この一冊

『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』(マーティン・ファクラー著 双葉新書、2016年)

メディアの「政権のポチ」化を痛烈批判

ジャーナリスト 秋田 稔

安倍政権は極めて狡猾なメディア・コントロールを推し進めている。第2次政権発足直後、NHKに「右向け右」の籾井勝人会長を送り込み「安倍チャンネル」化。民放もTBSやテレビ朝日を叩いて黙らせた。在京大手紙も、政権サポーター派の読売・産経と、リベラル派の朝日・毎日・東京にはっきりと二分され、その朝日も縮み上がる。

高市総務相の「電波停止」発言に反対する「我々は怒っている!」声明記者会見で鳥越俊太郎氏は「メディアが政権をチエックするのではなく、政権がメディアをチエックする時代になっている。負けられない戦いで、負ければ戦前のような大本営発表になる」と語ったが、まさにそのような時代だ。

本書は、日本の大手メディアが雪崩を打って「権力のポチ」化する状況を厳しく批判するとともに、反撃の道筋を提言する。著者はニューヨーク・タイムズ前東京支局長の凄腕日本ウォッチャー。

本書はまず、「ジャーナリズムは政治権力のウォッチ・ドッグ(番犬)であるべき。だが(日本)の記者クラブ・メディアはまるで政権のポチのようにシッポを振ってきた。第2次安倍政権の成立以降、その傾向はますます加速している。なぜ日本のメディアは安倍政権に〝伏せ〟をするような態度で仕事をするのか。政権からのプレッシャーとメディアの自主規制は、どこまで進んでいるのか」と問題提起。

▽安倍政権のメディア・コントロール▽メディアの自壊▽ネット右翼と安倍政権▽権力VS.調査報道▽失われる自由▽不確かな未来―の各章で検証を進める。

まず「政権のメディア統制」では、以前はファジーでウエットだった日本の政権とメディアの関係が、第2次安倍政権以降はドライなものに激変したと指摘する。日本の大手メディアは、閉鎖的な記者クラブ制度に依存する「記者クラブ・メディア」といわれる。それは、メディアは政権から情報をもらうかわりに政権を手厳しく批判しないという「ゆるやかな共存関係」だった。

だが第2次政権以降は政権側がドライにメディアを選別。9・11以降のブッシュ政権の「有志連合」戦略さながらの「仲良しメディアにはアメ、敵対メディアにはムチ」のメディア戦略に一転した。政権(のメディア対策)がメジャーリーグを目指しているのに、日本のメディアは「記者クラブ・メディア」というガラパゴス化した閉鎖空間に安住していたため高校野球のレベルで、政権のメディア戦略に敗退してしまったという。

「メディアの自壊」では、原発事故の政府事故調による「吉田調書」を朝日が独占入手したのは大スクープで、政府がこれを隠蔽していたことこそが大問題だった。ただ朝日は、調書のインパクトを重視するあまり、調書のニュアンスを誤解させる見出しで政府に反撃の糸口を与えてしまった。そして、産経や読売などが官邸周辺とみられるリークで「吉田調書」を全文入手し、朝日叩きの記事を掲載したのは「ジャーナリズムの自殺行為」と批判する。

また朝日新聞特報部は「我々は政府のポチにはならない」という「脱ポチ宣言」を掲げて優れた調査報道に取り組んできたが、会社側が同部を事実上解体するなど社内に自粛ムードが漂っており、この事態は「平成の白虹事件」(「朝日新聞白虹事件」は大正デモクラシーの旗手・大阪朝日を変質させた言論弾圧事件)と重大視する。

「権力VS.調査報道」はジャーナリズムの真骨頂である調査報道への逆風と、それをどう克服するか。日本以上に厳しい政権の圧力にもかかわらず、屈せず闘う米国のニューヨーク・タイムズ(ブッシュ政権による秘密盗聴、米国とイスラエルのイラン核兵器開発妨害ウイルス)、AP通信(司法庁による記者盗聴)、FOXニュース(北朝鮮の核実験情報)などの実例を挙げる。そして米国ではジャーナリズムが危機に瀕したとき、メディアが報道の自由のために会社や業種、右や左の垣根を超えて、団結して反撃するのに対し、日本のメディアには、「事なかれ主義のサラリーマン記者」があまりにも多く、「ジャーナリストが民主主義社会のために果たしている使命感という最も大事な視点が欠落」しているため、メディア対策に力を注ぐ安倍政権の誕生によって、その弱点が露呈してしまったという。

とはいえ日本では、国家機密の縛りも、国家の市民に対する監視も、まだまだ米国ほど厳しくはない。しかし特定秘密保護法などによって、日本も間もなく米国のような厳しい監視国家になるだろう。だからこそ、日本メディアはもっと切迫した危機意識を持ち、「タコツボ型ジャーナリズム」ではなく、個々の記者が強いプロ意識を持つとともに、ジャーナリスト同士が結束するべきだと忠告する。

終章「不確かな未来」では、米国の独立調査報道機関の取り組みや、東京新聞・神奈川新聞・琉球新報・沖縄タイムズなどの健闘、調査報道ジャーナリスト育成に向けた早稲田大学ジャーナリズム研究所など、権力に負けない強靭なジャーナリズムの動きも紹介する。

本書の出版以降のメディアをめぐる動きを見ても、クローズアップ現代、NEWS23、報道ステーションのメーンキャスターが、そろって降板。総務相の「放送電波停止」発言。「国境なき記者団」の「報道の自由度ランキング」で日本は72位に下落したのに、菅官房長官は「報道が委縮するような事態は全く生じていない」と発言。籾井NHK会長の居座りや「原発報道は公式発表ベースに」「被災地の自衛隊活動も報じよ」発言……など、政権のメディア統制やメディアの委縮・隷従もますます進んでいる。本書はそれを共に跳ね返そうとする、ジャーナリスト魂あふれる熱いメッセージだ。

なお政権の言論統制に大手メディアが委縮や隷従を深める背景には、本書とも重複するがやや補足すれば①ネットの普及、読者の新聞離れや広告収入の鈍化などによる経営難②以前の政治取材は主に自民党各派閥に深く食い込み、収集情報を突き合わせて政権の動きをウォッチしてきた。しかし小選挙区、政党助成金制度や「一強多弱」の現政権下で、自民党各派閥が力を失い、官邸主導で政権の情報管理も徹底。官邸や自民党による記事や番組内容のモニタリングも精緻を極め、政権の意向に反する記事には厳しいクレームをつけるなどで、御用記者以外の取材が困難になった③「記者クラブ・メディア」は各省庁・企業など取材先からの手厚い情報提供などに依存し、取材先にコントロールされる④報道に対する訴訟増加などによる過剰な「コンプライアンス=法令順守」、ネット右翼などの激しい攻撃……なども挙げられるだろう。

あきた・みのる

元通信社記者。現在、自由ジャーナリストクラブ会員。『現代の理論』23号(2010年春)、25号(2010年秋)の『メディア時評』など執筆。

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