正を加えられたうえでやっと成立した。

共和党の有力な支持基盤、白人中産階級にはグローバリズムの恩恵に浴すことのない低学歴の低所得層が多い。医療保険には彼らも恩恵を受けるが、共和党は既に順調な運営に入っているオバマ保険の廃絶を憲法違反訴訟などで執拗に追い求めている。巨額の財政赤字を抱えて予算削減は優先課題で、その第一の標的は社会保障費だ。  

大企業や高額所得者の大幅減税も基本政策。企業の海外進出や外国製品の輸入増で職を失ったブルーカラーも多い。だが、自由貿易が基本原理だからTPP(環太平洋パートナーシップ協定)はオバマ政権が進めているからといって反対はせず、本心は推進だ。

米国は「移民の国」。中南米や世界各地からの移民は経済成長の担い手である。しかし1000万人の不法滞在者移民も抱え、移民は職を奪い、社会保障を膨らませると低所得層には反対が強い。長期在留の不法移民にも条件次第で市民権を与えるオバマ政権の移民制度改革には反対はするが、自らの移民政策はあいまいにしたままだ。

オバマ政権が重視している温室効果ガスの排出規制には、企業活動を阻害すると絶対反対。米メディアによると、共和党議員の大半が地球温暖化問題は反資本主義の左翼学者がでっち上げた陰謀と信じているという。

トランプとサンダース

共和党エリートはイデオロギーの虜になって、グローバリズムの底辺で、不満や怒り、不信が鬱積している現実を見落していたのだろうか。あるいは見ようとはしなかったのかもしれない。しかしトランプは見ていた。移民を入れないために国境に壁をつくり、メキシコに建設費を払わせる―彼らの思いを粗野で過激な言葉で代弁した。トランプ阻止を図った党エリートの試みは全く通用しなかった。

トランプが叫ぶ「政策」のほとんどは国内的にも国際的にも実現できないし、予測のつかない混乱を引き起こす恐れが強い。共和党の「99%」は多分それを知ったうえで、あるいはそんなことはお構いなしにトランプを担ぎ上げて鬱憤を晴らしたのかもしれない。トランプが共和党をぶち壊したというよりは、共和党の自己崩壊といった方がいい。

トランプを生んだ状況は民主党にもほとんど共通している。リベラル派はオバマ政権への期待が大きかっただけに、2期8年への落胆も大きい。民主社会主義者を名乗るサンダース候補が、知名度は抜群で「女性初の大統領」を目指すクリントン候補をここまで追いつめるとは誰も予想できなかった。クリントン候補が「ウォールストリート」にもつながる体制派であること、国務長官時代に公務に個人用メールを使用していた不注意が暴かれ対応を誤ったことなど、ウィークポイントを厳しく追及されたこともあった。

だが、グローバリズムのもとで進行していた状況を党エリートは、そしてメディアも十分に理解していなかったのだ。

政治権力の再編成へ

焦点は共和党の行方

南北戦争と共和党体制、大恐慌と民主党ND連合、公民権運動・ベトナム戦争と共和党保守派時代と、歴史を区切る大きな出来事を機に米国を支配する政治権力の再編成が起こった。冷戦終結後はグローバリズム時代となり、共和党と民主党の激しい権力争奪戦が展開され、金融危機の中で初めて黒人大統領が誕生、いままた初の女性大統領か、それとも米国政治の流れから外れた異端大統領かという歴史的な選挙戦を迎えている。

この大統領選挙はどちらが勝っても権力構造の再編成につながる。焦点は共和党の行方だ。共和党大会は選挙に臨む党綱領を決め、トランプ候補を正式の党候補に選出した。しかし党エリートのほとんどは大会出席を拒否、党の分裂状態が改めて鮮明になった。採択された綱領も「史上もっとも過激」で党の基本理念とは相いれない内容となった。トランプ候補が敗北しても当選しても、共和党が統一を回復するには相当な努力と時間が必要になるだろう。

トランプ落選の場合、トランプ支持勢力がそのまま維持され、共和党に強い影響力を行使する可能性は高いとは思えない。トランプ派は自然消滅するかもしれない。しかしトランプの米国第一主義、保護主義、復古主義などは、共和党保守派の本音に通じるものでもある。グローバリズムで取り残された白人低所得層にどう向き合うのかと合わせ、党再建には避けて通れない問題だと思う。

民主党にチャンス

民主党大会もクリントンを担いだ主流派と、サンダース候補を熱狂的に支持した左派や若者との間の深い亀裂を浮き上がらせた。トランプ大統領は絶対に許してはならないとクリントン候補支持の党体制固めに努力が払われ、サンダース自身も支持者にクリントンへの投票を強く呼びかけた。綱領にはサンダースの主張を取り入れ、公立大学の授業料免除が盛り込まれ、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)など貿易協定には雇用や賃金上昇につながるという条件を付けた。民主党には「弱者支援」というニューディール以来の伝統がある。これが共和党にない柔軟性を与えている。

民主党にとっての懸念材料は北部や中西部の工業地帯で工場の移転や閉鎖が進み、多数のブルーカラーが苦しんでいて、トランプ支持に傾いていると伝えられることだ。ブルーカラーの労働組合は衰えたとはいえ、ND連合以来の有力な民主党支持勢力だ。

共和党が白人の大企業・金融などの経済界と南部保守派を固い支持基盤にしているのに対して、民主党は北部、中西部、太平洋沿岸の大都市を中心に高学歴の知識層や白人中産階級、黒人やヒスパニックなどの少数派が支持基盤だ。サンダース票を最大限にクリントン支持に取り込むとともにブルーカラーの票を確保することは、クリントン勝利、その後の民主党支配体制につなげるために重要だ。

かねこ・あつお

東京大学文学部卒。共同通信サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事を歴任。大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』(リベルタ出版、2015.8)など。現在、カンボジア教育支援基金会長。

特集・歴史の転換点に立つ

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