特集●戦後70年が問うもの Ⅰ

超低金利は資本主義終焉の兆し

生産年齢人口を延ばし働きやすい社会を

日本大学教授 水野 和夫さんに聞く

聞き手 本誌編集委員・小林 良暢/住沢 博紀

世界的に長期金利が低下することの意味

――今年は戦後70年の画期の年ですが、日本経済を見ても、昨年暮から新年にかけて新発10年物国債の利回りである長期金利が低下しています。これは先進国に共通した傾向ですが、このことは資本主義経済の先行きにとって何を意味しているのでしょうか。

水野 和夫長期金利の基準となる10年物国債の利回りが昨年暮れに0.315%まで低下し、2015年は0.2%台まで低下すると言われる低金利時代に突入している。私は、日本の10年債利回りが1997年に2%を割った時から、資本主義における資本が自己増殖できなくなったことを意味すると、ずっと言ってきています。

「金利が2%以下になるとシステムが維持できない」というのは、理論的な根拠があるわけではありませんが、歴史的にみると400年前、それまで地中海で行われていた狭い範囲での資本主義が終わった1611年から1621年の間に、イタリアの金利が2%を割ったのです。その少し前の1600年に有名なオランダの東インド会社が設立され、その配当は18%であったので、イタリアの投資家は国債に投資をしても利息が2%以下のリターンでは太刀打ちできず、そのリスクに耐えられなくなった。イタリアは農業社会で、全国土をブドウ畑にして投資していたが、日当たりの悪い(効率の悪い)ところまで投資をして利益が上がらなくなって、地中海の資本主義は終わりを告げたのです。

現在の日本で長期金利が2%を割ったことの意味は次のようなことです。つまり、2000年代半ばにIT産業における液晶パネル産業の工場の国内回帰の波に乗って、何千億円の巨大パネル工場を新設した。しかし、当初はともかく、数年のうちに見通しを誤って稼働率が半分に落ち、結局半値で売り渡して残りは数千億円の特損を計上するに至った。それに合わせて約10年間金利は低下し、その後の10年もそろそろ終わろうとしているが、金利は2%に低下したままで、一向に上がる気配はない。これはたまたまパネル投資の運が悪かったわけではなく、日本全体で優良な投資機会が残っていないということです。

400年前のイタリアも、国内には投資機会がない、地中海資本主義の中では資本が蓄積できないということになって、東のビザンチン帝国が崩壊し、オスマントルコ帝国もスレーマン大帝が死んで、緊張が緩んだヨーロッパでは、陸の帝国スペインやイタリアの都市国家にかわってオランダとイギリスが世界の海を舞台にした近代資本主義が始まり、今日の世界を作ったということになります。中世イタリアの地中海資本主義は陸で地中海を囲んだ資本主義でしたが、近代資本主義は海から世界の大陸を囲い込んだ。これが近代資本主義のグローバリゼーションで、最後に残っていたアフリカもその波に呑み込まれ、後は地球を宇宙で取り囲んで、その宇宙にでも行くしかないということになっています。

工場、オフィスや店舗に投資して収益を上げる、この利益率をROA(総資本利益率)と言いますが、これと並行して動くのが国債の利回りすなわち長期金利です。現在の金利0.3%というのは、工場、オフィスや店舗に投資してもリターンはとれない、宇宙に出て行って工場を作るしかないという話になってくるわけです。

“周辺”が消滅して、資本が増殖できなくなる

――スマートグリッドなど、大規模なエネルギー転換は有効な投資先にはならないのでしょうか。また、周辺ということで言えば、南太平洋などの海の国が残っていて、そこに可能性はありませんか。

水野エネルギーについては、太陽光でもエネルギー収支が10を切っているし、石油も遠くへ掘りに行っているから10以下、だんだん深い海になると8とか6になって、1を投入して6しか得られない。

これは、二つ目の問題とも関連するのですが、中心よりも大きな周辺があって初めて中心が成長するのです。今で言えば、BRICsよりも大きな周辺の経済があって初めて成長していくということで、実際はアフリカにもグローバリゼ―ションが行ってしまって、BRICsよりも大きな周辺はなしという世界になっている。先進国数億人にBRICsを加えると30億人、全世界55億人の2/3が中心になってしまって、残りの20億人余りが周辺ということでは、もう中心が周辺を吸い上げて成長するというメカニズムが機能しなくなってきています。

日本は先進国数億人の中で内需と輸出で成長を遂げてきた時代を比較的長く保持してきた。中国は今、成長率が10%から7%に落ちた時に、外需がないという状況に直面する。それでも、まだ周辺の海洋諸国がいっぱいあると思うが、地球の70兆ドル経済を成長させる規模はもう残っていないと考えた方がいい。

ということは、もう投資先がないということ。それはアフリカのグローバリゼーションで見えてしまっている。債券市場は次の次は何が起こるかを必死に考えて動こうとしているが、次の次をいくら考えても投資価値がないということが、今の長期金利の低下であると考えるのが、もっとも適切な見方です。

いまひとつの技術革新の基本は、少ないインプットで多くのアウトプットを生み出すことで、その比率を改善していくことだと思うのですが、そのインプットとアウトプットの比率が崩れているのが先ほどのエネルギー収支です。自然に沸き出す油田のエネルギー収支は1投入して100を得ますが、それが現在10を切ってきている。エネルギー収支の悪化と貿易収支の赤字問題は対応しています。

エネルギー収支で1投入して10しか得られず、残りの9しか使えない。それはどんどん遠くに、深いところ、要するに採算の悪いところに行っていることで、より採算の悪い、すなわち高価なエネルギーを使ってより遠くへ移動することになる。だから、日本の貿易収支は赤字化することになる。近代はより遠くに移動する社会で、中世は定住する社会でした。南極に旗を立てる、月に旗を立てるのも同じことの象徴だと思います。

今の近代社会は工業社会、さらにサービス社会でありますから、インプットが資源でアウトプットが工業製品です。今まで安いエネルギーを使ってやってきたが、採算の悪い1バレル=80ドル、100ドルのところで掘ったエネルギーを投入して電気製品や自動車を作らなければならない。そうすると車1台売って原油がいくら買えるかという交易条件が悪化して、もう物づくりは採算が合わなくなってくる。そういうことが工業国で起こって、物づくりは採算が合わなくなった。

採算が合うのは固定費を減らしてものづくりができる中国などで、そこは石油価格などの変動費が上がっても、固定費を下げる。とすると大量生産にしなくてはならない。中国は粗鋼バブルとか言われて、過剰生産になっているが、そうならざるをえない。とにかくたくさん作って単価を下げてリターンを取らねばならない状況で、行きつくさきは大変なことになるということです。

先進国はほとんどが製造業ではなくサービス経済化していると言います。そのサービス化の中味はほとんどがIT化です。IT化で何をしているかというと、中心はビッグデータで、ビックデータのサーバーが使っている電気の使用量は、1億2000万人の日本が使っている電気エネルギーより多いという。ビッグデータ化は今始まったばかりで、おそらく今後世界の電気エネルギー使用量は指数関数的に拡大していく。そうなると毎年日本1個分ずつエネルギー消費が膨張します。それは、BRICsが自動車やエアコンを日本並みに使いたいということに加えて、世界が工業化しても、サービス化してもエネルギーがもう使えない時代が来るということです。実際必要のないものまで増やしてしまっています。

中国が不要不急のものまでたくさん作っているのと同じように、IT社会でも何のためにビッグデータでやっているのか。街を歩いていてレストランをスマホで検索してクーポンを使うとか、証券取引所のナノ秒(10億分の1秒)単位の取引など、膨大なエネルギーを使って何のためにやっているのかということです。

資本主義の行き詰まりは「社会主義崩壊」と同じ

――日本が先駆けてリターンが0.2%を切る、というお話ですが、なぜ日本がその面で「先進的」なのでしょうか。

水野日本とドイツが、同じように低金利で先進しているのです。両国は先進の工業国で、対外純資産は日本が世界で第1位で、厳密に言うと中国が2位ですが、先進国では日本に次いでドイツが2位です。これは貿易黒字の蓄積です。もちろん時価評価するので為替の変動の影響を受けますが、日本は対外純資産が金額でも対GDP比でも1位です。

この意味は貿易黒字を一番かき集めてきたということで、資本の自己増殖を対外純資産という形で世界で一番やった国だということです。これは貿易だけで上手にやってきたわけではなく、同時に国内でも資本の自己増殖をうまくやって資本蓄積してきたことを意味します。それは資本係数を見ればわかることで、日本が2.4で世界一、ドイツも確か1.8、国内の資本ストックも世界の1位と2位なのです。国内で資本蓄積を一番蓄積して、生産力が過剰となって貿易黒字の時代が長期化し、その成果が世界一の対外純資産を築いたということです。

これは、資本主義でも社会主義でも同じだと思いますが、生産力を競う競争の結果でして、社会主義の方は中央計画に基づいて行うのに対して、資本主義は市場に任せて価格メカニズムに基づいてどこに需要があるから資本投下しようということになります。ソヴェトの場合はミサイルという軍部の期待にもっとも応えるシステムになって、資本主義の方は民間の家計の要望に上手に応えてきたシステムだということになる。この生産能力を増強する競争で、まずソヴェトの方が倒れて、1991年に社会主義が終わった。他方今日、日本とドイツが資本のリターンがゼロになった。両者の意味はつながっていると思います。

ドイツの2011年・ギリシャ危機以降、大きなバブルが崩壊して超低金利になるというのは、もうこれ以上生産能力を増強してものを作ってもしょうがないですよというシグナルです。これ以上ミサイルを作ってもしょうがないですよといってゴルバチョフが倒れた時と、もうこれ以上パネル工場を作ってもしょうがないですよ、となった日本と同じことです。

2014年から今年に入って日本とドイツの長期金利が0.3%に低下しているのはこのことを表していて、日本、ドイツに続いて、イギリスも1.7を割り込み、アメリカはQE3を停止したら2.1に利回りが下がってきて、フランスも同様です。先進国が軒並み低金利ということは、これ以上消費財を作っても意味がないという、債券市場のサインなのだろうと思います。

日本では、アベノミクスで法人税引き下げや投資減税をして資本を増強しようとしていますが、それはやればやるほど将来の特別損失を積み上げていることになる。かって1980年代に特損を積み上げて90年代になってそれが顕在化したのと同じように、現在の国債がゼロ金利に向かっている状況は、投資しても将来ゼロになるのだろうな、といことです。

政府の発行する国債を日銀が買い続けています。政府や主流派のエコノミストは「原油価格が下がって物価が上がらなくなって困った」と言っていますが、物価が上がれば皆が喜ばないのに、本末転倒の話になっている。

目前に迫っている4月の「物価目標2%」達成ができないから困っているだけ。となると現在国債は750兆円ありますが、黒田総裁は4倍・4倍と2年後には200兆円、さらに2年後には400兆円買い続ける。安倍政権は4年間続きます。その間は少なくとも黒田体制ですから、そうなると黒田日銀が国債を全部購入して国債の利回りが0%になるのか、ギリシャのようにCDS(国債の信用リスク取引の利率)の利回りが年利30%にもなるというような、どっちになるのか全くわからない。資本主義というシステムからいうとアナーキー状態になるのでしょう。

そこに世界のヘッジファンドが気づいて売れば、全部黒田さんが買ってくれます。日銀が買うことは、国民が買うということで、国民の預金の750兆円が国債にとってかわることです。これは預金が日本国への出資に変わるということで、貯蓄だと思っていたものが、いつの間にか日本国政府の出資者になることになります。でも、これで初めて、国民は日本国政府をどうしようかと考えるようになると思います。1億2千万人が出資証券を所有していることになるのですから、日本国が信用不安に陥ったら大変なことになる。

「日本売り」も現実になるかもしれない

――世界のヘッジファンドが気づいて、日本国債売りをしますとこれはギリシャ、イタリアの比じゃないですね。

水野まず4月の時点でアベノミクスの第一の矢の「物価目標2%」が、原油価格がまた前に戻れば達成されたということになろうが、原油価格が60ドル、40ドルあたりで2年連続すると、目標達成が困難になる。すると日銀は、また市中から倍々で国債買入れに向かうということになり、これが大きな問題になるでしょう。

また、プーチンは2年は原油価格を上げないでも大丈夫だと言っており、中東諸国も100ドルか80ドルで予算を組んでいるのですが、ともかく40ドルしか入ってこないですから、彼らも国債を増発するでしょう。資源を持っていて最も裕福な、財政余剰のある国ですらそうですから、世界中で国債増発バブルになって、いったい誰が買ってくれるかということになる。おそらくソブリンファンドがそれを買うということになるでしょうが、ファンドは株式に、とりわけ日本株に投資していますから、それを売るということになり、原油価格が下がって、結局風が吹けば桶屋が儲かるみたいに、日本株が下がる。

安倍政権の支持率は株価と連動している「株価連動内閣」だそうですから、成長戦略の第一の矢は難しくなり、第二、第三の矢も同様におかしくなる年になるとみています。

地元で働く、働きやすい社会を

――最後に、資本主義が「死滅」するまでは定常社会で行くべきだとおっしゃっていますが、この点についてお話ししてください。

水野私は、近代は移動する社会だと考えています。農村から都会に人が移動する、都市に工場ができて農村からどんどん人を集めてくる。日本も東京に人を集めてくる社会です。すると、東京などは出生率が1.1まで低下しています。また増田レポートのようなものが出てくること自体、都会に人口が集中するデメリットの方が大きくなっていることのあらわれでしょう。大学進学や就職で東京に出てきても、ある調査によると、地方へリターンするのは男子の方が多くて、女子はほとんど帰らないそうです。都会に集中させることにほとんど意味がなくってきているのです。

中世から近代に転換する時に、農村から都市に出るのは、村で食い詰めた人たちがあふれて放浪の旅に出ていくということでした。移動することは英語でいうとprogress、中世ではそれを放浪の旅に出るという悪い意味で使っていたのですが、近代になるとそれはいいことだということになって、進歩という意味になったのです。しかし、その弊害の方が大きくなってきたのであれば、もう一度180度転換して戻すしかない。45度とか、270度戻したのではダメで、根本的に転換するしかない。

それには、国立大学を廃止して、地域ブロックごとに民間の大学を作って、地元の大学を出て、地元に就職するように仕向ける。例えば奨学金を100万円支給する、それでも外へ出たい人はどこへ行ってもよいが、そんな人は自分から好んではぐれていったのだから奨学金なしとすればいい。

また、働きやすい社会にするために、現在15歳から65歳までの生産年齢人口を後に10年ずらして、再雇用ではなく、定年延長する。大学の卒業も5年くらい延長することにして、人文系・理科系の両方の高等教育をして人材を育てるのが望ましいと思うわけです。生産年齢人口を、日本だけが先行して後にずらしていいのではないか。

――定常社会になって資本主義の後始末はどうされるのですか。例えば株式会社などの企業はなくなるのですか。

水野資本主義の後始末は、株主を追放するということだと考えています。国債がゼロ金利になったと同じように、資本の自己増殖をしろと言う人がいなくなると、資本主義はなくなります。株式会社の今の株主の半分は外国人ですが、これを減らしていけばできるのではないかと考えています。

それでも、企業は残ります。企業は資本減耗と雇用者所得を生み出すことが目的になります。出資者は、配当はないですが残り、発言権は経営者を選任することなどについて残るでしょう。日本の企業は、社長と言っても従業員の延長線上にあって、表面上は資本を増殖させると言ってはいますが、それでも意外に従業員の方を向いており、定常社会の企業の社長さんは報酬1億円ではなくてもやっていける。日本はその点でも先進性を有していると言えます。

――なんとなく未来が見えてきたような感じです。どうもありがとうございました。

みずの・かずお

1953年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。元三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、2010年9月より内閣府大臣官房審議官、2011年11月内閣官房審議官(~2012年12月)。2013年日本大学国際関係学部教授。著書に、『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』(日経ビジネス人文庫)、『資本主義という謎』(NHK出版新書)、『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)など多数。

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