特集 ●総選挙 結果と展望

パンデミック対応としての緊急事態法の実際

ヨーロッパ政治とパンデミック――その2

龍谷大学教授 松尾 秀哉

憲法改正は必要なのか

もうずいぶん前のようにも、つい最近のことのようにも思えるが、中国の武漢で未知の肺炎が発生したことが報告されたのは2019年12月末。数週間後の2020年1月終わりには世界保健機関が新型コロナウイルスによるパンデミックを宣言した。以来、世界の話題はそれ一色となった。その脅威に人類は打ち震え、現在生活している私たちは想定外の挑戦を受け続けている。特に多くの民主国家で共通して直面している問題の一つが、おそらく第二次世界戦終結後初めて、民主的政府が市民の権利を厳格に制限すべきか否かという問題である。

ちょうど執筆時点では、自民党の新総裁選真っ盛りである(岸田氏勝利との報が入ったところ)。候補者で、強い法的規制の必要性を訴える者もいる。また最近のアンケートでは、野外フェスでの酒類販売や、それを隠蔽しようとしていた主催者への憤りだろうか、市民の側から、違反者への罰則を強化すべきであるとの声が高まってもいるようだ。

ここまでの1年半、わが国においては憲法上私権の制限は許されないとして、市民の「自粛」に感染防止がゆだねられてきた。「自助、共助、公助」という言葉も飛び出し、いったい政治の役割はなんであるのかと問い直す声も多かった。他方で、これを機に私権の制限を可能とする憲法改正の必要性を訴える声を耳にした。

ワクチン接種は進んでいるが、先日尾身茂分科会会長は、まだ特効薬が開発され使えるようになるまで、新型コロナウイルスとの戦いが2、3年は続くと発言されていた。マスクを着用し、感染対策を十分にしつつ社会活動を再開していかねばならない。もうしばらく我慢が必要だとすれば、罰則規定は必要だろうか。またそのための憲法改正が必要だろうか。

本稿では、ヨーロッパの例に学びつつ、いかに新型コロナウイルスと法制度の面で闘うべきかを考察してみたい。もちろんヨーロッパがコロナ禍の克服に成功したと言いたいわけではない。いくつかの国を例に学び、今後の(まもなく到来すると言われている)「第6波」への対応のために、政治に対する視点を考察する一助となることを望んでいる。

以下検討するいくつかの国では、こうした状況下で憲法上の非常事態宣言が可能になったり、なんらかの特権を特定の機関に与えたりすることができるが、他の国では歴史上の理由や制度上の伝統によって、規程があってもそうすることができない、ないししなかったものが多い。以下、制限規程があるとされるフランス、ドイツ、スペイン、(議論はあるが)ないとされるベルギー、イタリアで採られた対応を、非常事態立法における憲法上の枠組み、採られた対策の概要、議会の監視の程度に注目して検討する。

なお、本稿は、2020年6月に発表された欧州議会調査サービスによるブリーフィング(Binder, Krisztina, Maria Diaz Crego, Gianna Eckert, Silvia Kotanidis, Rafal Manko and Micaela Del Monte “States of emergency in response to the coronavirus crisis: Situation in certain Member States,” Briefing, European Parliamentary Research Service, PE 649.408, June 2020)に多くを負っているので、対象は主に第一波、つまり各国の初期対応となることを了承いただきたい。

憲法上の権限をもつ国(1)フランス

非常事態に対する憲法上の枠組み 

1958年のフランス第五共和制憲法は、非常事態を三つの規程で対応するとしていた。第一に大統領の緊急措置権(第16条)、第二に戒厳令(第36条)、第三に憲法とは別の緊急事態法である。いずれもフランス国民の独立や統合が脅威や潜在的な危険にさらされ、通常の法の適応範囲から逸脱した、例外的な事態に対応するためのものである。内容は類似しているが、大統領の緊急措置権については、比較的制度的なチェックが弱く、より広い権限が与えられている。

大統領の緊急措置権は、かつて一度だけ1961年、ド・ゴール大統領時に対する将軍の反乱に対応して用いられたが、戒厳令は第五共和制になって以来用いられたことはない。緊急事態法はアルジェリア戦争に対応するために制定されたが、洪水などの事態にも適応が可能であり、過去1955年のアルジェリア戦争時(3度)、1984年のニューカレドニアによる分離独立運動が高まり、反独立派との衝突が生じた時、2005年のパリの暴動の時、さらに最近では新しい反テロ法とともに、2015年のパリ同時多発テロの時に用いられた。

新型コロナウイルスのパンデミックへの対応

フランス政府は、当初2020年3月16日に政令により外出禁止を、省令によって必需品以外の商店・飲食店の閉鎖を相次いで定めた。同時に緊急事態法の法案を提出し、パンデミックに対応して、2020年3月23日に「公衆衛生の非常事態」を宣言した。経済政策や外出制限など「国民の生命を危機にさらす惨事」への対応を目的とした。違反者には最高1万ユーロと禁錮6月の処罰が与えられ、適用は一カ月が期限であったが、保険相から満了前に議会に延長案が提出された。憲法にはない強権の行使ではあるが、市民の支持は高かったという。7月24日に一部を除くフランス全土で解除された。

ちなみに、第2波の到来にともない、夜間外出禁止、食事人数の制限、マスク着用などの新たな防止措置が発表された。憲法上の強い措置を採らずとも強権が発動できるのは、第五共和制の発端となったアルジェリア戦争による国の混乱が想定されていると解されている。

議会のコントロール 

フランスの国民議会や上院は、政府に対して必要な情報を請求することができる。しかし、「公衆衛生の非常事態」は基本的人権と自由を制限する可能性があり、フランスの場合は、行政裁判所が人権擁護の砦となった。2020年6月までに「自転車を使う自由」など数百件に及ぶ申し立てがなされた。

憲法上の権限を持つ国(2)ドイツ

非常事態に対する憲法上の枠組み

戦後の西ドイツ基本法(1949年)は、当初緊急事態に関する条項を含んでいなかった。が、1968年にこれに相当する規程が定められた。それ以来、基本法は内的緊急事態(基本法第35条と第91条)と外的緊急事態に分けて考えられてきた。自然災害などが内的緊急事態の対象であるが、伝染病によるパンデミックについては直接言及していない。ただしパンデミックを排除もしてはいない。

なお、この宣言にあたって連邦議会は関与せず、政府の決定によるとされている。政府は、基本法第35条に基づいて他州の警察や連邦国境警備隊や軍隊を出動させるなども可能である。ただし一般的に、歴史的経緯から、ドイツの政治家は概して内的緊急事態条項を用いることには後ろ向きで、議論となる。

新型コロナウイルスのパンデミックへの対応

すでにドイツでは2001年に感染保護法が施行されており、今回のパンデミックについても国全体にわたる緊急事態を宣言することはせず、2020年3月9日に感染者1000人を超えると、12日には社会的接触を避けるための指針、13日には操業短縮手当に関する法律、27日に補正予算、国際旅客の制限、連邦保険相が医薬品の確保などを可能にする市民生活を支援する法律が連邦参議院の審議を放棄し、急ぎ成立した。それらの諸対策は、さらに5月に追加されていった。

基本法に従えば、感染症対策は連邦と州との競合的な立法事項にあたる(基本法第74条)。政策主体は主に州政府であり、3月にはそれを強化するよう感染保護法が改正された。例えばバイエルン州では、3月27日に保険相が緊急事態宣言と行動制限措置を発出した。

5月にいったん制限が緩和されるも、10月には第2波警戒のため部分的制限措置が幾度にわたり導入され、12月に再延長された。ドイツの場合、少なくとも第一波については、州と連邦との区分けが功を奏したように映る。

議会のコントロール

ドイツの連邦議会は、国全体の感染率を根拠に2020年3月25日に重大なパンデミックにあることを多数決で宣言し、こうして政府は法的な期限まで感染保護法を進めていった。また2021年4月には保護法が改正され、全国的な緊急事態に対応できるものとされた。

憲法上の権限をもつ国(3)スペイン

非常事態に対する憲法上の枠組み

スペイン王国憲法(1978年)の第116条(全6項。第1項「警戒事態、緊急事態および戒厳、ならびに各事態において行使される権限及びその限界は、組織法でそれを定める」)は、1981年の組織法をもって、フランスと似た3種の緊急事態が宣言できるとしている。それぞれ手続きや期間、及ぶ範囲は異なるが、ここでは詳細は省略する。

過去、緊急事態と戒厳は宣言されたことがない。この二つは一定の範囲で基本的人権の停止を可能にするが、警戒事態については、組織法(第10条「警戒事態下で権限のある機関の命令に従わない者は、法律の規定により処罰される」、第11条「警戒事態を宣言する政令又はその有効期間中に制定された政令は、移動制限等の措置を定めることができる」)によって部分的に制限されうる。

新型コロナウイルスのパンデミックへの対応

スペイン政府は、新型コロナウイルスによって引き起こされた事態に対して、2020年3月14日に「警戒事態」を宣言し、外出制限や小売り施設の閉鎖措置を定めた。憲法上この期間は15日間であったが、最初は3月27日に、さらに4月10日、4月24日までと3度延長された。

この宣言に先立って、すでに州レベルで学校閉鎖、文化、スポーツ活動の制限などを行っていたが、宣言がスペイン全土にわたり移動や経済活動の自由を制限することになった。さらに国家と地方の警察、国の保健システム担当職員を国家権力の指揮下に置くなど、国家に権力を集中した。

しかし4月26日になると、こうしたロックダウンは緩和の方向へ動き出し、14歳以下の子どもたちが、ソーシャル・ディスタンスを取りながら、大人と一緒に外出することが認められ、2020年5月8日の政令では、警戒事態の延長とともに、措置の緩和手順や、緩和過程での自治州との合意について定められた。

議会のコントロール

スペインの場合、憲法上「下院は[警戒事態の閣議決定に基づく布告と内閣による宣言の]報告を受けたときは、直ちにこれを招集しなければならない。下院の承認が得られないときは、その期間を延長することができない」(第116条2項)とされ、「いずれかの事態が宣言されている間は、下院を解散することはできず、両議院が閉会中のときは、自動的に招集される。両議院の機能は、……いずれかの事態が宣言されている間はこれを停止することはできない」と、警戒事態に対して議会は権力濫用の抑制に非常に重要な役割を果たす(注1)

実際に議会は3月16日に宣言の報告を受け、18日には首相があらゆる政治勢力が招集される前で状況説明を行った。3度の延長についても、3月25日(321票の賛成、28の棄権)、4月9日(270票の賛成、54票の反対、25の棄権)、4月22日(184票の賛成、160票の反対、6の棄権)と手続きを踏んでいる。

憲法上の権限をもたない国(1)イタリア

非常事態に対する憲法上の枠組み

イタリア憲法(1948年)は、第78条で「戦時状態の議決」を設定し、「両議院は、戦時状態を議決し、必要な権限を政府に与える」としており、さらに第77条(政令及び暫定措置)2項によれば、「政府は、緊急の必要がある非常の場合に、法律と同等の効力を有する緊急法律命令を制定することができる」とあり、井田はこれをもって、イタリアをイタリア共和国憲法に基づく「緊急法律命令」によってパンデミックに対応したと解する(注2)が、本稿が基づくBinderによれば、同憲法が第120条で州間の移動の自由を保障し、また先の第77条にしても、1項で「両議院の委任」を必要としていることから、これは憲法上の緊急法律命令ではない。また、いくつかの海外社説などでは「他の西欧の国と異なり、イタリアは憲法上非常事態に対応する明示的な枠組みを有していない。ファシズムの経験から学んだ自由の伝統に従って、1948年のイタリア憲法は中立的(パンデミック)、技術的(財政的危機)、また伝統的な意味で戦争とは異なる政治的(サイバー戦、テロ)緊急事態に関する明確な規程を有していない」(注3)、「イタリア憲法は、非常事態を予定していないし、例外状況を宣言する権威を認めていない」(注4)と述べられている。

厳密な憲法解釈上の議論は筆者の手に余るので、ここでは参照した文献の多数に従い、権限をもたない国に分類する。

新型コロナウイルスのパンデミックへの対応 

2020年1月30日、ヨーロッパで最初に新型コロナウイルスの感染者が国内で確認され、WHOがパンデミックを宣言したことを受け、翌31日、イタリア政府は閣議決定で、中国便の全便停止を含む六カ月の緊急事態(地方自治体に特別権限を付与)を宣言した。

しかし2月になると感染は急激に拡大し、2月23日には緊急法律命令(新型コロナウイルス感染症の拡大を避けるために、感染源が不明な感染者が 1 名でも出た自治体に感染拡大を防ぐ対策を採るよう命じるもの)と、その実施のための首相令が出された。以降、3月末まで6件の緊急法律命令でイタリア政府は対応した。

2月23日には、イタリア北部、特に感染拡大が著しいミラノを含むロンバルディア州について、政府は「あらゆるイベントや会議の中止」、「全ての保育施設・教育機関の閉鎖」、「公的な博物館や映画館の閉鎖」などに加え、一部飲食店なども午後6時から明朝6時まで閉店、さらに、ショッピングセンターおよび市場内で営業する店について、食料品売り場を除き、土曜日および日曜日の営業を中止などが命じられた。

ただしイタリアの感染拡大は止まることなく、3月25日には新たな緊急法律命令が制定され、全土に拡大し、違反者は罰金に処せられるなど定められた。5月16日に一部緩和するまで厳しいロックダウンによって感染拡大を一定程度抑え込んでいたが、10月になると再び感染が拡大して非常事態宣言が発出された。

議会のコントロール

イタリアは概して省令、首相令や閣議決定で感染拡大に対応してきており、これは法的根拠を欠き、政府の職権乱用と批判される部分でもある。省令は60日以内に議会によって法とされねば廃止されるなどの一定の制限がある。最も強力に私権を制限しうる首相令については、その是非について議論が続いている。

イタリアの場合、他国に先んじて急速に感染が拡大したこともあって、迅速な対応が求められた。現在ワクチン接種証明書保持の義務化も認められた。これらの一連の対応について、法的な議論が今後進むであろう。

憲法上の権限をもたない国(2)ベルギー

非常事態に対する憲法上の枠組み

1831年のベルギー憲法には、厳密な意味で「非常事態」を認める特別な規定はない。逆に憲法第187条(憲法は、全部または一部を停止されることができない)に「憲法停止の禁止」が定められている。しかし多くの原則がコンセイユ・デタ(行政裁判所)によって明示されており、それによって一定の時限の下で、特別権力を用いることが正当化されている。通常の立法手続きでは間に合わない状況に素早く対応するためである。

ベルギー憲法第105条(国王は、憲法および憲法自体に基づき定められた個別の法律が正式に付与する以外の権限を有しない)が、国王の特別権力を、議会の追認を前提に認めていると解されており、それを根拠とする。奥村によれば「特別権力王令は、現行の法律を修正し、補完し、さらに廃止することができる。この慣行は、憲法第105条を根拠としている」(注5)

しかし、その場合でもベルギーの憲法は、特別権力の下で提出された法やデクレ[ベルギーでは一般的に、連邦ではなく、連邦構成体による法(条例、政令)をデクレと呼ぶ]が、国会議員によってできる限り素早く追認されねばならないなど、チェックするシステムを有している。

新型コロナウイルスのパンデミックへの対応

3月27日には、3月30日から最大3カ月間有効な、コロナ感染拡大をコントールするための2つの法が採択された。それらは憲法第74条、第78条(下院の権限や手続きに関する条文)を根拠として、公衆衛生を守り、経済活動を支援し、司法の適切な機能を確保する手段についてのものであった。同時に政府は違反があった場合に、行政、市民、犯罪に対する制裁を決定できるようにした。他方で、家計の購買力や現存の社会的保護を傷つけることはできないなど、かなりの制限が規定された。

それ以前に、2020年3月13日、内務大臣令(デクレ)で学校やレストランが閉鎖され、数多くの文化、スポーツ活動などが禁じられた。18日と23日には、やはり大臣令でソーシャル・ディスタンスや、エッセンシャル・ワーカー以外のテレワーク導入など、厳格な手段が導入された。またデクレを通じて導入された手段は、例外的に遡及的な効果を有するとされた。

こうしてみていくと、ベルギーが連邦制を導入している国家であることが重要なポイントであるように映る。つまり、中央(連邦)政府以外に地域政府などの連邦構成体レベル(デクレ)でパンデミックへに対応してきたし、対応しうるのである。

議会のコントロール 

特別権力の下で、デクレは一定の期間内に法的に追認されねばならない。パンデミックの場合は特別に施行から1年以内とされた。追認がない場合、これらのデクレは無効となる。新型コロナウイルスについては、下院がさらに議会に特別委員会を設置し、連邦政府を監視し、また情報を要求する。ベルギー政府は2009年の新型インフルエンザの際、より制限は弱かったが、特別権力を用いた経験があり、それが活かされたと言えよう。

ただし、約一年後、裁判所は、以上の制限は基本的人権の侵害に当たると判断を下しており、法的議論の前に現実的な対応を急いだとも言えるだろう。

考察

以上のようにいくつかの国の対応について、またその憲法上の背景について見てきた。憲法上の枠組みは各国とも異なり、フランスやドイツは内外の脅威の勃発に対して非常事態に対応する細かなルールを憲法上定めていた。しかし、ドイツの場合は歴史的理由からあまりに政治が抑圧的になることを恐れて、また、フランスの場合、アルジェリア戦争の経験から迅速に対応するため、憲法上の非常事態の発出を好まなかった。さらに、それを有していないと解されるベルギーやイタリアでは、通常の政府(ないし条文上は国王)と議会の権限バランスに関するルールを修正して、パンデミックに対応した。

概して述べると、結果的に、憲法上の規程の有無、またそれを実際に用いたかどうかにかかわらず、対策の中身はいずれもよく似ていた。興味深いのは、憲法上の制限メカニズムを有する国においても、スペインを例外とすれば、通常の立法過程の範囲で対応した。フランスがその典型であるが、その方が迅速に対応できるのである。

となれば、論点となるのが、以上の国家群で憲法上の「警戒事態」を用いたスペインの「効果」であるが、前々号で基づいたWondreys, Jakub and Cas Mudde(2020),”Victims of Pandemic ? European Far-right Parties and COVID-19,”によれば、第一波(2020年3月~6月)における単位人口当たりの感染者数の割合は、ヨーロッパにおいてスウェーデンに次いで高く(スウェーデン0.82、スペイン0.69、ベルギー0.65、イタリア0.41、フランス0.30、ドイツ0.26)、必ずしもその対応が効果的だったとは言えないようにも映る。これだけ見れば、憲法改正だけで感染拡大を抑え込めるわけではなさそうだ。つまり感染拡大防止を目的とした憲法改正の必要があるとは言い切れない。

ただし、前々号でも述べたように、結局どの国も苦しんでいることに変わりはない。問題は、どれだけ厳格な措置を採ろうとも、またそれを議会がコントロールしようとも、またしなくても、それをもろともせず、新型コロナウイルスは各国の措置を超えてきたということだ。ワクチン接種とともに感染拡大が落ち着いてきたところだけを取り上げるのであれば、感染拡大の抑止に対しては、医学、科学的解決こそが望まれる。

しかし、もし以上のわずかな考察から何か社会科学的な知見を引き出すのであれば、結果として措置の内容に大差はなく、また感染者の数が変わらないのであれば、法的な「私権の制限の是非」という議論以上に迅速に、病室や一時療養施設、さらには薬剤、それにかかわる人材など、医療資源の確保と適切な配分を進めるのが、パンデミックにおける政治の役割である、ということに尽きる。

さらに管見だが、こうしたなかでも比較的ドイツの数値が第一波について比較的良好だったことは、別法での対応が迅速に可能であり、その点でも政治的リーダーシップが問われることを露呈したのが、このパンデミックという状況であった、と言えよう。法的枠組みやその制度は大切であり、議会手続きも軽視されてはならない(これを疎かにすれば、のちに違憲判断されることになる)が、いかなる枠組みであっても、それだけでは意味がなく、それを説明する政治リーダーの言動と説得力こそが、事実上の国民に対する「法的根拠」になりうる。今後、当面リーダーの言説やその背景を比較する作業が進められるべきだろう。

 

【注】

(注1)憲法の訳は、主に阿部照哉・畑博行(2009)『世界の憲法集』第四版、有信堂を参考とした。

(注2)井田敦彦(2020)「COVID-19と緊急事態宣言・行動規制措置―各国の法制を中心に―」、国立国会図書館『調査と情報―ISSUE BRIEF―』、No. 1100(最終閲覧日 2021年10月5日)。なお、本稿は他の国立国会図書館刊行の論文、JETROの「ビジネス短信」を主なニュースソースとしている。

(注3)Vedaschi, Arianna “Italy and COVID-19: A Call for an “Italian Emergency Constitution”?,” JUST SECURITY、May 12 2020.(最終閲覧日 2021年10月6日)。

(注4)Matteucci, Stefano Civitarese, Alessandra Pioggia, Giorgio Repetto, Diletta Tega, Micol Pignataro, Mirush Celepija, “Italy: Legal Response to Covid-19,” Oxford Constitutional Law, April 2021.(最終閲覧日 2021年10月6日)。

(注5)奥村公輔(2014)「ベルギー憲法裁判所の制度の概要」、『駒澤法学』第14巻1号、170頁。

まつお・ひでや

1965年愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、東邦ガス(株)、(株)東海メディカルプロダクツ勤務を経て、2007年、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。聖学院大学政治経済学部准教授、北海学園大学法学部教授を経て2018年4月より龍谷大学法学部教授。専門は比較政治、西欧政治史。著書に『ヨーロッパ現代史 』(ちくま新書)、『物語 ベルギーの歴史』(中公新書)など。

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