特集 ●歴史の分岐点か2022年

野党はポスト安倍・菅の新しい政治サイクルにどのように立ち向かうべきか

深掘り対談――2021年秋総選挙の帰結と展望

法政大学教授 山口 二郎

一橋大学教授 中北 浩爾

司会 本誌代表編集委員 住沢 博紀

1.対談の3つのテーマ

住沢:今回の深掘り対談のテーマは、中北さんの提言にしたがって、(1)総選挙の総括と枝野立憲民主党の野党共闘の問題点です。(2)2017年の枝野さんの立憲民主党の設立は2015年の安保法制が大きな背景になると思いますが、こうした少し長い時間的なサイクル、さらには過去30年間、「失われた30年」の課題を含む政治改革の流れも含めて、今回の総選挙を位置づける視点です。(3)来るべき参議院選挙に対する立憲民主党を軸とする野党の課題です。またこの対談に先立って送られてきた、山口さんの「2021年総選挙と野党の課題」という草稿(『ジャーナリズム』2022年2月号)を参考にして対談を進めます。

山口さんは過去30年間、政治改革の同時代的な研究者であり、かつ市民連合の中心的な担い手であったように、実践的な提言もされています。近著は『民主主義は終わるのか』(岩波新書 2019)です。中北さんは山口さんよりも若い世代で、戦後の社会党などの労働政治史を出発点としながらも、最近では『自民党‐「一強」の実像』(中公新書 2017)や『自公政権とは何か』(ちくま新書 2019)など、自公政権の分析にも研究を広めています。今回の深掘りテーマの最適任者といってもいいわけですが、お二人は共通の価値観を持ちつつも、総選挙での野党共闘の位置づけに関しては異なる視点に立っておられるので、この点でも興味ある対談が期待されます。先ず山口さんから総選挙の総括をお願いします。

2.総選挙の総括と野党共闘の問題点 

山口:今回の野党にとっての総選挙には、改憲阻止のための1/3と政権交代のための1/2という問題があったと思うのです。枝野さんが立憲民主党を作った、あるいはその前の安保法制に端を発する参議院での野党共闘、これはやはり日本的な意味のリベラル、つまり憲法九条の理念を守る、平和国家路線を守る、もっといえば自民党右派の権威主義的なものに対抗する、そうした抵抗の論理として新党の立ち上げや、野党共闘を進めてきました。だから衆議院選挙では政権を争うための野党共闘という、次のステージに行くつもりだったわけですけれども、結論から言えば日本の1/3と1/2の間の壁は大きかったということです。

私は野党の共通政策はまともな事を言っていたと思います。やはり共産党の支持者を説得する必要性があり、画期的な政権合意とかいいすぎる傾向があり、 これが反共キャンペーンをまねき、より大きな問題として国民一般のリアリズムに答えることができなかった、これがやはり敗因だなと思います。だから1/2を争う戦いのステージには移れなかったという、その段差で自滅したという感じです。

中北:私は山口さんとは基本的な考え方は同じですが、若干の違いがあります。今の1/3と1/2の点に関しては、安保法制反対運動の後、野党共闘が始まった段階では、山口さんも二つの山の違いを明確に区別され、緊急避難的に1/3を目指すと語っておられました。私も共産党と共闘した場合、1/3には到達できるが、1/2に向かうことがかえって難しくなると思っていました。しかし、山口さんは市民連合のリーダーとして活躍されるにつれ、僭越ながら1/3と1/2の違いを軽視されるようになられたと感じています。政権交代のためには立憲民主党と国民民主党の合流が先決だと考える私とは、認識が乖離するようになりました。

山口:私は、小選挙区に対応した政党ブロックをいかに作るか、という現実的な目の前の課題を考えた時に、立憲と国民をもう一度くっつけるというやり方では無理だと思ったわけです。おととしの秋に枝野さんがそのことを試みたし、連合の神津さんも一生懸命に落としどころを探っていたがどうにもできない。それで衆議院選挙が近づく中で安倍政権があのような突然の終わり方をして、菅政権がその統治能力のなさを露呈している状況の中で、とりあえず政党ブロックをつくるには共産党の力を借りるしかないか、というすごく状況的な判断でしたね。

中北:2017年の希望の党騒動の直前、雑誌『世界』の対談で中野晃一さんと議論したことがあります。中野さんは共産党を含めた野党共闘で行くべきだと。私は、それでは政権がとれないから危険な状況が生まれかねないと発言しました。実際、希望の党騒動が起きました。当時の民進党の内部では共産党との連合政権は無理だというのが支配的な認識であり、だからこそ政権交代を目指して希望の党との合流に舵を切った。今回の衆院選の敗北とその後の動きは、基本的に同じ構図だと思います。

なぜ立憲民主党の枝野代表が「限定的な閣外からの協力」という合意を共産党と結んだのかというと、それは閣外協力を含めて共産党との連合政権は無理だという判断があったわけです。私は象徴天皇制については障害になると思っていませんが、政権を樹立する場合、外交・安全保障政策の違いが大きすぎます。いかに中国が軍拡をしても、現在のところ日本共産党は日米同盟や自衛隊の強化を認めない立場でしょう。それでは、立憲民主党がコミットする「抑止力」を維持できなくなる恐れがある。この野党共闘を発展させる上での難問を解くためには、共産党に反アメリカ帝国主義の民族民主革命論、さらには共産主義そのものを転換してもらうしかないと考えています。共産党は1/2の山を登って本気で政権を担おうというのであれば、この点を真剣に考えなければなりません。

住沢:今、共産党との連携をめぐって3分の1と2分1の山の話になっていますが、例えば『世界』1月号の菅原琢さんの総選挙分析では、最後は、立憲民主党の一けた台という低い支持率に行き着くという事です。この点ではどうですか。

山口:私にも実はなぜ立憲民主の支持率がそんなに低いのかもう一つわからない問題です。 この点も1/3のところと関連付けて言えば、やはり枝野さんが2017年に立憲民主党を作った時には、これは別に政権を取りに行く政党ではなくて、憲法理念をはっきり擁護するある種の抵抗政党という形でデビューして、とりわけ安保法制に疑問を思っていたような進歩的もしくはリベラルな人々の期待を集めたということです。

だから中身はかなり違うけれども昔の土井さんの時の社会党みたいな感じですかね。ただそれが政権を担う政党に脱皮する、そのように成長しきれない。枝野・福山体制はいささか閉鎖的な党運営をしてきて、幅広く味方を作り知恵を集めるみたいな、拡大思考の党運営というのができなかった。国民民主党や社民党の一部を入れて国会議員を増やしたけれども、政権を担う政党というイメージを最後まで作れなかったという所ですかね。

住沢:山口さんらの市民連合が媒介となった2021年9月8日付の「衆議院総選挙における野党共通政策の提言」の6項目がありますよね。共産党を含む野党4党の代表や党首が署名しています。メディアは「野党政策協定」と報じました。私が不思議に思うのは、9月30日、つまり自民党が総裁選で岸田新総裁が選出された翌日に、枝野・志位共産党委員長の国会内会談があり、「共産党の閣外協力」という枝野発言が飛び出します。なぜ枝野さんはこの段階でこうした発言をしたのですか。

山口:やはり共産党が小選挙区の候補者を大量におろすと、そして共産党の候補者を比例区ブロックに回すということで、共産党の志位委員長は政権に参画するという何らかの姿勢を示したかった、そして枝野さんがそれに答えたという事でしょうね。 野党共通政策に合意した以上、それについての予算作成や法案を共に行うのは論理一貫性があり、 必然的な帰結です。それをわざわざ「閣外協力」という必要性はなかったと思いますが、まあ相手の顔を立てたという事ですが、やはりこれはすごく誤解の源になってしまいました。

住沢:山口さんは草稿では、こうした政策協定は、市民連合の提言ではなく、本来は政党間で直接、交渉し結ぶものであるといっていますが。

山口:市民連合の学者が書いたものを各党にまわして、これでいいですかというのはやはり薄っぺらいと言うか、政策を作るプロセスを政党自身がきちっと責任をもって参加して、議論を積み上げていくという姿を見せるべきだったとは思いますね 。だから私自身の反省として、例えば消費税の扱いについて安直の極であり、これは失敗したと思います。

中北:山口さんは、このメモの中で「共産党と表立って握手したくないというのは立憲民主党のわがまま」と書いています。確かに、立憲民主党は共産党と連合政権を作るのは難しいと思っているし、選挙協力でも相互推薦・支援を受け入れていない。政策協定も市民連合を介在させて、つまり半身の構えでずっとやってきました。でも、その責任は立憲民主党にあるのでしょうか。私はそうは思いません。

共産党が変わろうとしていることは、それなりに評価していますが、他国の例を見る限り、この程度の変わり方では政権を担うのには足りません。1980年代から90年代にかけて、社会党も現実主義化に取り組みました。山口さんもブレーンとして社会党改革に関与された経験があるので、どこまで変えないと政権を担えないのか百も承知だと思います。私にとって不思議でならないのは、野党共闘の支持者の間で立憲民主党に変化を要求する声が多い一方、共産党に改革を求める意見がほとんどないことです。なぜ共産党に物が言えないのか。このことについて山口さんはどう考えますか。

山口:いやおっしゃる通りで、私が特に論理的に問題だと思うのは、やはり民主集中制の政党が連立政権に入るということ自体が矛盾した話なので、やれるとしても予算と法案の賛成だけだということははっきりしているわけですよね。

共産党の言い分は閣内でも、閣外でもというのですが、共産党自身が政権に参画することの意味をどこまでわかっていたのか大きな疑問だし、選挙の後、田村智子さんがそこは素直に反省したツイートをしていて凄く面白かったのですが、あれもすぐに削除されてしまってなかなか党内ではそのような議論はできないのかなという感じがします。

3.60年安保と2015年安保法制―長いスパンでの日本政治の分析

住沢:それでは次に、今回の総選挙をもっと長いスパンで見るという問題に行きます。60年安保後は日本は高度経済成長で、日韓基本条約、ベトナム戦争、沖縄返還、日中国交回復まで、政治、経済、社会の展開に対立をはらみつつもダイナミズムに時代が進展しました。それに対して、「失われた30年」の衰退モードとなった現在では、格差拡大や高齢化などの国内問題だけではなく、北方領土、日韓問題、さらには安保法制も米中覇権の中でよりリアルなリスクが拡大するなど、そもそも政治がどこまでこうした問題や課題を解決する能力を持っているのかどうかが問われています。

山口:2015年の安保法制問題あるいは第二次安倍政権をどう捉えるかということで 、やはりどうしても結びつく問題です。私は今学期、戦後日本政治学説史という全く新しい講義をもったので、ノート作って一から戦後政治学説史を整理していますが、やはり2015年と60年安保を重ね合わせて、自分の行動とあの時代の丸山真男先生たちの行動とを比較しようと考えたわけです。岸の系譜と安倍政権は同一ではないけれども、閣議決定で憲法の中身を作り変えようとした。これに対して広範な反対運動を組織して、その中でやはり共産党の存在をわりと近くで感じ取ったと言うか、初めて共産党を味方とする感覚を持ったわけです。

しかし、抵抗の論理と、それから政権交代の論理の切り分けを私はちゃんとできなかった、という点では中北さんのいうとおりだと思います。

中北:私はやや傍観者的に言っているのかもしれませんけれども、2015年の安保法制反対運動に対しては、かなりの共感を持って見ていました。しかし、その後、少なくとも翌年の参院選の後には、政権選択選挙である衆院選に向けて切り替えが必要なんじゃないかと考え、そう主張するようになりました。それは一つに1960年の安保闘争の教訓からです。あの熱気に引きずられすぎて、社会党は構造改革論や江田ビジョンを否定して左傾化し、抵抗政党化してしまいました。2015年の安保法制反対運動の後も、ほぼ同じ問題が発生したと考えています。

山口:60年安保闘争と2015年とを対比してみると運動の争点、運動の構図は重なる部分がありますが、後の経済社会の展開と政治との関係が全く違うわけですよね。60年代は経済成長が安保・憲法問題に関する亀裂を全部癒した、修復したと言うか非常に国民統合がうまくできたわけです。その成功の上で池田、佐藤政権が続くわけです。

安倍政権は史上最長の政権になるわけですけれども、政治的には私はあまり実績がなく、社会経済の亀裂が続いていると思っています。ただ2019年に新書で触れたのですが、内閣府が毎年行っている社会意識に関する調査を見ると、まさに安倍政権が始まった2013年を境に、社会の現状に満足している人が4割から6割に増えて、不満だと思う人が6割から4割に減っている。全体としてすごく現状肯定のムードが国民的に広まっているわけです。それがある限り自民党政権は安泰なんですよね。

ただその現状肯定の中でやはり政策転換が進まない。原発はもちろんですが、女性の権利の問題一つとってみても全く進まないという状況ですよね。住沢さんがおっしゃる政治の能力を問われる問題について言えば 本当に政治の無能力がさらけ出されているというのが私の意識です。

中北:確かに、60年安保とは微妙に違っているのかもしれません。ただ、自民党の方は、いったん安倍政権の再登場で右傾化しましたが、その後も包括政党という性格を維持し、最近は強めていると思います。例えば、初期のアベノミクスはかなりの拡張政策で、トリクルダウンと批判されたけれども、政権の半ばぐらいから底上げや好循環を明確に述べるようになって、いわゆる官製春闘や働き方改革を実施しました。岸田総理も「新しい資本主義」をキャッチフレーズにしています。この前の総裁選は、保守からリベラル、ネオリベまで、男性2名、女性2名という多様な候補者で争われました。

それに対して、野党の方が厳しい状態だと思います。60年安保の後は、労働運動はかなり弱くなったけれども、それを補完する形で各種の市民運動が台頭し、野党を後押ししました。これが革新自治体の台頭につながっていくわけです。2015年安保の後には、市民連合が媒介役となって野党共闘を深めてきましたが、既存の政党や組織を束ねるにとどまり、市民運動が広がっているわけではないのが実情ではないでしょうか。

こうした野党の低迷ゆえに、自民党は脱原発やジェンダー平等に踏み込まなくても済んでいるということだと思います。自民党は元来、既存の秩序を肯定する保守政党なので、かつて公害問題でもそうでしたが、野党の圧力が強まれば、それに押される形で取り組むというのが基本的なスタンスです。だからこそ、日本を前に進めるためにも、野党の立て直しは必要だと思います。与野党間の健全な競争がなければ、政策的イノベーションは起きません。

山口さんがいわれたような経済成長じゃなくて経済停滞の中、それで満足しようという空気感があるのは確かです。しかし、家族形態の変化も加わって、貧困問題が深刻化し、格差が拡大しています。脱炭素やデジタル化、ジェンダー平等、少子高齢化などの課題もあります。自民党が一定程度対応しているとはいえ、政権を担いうる野党がオルタナティブを提示することは必要ですし、不可能ではないと思います。

住沢:私がお聞きしたいのは、グローバル時代の21世紀に、政党などがそのようなイノベーションを提起できるかどうかということです。政党システムとしては、たとえばイタリアなどとは異なり日本は崩壊していません。他方で、自民党を軸とする日本の政党政治は、過去30年間、日本が抱える、内政、外交、経済の根底的な問題を解決できていませんし、そうしたアプローチも見られません。高齢社会、成熟社会だから政治もその枠組みでできることをやっていけばいいし、ある程度はやっていると見なすのか、それとも他の選択肢はあるのかということです。

山口:さすがに経済論壇を見ると、野口悠紀雄さんとか有名なエコノミストが日本経済の停滞についてかなり厳しい論文を出していますね。一人当たりの GDP で言えばもう既に韓国にも追い越されている、要するにもはや先進国ではないという類の議論がかなり出てきています。

危機感を持っている人は相当にいるかと思います。日本の輸出を引っ張ってきたトヨタでさえ EV (電気自動車)対応ではかなりの遅れをとっていて、それがトヨタの政治に対する対処の仕方にもすごく影響を与えているという現実もあるわけです。だからやはり、成長が無理だからこれで満足しようじゃなくて、日本がこれからどうやって生きていくか、そのために主導的な産業をどう作っていくかという、まさに国家戦略が必要な時です。けれども経済産業省主導の戦略が何一つうまくいってない。安倍政権はいろいろスローガンを出しましたけれども、実態としては成果が上がっていないと思います。

そういう意味で言えば野党の方でも構想やビジョンが必要です。しかし、そのことについても一生懸命、議論しているという形跡がないんですね。これはかなり致命的だと思います。2000年代の民主党の政権を準備する時には、もう少しちゃんと学者が集まって社会保障分野を中心にいろいろと議論をしていました。それがやはり立憲民主党ではない、というあたりがなんとも残念と言うか情けないですね。

中北:西ヨーロッパも移民問題が深刻で、それを背景にポピュリズム政党が台頭し、イタリアやフランスでは既成政党が大きく崩れてしまいました。フランスは大統領選挙が近づいていますが、社会党から左側は壊滅状態です。それに比べれば、日本の政党政治の方が安定的だと評価できるでしょう。経済停滞も政治が原因かどうかということも検証の余地があると思います。ただし、政治が何もできないわけではなく、中道左派政党の政策的な立て直しは急務だと思います。

一つは、菅政権が推し進めたデジタル化とか脱炭素とかは、本来、立憲民主党が主導すべきアジェンダだと思います。マイナンバーを普及させ、しっかり公助を機能させていくという発想は、民主党のものだったはずですし、環境政策についても、そうでしょう。ただし、脱原発をたんなるスローガンにせず、再生可能エネルギーを最大限推進していくことで、日本の経済構造をバージョンアップさせるという前向きの構想を作っていくことが肝要です。脱成長とか、脱成長依存とか、後ろ向きの構想に傾きがちですが、そうではなく、よりましな経済成長、格差の是正などを伴う公正な成長を目指し、そのための構想を現実的な形で示していくことが、政治的には大切だと思います。

もう一つは社会保障の問題です。これも本来、中道左派に有利な争点であるはずで、かつて民主党は「消えた年金」問題を追及し、また最低保障年金という構想を掲げ、政権交代を実現しました。しかし、現在では、社会保障について分かりやすい政策を打ち出すことができていません。労働政策も、しかりです。

政権交代を実現する前の民主党は、それぞれの政策領域について学界でも尊敬されている研究者をブレーンとしていましたし、プラトンというシンクタンクを持っていました。そして、様々な問題があったとはいえ、時代を前に進める具体的な改革案を打ち出しました。残念ながら、この面が特に立憲民主党になって貧弱になっています。山口さんも苦言を呈してこられましたし、私もそうです。一時期、福山哲郎幹事長からシンクタンクを作るという話を聞いたこともありましたが、結局、具体化しませんでした。そういう状態のため、有力な学者だけでなく、志ある官僚も惹きつけられていません。

住沢:EUを弁護するわけではありませんが、お二人の60年安保 と2015年の話の間の1989年の問題があります。欧州はこのとき、ユーロという統一通貨の導入や東への拡大、今はロシアとの緊張関係が出てきていますが、少なくとも欧州の地域での分断と軍事的衝突の恐れがなくなったこと、更には難民問題がポピュリズムの台頭に大きく関与していますが、これも大量の難民を引き受けたからです。政治の枠組みが大きく変動し、次の時代に時計の針が進みました。日本は冷戦終結後の世界中での難民問題に、資金援助や現地でのNGO以外は貢献していません。また安全保障も30年前と同じか悪化しています。近隣諸国に、おそらく台湾を除いては友人はいません。

これは議論しだすと切りがないので、次の参議院選挙に向けたテーマに移ります。2015年から一サイクルを終えたという事ですので、次の政治テーマは何なのか、また維新の会など第3極の問題もメディアでは指摘され、さらには連合の政党への対応も変化してきているので、来るべき参議院選挙への野党の取り組みがどうなるのかなどを話してください。

4.変わる政治環境と参議院選挙に向けた野党の試練

山口:高木郁朗先生の本『戦後革新の墓碑銘』(旬報社 2021)という言葉が、選挙の後の自分の心境を考えると、今の私にも当てはまる気がします。結局自民党の1党支配体制が私の生きている間は続くのかなあという無力感に陥っています。自民党の中のどのような人がリーダーになるか、党を動かすかが政治のすべてという状態が続くでしょう。安倍・菅の後、岸田が出てきて、ある種の穏健路線をとるのであれば、右翼的・国家主義的なものに多少リップサービスをしながら、実質的に封じ込めることができれば、自民党的一党支配体制が形を変えてまた出てくるのかなーって今思っていますけど。

住沢:枝野さんは「自分が正統な保守だ」といっていましたが、岸田さんが出てくると枝野さんの立脚点がなくなるのでは?

山口:だから我々リベラル側はあまりにも安倍政治に引っ張られすぎたんですよ。

中北:岸田総理になって政治の構図が変わったという気がします。これまで野党は安倍・菅政治反対と訴えれば、有権者に分かりやすくアピールできました。岸田さんは右派の安倍政治、ネオリベに近い菅政治を表立っては否定しませんが、実質的にはかなりの軌道修正を図っています。端的に言って、与野党間の政策位置が近づき、野党は接近戦を余儀なくされる状況になっているといえます。

野党についてみると、希望の党の第二幕のような形で、日本維新の会、国民民主党、都民ファーストの会の間で、合従連衡が行われようとしています。ただ、このグループがどんどん伸びていくのかと言うと、維新と都ファの間では参院選の東京選挙区をめぐって簡単に折り合えるとは思えないし、維新も全国政党化はそう簡単ではありません。そうだとすれば、堂々巡りを繰り返しているだけかもしれません。

やはり野党が政権交代を実現するためには、2009年型の戦い方と言うか、立憲民主党と国民民主党が一体となって、維新的な要素も抱き込んで無党派層の支持を得ながら、共産党には候補者を下ろしてもらうという方法しかない。しかし、現在のところ、そういう形に持っていくことは難しく、したがって政権交代の可能性は当面、乏しいと思います。

そもそも自民党と公明党のブロックは、例えば地方議員の数をとってみても、圧倒的な地力を持っています。それは今回の衆院選でも発揮されました。ならば、政権交代可能な民主主義を実現するには、選挙制度を変えないと難しいんじゃないかと以前から主張しているのですが、実際には選挙制度改革ほど困難なものはありません。

住沢:山口さんにお聞きしたいのですが、7月15日に立憲民主党と連合の神津会長の間で衆議院選挙に向けた政策協定が結ばれており、同じ日にやはり国民民主党と連合で同じ内容で協定を結んでいます。山口さんのメモでは、その折に市民連合が衆議院選挙に向けて共産党をふくめた野党統一候補と取り組み、そして連合は立憲と国民の間を取りますという、ある種の暗黙の分業があったという風に書かれていますが、今度連合の会長が芳野さんになって、野党候補一元化の選挙対策は変わりますか。

山口:選挙協力は、当分、衆議院選挙はありませんから、今年の参議院選挙にまず限定して、しかも一人区で勝てそうなところで限定して、野党の議席を増やすという観点で、ある意味ドライ に構築していくしかないと思います。そうすると国民民主の二人の現職議員が一人区で再選を求めて立候補するわけですから、そこでともかくなんとか一本化するということができればよしという感じですかね。

本格的な連立政権の議論というのはこれから2年ぐらいかけて議論をしていかなきゃいけないと思います。それで中北さんが言った通り、政権交代というのはやはり2009年の民主党型しかない、と私も思っています。旧民主党系の立憲と国民民主が合体するのか、あるいは並列するのか分かりませんが、これが軸になって、かつて自民党から出てきた小沢さんとか鹿野道彦さんとか、ああいう人がいてくれないとこちらは多数を取れないんです。その点について、90年代の政界再編があったから、かなり自民党が大きく割れて小沢さんや鹿野さんが民主側に来てくれて、それでなんとか勝てたわけです。自民党の分裂が当面起こりそうにないとするならば、どうやって足りない部分を埋めるかというのは、私はちょっと知恵がないですね。維新の会というのはある意味で自民党よりもたちが悪いと私は思っていますので、中北さんの意見も聞きたいですね。

中北:93年の自民党の分裂によって、東北や信越など東日本を中心として大きな人的リソースが自民から非自民に移動しました。その貯金があって2009年の政権交代が実現したのですが、それが尽きつつあります。先の衆院選で小沢一郎さんが小選挙区で負けたのが、象徴的です。鹿野道彦さんも亡くなりました。小選挙区制が存在する以上、現在、自民党が大きく割れるということは考えにくいし、同じ理由から公明党が自民党と手を切ることも考えにくい。さらに、維新という大阪に強固な基盤を持つ地域政党が登場して、これが自民党の票を食うのか野党の票を食うのか色々と見方がありますが、少なくとも野党がまとまるのを難しくしています。2009年型の政権交代を実現するハードルがさらに上がってきているというのが、現状だと思います。

他方、自民党や公明党の基盤もだんだん弱くなり、無党派層の増大や投票率の低下が進んでいます。野党が正攻法で勝つというよりは、非常に大きな風を起こし、無党派層を動員するリーダーが現れて一気に全体をひっくり返す。こういう政権交代のシナリオの方が高くなりつつあるかもしれません。私はやや悲観的に「自公」か「風」かの選択肢だと言っています。森友・加計学園問題に対する世論の批判が高まった際、希望の党が一時的に大きな旋風を起こしましたが、ああいう形です。さもなくば選挙制度を変えないと、この現状はなかなか崩せないと思います。

しかし、もう一つの可能性があるとすれば、共産党の路線転換です。共産党が社会民主主義政党になれば、野党共闘で連合政権の樹立を狙えるようになります。自公に対抗する強力な野党ブロックを形成できます。そうした意味で、私は共産党にすごく期待しているのです。その第一歩として、政権交代を訴えた共産党は今回の衆院選を真剣に総括してもらいたい。なぜ立憲民主党は閣外協力すら実質的に受け入れなかったのか、「立憲共産党」という批判キャンペーンがあったとしても、なぜ有権者が立憲民主党と共産党の議席を減らしたのか。田村智子さんがツイッターで行った問題提起を消し去るのではなく、真剣に受け止めて、政権を担って日本政治を変えるための自己改革を進めてほしいと思います。政権を口にするのは簡単ですが、担うのは本当に大変なことなのです。

5.連合の分裂、野党の分裂を避けるために

住沢:それでは参議院選挙に向けた野党共闘の在り方と、そのために野党に要請されていることを、結論としてまとめてもらえますか。

中北:泉健太代表には容易ではない状況だと思います。枝野代表が辞める際、立憲民主党にとって解くべき連立方程式は、衆院選で維新が台頭し、国民民主党が議席を伸ばしたことで一層複雑になったという趣旨の発言を行いました。そうした状況の中で、どうやって参院選で一本化を実現するのか。それとともに大切なのは、立憲民主党の独自色を出すということですが、これもまた一朝一夕にはなかなか難しいと思います。

山口さんとは認識が違うかもしれませんけども、やはり立憲民主党と国民民主党が元々同じ政党で、かつ同じ連合に支援されているので、合流して民主党を再結成するという道筋を最大限追求すべきだと思います。ここを固めた上で共産党と候補者調整するなど、次の方策を考えるべきでしょう。それが野党全体の力を最大限発揮するために必要なことです。ただし、現状では国民民主党が乗ってくるかどうかわかりません。本来であれば、立憲民主党に勢いがある時に、それをやるべきで、私は繰り返し主張していたのですが、煙たがられていた。やがて国民民主党は消えてなくなるとか、玉木が頭を下げれば入れてやるとか、残念ながら前の立憲執行部はそういう態度だったのです。

山口:市民連合の活動では、国民民主とも色々話し合いをしながら進めてきたので、国民民主の議員が立憲民主に対して持っている反発とか恨みつらみとか散々聞かされているので、合体しなさいと言われても難しいだろうと思います。さっきから言っているように、政権を目指すとしたらこれは民主党というような政党をもう一度つくるしかないわけなんで、大同団結が必要なんですけども。

最後に中北さんに一つ聞きたいのは、連合がこのあとどうすべきかという話ですよね。私はもう産別ごとにやらないと、つまりナショナルセンターとしての政治を行うのは無理なんじゃないかと思うので。さっきトヨタの話をしましたけれども、民間の特に製造業系の組合は政治をやっている余裕がなくなってきている中で、連合がどうすべきかというのは是非、中北さんの意見を伺いたいなと思っていたのですが。

中北:その点、私は深刻だと思っています。山口さんとは認識が違うかもしれませんが、私は民主党系が維新に対してアドバンテージを持っているとすれば 、労働組合の最大のナショナルセンターである連合が支援していることが大きいと思うのです。特に地方になればなるほど連合の組織が重要な役割をはたしていて、そういう全国大の組織があるからこそ、自公と対等とはいえないけれども、対抗できる勢力としてとして存在できている。連合という支えが野党にないと、私はバランスが大きく崩れ、日本の民主主義がかなりきつい状態になっていくんじゃないかと考えています。

現に自民党は連合を取り込みたい、取り込むまでにいかないとしても中立化させたいと思っているわけです。そういう声を実際に私は聞いています。先の衆院選の小選挙区でトヨタの労働組合が候補者を擁立しなかったのも、自動車の電動化への支援を材料にした自民党の働きかけが一因です。

産別ごとに政党支持を決めるということになっていくと、連合の地方組織がまとまって行動できなくなる恐れがあります。さらには、連合そのものが分裂してしまう可能性も潜在的にあります。連合の民間産別は御用組合の集まりだから切り捨てよ、などと簡単に言う人もいますが、現実の力関係を無視した実に無責任な発言です。連合は野党共闘の足を引っ張っているとか、リアルパワーではないとかという人がいますが、私は連合の力によってかろうじて日本政治のバランスが保たれているということをもっと多くの市民に認識して欲しいと思います。連合の民間産別が自民党サイドに移って、立憲民主党と共産党だけで政権交代ができると考えるのは、よほどの夢想家です。この点について、山口さんの意見はいかがですか。

山口:今回の選挙を見ていて、神津さんの時代には連合は建前と本音を使い分けて、ある種のリアリズムで動いてきたと思うんですけども、今の芳野体制が何を目指しているかよくわからない状態です。ある意味、民間労組が国民民主に言って聞かせて、もう一度民主党系の再結集を頼むのであれば、ある種の期待もしていますけども、そこら辺でむしろ分裂の現状で満足してしまっているのではと、いう印象があります。

中北:私はこの点で神津会長と芳野会長の間に違いはないと思っています。連合は一貫して立憲民主党と国民民主党が合流して、政党支持を一本化したいと考えています。構成産別が政党支持をめぐって対立しているのは望ましくないし、地方連合会からも何とかしてほしいという声が寄せられています。ただ、現状では産別間の疑心暗鬼が根深く存在しています。国民支持の民間産別には、立憲民主党は共産党と手を組もうとしているのではないかという警戒感がある。しかし、自治労などに聞いても、共産党と政権をともにできるとは思っていない。結局、いったん分裂してしまうと、それぞれが存立根拠を探してメンバーに納得してもらわないといけなくなり、遠心力が働いてしまいます。一昨年の立憲民主党と国民民主党の合流は一つのチャンスでしたが、雑に進めたために国民民主党が残存し、かえってこじれてしまいました。

芳野会長の経験が不足しているのは確かで、発言もやや不安定ですけども、そこにあまりとらわれるべきではないと思います。立憲民主党と国民民主党は合流してほしい、共産党との関係は選挙区の候補者一本化まで、といった点では変わりません。立憲民主党と国民民主党が参院選までに合流するのは難しいと思いますが、ならば「民主党」という名称の統一名簿を作って、国民民主党から4人の組織内候補が当選できるようにし、その代わりに参院選後には合流するという合意を作ってはどうでしょうか。

山口:私は過去30年間政治改革を追求してきたんですけども、その経験がこれから生きてくるかどうか少し疑問に思っています。今までの経験が生きてくるという気がしないのです。情報社会にしても経済にしても非常に変わってきているのでこれから先は新しい世代によって新しい問題を提起していくことになるのかなという気もします。

中北:この5年間、山口先生とは意見が異なる場面もありましたけれども、市民連合などで献身的に活動されてきたことに敬意を持っています。過去30年間の経験を活かして、これからも頑張っていただきたいと思います。

やまぐち・じろう

1958年岡山市生まれ。81年東京大学法学部卒業、同年東京大学法学部助手。84年北海道大学法学部助教授・教授を経て2014年より法政大学法学部教授。専門は、行政学・政治学。著書に、『政治改革』(1993年岩波新書)、『日本政治の課題』(97年岩波新書)、『イギリスの政治 日本の政治』(98年ちくま新書)、『戦後政治の崩壊』(2004年岩波新書)、『内閣制度』(07年東京大学出版会)、『政権交代論』(09年岩波新書)、『政権交代とは何だったのか 』(12年岩波新書)、『資本主義と民主主義の終焉』(2019年4月祥伝社、水野和夫との共著)、『民主主義は終わるのか―瀬戸際に立つ日本』(2019年10月岩波新書)など多数。

なかきた・こうじ

1968年三重県生まれ。91年東京大学法学部卒業、95年同大学院博士課程中途退学。大阪市立大学助教授、立教大学教授などを経て、2011年より一橋大学大学院社会学研究科教授。専門は、日本政治史、現代日本政治論。著書に、『現代日本の政党デモクラシー』(岩波書店、2012年)、『自民党政治の変容』(NHKブックス、2014年)、『自民党―「一強」の実像』(中公新書、2017年)、『自公政権とは何か』(ちくま新書、2019年)など多数。

すみざわ・ひろき

1948年生まれ。京都大学法学部卒業後、フランクフルト大学で博士号取得。日本女子大学教授を経て名誉教授。本誌代表編集委員。専攻は社会民主主義論、地域政党論、生活公共論。主な著作に『グローバル化と政治のイノベーション』(編著、ミネルヴァ書房、2003)、『組合―その力を地域社会の資源へ』(編著、イマジン出版 2013年)など。

特集/総選挙 結果と展望

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