コラム/経済先読み
英EU離脱 システミックな世界危機か
グローバル産業雇用総合研究所所長 小林 良暢
中国・四川省の成都で開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議は、英「EU離脱」ショック後の英のEU離脱が世界経済の下振れリスクになっているとの見解を共有、与える影響を最小限にとどめるとの共同声明を採択して閉幕した。しかし、忍び寄る世界経済のリスクへの具体的な共同行動の内容は曖昧なままだ。
英EU離脱ショックで世界の金融・資本市場に激震が走ってから1か月、夏を迎えてやや小康状態を保っているが、その間に垣間見えた兆候から伺えるのは、本当に怖いのはこれからだということだ。
世界の投資家が円買いに向かう深い事情
英「EU離脱」の直後、時差の関係で世界最初に市場が開いた東京外国為替市場では、1ドル=99円台へと円高が加速、そのため日経平均株価の終値も前日比1286円安と、2000年のIT不況以来16年ぶりの急落に見舞われた。
ロンドンから地球半周も離れた極東のニッポンで、なぜ超円高なのか。ポンドは対ドルで31年ぶりの安値で売られ、行き場を失ったマネーが「安全資産」とされる金と円に向かったと報じられているが、いますこし深い事情がある。
日本は今、マイナス金利国だ。市場の常識では危機に際して円は買われないはずだ。これを市場関係者は「ゼロ金利の壁」と呼ぶ。だが、ヘッジファンド等の機関投資家は、震度8に及ぼうという激震のなかで、マイナス金利ニッポンの円買いに走った。
もともと「EU離脱」でポンド安になるのは事前の想定内、世界の投資家たちは手持ちのポンドやユーロを損切りしてドルを買い増したが、資金の流れはここに止まらず、そのドルを売って円買いに走った。なぜ円を買うのか。
じつは、世界の為替市場は、昨年来中国とEU経済の先行き不安から慢性的なドル不足で、これに「離脱ショック」でドル需要が高まり、ドル高が昂進。投資家が手持ちのドルを売れば上乗せプレミアム(金利)が手に入る。マイナス金利の日本と米国の間には金利差があっても、この一連の「ドル・円トレード」を経れば十分儲けがとれる状況が年初来続いている。債券市場でも同様に、日本の長期金利がマイナス0.215%の過去最低まで低下しても、中東の王族などのソブリンファンドは安全な資産とされる日本国債を買う動きが強まり、世界の資金が日本に集中したのである。
生き馬の目を抜くと言われる世界の名だたるヘッジファンドやソブリンファンドをして日本が安全だと共通認識させるのは、我が国が対外純資産の黒字国であることだ。対外純資産とは、外国に投資・融資・保有している「資産」から、外国からの投資や借金などの「債務」を差し引いたもので、日本が世界一の「対外純資産黒字国」なのである。我が国の対外資産は企業の対外直接投資等で長期の案件が多く、当面は日本がリスクの少ない投資先とみられている理由はここにある。
16世紀に匹敵する大転換が起きている
だが、このような純資産黒字国ニッポンを海外からみると、欧州の金融不安をしり目に政府日銀がマイナス金利政策を通じて陰に陽に為替操作をしている結果として映る。これにアメリカ政府は、日本を為替操作国と認定、制裁のための「監視リスト」に追加指定して、アメリカも「通貨安戦争」に参戦。このまま互いの足の引っ張り合うのを放置しておくと金融市場がシュリンク(収縮)しかねない。
金融市場の不安定化は英国ばかりではなく、世界経済はリーマン・ショック級の、あるいは1987年のブラックマンデークラスのシステミックな金融危機に陥るかどうかの瀬戸際に立っている。システミックな金融危機とは、銀行間の超短期の資金融通、すなわち今日借りて明日には返済する「オーバーナイト」の貸し借りにおいて、「貸した金が返ってこないのでは」という不信が増幅する状態のことである。この「取引相手先リスク」を市場が意識し出すと「金融システムに大量の不良債権が隠れている」との疑念が生まれ、信用危機の連鎖を引き起すのだ。
今のところシステミック危機は起きていない。だが、ユーロ圏の銀行システム問題で不安がささやかれ始め、なかでも深刻なのはイタリア。銀行の不良債権問題の処理の遅れでイタリアの大手3位のモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行の不良債権が問題視されている。さらに今年2月に経営不安が取りざたされたドイツ銀行などに万が一にも問題が起こらないことを望みたいが、これらどこかに火がつくとグローバルなシステミック危機になる。
かかる「離脱ショック」後の世界経済を、週刊ダイヤモンド(2016. 7.6)は、特集「混迷を読み解く大経済史」でより長い歴史スパンで論じ、ここに水野和夫法政大学教授が登場して「実は、現在は数百年単位の大きさの転換期だ」として、「16世紀の大転換と同じことが今起こっている」と説いている。また、現在の世界の異常なまでの低金利の始まりを1974年とみて、この年に英国と日本の10年金利かピークとなり、次に1981年に米国の10年国債金利がピークを付け、それ以降先進国の利子率は下落し続けている、としている。
水野氏が利子率の低下を重要視するのは、金利は利潤率とほぼ同じで、資本を投下し、利潤を得て資本を自己増殖させることが資本主義の基本的な性質であることによる。この利潤率が極端に低下するということは、「すでに資本主義が機能していない兆候」だと言う。
以上の世界で起きているリスクの背景には、1980年代以降続いたグローバリズムの反動としての、日米中欧を巻き込んだ世界的な通貨安戦争がある。だか、成都G20で主要国が通貨政策を巡りさや当てを演じただけの結果からすると、この夏の終わりから秋にかけて、システミックな世界経済危機の現実味が増している。
こばやし・よしのぶ
連合総研、電機総研を経て、現在グローバル産業雇用総合研究所長。著書に『なぜ雇用格差はなくならないか』(日本経済新聞社)など
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